退屈だった。
 ぱらぱらと雑誌をめくってみても、おもしろいようなことはない。
 暇な時はこう、なんか縫ってると楽しいけど。
 今月はメー君のドレス作るのに、大きい布ひとつかっちゃったからな。もう新しいのも買えないな。
 ああ…
 退屈。
 はあ、と溜息をつく。
 より一層退屈な気持ちになった。

ある地龍の愉しみ

 ああ、退屈。でも、どうしようかな。
 毎回メー君で遊ぶのも、ねぇ。
 でも緋那はどっか買い物いっちゃったしー、ふーや君は甘いものをたべにいったし…ベム君はどうでもいいや。
 マスター…そういえばマスター。朝出かけたマスターはそろそろ戦闘から帰ってくるんじゃないだろうか。今日は町からでていないんだし、たぶん死んでもいないはず。
 …もし仮に「石に躓いて死にました☆」ってなったら。誰か知らせてくれる人もいるだろーしなー。

 よし、と頷いて、寝ころんでいたベッドから下りる。
 そのまま部屋を出て、怪談を降りる。
 とんとんとん。
 降りた先には見慣れたリビング。
 狭いながらも楽しい我が家、みたいな。そんな場所。
 さて、マスターが帰ってくるまでなんかしこめることはないだろうか。マスターがびっくりするような。おもしろいリアクションとってくれるような。
 なにがいっかなー。やっぱりまあ、怖い人形でも作ってみるとか。雑誌の怖いページでも出しておくとか。怖がらせる方向で。
 でもなあ、それであんまりピーピー泣かれるとちょと嫌。さらに落ち込まれるとなあ。面倒だしなあ。
 ―――とか、思っていたんだけど。
 部屋の中央の机に、帽子がおかれていた。
 ベージュのそれは、見慣れたマスターのもの。
 いかにもちょっとおいてあります、って風情。
 これがここにあるってことは、持ち主はどうやら帰ってきていたらしい。
 ひょい、と帽子をとる。
 やわらかいそれに、ちょっとだけ血の汚れ。
 帽子がこう、ってことは、洋服が汚れてるんだろうな。で、自分の部屋にでもいるんだろう。それとも帰り血でも落としてるかな、お風呂で。家に入ってきてもただいまといわなかったってことは、疲れていたのだろう。
 …なら、しばらくはリビングにこないだろう。
「よし」
 1人頷いて、針と糸を取り出す。
 それだけの時間があれば、充分すぎるくらいだ。

 ちくちくとぬって、ぷつんと糸を切る。
 …うん、上出来。
「あ、磨智ちゃんいたんだねえ。ただいまー」
 そのタイミングをみはからったように、とびらが開いて。のーてんきな感じの声が響く。
「うん、いたよマスター。おかえりなさい」
 予想通りお風呂上りのほっかほっかな状態でリビングに戻ってきたマスター。
「はい♪」
 彼女に向かって笑顔を浮かべて、ついでに帽子を差し出す。
「へ?」
 どうしたの、これ、とでも聞こうとしていたのだろう。
 けれど、帽子をひっくりかえしたマスターの口からもれたのは、別の言葉。
「…磨智ちゃん…」
「うん」
 何か言葉を探すような彼女は、なんだかプルプル震える。…面白い。
「磨智ちゃん……」
「うん♪」
 さらにぷるぷる震えるから、にっこり笑ってみた。
 ふ、とマスターも笑う。一瞬だけ。
「なによこの愛羅武勇って!」
 すぐに眉をへにょんと下げたマスターは、それでも叫んだ。 「いやそういうことじゃなくて! なんでこんなことするの! なんでー!」
「えー。マスターが喜ぶと思って…」
「やだよ、はずいよ! かぶれないよ!?」
 そんなにオーバーに否定されなくとも、分かってる。
 そんなにオーバーにうろたえられるのは楽しいから、笑顔を崩さないでいるけれど。
「折角作ったのに…」
「そういう返答に困ること言わないでよ!」
「ならかぶってくれてもいいじゃない?」
「赤い糸であいらぶゆーは嫌だよ!
 大体誰に愛を告げてるの!」
「それはあれだよ、誰かしら?」
「私、見境ない!?」
 くあっと目を見開いて少し悲しげな顔をしたマスターは、それきり黙りこむ。いじいじしてる。
 …うーん。
「っていうか…私のこと、嫌い…?」
 そろそろ謝ってなだめよう、なんて思っている矢先、馬鹿なことを聞かれた。
「困らせたい系主なの……?」
 馬鹿な事を聞く彼女は、なんだかちょっぴりへこんでいる。
 これだけのことでこう、って…戦闘先で派手に負けたとか、嫌なことでもあったのかもしれない。…まあ、なんにしたって。
「大げさだね、もう」
 わざとらしく頬をふくらませてから、くるりと背をむける。
「からかいたいだけ。コミュニケーション。深い意味なんてないって。
 じゅ、気が済んだからお茶入れるね。マスターも飲もう?お茶菓子は、なんかあるでしょ」
 背中を向けた今、マスターの表情なんて分からない。
 けれどなにやら嬉しそうなことは伝わって、ふうと息をつく。
 単純なんだから。
 なら変なこと気にしなきゃいいのよ。
 …私には、マスターを嫌う理由なんて、無いし。

「それはともかく、帽子は使ってくれると嬉しいけど」
「やだよ!? だから恥ずかしいよ!」
 またまた大げさに声を上げる主に、あははと笑う。
 …まったくもう、平和な日々だね。
 退屈だけど、いいんでしょう。
 たぶん、それなりに楽しいんだから、さ。

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