「雪見鍋がしたいわ」
 そう言って、双子の姉に大根を手渡された青年は、小さく溜息をつく。
「雪見鍋…」
「そう、寒いから、雪見鍋」
 青年に良く似た面立ちをした女性は、にっこりと笑う。
 青年―――御門雅輝は、溜息を深く重いものへと変えた。
「そう、寒いから雪見鍋。はいいですけど。
 寒い中雪だるまのように雪に埋もれていた弟に労わりの言葉はありませんか、姉さん」
「ないわね。むしろ雪まみれの貴方を見たら食べたくなったの、雪見鍋。まあ、一部もみじおろしみたいなあり様になってたけど」
 姉さんと呼ばれた女こと御門雅夜は、優雅に小首をかしげる。愛らしい笑顔を添えて。
 愛らしく可愛らしいその笑顔が、ごり押し精神の表れでしかないことを知っている雅輝は、何度目かわからぬ溜息をつく。今度は、諦めの意味をこめて。
「……はいはい。下ろしますよ。ごりごりと。もうごりごりと全力で…」
「あら、できた弟がいて私は幸せねえ」
 本当にうれしげにぱんと手をたたいて、雅夜は歩きだす。うなだれたままの弟の方を見ることもしないまま。
 彼女にとって、弟がちょっとその辺りで雪の中に埋もれているくらい、ちっともおかしなことではない。深く気にする価値はない。第一、埋められた本人だって、本当は頓着していないということも、知っているのだ。
 だから彼女は溶けてぬかるみをつくる雪を軽やかに踏みながら、歌うように告げる。
「明日当たりからちょーっと面倒な仲介に入らなきゃいけないから。美味しいもの食べて精をつけないとねえ」
 妙に明るく楽しげに告げられた言葉に、雅輝は表情を改める。
 どこぞの女に言い寄ってはふっとばされ言い寄っては雪に埋められる人間と同じとは思えないほど、静かな表情に。
「だから、しばらくどつかれにいくのは止めて頂戴ね。雅輝」
「…せめて、ふらふらで歩くの、って言ってくれない?」
 けれど、その静けさは一瞬。すぐにへにゃりと情けなく眉を落として、心底悲しげに訴える。
 がっくりと肩まで落とす彼に、彼女はきゃらきゃらと笑い、なぜかくるりと回る。たまにテンションが高い女なのだ。
「じゃあ、だくだくとかかしら。まったくもう、あんなにほいほい景気良くのされること、ないでしょう。不死身なのもいい加減にしなさいな。見苦しい」
「見苦しくてもいーんです。それが僕の生きる道なんです!」
「どう見ても死ぬ道じゃない。馬鹿ね」
「馬鹿でいいんです、僕は!」
 ムキになってというより、やけになった口調で言い募る雅輝。雅夜は心底呆れた溜息をついたのち、すぐに楽しげな笑顔をはりつけた。
「そう、あなたはずーっと馬鹿だものねえ。馬鹿につける薬はないって本当ねえ。でも、明日から存分にふらふらしてもらうもの。ふらふらするなとは、言わないわ」
 ふらふら、と言っても。
 ただふらふらするだけではなく、間違いなく危ない橋を渡る『ふらふら』だ。
 彼も彼女も、『番人』と呼ばれる家系に生まれた。
 この街の番人と呼ばれ――――この街が『外』の世界と完璧に敵対してしまうことを防ぐ人間。
 時にはある程度の利害をちらつかせ、時には脅し、時には弑逆し―――この街を標的とした『戦争』を防ぐための人間。
 たった二人で、そんなことができるわけがない。
 それでもたった二人で、それを防ぐための流れをつくらねばならない。利害をちらつかせ、脅しつけ、弑逆し。その流れを、守り続けなければいけない。
 ―――ふらふらふらふらと、あるいは一生ここからでないまま。
 脳裏に浮かんだ言葉に、雅輝は僅かに目を細める。楽しげに便宜上の家に向かって歩いていく姉を眺めて―――呼びかける。
「…姉さん」
「なに?」
 ふりむく彼女は、いつだって楽しげで、胸を張って生きている。どんな時でも。
 だから彼も笑って答える。なにがあろうとも変わらずに、笑顔で。
「今のうちっていうなら、熱燗もつけるから、猪口出しといて」
「そうね」
 重ねられるうちに、重ねられるだけの。
 平穏が貴方を守るなら、それで良い。
 生涯口に出さぬであろう思いを飲みこんで、雅輝は肩に残る雪を払った。

あとがき
ぐだぐだ仲良しっぽいお話、四季に添えて。体の良い(?)キャラ紹介。
基本部下のお話でした。一部上司が混じったけど。まぁ、武行、ふらふらふらふらふらするのがアイデンティティだしな… 2011/08/26
目次