「うー…」
メーは呻いた。
呻いて呻いて、頭をかきむしり、また呻く。
その眼の先には、カレンダーがある。
カレンダーは、製菓業者の陰謀である白い日を示していた。
「うー…」
メーは再度呻く。サイレンのようにうめきまくる。
常よりキツい目つきが、ますますきつくなっていた。
彼は悩んでいた。とことん悩んでいた。悩みに悩んで、手にあるそれを握りつぶしそうになり、ハッとししたように首を振る。
そうして呻いて悩む彼の背中に、かかる声が一つ。
「メー君、なにしてんの?」
びくぅ、とその肩がふるえる。
「か、なた、こそ。なにしてんの」
「なにどもってんのさ」
「ど、ども、どもってない」
そんな言葉さえどもって答える矛盾に、かなたは眉をしかめる。
なにかを言いたげに口を開き、彼がぎゅうと握りしめる包みに目を向けた。
「…メー君。それって」
「な、なんでもねぇよ! 別に、別に、ホワイトディとか関係ないし!」
「…ああ。うん。…うん、わかった。なにも聞かないよ」
顔を真っ赤にする愛龍に、かなたは生温かい目線を送って、背中を向けた。
そうしてぴらぴらと手をふりながら去っていく主人を、メーは赤い顔で見送る。
「あああ……あああ…」
再び呻き続ける彼の手には、少しひしゃげた桃色の包み。
細長いそれには、可愛らしい白いリボンが結ばれていた。
『ホワイトディは3倍返し、ね』
言ってチョコレートをくれた彼女のために、彼はとても悩んだ。
悩みに悩んで、よほどお返しを一緒に買いにいこうか、とも思った。…ちなみに、ここで主人を頼らなくなった辺り、彼は彼なりに成長しているところである。
悩みまくって、それでも磨智本人と選ぶことをしなかったのは、その結果を見透かされている気がしたから。
去年は結局そのパターンになったし、他のイベントごともそう。
彼女はとっても楽しそうだが、彼は少しだけ思っていた。情けないなぁ、と。
どこぞやの炎龍のようにわくわく編み物に勤しむことが出来なくとも、どこぞやの風龍のように菓子職人か、とつっこみたくなるようなものが作れなくとも、せめてプレゼントくらい選んで欲しいと思っているのではないだろうか。楽しみにしているのではないだろうか、こっそり。というより、少しは期待してほしい。そうでないと、情けない。
だから、彼は1人で選んできた。行事色に染まる町を眺めつつ、顔を赤らめて。それでも、選んできた。
「……」
そこまでは良かったんだよなぁ。
思い、メーは溜息をつく。
そこまでは良かった。選ぶまでは、良かった。
けれど。
「ど、どんな顔で…」
渡せばいいのだろう。
そういうものは常にせがまれていたような気がするので分からない。正確にいえば、せがまれたというより、はしゃがれていたから、変に意識せずに済んだ。
もう、仕方ないな、みたいな。
がんがんと壁に頭打ちつけ始めた彼は、考え続ける。
以前指環を渡した時は、緊張とかそういうことを意識するまでもなく…否、意識はしまくっていたが、まずやらなければという気持ちが急いて照れまで回らなかった。
「うう…」
がん、と頭をぶつけた彼は、廊下に座り込む。そして再度うーうーとうなり続けた。
「な、なにしてんの、メー君…!?」
今度は床に頭打ちつけ始めそうな彼が、びくりと震える。
ぎぎぃ、と顔を上げれば、呆れた顔の悩みの種。
磨智はその額辺りを見て、ほんの少し眉を潜めた。
「…赤くなってるよ、おでこ」
「…そっか」
「そっか、じゃなくて。…なにしてんのさ、もう」
壁が壊れたらどうするの。そうごちりながら傍らに腰を下ろした磨智に、メーはす、と顔をそむける。気まずげに。
「なによう。感じ悪いなぁ」
ぷうっとわざとらしく頬を膨らませた彼女は、その視線を一点で止める。
その先にあるのが悩みの結晶である包みだと気付いたメーは、とっさにそれを隠さんとした。けれど。
ぶんぶんと頭を振って、止める。
「磨、智」
「なぁに?」
上ずった声に、にっこりと上機嫌に笑う磨智。
その嬉しそうな幸せそうな顔に、メーは後に引けなくなった。
「こ、れ。その、あれだから」
冷たい床に座り込んだままびしゅっと差し出された包みを、磨智は丁寧に受け取る。
それをいとおしげに見つめ、そうして。
「あれじゃわかんないな」
揶揄以外のなにものでもない調子で言って、ずいっと身を乗り出した。
その分だけ、後ずさるメー。またじりじりと寄っていく磨智。それを繰り返すこと、数度。
廊下の端まで辿りつき、どんと背中をぶつけた彼は、これ以上なく顔を赤くする。
「ね、なぁに?」
にこにこと楽しそうに笑う磨智に、メーはどこまでも渋面で顔を逸らす。
「な・あ・に?」
すっと頬を両手で挟み、ぐきんと己の方へ向かせた彼女は、甘い声色で問う。
「なにって、…あれだよ」
「あれじゃあ、わからないってば」
「で、でもあれだし」
「なんだっけなぁ、数字の日?」
「そ、それじゃなくて」
「じゃ、なくて。なぁに?」
どこまでも楽しそうに問い続ける彼女と、どこまでも真っ赤な顔でそれを言えない彼が、一体どれほどその問答を続けたかは、各々の想像に任せる。
確かなことは、そのしばらく後、前髪に新しい花飾りを飾った彼女が、とても満足げにリビングに帰ってきたことである。