たまには平和に、もしもの話しを。
それは、あるうららかな昼下がり。
どこかでやくざが争っていようと、スリが連発していようと、こりずにナンパ行為働いた報いで、
刀傷で倒れふしたの銀髪長髪無差別ストーカー野郎(二十三歳・独身)の上をハゲタカが舞っていようと―――
ここ、『BLACK・MIST』食堂は、概ね平和と言えた。
例え―――
「いや〜。ヤな汗かいた後の運動と食事は最高ね」
「ああ」
そう、例え鮮血の滴る刀持った二人組がいようと。
今はちょうど昼食時。それなりに人が集まっているが、誰も気にしてはいない。
「もの食うとこにやな匂いするモン持ってくんなよ……」
「全くだ……」
だが、ため息をつくような口調で文句つける男が二人。
慶と(前回のなごりでまだ少し包帯残ってる)竜臣。
「その場に俺がいたらケシズミにしてやったのにね」
軽いノリでそう言うのは流。
―――やりかねない―――
言葉違えど、全員が思った。
だが、あの手の馬鹿は殺しても死なないという法則があるから平気であろう。
「…もしも、さ」
ぽつりと慶が呟く。
「もしも違う世界とかに生まれてても、雅のことおっかけてそーだな。アンタは」
一瞬遅れ、
「もちろんv」
「なんて不吉な事を言うんだ」
二つの言葉が、ほぼ同時に響いた。
「けど雅のことおっかけてないそいつてぇのも…」
「想像できねーし」
「お前ら…他人事だと思って……こいつなら本気でやりかねない気がして嫌なんだっ!」
希羅、慶の無責任な発言に青筋立てる雅。
「俺、そこまで嫌われてるのかな?」
流はほんの少しだけ寂しくなった。
「…大丈夫なんじゃねぇの。本気で嫌われてるならとっくに殺されてるよっ☆」
慶が明るい笑顔でやたら微妙なフォローを入れる。
「そいつがありえないぐらい不死身なだけだ」
雅はどこまでも否定している。
真っ当な反応だろう。
これでもし「うん。嫌いじゃない」などと言い出したならその時点で雅ではない。
「平和、ね……」
「ああ…続くといいな。平和……」
妙に穏かな気分に浸る希羅と竜臣。
思えばここのところ、平和とは無縁な生活を送ってきたのだ。
たまにはこんな日があってもいいだろう。
―――たまには。
ところで……もはや一つの小国といっても良いであろうこの街に、『何でも屋』の看板を出しているのは、なにも『BLACK・MIST』だけではない。
推定十数個の『何でも屋』があるのだ。
もっとも稼ぎには個人差がある、かなり当りはずれの大きい職業だと言えるが。
『ここ』はその中で成功を収めた内の一つ。
『曼球沙華』
「風霞 雅。火影 流」
高くもなく低くもなく、甘い響きの女の声がその名を紡ぐ。
声の主は桜木聖那。
ここのトップに立つ女性である。
「この二人。護り屋だったと思うのだけど」
聖那は艶やかな赤い髪をかきあげながら、手元の資料に目を落す。
彼女の『面白い部下』が持ってきた『面白い情報』である。
「ふーん……」
心ここにあらずといった様子で、適当な相づちをうつ黒髪の彼女は宝蓮紫音。
「廃業かしら?」
「興味無い」
愛用の柳葉刀を手入れしつつ、そっけない様子でそう呟く。と、
「そんなっ! つれないわぁっ! あたしとあなたの仲なのにっ!」
がばぁっとわざとらしく机に突っ伏し、腕に顔を埋める。
「どんな仲なんだ…?」
「ノリなんだから気にしちゃダメよv」
今度はコロコロと笑って見せる。
紫音はそんな上司に強い頭痛を覚えた。
―――聖那は、口で言うほど腹黒い人間ではない。………と思う。
人使いは荒いがそこまで非道ではない。…………だろう。
だから、上司が腹黒色ボケ大魔王の西園寺達より私は幸せ……………だと思う…………思いたい…………思えない気がする……
段々悲しくなってきて、考えるのをやめる。気分を変えるように軽く首を振って、
「けど…なにが良くってあんな陰険性格破綻者野朗のトコに……?」
「…だが…自分から来たようだぞ? 脅されたわけでもなく」
日頃脅して入れているとでも言う噂でもあるのだろうか。あの男には。
「あら。それ、あなたのカワイイ顔したお友達から聞いたの?」
「可愛い顔って……」
―――聞いたら怒るだろうな。西園寺。
紫音の脳裏にものすごい形相の飲み仲間が浮かぶ。
彼女は、なぜ自分の友人関係まで知られているということは考えない。
それは考えるだけ無駄な事。
そして彼女は無駄な事は嫌いな性格だ。
「………まぁ、そうなるのか」
ある日、自分の元に血文字でつづられた手紙が届いた時は、呪いの文かと疑った。
一応目を通してみると、それは飲み仲間からの近在報告。
……はいいのだが、その内容は遺書か遺言状かと疑うものだった。
なんと言っても最後のしめが『俺が死んだら、葬式は埋葬にしてくれ。火葬の必要ないぐらい燃えたから』だったのだ。
きっと朦朧とした意識で書いたんだろうなぁ…とか思いつつきっちり処分しておいた。
その手紙から彼の不幸が伝染する気がして嫌だったからだ。
「その二人も……クセのある人物のようだ……」
手紙の内容を思い出し、呟く。
「ふぅん……
ねぇ、紫音?」
「……なん、だ?」
なんとなく嫌な予感を覚える紫音。
己が唯一絶対の主と認めた彼女がこういう笑い方をする時、良い事はなかった。
そしてきっとこれからもないだろう。
「もしも。もしもの話しよ? そんな二人をご招待できたら楽しそうだと思わない?」
『ご招待』には怪しげな思惑がたっぷりと含まれている。
「私は……あんま関わりたくない気がするが……」
眉間にしわが寄り、元から悪い目つきがますます悪くなる。
「フフッ。ダメよ。そんなんじゃあ。だからあなた友達の少ない根暗戦闘バカって言われるのよ」
聖那はそんな紫音を真っ直ぐ見据え、どこまでも楽しそうに、明るく笑って見せた。
「誰が言ったんだ? 特にその根暗ってとこ…」
「今、このあたしが♪」
後に続くのはクスクスと得体の知れない微笑み。
「………」
はぁ………
紫音はため息をもらす。
そして、思う。付き合いが長いから、分かる。
―――近いうちに絶対ちょっかいだすぞ?こいつ。
ああ…絶対巻き込まれるんだろな、私。やっぱあの手紙は『不幸の手紙』だ……。
そう、あの手紙の所為だ。という結論に達する。
やつ当りだ。
「……今度会ったら酒おごらす……」
磨き上げた湾曲刀を握り締めつつ、紫音は理不尽な決意を固めた。
そして再び。
ユカイな食事風景を覗いてみよう。
「ああ…本気で平和だな…」
―――珍しく俺にとばっちりもこないし。
だが、数少ない愚痴を聞いてくれる友人の怒りをかっていることを竜臣は知らない。
「お前、それ、なにやってんの?」
雅が疑問符を浮かべながら、竜臣の皿を指差す。
そこには緑色の物体が端に寄せられている。
「…………」
つぅぅぅぅうと彼の頬に汗が伝う。
希羅は『ふふん♪』とか笑っている。
「……もしかして、ピーマン食べれないとか」
流がズバリと指摘する。と、
「…………………………………………………………悪いか」
暫しの間を置き、暗い様子で呟いた。
「うわ。ガキ」
雅が言ってはいけない事を言う。
「……………ピーマン食えないのがガキだと誰が決めたんだよ」
童顔だのなんだのとまくし立てられるのも嫌だが、キッパリ言われるのも辛いものがある。
「世間一般の常識よね」
「うッさい! 食おうと思えば食える! だが不味いっ!」
「つーか美味いじゃん。ピーマン」
「雅の料理も美味しいんだよv」
「お前はなんでそこに行くんだ?」
とりあえず、彼らは平和な時間を送っている。
だが、
「フフッ楽しみねェ……」
いつまで続くか保証はできない。