へぇ、あんた、あの令嬢の『自殺』について調べてんのか。まぁ、無理はねぇなぁ。怪しいもんなぁ、色々。
 しかし…よく、俺まで辿りついたな。こんな薄汚い人間のとこまでよ。
 その根性に免じて、いいよ、教えてやる。記事にするのも、好きにしな。
 誰に何言われようとかまわねえからな、俺と、あいつのことは、よ。

幼馴染はかく語れり

「わたし、お家では、泣けないの」
 あいつと初めて出会ったのは、この薄汚い店の裏。
 俺の1年分の食費でも買えるかどうかわからないような上等のドレスを着たお譲さまは、そんなところで膝を抱えていた。膝を抱えて、その瞳からぽろぽろ涙をこぼしていた。
「わたしは、笑ってなきゃ、いけないの…」
 泣きながら繰り返すあいつは、ひどく不幸せに見えた。丁寧に梳られた髪も、薔薇みたいな色した頬もかすむくらいに、みじめったらしく見えた。
 不思議だった…いや、後になって思えば、そのことが、俺は嬉しかったのだ。
 金があっても、幸せになんかなれない、と。だから、俺の人生だって、そう悪いものではないのだ、と。
 ただ貧しく暮らしているのでは味わえないその感覚に、俺は虜になった。
 だから、あいつに笑いかけてやった。
「大丈夫」
 わけのなく力強く言う俺に、あいつが真っ赤に腫れた目を向けたのを、よく覚えている。
「俺が、隠してあげる。だから、大丈夫」
 歪んだ優越を胸に笑う俺に、あいつはその涙で濡れた目元をぬぐった。
 そうして――――にこり、と笑った。
「あり、がとう、ございます」
 笑ったあいつは、とても幸福そうだった。
 それを不愉快に思うはずの俺を一瞬で殺してしまうくらい、幸福そうで、美しかった。
 それが、俺とあいつとの出会い。
 お互い、10にも満たないガキだった頃、だ。

 それから、あいつの周囲に隠れて、俺達の密会は続いた。あいつが見張りを突破できる、ほんの短い間だけの、時間。けれど俺たち以上に互いをさらけ出した時間は、そうそうないだろう。
 そうしているうちに、互いに惚れるのも、無理がない流れだろう? 俺は家柄のわりには教育に熱心な親の元にいたから、あいつとの話についていくともできたし、あいつは…俺の前では泣ける、と、ひどく寂しそうに言っていたから。
 穏やかだったな。互いに、好きだ、なんて口に出したことはなかったけれど。労わり、慰め、共に笑い。そんな言葉にこめるより、ずっと確かななにかを交わした。
 穏やかで、穏やかで―――このまま、それは変わらないのだと思っていた。
 けれど、それがほんの少し変わったのは、あいつに出会って7度目の春。
 転機を告げる言葉さえ、俺達の間では、穏やかに響いた。

「わたし、今度お嫁に行く先が決まるんです」
 ぽつり、と言って、あいつは空を見上げる。
 俺を見ることはせずに、続けた。
「一度会ってみたけれど……物静かなの方でした」
 いつもと同じ、明るい声色。
 けれどいつもと同じ笑顔を、どこか曇らせて、それだけよ、とあいつは言った。
 なにを求められているのか、すぐに理解した。けれど、少しだけ躊躇った。口にしたらどうなるか、ではない。口にすることで、その言葉がむごく薄っぺらなものへ変化してしまいそうで、躊躇った。
 だから、俺もあいつと同じように、空を見上げた。そして、その肩をぐいと引き寄せた。
 抵抗は―――なかった。
「…いいのか」
「いいの」
 それは、婚約に関することなんかではなかった。そんなこと、どうでも良かった。
 同意を得た俺は、今度は両腕でその体を抱き寄せた。
 交わした唇は、ひどく熱く。言葉になどしきれないなにかを伝えた。
 否――― 一層の狂おしさを、この胸に、宿した。
「…ねぇ」
 呟いて、あいつは俺の名前を呟いた。
 そして、そっとその額を胸に押し当ててきた。
 けれど、それだけ。黙りこんで、ただ身を任せてくる。だから。
「…このままいれたらいいなぁ」
 あいつの言葉を、俺が継いだ。
 くすり、と漏れた笑声が、全ての答えで。
 再び重ねた唇は、熱く濡れて。絡めた舌は、どこまでも貪欲に奥を、と求めた。
 けれど、いつのまにか回された細腕は、僅かに戦慄く。
 なにかを躊躇するようなその様に、俺は小さく笑った。
 笑って――――…解放した身体は、ふらりと傾いで、壁にもたれた。上気した頬に軽く唇を押し付ながら俺は告げる。
「俺はここにいるよ」
 いつまでも、お前が望むなら。
 囁いた言葉に、あいつは笑った。
 どこまでも、幸福そうに、美しく。
 そして、つい先ほどの俺と同じように、頬に唇を寄せてきた。
 触れたそこは、やはり焼けそうに熱かった。

 そのことは、告白のようなものだったと思う。
 けれど、それから関係が変わることは、なかった。
 気が向けば唇を重ねたし、それ以上を重ねた。けれど、変わらなかった。
 あいつの涙を見守ることが、俺の悦楽で。あいつの笑顔を見ることが、俺の幸福。
 そのことは、ずっと、変わらなかった。
 ずっと、ずっと。今も、変わっていない。終わることなんて、ない。

 けれどそうだな、あんたの思ってる通り。それから4度目の春に、終わりは訪れた。
 あいつは、毒を煽って眠りにつき。
 全てのしがらみから、逃げだした。

 なぁ、あんた。あんたはあれが自殺だと思っているか? …そうだよな、思ってないよなぁ。だからこんなことまで調べ上げた。
 今、思ってるだろう? あいつを殺したのは―――俺じゃないか、って。

 ああ、そうだ。俺が殺したんだ。
 あいつは毒なんか煽っちゃいないんだよ。あれはただの睡眠薬。まぁ、とびきり強力な、仮死状態になるもんだけどな。
 勿論、俺が渡したんだ。いや…あいつが望んだんだ。
 わたしを殺して、と。
 冬のある日そう言って、春までかけてその準備をした。全て、俺が仕組んだ。
 俺の用意した毒であいつが眠った後、俺のするべきことは、一つだった。 騙されているともしらないで葬式で泣く奴らの寝静まった頃、墓を掘り返して、あいつを迎えに行って。そうして、改めて殺してやること。
 それが俺の望みで、あいつの望みだった。
 綺麗なもんだったなぁ。土の下、花に囲まれて眠るあいつは。凍えた唇は、まだ柔らかいまま。笑うように閉じられて。誘われるままに口づけると、それが合図のように、白い瞼が開かれた。
 長い睫毛に縁取られた、夜より深い瞳が、こちらを見た。この世の、否、あの世も含め、なにより美しい目が、真っ直ぐに俺を見た。
 ふっくらと愛らしい指先が、汗で汚れた俺の頬を撫でた。
 そのことの示す意味を、俺は問うたりしなかった。無粋な言葉はいらない。なにもかも、訊くまでもなく、わかっていた。
 ただ、そのためだけに用意したナイフを、その喉へ真っ直ぐに振り下ろした。
 どこを刺すべきか、なんて、悩む間も惜しかった。その願いを、早く叶えたかった。叶えてやりたかった。
 その時、真っ白いドレスが、赤く染まって。真っ白い顔も、真っ赤に染まって。
 ほの白い月の下、白黒の世界で、あいつだけが赤く、美しかった。
 美しくて―――愛しかった。

 本当に、愛しているよ。なによりも、愛している。あいつも、同じだよ。
 あ? なら、共に生きようとは思わなかったか、だと?
 馬鹿なこと言ってるんじゃねぇよ。俺もあいつも、そんなに馬鹿じゃない。それは不可能なんだよ。あいつの親ときたら始終あいつを見張っていた。比喩じゃねぇ、あらゆる時に、それはいた。俺のとこに来れるのは、奇蹟以外の何物でもなかった。あいつが婚約者様と会っているその時さえ、監視の目は途切れない。金を払えば、そんなことをする人間、いくらでもいるだろう? あいつはそれに気付いて、うんざりだと言っていたけれど…結局、最後まで、伝えはしなかったようだな。
 そんな奴らから、逃げれるわけがねぇんだ。あいつが連れ戻されて、俺が殺されるだけだ。
 だから、と、あいつは願ったんだよ。他の奴のものになる前に、俺のものにしてくれと。それだけが、二人、幸福になれる道だ、ってな。
 これ以上の口説き文句が、他にあるか? 他の誰が、あいつにここまで言わせた?
 だから、俺は頷いた。そうして、全てを込めてあいつを一突きで殺めて。ばらばらに砕いて。その骨の一欠さえ残さずに、この身体に収めた。
 あいつの墓、今、空っぽだぜ? 俺が、全部食ったから。まぁ、味は良くなかったけどな。味なんて、関係ない。最高の気分だった。
 本当に―――最高の気分だよ。
 あいつの全ては、俺と共にある。俺の全ては、あいつと共にある。
 あいつの願いを叶えたのだから。その血肉さえ、手に入れたのだから。

 だからよぉ、わかったか?
 あいつを殺したのは、俺だ。あいつの全ては、俺のもんだからな。

 

03/24