◆元旦、早朝。街角にて。
「ううー。寒いね」
「ならスカートやめりゃいいじゃん」
白い息を吐きながら、手の平をこすり合わせる磨智に、芽以がボソリと呟く。
呆れたようなその呟きに、磨智はぷうと頬を膨らませて見せた。
「それでもおしゃれをするのが女の子ですぅー。分かってないねえ、メー君たら」
「女の子…」
「なに、文句あるの」
「…文句はねえってのっ! すぐつまもうとすんなよ! ちょ、よるな!」
「ふん。慌てるなら余計な―――っ」
余計なこと言わなきゃいいじゃない、と言うはずだった口は、きつく閉じられる。
薄く氷のはったアスファルトに足をとられ、息を飲む。
しかし、たたら踏んだだけで体勢を整え、転ぶことはどうにか逃れた。
のがれたのだけれども。
物心ついた頃から時からお隣さん。そんな気の置けない二人の間に落ちる、奈落にもにた沈黙。
地獄のそこからはいい出るような声でそれを破ったのは、磨智。
「メー君」
「…な、なんだ」
答える彼の声は、固くこわばり。だからこそ、彼女の声も固く掠れる。
「………み、みた?」
「見えてない見てない! 大丈夫タイツだったし!」
なにを、とも、どこを、とも言っていないのに、色々明確すぎる慰めだった。
それを受けた磨智は、にこりと笑う。年頃の娘らしい、はにかんだ微笑。ただし、その眼には息をいてつかせる外気より冷たい光。
「見たんじゃない!?」
「なぐんな! また見えるぞ! ちょ、ま…磨智マジで待て!」
「またない!」
「勝手に見せといてなんだよお前!」
「見るな! 馬鹿! メー君の馬鹿あ!」
「だから、待てって!」
待て! が待ってくださいお願いします、に代わるまで、二人の過激なスキンシップは続いた。
その後、色々な場所を膨らませた芽以は、はあと息をつき、呟く。
「…だから、短いの止めろって。それに、カカトたかいよ、その靴」
「…そうだね」
「そんなことしてもお前がちびな事実はかわらねーじゃん」
「う、うるさいなあ…!」
声に怒りと悔しさを滲ませて、それでもそれ以上にある気まずさと申し訳なさから、磨智は口をつぐむ。
自然と黙って歩くことになる二人の間に、再び沈黙。
ただ、先ほどよりよほど穏やかで―――静かすぎる沈黙だ。
が、が、が、が、足音だけが響くそれに耐えかねたように、芽以は口を開く。ついでに、手も出した。
「…手」
「なに」
「出せ。またこけられちゃ困るんだよ!」
「……」
それは、仲良くお手手をつなぎましょうというあれだろうか。
磨智は、全身全霊をかけて突っ込まなければいけない気がした。
もうつっこんでからかって新年を気持ちよく迎えなければいけない気が、したのだけれども。
「いい心がけだね、メー君にしちゃあ」
くすり、と笑った彼女は、そっと手を差し出す。手袋に包まれた手が、しっかりと握り合わされる。
「お前もしおらしいな。お前にしちゃあ」
握り合った手の平は、それでもふわふわとした毛糸に阻まれて、お互いの体温を伝えない。
寒い早朝を吹き飛ばすくらい熱い体温は、伝わらない。
「まあ、殴ったのはやりすぎたよ。反省はしてない。でもごめんね」
「す、素直に謝れよ、そこはさあ…」
それでも和らいだ空気に、同じように和やかに言う彼女に、彼は疲れたように頬をかいた。
―――その、50mほど後方にて。
「……緋那さん緋那さん。私達はどんな顔をしていればいいでしょう」
「悟りを開いた顔で、見守ってやれ」
「うんまあ、たぶん未来の妹だものねえ……でもさあ…なのにさあ…まだ付き合ってないっていうのよ、あの子たち…!?」
「困ったことだな。…ほら、叶多。お前もぷるぷるしてないで、行くぞ。大体お前、歩くの遅い」
「うう。もっともです…でも緋那! もう私寂しい! いちゃついて! 手ぇつないでぇ!」
「……寒いからくっつきたいだけだろ、お前は」
「その通りだけどねっ!」
◆元旦、早朝。神社にて
神社についた叶多は、ぷるぷると震えながら問いかける。
寒さ、ではなく。もっと別のなにかで身を震わせながら、幼馴染を見やった。
「…ねえ、緋那」
「叶多、ほら、甘酒」
真顔で差し出された紙コップに嬉しげに微笑んだのは、一瞬。
「わあい。ありがとうて、そうじゃなくてね、緋那!?」
すぐに蒼ざめた顔色に戻った叶多は、どこか遠い目の幼馴染の肩をぽん、と叩いた。
そうして、逆に肩を掴まれる。
「…いいか、叶多。私達は何も見ていない。目を合わせるな」
青い顔の叶多よりもっとずっと青い顔をした緋那は、力強く諭す。どこか切羽詰まった口調で。
「何騒いでんの、お前らー」
そのただならぬ気配を、知ってか知らずか。
さい銭箱のあたりで騒いでいた芽以と磨智は、二人に近づいてくる。
近づいてきたから、分かった。
「おい、無視するな、って……、あ。弘修だ」
「あ、本当だ。……い、いや…えっと、弘修さん、かなあ…?」
どこか強張った磨智のつぶやきと共に、二人は脚を止める。それ以上は「それ」に近づきたくないというように。
それー――神社の影になった、立派な大木。
その大木に、一心不乱に拝んでいる少年。
集まった四人は、彼の名前を知っている。佐方弘修。2年生。生徒会所属。吹奏楽部。
そんな彼は、控える受験の願をかけるでもなく、ただ一心に呟いている。この神社のご神木に向かって、一心に。
聞きたくはない、けれど聞こえてしまう、その声は。
「両想いになれますように…緋那と両想いになれますように…」
疲れたように、憑かれたように、繰り返される言葉は低く重く。周りの目などちっとも気にせずに繰り返される。
呼ばわれたというか唱えられている少女は、ぶるりと身ぶるいし、叫ぶ。
「二人とも止めろ! 見るな! 指さしちゃいけません!」
「緋那、お母さんみたい…」
「その慈愛でアレ引きっとってくれませんか、曽根崎さん…」
怯える緋那、そのわきで呟く叶多。
三つ目の声は、二人の背中から聞こえた。
「…おう、風矢」
「あけましておめでとうございます。…新年早々いちゃいちゃ手つないで歩いてたメー」
振り向き、名を呼んだ芽以は、あっという間に赤くなる。
赤くなって、むせて、そうして声をとりもどす。
「え? …な、なんで、知って…!?」
「神社に入ってくる時まで繋いでいたのを見ましてね。これはからかわねば、と…」
わたわたとうろたえるクラスメイト件部活のライバルに、風矢は冷静だった。
冷静に、冷笑を浮かべ、湯気の立つ甘酒をくいと煽る。
「み、見て見ぬふりしろよ! いちゃついてないけど!」
「新年早々往生際が悪いですね。…ま、アイツよりはましですが」
いいつつ、彼は脚を進める。
ちゃっかり空いた紙コップを芽以に押し付けつつ、ずんずんと歩んでいく。ひどく、悲しい顔のまま。
「ほら弘修! もう止めなさい! そもそもここ、学業祈願だ!」
「それがなんだよ」
ひどく悲しい顔の幼馴染に捕縛された何かに憑かれた男こと弘修は、ぽつりとつぶやく。
え、なにって。
その光景をみた全員の意見の代弁は、風矢の口から。
「なに、って…。……ともかく止めなさいみっともない! そして怖い!」
「朝から甘酒4杯目はみっともなくないの」
「いいじゃないですか! 好きなんだから!」
「いや4杯は飲みすぎだろ、こんなあまったるいもん」
「メー! あなたは黙っていてください! ややこしくなる!」
なにやらきゃいきゃいと騒ぎ始めた光景を見、緋那はふうと息をつく。
つかれたような―――それ以上に、ふっきれたような吐息を、ゆっくりとはいた。
「…さて。保護者が着たし、私達は帰ろうか、叶多?」
「え、あれ、一言もかけないでいくの…?」
「年賀状出したからいいだろ」
「わ、わたしに書かせた適当なあれをカウントしちゃうの!? 私と連名のあれを!?」
「帰ろう、叶多」
「はい帰りましょう緋那さんっ」
報われぬクラスメイトに憐憫の眼差しを向けていた叶多は、びしと姿勢を正す。
帰ろう、とくりかえす幼馴染の顔が、あまりに穏やかで―――怖かったから。
「あ、長くなりそうだから私も帰るー」
「そうだな、帰ったら御汁粉を食べよう」
どこか壊れたような穏やかさのまま、緋那は答える。
てけてけと仲睦まじ気にあるく二人に続きながら、叶多はちらと振り返り、軽く手を合わせた。
―――今年は、少しぐらい。
彼がまっとうになりますように。
報われますように、とすら祈られない少年は、幼馴染と幼馴染のクラスメイトに囲まれ、なにやら口論を続けていた。
なお、その後。
後に帰る際、彼は語る。
「メーと磨智で新年早々手つないでいちゃいちゃするし。緋那はやっぱりするーするし、御利益、ないと思って」
「い、いちゃついてない!」
「ホント諦め悪いですねあなた。…しかし、弘修も。ならもっと早く諦めてくださいよ」
「え? …そんなに、時間経ってた?」
「経ちましたよ。なにいってんですか。君がいつまでも帰ってこないからと僕が迎えに来る羽目になったんでしょうが」
「気付かなかった」
「…集中しすぎだろ」
「…え、大丈夫ですよね? なんか憑かれたようだったけど、大丈夫だったんですよね!?」
幼馴染をひたすら怯えさせる言葉をはいた彼は、こくんと首をかしげる。
不思議そうに、ごく真面目な仕草で。
だからこそ痛む頭に、風矢はそっと目頭を押さえた。