その日、緋那へ贈るための編み物をしようとリビングに降りた。
別に自分の部屋でもいいのだけれども、暗くなってきてたから。
ランプの油を節約しようと思って、そうした。
…でも。
「メー。ちょっととってくれませんか、それ」
「それじゃわかんねーつーの。どれだよ」
目線の火花を目撃するくらいなら、ちょっと手近なものを燃やしてランプ代わりにした方が、面倒がなかっただろうか。
部屋に引き返そうかと思い、止める。
見た以上は、止めておかないと。また家が壊れたら、色々と大変だ。
ろくにん暮らし その8
面倒だ、と思いはするものの、二人を止めることなんて、簡単だ。
分りづらいといわれる顔に、意識して表情をのせて。
できるだけあきれたような声で。
「君ら本当に仲いいね」
「冗談でもやめろよ、気味わりぃ」
「盲目なのは意中の相手だけにしてくださいよ。薄らボケ」
呟いた言葉は効果覿面。二対の目がギロとこちらを見る。
息の合ったリアクションだな。言わないけど。
「…じゃあ、撤回する。でも、何を言い争ってたの」
興味はないけど、一応確認。
すると風矢が机の上を差し、ため息。
「そこにあるペンとってくれませんかと言ったら、こうです」
机を挟んで彼と向き合うメーは、すぐさま言いかえす。
「なら最初っからそう言えよ。ペンはそれじゃねえ」
「机の上にほかにものがあったらそう言いますよ…確かに言葉はたりませんでしたよ?
でも見たらわかるでしょう。見もしないで断ったでしょう、あなた」
「…君たちに足りないのはお互いに対する親切」
正直な気持ちを告げてみた。
どちらにもすごい嫌そうな顔をされた。
構うのも面倒なので、黙って膝を折る。
机を前にして、丁度、二人の間に座る形。
「なんでこいつに親切にしなきゃいけねーんだよ」
「初めて意見が合いましたね。なんでこの龍に親切にしなきゃいけないんですか」
編み棒に毛糸をひっかけるより早く、愚痴のような質問のような声。
無視しようかと思って、ふと考える。
とりあえずすぐさま龍に戻って喧嘩って雰囲気じゃないから、ほっといてもいい。でも、緋那ならどうするかな。
「…お互い親切にした方が。色々と便利だろう。一つ屋根の下なんだ」
導き出された結論をもとに、常識的なことを言ってみる。
…常識だよね?
この二人を見ていると男友達というのはこんなものかと思うけれども、同居人というものは多かれ少なかれ助け合う存在だと思っていたのだが。
うん、常識だったみたいだね。
二人とも、正論言いやがってみたいな顔してるから。
「…お前緋那が絡まないとマトモなのな…」
「いつもそうしているとちょっとくらいは株上がるでしょうにね…」
「…そうなの?」
そうか。彼女を前にした自分はそこまでおかしいのか。
おかしいのかもしれない。
最初に愛していると言ったらなんか薄気味悪そうな顔をされたし。
それからも似たようなものだし。
マトモじゃないのが嫌なのかもしれない。緋那は真面目だから。
「…そんなことを言われても。黙ったり静かにしたら。死んでしまう気がするし」
「え、そのまま忘れ去られて寿命を迎える感じで?」
さらっとむごいことを言うメーに、ゆるりと首をふってみる。
「黙って見つめていると。心臓がバクバクいって死ぬ気がする」
「逆にあの恥ずかしいセリフを吐いても、君の心臓はバクバクとかしないんですね…」
「声に出すとちょっと落ち着く」
「聞いてる方はアレはずいわ、きついわ、つー気持ちになるけどな」
「ふぅん。どの辺が?」
「真顔で愛してるは、ない…」
「よくもまあ報われもしないのにあんなに甲斐甲斐しく尽くせるな、といつも思っています…」
疲れた風に言われてしまった。
からかう感じではなく、げんなりした感じが、とても本音ぽかった。
そういうものだろうか。
そこは個人差ではないだろうか。
愛は人それぞれだというし、龍もそれぞれだろう。
というか。別に風矢に恥ずかしいセリフと評されようが、メーにキツいと思われようが、どうでもいいんだけど。
どうでもいいけど、不思議だ。
「…共通の話題があれば仲よくできるんじゃないか、君ら」
素直な感想を口に出してみた。
結局自分でペンをとって書きものしていた風矢と、机に頬杖ついてたメーが、同時にちっと舌うちした。
ああ、これが同族嫌悪っていうのか。勉強になった。役に立つかは知らないけれど。
しみじみと思ったことを、今度は口にはしなかった。
たぶん、今度は舌うちじゃすまない感じに、アホな口論のきっかけになってしまう予感がして。
きっと正しい予感を胸に、僕は桃色の毛糸を手繰り寄せた。