ようやく壁の修理を終えて、リビングにあるソファに座る。
 固いそれの上でうとうととしていると、ひんやりと冷たいものが頬に当たる。
「随分大変だったみたいだねえ、メー君」
 にっこりと笑った磨智は、はい、と冷えた茶をよこす。
 喉を通り過ぎる感覚は気持ちよく、表情が緩むのが分かった。
 わかった、のだが。
 きっとすぐに凍っただろうなと、磨智の持ってる服を見て思った。

ろくにん暮らし その3

「あのね、メー君が慣れない大工仕事して疲れたかな、服も汚れただろうなって思って、作ったものがあるの」
「もじもじするな! 着ないぞ俺は!」
 確かにちっと汚れはしたが、そんなドピンク花柄つきのシャツなんぞ。
「風矢君は、着てくれたのに…」
「悲し気に言うなよ! 風矢のは絶対ピンクくねーだろ! 裾に花柄入ってないだろ!」
「このくらいなら男モノで通るよ! ほら花柄の色シックでしょう!?」
「通ったとしても俺は嫌だ! っていうか風矢にやったのは回答なしか畜生!」
 立ち上がり問い詰めると、磨智はぷいっとそっぽをむいた。
 うん、答えはわかった明確に。
 ぐいっと茶を飲みほし、テーブルに置く。そうして、びしりと磨智を指さす。
「絶対嫌だ!」
「…そんなに嫌?」
 いや。そんな瞳を潤ませて言われてもさあ…
「嫌だよ」
「と見せかけて」
「嫌なもんは嫌だよ」
「それは着ないことが?」
「さすがに俺でもひっかからねー。着るのが、嫌なんだよ!」
 言い切ると、磨智はぷうと頬を膨らませる。
 かわいぶられても嫌なもんは嫌だ。絶対嫌だ。そんなかわいらしいものを着るのは。
「…似合うと思うんだけどな」
「似合っても嫌なもんは嫌だ…」
 ぐったりとした気持ちになってきた。
 思わずうつむいていると、ふうとため息。
 顔を上げてみた磨智は、笑う。
 俺に向けることが多い変にいじわるそうな笑顔ではなく、寂しそうな笑顔という、とてもつっこみたい表情で。
「…作るの大変だったけど、無理意地しちゃ、ダメでしょ」
「それは――――当たり前、だろ」
 だまされるな俺。
 かわいそうとかないから。
 こんなん勧めてくる女に、そんなこと思わなくても、いいから!
「んじゃ、これは捨てるから。気にしないで」
「え」
 言うなりくるりと踵を返して、ドアへと向かう磨智に、変な声が漏れる。
「なあに、なにか気になるの?」
「いや。大変だったんだろ。捨てるのは、もったいなくないか」
「でもねえ、サイズ、メー君に合わせたし。マスターなら体格たいして変わりないから、たぶんいけるけど、メー君が嫌だっていったもの誰かのおさがりに回すのはねえ…」
 く、急に常識なこといいやがって。いつも人に無茶ブリやらなにやらするくせに。
「でもよ」
「着るの、やなんでしょ?」
「嫌だけどよ…」
 嫌だけど。嫌だが。嫌なんだが。
「捨てるぐらいなら―――」
 とんでもない言葉がもれて、すぐに口を抑える。
 抑えたが、遅かった。
「きてくれるの? わーい嬉しいっ! メー君えらいっ!」
「いや。言葉のアヤで」
「うっれしーじゃあさっさと着ようここで着よう!」
「ちょ、馬鹿! 脱がすな! つつしみつつしみ!」
「ただいま閉店中です」
「き、着るから! ちゃんと着るから許してくれ!」
 叫べば、してやったりと言わんばかりの笑顔。
 た、たちが悪い女だなどこまで本気で落ち込んでたんだ。
 なんかもう訊くのも怖くて、代わりにうなだれた。


 ―――このくらいならギリギリ男物。似合うよメー君おっとこまえー。
 笑顔でそんな嘘くさいセリフを吐いた磨智だが、実際はいろいろあった。いろいろ言われた。
「かわいいカッコしてるねえ、メー君。
 え、磨智ちゃんつくったの? すごいねえ…」
「何だお前随分かわいらしいな…磨智か」
「メー。恰好が珍しい」
「ピンクいから誰かと思いましたよ。らしくないもの着てますね」
 いろいろあって、思わず聞いた。
 思わず苦い顔している俺は、別に悪くないと思う。
「……磨智」
「なあに☆」
「やっぱこれ可愛いもんなんじゃねーか」
「似合ってるよ?」
「似合いたくねえ」
「一生懸命作ったの」
「シナ作られても嫌なもんは嫌だ!」
 畜生脱いでやるこんなもん。
 替えの服くらいあるのにどうしてこんなことをしてしまったのか。
 磨智の押しが強いからだな畜生。
「…服がかわいいとかかわいくないとか、細かいことを気にするね。まったく女々しいメー君だよ」
「女々しい言うな! この流れでは傷つくだろうが!」
 ちょっと歪む視界を無視して、吠えておいた。
 やれやれと言わんばかりに肩をすくめるのが、割と腹がたった。

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