某月某日。
 リビングにミニスカなメイド服を着た少女にひっつかれて真っ赤になってる青年がいた。
 それを目にした126番地の家主の行動は一つ。そっと目をそらし、台所へ足を急がせた。

ある春の出来事

「…春だなぁ」
 呟いて、紅茶を口に運ぶかなた。彼女はその渋みとあたたかさにほっとしたように息をつく。
「春ですね」
 ななめ向かいに座った風矢も呟く。紅茶に何度目かの砂糖をいれながら。
 和やかな様子に、かなたは首をかしげた。
「…前は暑苦しいとか言ってたのに、今は言わないの?」
「僕だけ文句言うことに疲れたんですよ…貴女もつっこんでください」
「えー。やだよ。がんばれ風矢、君は我が家のつっこみの星だー」
「やる気のない激励の言葉ですね」
 風矢は苦笑して、そっとカップを傾けた。
 その余裕ある態度に、あるいは離れても分かる甘い香りに眉をしかめ、かなたは小さく溜息をついた。
「…ホント、クールになちゃって」
「僕は元からクールです」
「…クールなやつが自分のことクールっていうかな…」
「言うんです」
 笑顔でごり押され、それ以上続けることはできない。
 付き合いはいいのに、こういうところは素っ気ないなあ、とかなたは思った。
「…それにしても、少し前までは嫌そうに眺めてたのに」
「慣れましたから」
「すごく嫌そうだったけど」
「暑苦しかったので」
「磨智が好きだったのかと思ったよ」
「好きですよ。貴女のことを好きだと思う程度には」
 笑顔を浮かべて告げられた言葉は、一歩間違えればモノ慣れた印象すら与えそうだ。
 告げられた少女は、それに胸のときめきや色めいたものを感じない。この子はこういうとこで損しなきゃいいけどなあ、と思いながら頬杖をついた。
「…本当に?」
「え? かなたさんのことは嫌いじゃないですよ?」
「…や、そっちじゃなくて」
 素で答えたらしい風矢に、かなたは頭を振る。
 不安で歪む口元はカップ隠し、そっと問いかける。
「磨智のこと、好きだったりした?」
「人のものに興味を抱けませんよ」
 即答だった。
 口の端に刻まれた笑みに、かなたは困ったように頬を掻く。
「…人のモノって、すげえ言い方するな…」
「あいつが彼女の好意に気づこうが気づくまいが関係ありませんでしたよ。
 彼女は、僕と初めて会ったあの頃から、あいつのものでした」
「…そっか」
 静かな言葉に、かなたは笑う。本当は、ヒトをもの扱いしちゃ駄目だよとか浮かんだ言葉もあったのだけど。
 どこかほっとしたような顔をする主に、風龍は意地の悪い顔をした。
「もし僕が彼女のことを思っていたなら、協力してくれましたか?」
「どうだろうなあ…よく分からないかも…」
 肩をすくめて、苦笑するかなた。
 彼女が扉一枚隔てたリビングから響くなにやら騒ぐ声に耳を澄ませてそっと目を伏せた瞬間―――扉が開いた。
「ベム君」
「うん」
 朱色の髪をした少年が、どこか疲れたように肩を落として椅子に腰かける。
 聞くまでもなくリビングのバカップルぷりに当てられたと予想できる表情に、風龍は静かに立ち上がる。
「…君も何か飲みますか?」
「欲しい。残ってるなら僕も紅茶」
 淡々とした言葉に嫌な顔をするわけでもなく、ポットを手に取り、残っていた紅茶を取り出したカップに注ぐ風矢。
 軽く頭を下げて礼を言ったあと、ベムは口を開いた。
「つっこみは君の管轄なのに。なんで諦めてるの」
「そんなものの管轄になった覚えはありません」
「君がつっこまないで誰がつっこむんだ。あのバカップルに」
「つっこみたいなら君がつっこめばいいでしょう。
 僕はもうあの二人…特にあの馬鹿に関わるのはヤなんですよ…いろんな意味で…」
 うんざりとした顔のベムに、同じくらいうんざりした顔の風矢。
 始まったやり取りをかなたは紅茶を飲みつつ傍観する。
「嫌だと思っても今までつっこんでたのが君じゃないか」
「…そうですけど」
「心境の変化があったの」
「…少しは大人になったんですよ」
「恋をして」
「寝ぼけたこと言ってないで紅茶飲んでくださいよ、冷めないうちに」
 そしてむせろ、と言いたげな冷たい表情にも、ベムは変わらず淡々と問いを重ねる。
「ならなんで平然としてられるの」
「なんでもなにもないです。大人に、なったん、ですよ」
「…なんだっけ、あのリュコドルアーガ。確か小町さんと呼んでいたね。いつも和服だよね。
 たまに洋服とか着たら新鮮で可愛いだろうね」
「ええきっ…、っ」
 肯定しかけ、慌てて口を噤む風矢。
 けれど、出かけた言葉は消えない。
「…そっか、そういうこと考えてると心穏やかにやりすごせるのか…」
「かなたさんまでなに言ってるんですか」
「そんな必死にならなくても、小町さんには何も言わないよ。
 君があの袴姿の下を見たいとか考えてることは、決して」
「いや、そこまで言ってませんよ!?」
 必死の訴えに、かなたは小さく首を振る。優しげな表情と笑みを押し殺したように震える唇が告げる。照れんなって、と。
 顔を僅かに紅潮させる風矢に、冷めた声がかかった。
「言ったも同然じゃないか」
「違います! 大体僕は脚が好きなわけじゃありません!」
「じゃあ項とか」
「いきなり唐突なとこきますね…それ君の趣味でしょ…」
「項ならなんでもいいわけじゃない。僕が好きなのは緋那だから」
「でもその中で敢えて項なんですね」
「君は嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、僕はむしろ…ってどんな話ですか」
「君の性癖についての話」
「そんなものを話題にあげた覚えはありません」
「でも脚が見たいと思ってることが判明したよね…」
「ぼそっと言わないでください。仮にも女性にそういうこと言われるとなんか嫌です」
 その言葉に、かなたは静かに笑う。
 中身を飲み終えたカップを持ち立ちあがると、しかめっ面の風龍に背を向けて呟く。
「…そこで仮とか言うのが君の悪いところだよね。
 さてと…教えてくるか…」
「嫌な予感がするんで聞きますけど。誰に。なにを」
「羽堂さんに。君がミニスカメイドフェチだって。」
「さっき何も言わないって言ったじゃないですか! あと誤解ですから、それ!」
「小町さんに言わないって言ったけど他の方に言わないなんて言ってないもん。
 あー、いっそ瓦版のネタにしようかなあ…最近依頼も来なくてね…?」
「すみませんやめてください僕が悪かったです!
 あとメイドもミニスカも特に好きじゃないですよ!」
 振り返りもせずに淡々と呟くかなたに、蒼くなって訴える風矢。
 彼が主人を宥めるのに、秘蔵アイスクリーム一箱の贈呈を要した。
 それを眺めながら、ベムが溜飲が下がったとでも言いたげな顔をしていたのは、主人のみが気づいた事実だった。