●君と5題
 配布元:FREECRIME 別館(閉鎖)

1・真っ白な君のてのひら
2・これだから君の言葉なんてあてにならない
3・君の名前を呼びたくて、
4・許せないほどの酷い嘘なんて君には言えない
5・空白に君の声












1・真っ白な君のてのひら

「ん」

 到底言葉には満たない声をあげて、君はこちらに手を差し出してきた。
 この寒いのに手袋もつけていないその手は、今降り続ける雪みたいに真っ白で。
 水仕事で荒れた僕の手とは似ても似つかない。不釣り合いだ。

「ん」

 少し唇を尖らせて、拗ねた顔をしてみせる君と、それをぼんやりと見つめている僕と。
 手一つとってもまるで似ていない。まるで不釣り合い。
 なのに。

「…手、握ってって言わなきゃ、分からない?」

 ほんのりと頬を染めて呟かれた言葉に抗う術を僕は持たない。そもそも、抗う必要もない。

「分からないわけじゃないんだけどね」

 綺麗な手だな、と思ったんだよ。

 にっこりと微笑んで告げれば、彼女は耳まで赤くなった。

 つないだてのひらは、真っ白で冷たくて。僕のそれより一回り小さい。
 そんな差異が嬉しくてしかたなくて、少しだけ笑った。




2・これだから君の言葉なんてあてにならない

「このくらい一人でできるに決まってるじゃん」

 そう言って手助けを振り払った彼は、砂糖と片栗粉を間違えるというある意味すばらしい芸当を起こしたために不思議なこととなった卵焼きを掲げ、眉を下げている。
 情けない。まともに作れるなんて思ってなかったけど、その表情はいただけない。

「卵焼きくらい楽勝と言ったのに」
「だってそれはお前が」
「私が、なによ」
「お前が、恩着せがましく朝食出してくるから」
「恩着せがましい? どこが」
「いつも美味しいの一言もなく食べ終わると張り合いがないとか言ったから」
「事実だし。あんたからそういう言葉聞いたことないこと。
 それが恩着せがましい? 素敵な感性よ」
「まずけりゃ残してるだろ、普通。
 察しろよ、完食してるあたりで」
「嫌。言葉にされなきゃ分からないことだってあるのよ」
「…それ、お前には言われたくねえ」
「なんでよ」
「口に出さなきゃ分からねえって言ってるのに、オレに好きとか言ったことがない」
「…それは」
「オレだって分からなくもなるよ。そこに嫌々飯出されたらきついだろ」
 だから作ろうとしたのにお前はさぁ…
 その先はぼそぼそと低すぎて耳に入らない。
 けれど、私にだって言い分はある。
「私と暮らし始める時、苦労はさせないとか言ったくせに」
「それは、つい浮かれて」
「あんたの言葉はあてにならないのよ」
 嘘はつかないけど、できもしない夢を見せるから。
 だから、いつも疲れて。
「……それは、ごめんって」
 いつも疲れているのに、その一言にほだされて隣にい続ける私の言葉もある意味あてにはならない。
「ともかく、あんまりひどいと私だって愛想つかすわよ」
 そんなことはありえないって、一番に知っているのは、きっと私だ。




3・君の名前を呼びたくて、

 唇は何度も空回りする。
 呼びたい名前がある。呼びとめたい人がいる。手を伸ばせば届くほどの距離に。

 ―――けど。

 もう終わったんだよ、傷つけることしかできなかったから。
 正反対の君と僕は互いに欠けたものを全部持ってるんじゃないかってくらいに噛み合ってて、心地よくて。幸せだったけど。
 正反対の君と僕は互いに欠けたものを以て、幸せだと思うことと同じくらい傷つけ合ってた。
 だから。
 だから終わろう、もう逢わないよ。
 そう決めた。他でもない2人で、そう決めたんだ。

 ―――それでも。

 街角で見つけた君は君らしくもないライターを持って、君らしくもない紫煙を漂わせていて。
 僕の愛用するその香りが嫌いだって言っていたのは嘘だったように穏やかな顔をしている。

 君の名前を呼びたくて、何度も何度も唇をからまわりさせる。

 名前を呼んで、こちらを向いて欲しくて。
 そうして、なんでそんなものを、って問いかけたくて。
 2人で、話したくて。

 それなのに、唇から洩れるのは声に満たない吐息だけ。

 ああ、ちゃんと、呼びたいのに、なぁ。




4・許せないほどの酷い嘘なんて君には言えない

 彼女は『必死』という言葉の似合う人間だと思う。
 いつだって必至に生き、いつだって必至に俺に向き合う。

「いらないなら」

 今だって必至に涙をこらえて、それでもやけに強い意志を感じる声で言った。

「いらないなら、そう言って。嫌いって、言って」

 いっそここで泣きわめいてくれたなら、彼女の希望に添うこともできただろう。
 けれど、彼女は泣かないから。
 涙をこらえたその顔は、ひどく胸を疼かせるから。

「言ってよ…」

 彼女の気持ちにこたえられないくせに、その嘘だけはどうしてもつけないのだ。




5・空白に君の声

 何も聞こえない。何も届かない。
 そうであるために一人を選んだ。
 そうであるのだから今は一人だ。

 いつからか思っていたんだ。
 僕の中身はがらんどう。
 気持ちとか想いとかそんなもののあるはずの、心ってものには、ただ空白が詰まってる。

 ずっと、持っているものも欲しいものもなくて。だからつまらなく生きてて。
 瞼を閉じて現れる闇は、黒ではなく白い色をしていた。

 けど、どこかから声がする。
 何も聞こえない。なにも届かないはずなのに。

 確かに僕を呼ぶその声の持ち主が、なぜか認識できる。これまで、他人の見分けなんてつかなかったのに。

 この空白に、君の声が、響くんだ。




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