―――発信機万歳。
例の廃墟の前にたどり着いた一同が感謝を捧げるのは、竜臣でなく発信機にであった。
「しっかし…どうしましょう」
「どうするもこうするも…どついてブツを取り返すんだろ?」
慶の中で暴れることは決定事項らしい。
「でも竜臣人質ってやつになってるんだろ?」
「あ。思いきってここを燃やして、自力で脱出してもらうっていうのは?」
「…なんか出来そうだな。慣れてるし?」
「丈夫だしな」
思いきりすぎな提案に同意する雅と慶。
「でも品物も燃えちゃうじゃない。それだと」
この場合、信頼と冷淡は紙一重だ。
実にさっぱりとした会話をしつつ、彼らは廃墟に足を踏み入れた。
んなこと慣れてたまるか。
誰の所為で燃やされると思ってるんだ。
人より品物の心配かよ。
―――彼らにそうつっこんでくれる彼は囚われの身だった。
―――どうせ今ごろ……全然心配されない挙句、情けないとか言われてるんだろうな、俺。
大当たりだ。
「……神経の太いヤツラだよ」
―――余計な気を回さなくともいいけどな。
いつからだかは分からない。けど……守るのは止めた。干渉を止めた。
無力すぎて嫌になったから。
幼いころから死は日常で、隣りで笑っていた奴がいつのまにか消えて行く。そうして……全て忘れていく。
怖かった。
別れが悲しかった。いつかそれすら感じなくなってしまいそうで、それはもっと怖かった。
だからいらない。
友達もなにもかもいらない。所詮他人は他人でしかない。自分しか残らない。…簡単に消えていく者など、最初からいないと同じだ。
独りで生きていけるなんて思いあがるつもりもないけれど。
それを求めるのは、求めてしまうのは怖かった。
それでも。
「……宗也は……」
―――殺したくない……
彼は大切な人間だ。
兄のことを覚えている人間だから。兄の思い出を共用できる人間だから。
―――逃げた俺とは違う人間だから……
きっと俺とは違う。彼は兄のように生きれる人間だから。
「…なんたってこんなくさったことに手を出すかな…」
友達とあえてあげるなら彼はきっと近いところにある。
「こんなこと……お前らしくないよ。宗也」
珍しく、久しぶりに一人で呼ばれた。
『某国家秘密機関サン…からの依頼なんだ。
実験中大量殺戮兵器とやらが盗られちゃたそうでねー。盗り返して欲しいそうだ』
にっこりした笑み―――ではない薄い笑み。凍りつくような冷笑。
『ふん…自分達じゃ動けないお立場なワケか』
恐らくはその国も平和主義を掲げているのだろう。相当穴だらけかもしれないが。
『そんなもの俺達には関係ないんじゃないかな? ま、正義の味方になりたいんなら止めないけど』
『まさか。ところで俺一人で運べるものなのか?』
『機械っつーのは肝心の一番大事な部分はコンパクトなものだよ』
『そうだな…………』
正直、正義などに興味は無い。
その兵器とやらで人が死ぬのも金儲けするのも、竜臣は関係無い事だと思う。
けれど、そんなもので得る金など宗也には似合わない。身を滅ぼす。
だから止める。そう、決めた。
「よし……なら急がないとな……
宗也の身が危ない……」
遥霞が自分に発信機持たせた(付けた)ことは気づいている。
それなら……誰だかまでは確定できないものの、破壊魔的で無鉄砲な人間が送りこまれてくる可能性は極めて高い。
「……とっとと帰ろう」
呟いて、違和感を感じる。どこに? と。
―――そもそも自分は、こんなにひとり言が多かっただろうか? こんなに喋っていただろうか?
「…………」
苦笑をもらす。
きっと、よく喋る奴らといた所為だ。
問題だらけの連中につっこみを入れるのが常になっていたからだ。
いつのまにか、やかましいとしか思わなかった……
否、罪から逃げ、生にしがみつくためだけに利用していたはずの存在を気にかけ、すっかり酸化している自分に気づいて、苦笑した。
炎が舞う。風がそれらをあおりつつ踊る。
仮に近づけた者でも斬られる。
「…………」
滝崎 宗也はぼんやりと思う。
―――あいつ……ずいぶん派手な連中にもまれたんだな……
あいつ。西園寺 竜臣が自分達のことを嗅ぎまわっているのに気づいた時は戦慄した。
今更のこのこと出てきたのか? のうのうと生きているのか?
嫌いではなかった人間。友達。
それでも、彼を許す気は無い。
彼と西園寺兄弟とは、言うならば幼馴染だ。―――だから知っている。
和臣は子供……力の無い子供を略奪やら暴力やらから守っていた。
いつかそのお人好し根性に足元をすくわれるのではないかと危惧していた……そして、ある日それは現実となった。
ある日……顔を見ないことを不審に思い、訪ねた兄弟の家で、有無言わせず押しつけられたものは血にまみれたジャケット。
死んだのだと言われた。
形見だと、訪ねて来た者に渡してくれと頼んだらしい。
竜臣が。
そこにはいない、彼の弟が……
なぜ? 和臣が死んだ?
……兄弟の父は、話すことを拒まなかった。
「……俺には、後が無い」
ぽそりと言い聞かせるように呟く。
「……」
力も庇護も持たない者達は容赦なく採取される。それがここの歪んだルール。
それならば力を。その為に金を。
かつて和臣がやったように。…しかし彼とは異なる方法で。
今、目の前にいる彼らに分かるはずが無い。外から来た人間に分かるはずが無い。
無論、彼らも同じ街の住人ではある。
けれど……例えば彼らが自分より重いものを背負っていたとしても関係などない。
生まれた時からここで生きて死ぬことを疑わない、疑うことを知らない者の気持ちが理解できるはずがない。
だから、
「……ぶっ殺す」
邪魔される筋合いなど宗也は認めない。
その黒い、夜空の色をした瞳には切ない狂気が宿っていた。
「竜臣………出てこないわね。
…殺られたのかしら?」
希羅が一人言う。後半はだいぶ不快げだ。
…そして話題の本人が聞いたら熱を疑いそうな静かな声音だ。
「別に決めつけなくともいいだろ」
雅が同様の声音で言う。
「…人質って、目の前に持ってきてナイフとかつきつけて動いたら殺すとか言ってはじめて成立するもんじゃないの?」
「え? 指とか切り落として脅迫に使うとか、見えないところで痛めつけめとかするんじゃねーの? ふつーそーだろ?」
「不思議そうにイタイ光景想像させないでよ」
フォローになっていない慶につっこむ希羅。
「自力で逃げたんじゃない?」
流が軽い口調で言う。安心させようとしているのか、思っていることを言っただけなのかは謎だ。
「ありうるな」
「それも…そうね」
二人は軽く微笑し合う。
考えて見れば、竜臣は弱いわけではないのだ。周りが強すぎるだけだ。
「後ろ!」
向かい合う形にいた慶が鋭く言う。
一瞬だが、暗闇の中に鉛色が見えた。
撃たれると危惧する間もなくパンッ! と銃声が響いた。
「…あ!」
慶は明るく叫ぶ。
「……ずいぶんいいとこどりだね。竜臣?」
流はそう言ってなんとでもとれる微笑みをうかべた。
―――なにが…?
都合良く背中を見せてくれた少女を撃とうとしたところ、銃身が爆ぜ割れた。手が痛い。
なぜ? と宗也はぼんやりと現われた男を見つめる。
暗闇の中で静かに輝く銀色は、懐かしい色だ。
向けられる銃口と同じ色。だがそれよりは暖かな色。
「もう一度忠告する。止めとけ。そいつら、俺の五百倍は凶暴だ」
竜臣の静かな声が響く。
「いつのまに……?」
「ついさっき。お前がそいつらに銃口向けたときに。…らしくないな…『女の扱い悪いよーな奴はモテない』とか偉そうに話してたのにな」
宗也はその姿に違和感を感じる。
「お前…………」
友を奪われた憎しみ。周りの者達への義務感。いきなり現われたことに対する憤り。
それとは違う感情を感じる。
「……変わったな」
驚愕。むしろ感嘆に近い感情。
「どこが?」
その自身に冷めたような物言いは確かに宗也の知る竜臣のもの。
けれど、
「……変わったよ」
そう断言する。
「…まぁお前がそう思うのは勝手だな」
興味無さげな呟きをもらす。
「……昔のお前なら俺を撃った。殺した。それで終わる。それが……『合理的』だろ」
ぴくりと竜臣の眉がはね上がる。
かつて―――お人好しな兄や宗也に言った言葉。
『非合理的だ』そう言って、揶揄した。憧れと嫉妬を込めて何度も言った言葉。
「おめーは、人を助けるなんてことしなかっただろ……?」
眼差しは問う。
あいつらはお前にとって大切な人間なのか、と。
「…俺の主義主張を変えたつもりはない。
ただ―――」
言葉をきりゆっくりと、下で僅かに驚いた風にこちらを見る者たちを見つめた後、
「……兄貴なら、こうするだろう……?」
そう言ってひたすらに真摯な眼差しを向ける。
「―――――っ」
宗也の瞳に懐かしさとも怒りともとれる戸惑いの色が宿る。
「……お前……親父から聞いたんだろ?
……兄貴は……俺が殺したも同然だよ……」
「本気で自覚、あんのか?」
問いかけに殺気めいたものが混じる。
「ある」
静かに頷く。静かに、そのまま眠りにつくような穏やかさで瞼をふせ呟く。
「……俺が、しっかりしていれば……」
「お前が……っもっと……」
思うのは同じこと。
「お前がっ! もっとしっかりしていればっ! あいつは!」
「あそこで……死ぬことはなかっただろうな……」
その声はこれ以上無いくらいに震えている。
けれど眼は真っ直ぐに前を見る。
「………」
宗也は気を落ちつけるためにすぅ……と息を吐き、
「―――じゃああいつらはなんだ?」
挑発でもなんでもなく純粋に問う。
「…腐れ縁だな」
うんざりとした口調で答えは返る。
「腐れ縁ごときに変えられるのか。お前」
「だから俺は変わってないっていてるだろ…変われたらどんなにいいか」
「……」
苦笑混じりのその言葉に宗也はなにも言えなくなる。
言葉を見失い、黙りこむ。
「俺は」
二人の沈黙を破るように、竜臣は神妙な表情で、
「…俺の状況認識能力が信じられない時が掃いて捨てるほどある」
「は!?」
唐突な台詞に思わず間の抜けた声を出す宗也。
「死ヌほど我侭な野郎のトコにいる意義なんてないはずなのに居付いてる。
やたら童顔童顔言いまくる奴らに囲まれてる。
理不尽な理由で燃やされよーが、仕返ししようとかいう気が起きない。破壊魔の尻拭いもしなきゃならない……」
紡ぐ言葉はあくまで淡々。淡々とうんざりと愚痴をこぼす。
「…自分が信じられないと思わないか?」
表情は果てしない疲れが滲んでいる。それでいて決して悲しそうではない不思議な表情。
「……」
幼い頃から知っている。けれど、こんな表情の竜臣を宗也ははじめて見た。数年の年月が、そこまで人を変えるのかと驚く。
「…そう、思うんだけどな…
俺は、だから……兄貴の言う事は信じられる。それは昔から変わってないと思うが?」
「…確か…に」
呆れるくらいに仲の良い兄弟だった。
「…例え間違っていても、信じるんだろうな」
く……と喉を鳴らす。
「俺は……」
それは、宗也に向けていたとも自身に言い聞かせるとも、あるいは兄に向けたとも言える言葉。
「俺は………兄貴を信じる。それが間違いだろうが、信じる」
どこかに必要としてくれる者がいるなら、それを探す。
毅然と言葉を紡ぎながら、胸に手をあてる。
「俺はお前に恨まれようがなんだろうが、これはやらない。これは兄貴がくれたもんなんだよ。そうそう簡単に手放せない」
これは、この命は。あの兄がくれたもの。
「―――…てめぇは」
宗也は長くため息をつき、
「相変わらず理屈くせぇ。
…ガキみてぇな顔してるくせしてよォ…」
伏せていた顔を上げる。
「…一言余計だ」
憮然と返すその様子は、やはり子供の頃と変わらない。
―――変わるものがある。変わらないものがある。
心の中で呟いて笑う。
「……殺さねぇよ。殺したって死人が生き返るわけじゃない。
それに……おめーになんかしたら、奴にたたり殺されるだろーが」
言いながら、ぼんやりと思う。
―――和臣は後悔なんてしてないだろーな…
むしろ目の前で弟に死なれたらどれだけ嘆くか。…後悔などするはずがない。
分かっていたはずなのに―――なぜあそこまで意地になったのか。なんだか馬鹿らしい。
馬鹿らしくて、わらえてくる。
宗也はこみあがってくる笑みを噛み殺しながら静かに告げる。
「……俺は……お前の事……気に入ってるしな」
彼にとっても竜臣が生きているのは、確かに嬉しいことなのだ。
認めてしまえば、なんと楽なことか……
ふっ……とやわらかな微笑を浮かべて、軽く鍵を放る。
「…なんの真似だ?」
「勝手に家捜ししてくれ、ってことだ。まぁんなモンなくとも破壊し尽くしそうだけどな。あの勢いじゃ。
俺にはこれから色々やることがある。まず…怪我人の手当てとかだなぁ。大変だぜーどっかの誰か達の所為で……」
「…喧嘩売るのが間違ってるんだよ」
「……間違ってるよ。ああ、俺ァ間違ってたさ。
よりにもよって頼りねーオトウト君に気づかされるなんてなぁ…」
やれやれと肩をすくめる。
「……宗也」
無意識に呼ぶ。なにか言わなければ、伝えなければ、そう思う。
「てめーさっき偉そうに言った守れよ。…生きやがれ。ぜってーに死ぬな。
…で…そのうち土産でも持って顔見せやがれ。ちなみに、肉以外は認めん」
静かな声音の乱暴な口調。
「俺も、ここで生きる」
それは決意の滲んだ言葉。
それを聞いて、竜臣はそうか、と頷く。
「お別れ……ってやつだな。
……達者で……な」
ぽそりと言った一言に宗也は眼差しで応える。そして。
「親父さんにも顔、出してやったらどうだ? 喜ぶぜ?」
微笑んだその顔は、見守るように穏やか。かつての竜臣の記憶にもいる宗也だ。
「そうだな……それも……考えとくよ」
暇があったらな。と、それが別れの挨拶。
宗也はそこから跳んで仲間の手当てとやらに向かう。
竜臣は背を向けて、同僚のいる場所へと向かう。
道は別れる。
いつか訪れる、再会の日まで。
「ほら、鍵だって」
いつのまにか登ってきた一同に、竜臣は軽く鍵を放る。
―――あいつとのやり取り、聞いていたのか?
訊ねたい気もしたが止める。
どちらでも良い。
「『鍵だって』じゃないわよ!」
ハリセンで叩かれるどころかそれが顔面に飛来し、見事にヒットした。
「なーに捕まってんのよ。情けない。
あんたのおかげでいらぬ心配したじゃない」
「心配、だぁ?」
「そーよ。あんたが死んだら私達に変なコト押しつけられる割合が増えるでしょうが」
心底嫌そうに言う口調に嘘は無い。
―――俺は生贄か!?
少し感動して損をした。
「お前な……それにここまで案内したのは誰だと……」
「発信機。―――それ以外に、なにがあるの。あんた捕まってただけでしょ」
「……」
あまりといえばあまりの言い様に竜臣は頭痛を覚えた。
「じゃあ迷惑料でご飯奢って貰うっていうのは?」
「え? 奢り?」
「あーたまに人の作った飯もいいな」
「流!? てめ…っ! なんて恐ろしいことを!
俺になんか恨みあるのか!?」
「別に恨みなんてないよ?」
にっこりとした微笑みで言葉につまる。
―――どこまでもいつも通りな様子を見る限り、彼らはあの会話を聞いていなかったと推測できる。そう、信じることにする。
「……ともかく、絶対奢らないからな!」
この人数(何人前も食べる奴もいる)に奢るなんて恐ろし過ぎる。
「ま…帰ってから相談するか?」
雅か軽く言った。
『帰る』
無意識に口の端がつりあがった。
―――いつか、もう少し…向き合えたならば。もう少し笑えるようになったら……話すのも良いかもしれない。自分の大切な人。命の恩人。
なにより優しかった兄のことを。なにもできなかった無力な自分をどれだけ恨んだか。話せるようになりたい。
遺された者の痛みはどれだけか、知って欲しい気がする。
いつか。時が廻ったらば………
「なにやってんだ。置いてくぞ?」
いつか時が廻って、ねむる日が来るまで。
俺は、生きなければならないから……ここで生きていくから。
あんたは死んで、俺は生きて。きっとただそれだけのことだから。
傷は常に疼くけれど、追って逝ったりはできない。
あんたの様には生きれないけれど、それでも俺は生きるから――――
「…奢るのは絶っ対に御免だからな」
力の限りに主張する声が空へと響く。
―――墓参りでも行こうかな……
今なら、あの日の涙をながせる気がする。