新婚じゃなくても新婚のお約束をやってみた。

 いい夫婦の日だから何か書こうと思ったけどいつもいい夫婦みたいな奴らじゃねえかと思った。そんな、通常運営べた甘系。
 砂糖でできた短文集です。

かぜこま
メマチ
ベムヒナ

たくゆえ
須堂夫婦
神宮夫婦






真顔でいってくれそうですよね。

 小町さんと連れ立って歩くことになっていたある日。
 部屋に迎えにいった僕に、彼女は言った。
「『ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?』」
「は?」
 なんですかその棒読みっぽいセリフ。
 と、尋ねるまでもないのだろう。うん、予想できる。
「と。風矢さんにお伝えしろと大宇宙の意思はおっしゃっています」
 ほら、やっぱり。
 真顔でそんなことをいう彼女は、とってもおかしくて、それでもかわいい僕の彼女。
 思わずよしよしとなでたくなるけど、我慢してみた。
 我慢した結果、掌は自分の額にむいた。痛むこめかみを押さえる。
「意味…」
「意味?」
「わかって…ます…?」
 力なくつぶやいて、いや、と首を振る。
「…いや、いいです…いいんです…」
 僕はそんな君を愛しています。全力で。
 しかたないんです。そんなところもかわいいなあとか思っちゃってるんだから。
「風矢さん」
 悟りを開きかける僕を、彼女はじっと見つめる。
 長いまつげの下の、青い瞳。
「わたくしこういったやり取りの交わされる状況とその意味については知っています」
 それは見開かれることも細くなることもなく、要するにちっとも感情はうかがえないわけだけれども。
「少し照れました」
 ちょっぴりだけよった眉には、それを感じたりする。

 ―――嫁にしよう。
 いつか、絶対。嫁にしよう。
 胸に生まれた誓いを胸に、思わず彼女を抱きしめたりする。
 僕は、全然悪くない。



あえて夫婦になる前で。夫婦のお約束を。私はそろそろ大宇宙の意思を都合よく使いすぎでござる。ごめんなさい。



新婚っていうか万年ばかっぷる
「おかえりなさいあなたv ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「……!?」
「私に助ける求める目線を送らないで。仲良くやって」
「は、薄情もの!」

 そんなやり取りの後、かなたは本当にとっとと立ち去った。
 二人きりで残った俺が、どれを選べと言うのか。
 私って。私って。っていうか、なんでそういうこというかな!
「なにか不満でも? あ・な・たv」
「お願いだからちょっと離れて!」
「め…めし…?」
「疑問形なのが気になるけど、いいよ。じゃあしてあげるね。『はい、あーん』を」
「し、しなきゃだめなのか!?」
「嫌ならお風呂でもいいんだよ」
 嫌だよその流れだと背中を流してくれるじゃねえか!
 しぬだろう!(出血多量で)
 一人で死ぬのは嫌だよ!
「それが嫌なら、私?」
「ま、磨智。その、あのなあ!」
 なにされるんだ、私って。
 なんなんだ、私。
 わからないけれどすごく思う。受け取ったら、風呂より命の危機だ。
 …いや。でも考えてみればさあ…
「お、お前のことはもうもらってると思ってた!」
 うんもらってるだろう、いろいろと。
 色々ともらっているんだから、間違ってない。
 けれど、磨智はえらく難しい顔をした。
「なによ、偉そうに」
「だ、だめだったのか?」
「いや。そうじゃなくて。…私がいいたいのは、そういうことじゃないんだけどね」
 けどね。できるなよ。不安になるだろうが。
「…ま。ご飯はちゃんとできてるから、早くたべよーねー。お風呂もわいてるから、はいりたきゃはいれば」
 なんか、案の定怒ってる。
 …怒ってるけど、まあ、いいか…?
 無視は、されないようだし。



すごく通所運営。夫婦というよりは恋人のほうがいまだにしっくりくるけれども。

夫婦という言葉はある意味一番にあいそうですね。あっはっは。


 ある日の夕飯時。
 びしょぬれのネズミ状態でかえってきたベムに緋那は眉をしかめる。
「お前、そういう時は雨宿りするって発想はないのか」
「だって。ご飯」
 緋那の作るご飯が待ってる。暗に主張された言葉に、緋那はまなざしを険しくする。
「食事は逃げない」
「でも、さめる」
「さめてもいいだろう」
「僕はいや」
 彼女としては、きっぱりと首を振る彼に、馬鹿を言うな、と怒鳴りつけてもよかった。
 けれど、嫌。
 嫌、といわれると少しだけ弱い。
 彼が自分の希望を述べることは、あんまりないわけだから。
 じわじわと広がる居心地悪さに、ため息を落とす緋那。
 そのまま用意していたタオルで彼の顔なんか拭きつつ、とりあえず告げる。
「ほら。風呂か食事か選べ。どちらにしろ、ちゃんとふけ」
 それなりの近さで見た彼の顔が、少しだけ動く。
 緩む、とも歪む、とも言いづらい。実に微妙なその動きのその意味に、緋那は気付かない。
「緋那」
「なんだ」
「…いや。その。…愛してる」
「…お前、本当意味がわからない」
 むっと唇を曲げる彼女に、彼はため息をつかない。
 いつものことだし、なによりも。
 そんな彼女のことが、とっても好きだから。



「緋那がほしい」と言いたい年頃。日々えぐさを増す、生殺し。




夫婦、に。…なる日がこなくもないかもしれないけどなあ。

 ある日、恋人っぽい女を尋ねてみた。
「おかえりなさいあなた。お風呂にするご飯にするそれとも私」
「お前ってさあ。結構はやりにのるよな…」
 淡々と無表情でそういうこといわれてもな。
 せめて笑顔でいってもらえたらな。
 いや、言われても馬鹿じゃねえのって思うけどな。
「なんとなく」
「しかもたいてい俺の好みじゃないしさあ…」
 予想通りの言葉に、思わずもれるのは愚痴。愚痴というか、素直な感想。
 深い意味などまったくなかったが、祐絵は意外そうな顔をした。
「たまにはあったの。好みの反応」
 ………。………まあ。大衆のはやりをなぞるって。いいことだよな。
「…ノーコメントで」
「そう」
 いいことだと思うけれどもなんだかそれを説明するのが気恥ずかしい。面倒だ。
 だからぼかせば、あっさりと引き下がられた。
「…まあ、飯あるなら、食いたいけど」
「残り物の鳥の煮込みが」
「食う。…っていうか、とりあえず入れてくれ」
「そうね」
 ぱたぱたとひっこむ背中を見ながら、ふっと口元がゆるむ。
 笑うためではなく、つぶやくために、思わず。
「……おかえりなさいは、いいなあ」
 …いや、わりといつも言われえるけどさ。
 でもさ、なんていうかさ。…まあ、どうでもいいんだけどな。

普通の愛情表現がいまいちわからないからとりあえず見たものを真似したりする彼女と、そんな彼女が好きな彼氏のお話。
それでもきっと幸せな二人。あなたにちょっぴりときめいたそうです。


正真正銘新婚。今も中身は変わらない。

 須堂槙太は家の扉をあける。
「おかえりなさいあなた! ご飯にする?お風呂にする?それともわたし?」
 新婚3カ月目の彼の妻は、それはそれは幸せそうな表情で、わりとおバカな主張をする。
 エプロンをつけて、しなを作って。
 その姿自体はかわいいし、別に夫をどうむかえようと勝手だ。
 しかし、なぜそうなるのか。意味がわからない。
 少し遠いところを見たりした後、槙太は笑う。
 無愛想だの鉄面皮だの手配犯のツラだの言われるその顔が浮かべる笑顔は、存外穏やかだ。
 穏やかで、珍しい。思わず妻は瞬きをくりかえしてしまうくらいに。
「飯。風呂。お前」
「え?」
 楽しそうというか、意地が悪い。
 常々妻にそう評されるその表情が、基本的に妻にしか向かないことを彼女は知らない。
「聞かれたから答えたが。順序を」
「え!?」
 同じ音を繰り返す咲子はぽんと頬を染める。
 自分からいったくせに、馬鹿だな。
 その感想を胸の内に秘めて、槙太は笑みをひっこめる。
 代わりに浮かんだのは、これまた珍しい表情。がっかりしたような顔。
「なんだ、だめなのか」
 わざとらしいまでのその表情に、咲子はようやく悟る。
 からかわれている。
 楽しんでる。
 それはもう楽しんでいらっしゃる。
「全部はだめなのか?」
 ずいと顔をのぞきこまれ、妻はぷうと膨れる。
 仏頂面に戻った夫は、その子供じみた仕草をほほえましく見守る。
 見守り、見つめあうほどしばし。
 頬のふくらみをひっこめた咲子は、ばしりと夫の胸をたたいた。ばしり、というよりは。ぽかぽかと。これまた実にほほえましい擬音の似合う様子だ。
「…………あなたの照れどころはわからないわよ、もう!」
 赤くなりながら言いきって、リビングのほうへと引っ込む妻に、夫は笑う。
 楽しげというよりは、意地悪げで。
 それでもとっても、いとおしそうな微笑だった。



照れるかと思ったのに照れないんですよもー。みたいな。馬鹿夫婦。ばかっぷるばかっぷる。




別に新婚ではないけれど新生児は抱えてた。

 ある日、かえってみたら。
 旦那がエプロン姿ですっげえいい笑顔を浮かべていました。
「おかえりなさい美華! ご飯にしますかお風呂にしますかそれともわ・た・し?」
「舞華。」
「いや、あの」
「舞華。」
「その………」
「それいがいないわ。いいからそのあんたの浮かれっぷりにおびえているその子を渡しなさい」
 素直な気持ちを述べてみた。
 夫はわりと本気で泣きそうな顔をした。
 ……泣かれても困るわよ。どうしろっていうのよ。
 受け取ったわが子をあやしながら、思わずため息。
 泣きそうというかちょっとめそめそしていた夫は、わりとすぐに立ち直った。まあ、いつものことだものね。
「……いやいいんですけど! いいけど! 貴女とその子が一緒にいる姿をみると、こう、人生生きててよかったなあとか思ってますとも!」
 大げさねえ、とつっこむにはあんまりに鬼気迫る顔に、思わず息をのむ。
 え、なに。そんなに重要なことだったの。さっきのあれをスルーしたことは。っていうか。あれ、確か新婚のセリフじゃない。それに言うのは妻じゃない。普通。
「でもせめてつっこんでくださいよ! スルーしないで! 恥ずかしい!」
 ああ、そういうことだったわけね。
 それって…
「恥ずかしいのにするのね。どこまで馬鹿よ」
「旦那を鼻で笑うんですねあなた…」
「鼻で笑って指差して笑うわ。馬鹿ね、優哉」
 素直な言葉をまた告げてみた。
 今度こそまじめに泣きそうな夫に、大きくため息。
 いい年して泣くんじゃないの。
 泣いていてもかわいいなあかわいいわねえうるさいけどかわいいわねえやばい私の娘超可愛い。なんて思う対象は舞華だけよ。
 まどろんできた姿ももうそりゃあかわいい娘をそっとベビーベッドに寝かせて、向き直る。
 ののじなんて書いている背中を一瞬蹴ろうかと思って、我慢。
 だってねえ。寝てるけどねえ。教育に悪いじゃない。
「ほんと、馬鹿」
 だから、代わりに。
 ふりむいた顔にむかってかがんで、唇を押しつける。
 んぐ。とかもれる声は、実に色気がなく。
 それでわたしとは笑わせるわね、なんていうよくわからないセリフが浮かんだりしたけれども。
「子供に聞かせられないでしょう? そんなもの」
 口づけられた箇所を抑えてへにゃりと顔を崩すところとかは、まあ、かわいい。
 馬鹿でかわいい、私の旦那だった。



 私のかわいい子供と、あほな旦那さん。そんな、あほ夫婦。

back