新しい年のはじまるその日、126番地は極地的に色鮮やかだった。
 夜遅くまでカフェで騒いでいた家主は、寝不足でぐったりしんなり力無く椅子に腰掛けていたりするが、色鮮やかだった。
「メー君、似合うっ?」
 白の地に色鮮やかな花々を咲かせた振袖をまとい、磨智はにっこり笑う。
「ね、可愛い?」
 こくんと首を傾げる。高い位置でゆいあげた髪、その簪がじゃらりと鳴った。
 色々と眩しい恋人に、問いかけられたメーは唇を曲げる。
 うっすらと汗をかいているのは、お揃いーと振袖を着せられそうになって逃げ回ったせいだ。
 しかし、その顔が赤いのは、走り回ったせいではない。
 照れているとすぐ分かる顔だが、彼女はそれでは足りないらしい。
「かーわーいーい?」
 重ねて問いかけられ、メーはますます赤くなる。
 沸騰しそうな頭で彼は考えた。
 可愛い、とどうせ言わせられるのだから、とっとと言ってしまえばいい。そちらの方がからかわれずにすむし、彼女も喜ぶ。一石二鳥だ。
 だから、彼は口を開く。
「か」
「か?」
「かわ」
 いい、とその音が喉でつまる。かぱかぱと唇をからまわさせる。
「か、かわ」
 それでも、彼は頑張った。
 一年の計はなんとやら。
 脱へたれでも目指したのかもしれない。
 しかし、ようよう吐き出した言葉は、
「かわ…かわ、かわはぎ!」
 あんまりだった。
「……」
「……」
 長い、長い沈黙が、二人の間に降り積もる。
「…かわはぎ」
 それを破ったのは、ひどく低い呟き。
 低い、けれど笑みをかみ殺すような呟きに、彼は大いに焦った。新年早々怒らせたと思たのだ。
「ち、ちが、ちがくて!」
 がし、と肩を掴んで、いい募るメー。
 突然近づいた顔に目をまるくした後、磨智は笑う。
「違う、の?」
 無邪気な口調で問いかけられ、彼は再び顔を赤くする。
 赤くして、黙って。それでも軽くうなだれた。
「可愛い…です」
「よろしい」
 蚊の鳴くような呟きに、磨智はやわらかに笑う。
 満足気な笑顔は、振袖に咲く花より華やかだった。


 いつの間にやら手と手をとってきゃきゃうふふ言い始めた二人を眺めながら、朱い髪の少年が小さく呟く。
「『あれでいちゃついてる自覚がないのが怖いですね』」
「…ですね?」
 彼らしくない言葉とその口調に、緋那は小さく眉を顰める。その顔を認め、彼は小さく頷いた。
「って、風矢なら言いそう」
「…そうだな」
「彼がなき今、僕が言わないと」
「なきって、お前…」
「いちゃついてまだ帰ってこない的な意味で」
「いや、まぁ、そうだな」
 もの言いたげに頷いた緋那もまた、白い振袖を着ている。細かな花が愛らしい磨智のものに対し、淡い藤色にそまった裾に、赤い牡丹が咲いているそれは華やかだ。
「綺麗」
「あぁ、かなた、奮発したからな…」
 ―――ただしお陰でしばらく草だけさっ。
 ちゃっかり自分の分も確保してあるきらびやかな衣装を抱えて主が言い切った言葉を聞いた時は誰もが絶食生活を覚悟した。
 したが、実際はお買い得商品だったらしく、無事雑煮が煮えている。
 しかし、彼が言いたかったのは、そんなことではない。
 ―――緋那が綺麗。なによりも。
 浮かんだ言葉はそれだが、寸でで思い直す。
 きっと、彼女はこの振袖のことだって、誉めて欲しいのだろうから。
「…似合う」
「……っ」
 重ねに重ねた数年が無駄ではないというように、少しだけ軌道修正した台詞に、彼女はふいと顔を背ける。
 大きな花飾りからぶら下がる銀の飾りが鳴る音は実に涼やか。けれど、白い頬がうっすらと赤い。
 赤いことに気づいても、彼は言わないでおいた。
 嫌がっていないようだから、それでよい。
 嫌がらていないのだ、まだ待てる。
「そんなことよりノリ刻め。雑煮煮える」
「ん」
 静かな心地で頷く彼は、微かに笑った。今年は、まずまずのはじまりだ。
 背後から響くおなか減ったー、という間の抜けた声も気にならないくらい、幸せだ。

 新しい年は、変わらないなにかと変わり始めたなにかを内包して、そっと微笑んでいた。