(闇)医者件仲介屋、偽名アルス・バロットは、執務室のドアをばたんと開けた。
「やあお疲れ様。っていっても疲れたのは君じゃなくて君の妹と紅也君だろうけど。
 で、依頼料の話をしに来たんだけど。なに小さい明乃ちゃんの写真見て涙ぐんでるの。過去を懐かしむ瞳してんの。あと武行君這いつくばって動くの止めなさい」
 開けて、後悔して。しめようとしたときには。がっちりと扉をつかまれていて。出会った暗い瞳に、ひきつった笑顔を浮かべた。

「…で、なに」
「いや、懐かしくなっていただけだ」
 某ホラー映画のヒロインのごとく長髪振り乱しつつずりずり這っていた男と同一人物とは思えない整った様で、深丞武行は闇医者の胡乱な眼差しを受け止める。
「懐かしいって………、冥府とか?」
「そんなにさっきの俺はホラーだったのか…」
 真剣なまなざしで問いかけられて、彼は小さく頬をかく。
「まだ行ったことがないな、それは。だから、そうではなく、だな……」
「まあ明乃ちゃんがなにかしたんでしょう。今度はなに。死ねと言われた?」
「ろくでなしと言われた。」
「事実でしょう」
 再びどんよりとしたなにかを背負って言う武行に、アルスはきっぱり言い放つ。
 ―――どっからどうみても事実であり、今更落ち込むことでもあるまいし。床に転がるほど悲しいことだったとでも言うのだろうか、それは。
 アルスの内心の呟きを拾ったように、武行は鼻を鳴らす。不機嫌そうに。
「潜入捜査先でまで哀愁たっぷりにろくでなし兄に苦労させられ手を通していたと、わざわざ報告されれば。俺もさすがに心が痛む…」
 否、痛むのは。なぜかつい先日親友にぶんなぐられた頭の辺りなのかもしれないが。ともかく痛い。
 帰るなり開口一番、笑顔で。疲れただろうと呟く兄に明乃が言った言葉は、『100%演技じゃないし、別になんとも』だ。
 ろくでなしに苦労させられてるのは演技じゃないから、そこまで疲れなかったと語るのだから、彼の妹は。
 兄としてはもの悲しい気持ちになる。床にはいつくばって素直で可愛かったころのアルバムを眺めてしまう程度には。
 はあ、と長い溜息をつく男に、アルスは呆れたような笑みを返す。
「へえ、そういうのが心痛むのかい」
「ええ」
「そこで一歩間違えば美味しく頂かれてても文句は言えないことさせたことには心痛まないのが武行君だねえ」
 告げられた言葉に、揶揄の色はない。
 うなだれていた顔をあげる彼を迎えるのは、いつも通りのアルスの顔。なにかをたくらんでいるような、なにも考えていないような、神出鬼没の仲介屋の顔。
 だから彼も、いつも通りに答える。幼い妹が自衛の手段を求めたその頃から、その手に銃を握らせた瞬間から、何千何万と己に向かって唱えた言葉を。
「それはアイツが決めたことだ。ただ兄も父もアイツが選んだものではない。だからたまに不憫になる」
「屁理屈」
「どうとでも」
 笑うことも眉を吊り上げることもせずに武行。
 アルスはおかしそうに笑って、出された茶をすする。家主の趣味で飽和一歩手前の状態まで甘ったるく砂糖を溶かされた安物の茶は、甘過ぎていっそ喉を刺す。粘つく。刺激物だ。
 それをさらりと飲みこみながら、武行は改めて口を開く。
「で、依頼人はあの結果に満足しましたか」
「さあ? それは知らないけど。終了は受け入れたよ。金も受け取った」
「…そうか」
 ―――知らないときたか、知らないと。
 深丞武行には自分が『ろくでなし』である自覚がある。仕事で女を使う妹を止めず、死地に隣り合わせの場所へ向かわせることも度々。その理由は『それが多数の利益になるから』。それがろくでなしでなくてなんなのだと、昔から思っている。
 ただ、目の前の男も中々どうして、真っ当ではない。
 手を差し伸べて、チャンスを与えることはあっても。その結果には興味が薄い。手を差し伸べた時点で満足する。恋した男に捨てられた哀れな娘に、遺された両親に寄せる憐れみは本物であると言うのに、そうする。最初から自己満足だと、その言葉を裏付けるように。ふらふらと歩きまわる。
「武行君こそ、アレで良かったの?」
「ええまあ別に。それこそ紅也じゃあるまいし。あんなのは死ねばいいむしろ殺すとは中々思わないな。
 例のごとく金かかりましたけどね。いつも経費削減を叫ぶ明乃が発案したことです。文句は言わせません」
「…私は君に聞いたんだけどねえ」
「だから答えただろう」
 ―――いや、君の意見はあんまりなかったよね。
 浮かんだ言葉を意味もないと飲みこんで、仲介屋は足を組み換え、空になったカップを揺らす。
「…そう。じゃ、とりあえずお金の話をしようか」
 笑いながら、アルスは二杯目の茶を要求する。
 話は長くなるのだと全身で語る姿に、武行は嫌そうに眉を寄せた。

目次

あとがき
君が望むなら汚れ役だろうが君を傷つける役だろうがなんだって。
言葉にすると若干ヤンデレてる紅也が実質上メインの話でした。明乃がでずっぱりなのに。でも彼は基本大袈裟で基本奥手で潔癖なだけ(ぼそ)恋愛的な意味ではそこまで病んでいない気がする。すごくしつこいけど。潔癖な内容を口に出すのは「そういう奴」と思われてれば自然に明乃にも過保護なこと言えるからだけど。それでもいらっとすると親友に当たってたりするけど。まあ、ヤンデレではない全然。 というか、本気で殴ったわけではないけどね。4分の1気くらいだけどね。常日頃全力で殴られてる武行とかライドの立場ないんだけどね。差別じゃありません。贔屓ですという。
とりあえずわりとそれだけの話です。
2011/08/31