小さい頃、私は身体が弱かった。
 少し走れば息が切れ、高くはねればかならずこけて。汗をかけばそのまま風邪をひいて、起きられなくなることが珍しくなくて。
 だから。
 だから、いつのまにか。あるいは、そのすべては関係なく。
 私の傍には、誰もいなかった。

ふたり暮らし その6

 ―――身体が弱いといっても。
 別に大病を患っていたわけではない。
 ただ、色々と、弱くてもろかった。
 原因は、よくわからない。
 よくわからないまま、長ずるにつれ丈夫になった。

 家はそこそこに裕福で。
 ベッドとの距離が近い私には、よく本が預けられた。
 家はそこそこにせわしくて。
 周りには誰もいないのが常だったけれど。

 そうして、そうして。
 何度も天井と空ばかりみて、身体が弱いのが過去になっても。

 近所の同じ年頃の子供たちの遊びには混ざれなかった。
 ―――少し前までかけっこをすると途中でへたりこんで、看病をするハメになっていた子供を誰も誘わない。

 かといって大人に混ざれるわけでもなかった。
 ―――今は丈夫になったといえど。家業を手伝うにも、ほかを手伝うにも。布団と密に育った手足は少々細い。

 だから私は、いつも本ばかり見ていた。
 たまに声をかけてくれる人や、子供に文字などを教えていた金持の家の旦那や。身体を気遣う家族や。
 そんな人たちとたまに話ながら、本ばかり見ていた。

 そうしてずっと白い紙を見ていたはずなのに。
 目の前はずっと、真っ黒い気がしていた。

 だから私は。
 だけど私は。

 ――――だからだけど、だからこそ。どこかに、私は。

「…………」
 なにか、長い夢を見ていた気がした。
 いや、夢っていうか。
 なんか、走馬灯っぽいのを。こう。
 きれいなお花畑のあたりで、色々思い返してた、ような?
『起きたか』
「メー君?」
 思ったより近くに響いた声に驚いて、体を起こそうと。して。
 ぐにゃりと床にへばった。
『ダンジョン行ってお前が死んで。一度死んだらあとは脱出の予定!とかいってたから乾さんとこかつぎこんで。
 蘇生したのにぐーぐーぐーぐー人んちで寝てるから、俺が背負ってきた。
 で、起きたか。それともまた寝るか?』
 ぐんにょりと床になついた私を間近に見下ろし、メー君が言う。説明する。
 ふむ。つまり私はおおゆーしゃをしんでしまうとはなにごとかーなところをひっぱられてきたと。
 いや勇者違うけど。(ちなみにこの町では勇者にもなれる。すごい町だつくづく)
 ともかくだからまだだるくて。ずりりとソファによじのぼりねそべってみたり。
 ―――まあ、あれだね。
「うーん、蘇生つれてってくれたこととつれてきてくれたのは嬉しいけどさ。
 どうせなら、お布団につれていってほしかった」
『俺もそのつもりだったけどさあ。お前部屋汚すぎ。
 それよりどーせならってソファにころがしといたんだぜ? お前が勝手に落ちただけだ』
「……それは………、大変なお世話をかけたっぽく…マスターは反省しました…」
『おう。感謝しやがれ』
 尊大に胸を張るメー君。
 小さくなる私。
 うう。胸が痛い。あと背中痛い。つまり背中から落ちたのか。
「落ちたマスターは受け止めてよ!」
『お前の寝相につきあってらんねぇよ!』
 八つ当たりをしてみただけなのに、メーは怒らない。
 つっこんで嫌な顔をしているっぽくて、声は厳しくなるけど。
 ずっと、絶えず。声をくれる。
「…落ちたのは受け止めてくれなくとも、ずっとみててくれたの?」
『蘇生した主がすぐ起きないって微妙に心配になるだろうが。
 お前、絶対他よりひ弱だ……』
 あきれたような。面倒そうな声。
 私はそういうものを、小さいころから聞いてきた。小さいころには、よく聞いた。
 もう僕たちだけで遊ぶしいいおいていこうと、ひそめた声で。告げられるその前に。
 辛いなら休んでていいよ、と。そんな風に諦められるその前に。
「……メー君は」
 私にしてほしいことはないのだろうか。
 期待することはないのだろうか。
 私を主に選んでくれたわけはなんだろうか。
「……面倒見がいいな。大概」
『なにしみじみと、気味わりぃ…』
「感動して涙がでてきましたくあああ」
『あくびしてるだけじゃん!』
「いやだって。眩しくてつい、目にしみてね☆」
『寝起きだからだよまだぼーっとしてるんだろっていうか言う傍から寝そうだし!』
 ねえ君は私が何もしなくとも―――なにもできなくとも、おいていかないの?
 喉に詰まった言葉を、私は今日も口にしない。
『んなに寝たいならちゃんと自分で部屋いけ!』
「散らかってるから嫌だね!」
『いばるな!』
 この龍は、そんなことをしないに違いない。
 自然とわく安堵とともに、その言葉をそうっと眠らせた。

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