かしゃかしゃとボウルの中のクリームをかきまぜる間、チーンとオーブンがなる。
 スポンジが焼けたなら、とりだして熱をとっておこう。
 その間にクリームはできるだろうし、ちょうどいい。
 …よし、無駄はないな。
 計画通りに物事が進むのは心地よい。
 この気持ちが続くかどうかは―――
「あ、ふーやー。それ終わったら草むしり手伝えよ。男でやれってさ。今日は」
「まあそれはかまいませんがあなたに言われるとテンション下がりますね」
 こういう声を聞かないことなんだけどなあ、と思うけれど口にはださない。
 なんというか、口にだすとみっともないですし、ねえ。
 それでも一応手を動かすのを速めてみる。メーなんかのためではない。ただ、そういうことをさぼると、緋那さん辺りが怖いからだ。

ある風龍の諦観

「…ほとんどすすんないじゃないですか」
 ケーキのデコレーションを終えて、庭にでる。
 進んでいる者だと思っていたけれど、あんまり綺麗になってない。別に広大な庭ってわけじゃ、ないんだか。…まあ、家の大きさが大きくはないから、それなりに広くはあるのだが。
「だって。君が後でくるんなら、仕事を取っておこうと思って」
「はあ、そうですか。…傘まわしているよりは草むしってる方が緋那さんへの受けはいいと思いますけど」
「そう思って1人でやったら『そういうこと私のためにってされるとなんか鬱陶しい』と言われた」
「……そうですか」
 なにもしない人間―――例えばぐーたらしてるマスターとかは怒るけれど、過剰に尽くされるのも嫌いと来たか。
 緋那さんはある意味我儘だ。
 …まあ、僕には関係のない話である。
「っていうか、しかたねえじゃん。俺たちもさっき始めたところなんだから」
「別にあなたに話しかけてませんよ。どうでもいい」
「お前…」
 なんだって俺にだけそんな態度よ。
 ぶつぶつと呟くメーは、それでも草をむしりはじめた。
 自分の楽しみを途中で邪魔をされたら不機嫌にもなる。それをメーに当たるのは…まあ、個人的な…悪いところではあるだろう。
 この馬鹿な光龍が嫌いなこと事態は、なにも悪いことだとおもっちゃいないが。
「つーかさあ、この草はえるのはやくね? この間むしっただろ」
「……磨智さんが頑張っていますからね。土が元気なんでしょう」
 でもまあ、意味のないやつあたりは少しだけ反省しなくもないので、どうでもいいような呟きも拾ってやった。
 ああ、磨智が、ねえ。
 ぼけーっと呟くメーは、なんだか遠くを見た。
「あいつ色々頑張りすぎじゃね? 色々作ったり、庭手ぇかけたり…」
「そうですねえ。あなたを追いかけまわしたり、ベムに嘘をふきこんだり。あなたをいじり倒したり。意味のないことが好きな龍ですね」
「…なんでわざわざ俺がへこむことを言うの、お前…」
 じっとりと目をすわらせるメーに、嫌みな笑顔を作って返しておく。
 そんなものあなたが嫌いだからに決まっている。とわざわざいうのも面倒だ。
「二人とも。手。とまってる」
 それに、そんなことも言われてしまうし。
 確かにと頷いて、土をほってはぶつぶつと草をむしる作業に戻る。
 …根っこまでとっているわりに、確かにはえるの早いよな。
 良い仕事しすぎだろう、磨智さん。
 ああ、庭に手をかけると緋那さんが喜ぶからな。
 緋那さんが喜ぶなら、そりゃあいそいそと手をかけるだろう。彼女は。
 ………もてもてだ、緋那さん。
 約一名のもててるほうにはうんざりしかしていないみたいだけど、幸せなのかもしれない。
 ……いや、たまにホンキでぐったりしてるから。幸せでは、ないかもしれないけど。
「…だな、風矢の嫌みにいちいち付き合ってたら日ぃくれるからな。黙って手を動かすさ」
「やっと気付きましたか。少しは賢明な判断ですね。少しは」
「おま、だか…っ……なんでもねえ!」
 苦渋の決断っぽくそっぽを向くさまに、少しだけ溜飲が下がる。
 だから、今度こそ黙って手を動かす。
 それなりに広い庭の草むしりは、大変なことであるからだ。

「やっほー。メーくーん、ベムく―ん、ふーやくーん。お茶を冷やしたよー」
 なんだか妙に間延びした感じにマスターがそんなことをいってきたのは、大方の作業が終わったころだ。
「…おせえよ。かなた。なに1人さぼってんだ」
「今日は男に全部任せたって緋那ちゃんがいったもん。私女だもん。今日はしなくていいんだもーん」
「もーん、じゃねえ! 緋那や磨智と違ってお前いつも庭ほっといてるじゃん!」
「じゃあそのうちしますぅー。…で、いるの、いらないの?」
「…くれ」
 律儀に許可をとるメーはつくづく忠犬体質だ。龍だけど、僕ら。
 僕はと言えば、勝手に黙ってお茶を注いでいる。ついでに、ベムの分のグラスにもついでやる。
 冷たいそれを一息に煽ったベムは、ほう、と幸せそうな息をつく。
 …これ、緋那さんがいれたやつだからな。
 昨日つくって冷やしてたからな。
 そういう細かいことをみているのに、なんで当然のことはわからないんだろう。押しが強すぎて引かれている、とか。趣味がずれてる、とか。
 …いや、どうでもいいんだけど。
「はっはっは、感謝してのむがいい!」
「このくらいで偉そうにするなよ!」
 マスターのために馬鹿らしいやり取りにいちいち付き合っているメーのことだって、どうでもいい。
 みているだけで、別に。興味はない。
 だって、誰かのために一生懸命になるなんて、馬鹿みたいなことだと思う。
 尊いことで、良いことなんだろうけれど。
 とりあえず僕には縁遠い。興味がない。
 自分1人が満足できれば、そこそこに満足だ。
 思い、口にふくんだお茶は、ふわりと爽やかな芳香を広げて、じんわりと喉を潤した。

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