覚えているのは、暗さと冷たさ。
 後生大事に持っていたのは、小さなペンダント。
 重い体を動かしてつかんだのは、深丞武行その人の足だった。

きっと明日には忘れてる

「ねえ、武?」
「なんだ」
 武に声をかけながら、銃の解体を始める。
 彼はこちらを向いた、その口にポッキーを咥えながら。
「ボクには君達に会うまでの記憶がないよ」
「ああ、嘘くさいまでに記憶喪失だな」
 言いながら、愛銃を掃除をしながら組み立て直す。
「覚えていない記憶の中で、ボクはなにをしていたんだろう」
 記憶など、なに一つ残っちゃいなかったのに。
 銃の扱い方は、考えるまでも染みついていたボクは。
 武行は笑う。なんだか、困ったように。
「私の知ったことではないよ」
「うん、そう、君も知らない。なら、裏稼業で生きていたわけでもないのかもしれない」
 目立ったことをしていたなら、武行なら知りえるはず。
 そして、ボクがその手の家業をしていたのなら、目立たぬことなどありえなかったはず。
 そのくらいの実力がある自負はある。けれど、一人で大人しく仕事をできるほど成熟していた自信はない。
「でもね、たまに思い出すのは、いつだってここの光景」
 つながらない記憶はひどく断片的で、ともすれば不吉だ。不安をあおるには十分なものだ。けれど。
「その辺でストリートチルドレンしてたのかもな」
 返ってくる相槌はやっぱり軽い。
 そうしているうち、銃を組み立て終わる。
 何度も繰り返した行為。ルーチンワーク。けれど、今日は銃を手から離すことをしない。
「…ねえ、武。君を殺せる人間は、きっと敵じゃない」
「そうか? 俺はそんなに強くないが」
「けど、君は敵には負けない。それで嘆く者がいるうちは、きっと。
 だから、悪意もなく、君に善意で近づける人間なんだよ」
「…ふぅん。そうか、そうなれたらいいな」
 穏やかに笑う武。ボクは銃を見つめたまま呟く。
「例えば、だけどさ」
 そっと銃を構える。
 銃口を、彼へと向けて。
「ボクは君を殺すために来たのかもね。そう言う暗示も世の中にはあるそうだよ、記憶を忘れて生活して、回りになじんで。時が来れば標的を始末する」
「ああ、聞いたことがある。というか、その話をお前にしたのは私だ」
 セーフティをはずす。
 それでも、彼は何も言わない。咎めることもうろたえることも怒ることも、なにも。
「例えば、それでもいいの? 武は」
 こんな素性の知れないモノをあまつさえ腹心の部下として使う彼は、人を見る目がないのかもしれない。
「まさか。好んで死にたいと思うほど世をはかなんでない」
 彼がふ、と小さく笑った。と思ったその瞬間。
 ひんやりとしたものが頬をかすめた。
「私も例えばの話をしようか、りお」
「うん」
「例えば、お前が私を殺そうとして。
 敵うと思うか?」
 そっと頬に触れる。
 僅かに切れたそこから、赤い色が付着した。
「…無理だろうね」
 薄く滲んだ血を拭って答える。あの一瞬に投擲されたナイフは、別に額に刺さっても不思議ではなかったのだから。
 そっと銃を下ろしながら、胸も一緒に胸もなでおろす。
「武、そのままでいてね」
 ボクが何者であったとしても。今ここにいる「りお」は君が好きだから。
 どうかそれを覚えていて。忘れないで。―――ここにいるボクを、消してしまうくらいなら、未来を消してしまって。
「…覚えておくよ」
 言葉にせずともそれは伝わったのか、武行は軽く身を乗り出してハンカチを差し出してくる。これでふけということらしい。
 基本的に身の回りのことはマメとは言えない彼のその行為が、少しだけおかしい。
 小さく笑うと、胸の中の不安が、少し溶けた気がした。



りおと武行は仲が良いようで仲が悪いような、そうでもないような、そんな関係です。部下と上司いうほど上下関係もなく。…下宿人と大家さん?