きっとその種はいつだって近くに撒き散らされていたのだ。
誰も、気づかないまま。
誰もが、目を逸らしたまま。
当事者の彼と彼女も、傍観者の僕たちも、
答え知るタイミングを逃していたから。
火種
主人が探索に出かけている午後のおやつ時。
残されたメンツでお茶をしていると、ふいに彼女が言った。
「納得いかないのぅ」
「あ?」
低く不機嫌な声に唸る磨智さんに、メーは唸り声をあげる。
その顔は、どこか蒼い。
「…なにが?」
奴が問いかける声がどこか不安げなのは、『八つ当たり』で玩具にされるのを恐れているから。
そんな風に心持ビクビクする奴に一瞥を与えた後、魔智さんは呟く。
「……この前、お花見行った時〜……
私達はぁ、散々醜態をさらしたらしいのに〜。
ベム君だけがぁ、お酒飲まないでぇ、一人難を逃れたのっ!」
…ああ、そういえばそういうこともありましたっけ。
かなたさんがやたらハイテンションに『お花見ーっ』って張り切って、緋那さんがお酒を待ち出した所為で全員酔っ払った…らしいですね、
唯一素面を保ったベムの証言によると。
「……それがどうしたよ」
同じように当時を振り返っていたのであろう彼は怪訝そうに問いかける。
磨智さんは鼻を鳴らして、紅茶の入ったカップをぐいっとあおった後、乱暴にテーブルにたたきつけた。
…なんか動作が酔っ払いのようだと思ったことは言わないでおこう。
「納得できない! 不平等! ベム君も酔っ払って醜態さらすべきだと思う!」
「まぁ確かにお前のが一番変だったって話だったからな、酔い方」
「なにか言った? メー君」
じろり、と笑顔で睨まれて、奴は口をつぐむ。
……情けない。同じ攻撃的として情けないですよ、メー。
「…でも、なんでいきなりそのような話を」
「いきなり、じゃない。私はずっと機会を伺ってたんだよ。そして今日が決行の時っ!
彼とマスターと探索行ってて、緋那が暇そうという条件のそろった日っ!!」
話題に出された緋那さんは、紅茶を飲む手を休めて億劫そうに磨智さんに視線をよこす。
そして、きっぱりと告げた。
「私はどんな時でもあいつのためにさく時間はない。」
「冷たいっ! じゃベム君のためじゃなくていい! 私のために時間さいて♪」
「嫌だ」
どこまでも冷静に淡々と返される言葉に、磨智さんが入るスキはない。
だが、彼女は諦めなかった。
「いいじゃない。仲間はずれってよくないと思うよ。私」
「ああ。それはよくない。だがこれは仲間はずれじゃない。
…それに、あいつとかかわりたくないんだよ、私は」
背に圧し掛かられ耳元で喚かれながらも、その言葉はどこまでも冷静。
僕は本日のおやつのクッキーの最後の一枚を飲み込んで、浮かんだ疑問を言葉にする。
「緋那さんはなぜ彼にだけそこまで冷たいんでしょう」
「…私はあれに優しくできるほどできた龍ではない」
「けど、たまに哀れだよな、あそこまで行くと」
と、メー。その言葉に、彼女は億劫そうだったその顔をかすかに引き締める。
「……私には、関係ないことだから」
そうして吐き出された台詞は、いつになく冷たい。
「―――あいつは私のこと好きとか言うけど……信用できない。
いや、そういうことを口に出せるからこそ…信用できないんだ。
私、あいつに好かれるようなことは何一つしてないよ。冷たくしてばかりだ。なのに、おかしいよ」
赤い目は僕らの誰を捕らえるわけではなく、空に向かっている。
そしてその言葉は、自らの内に向けているように聞こえた。
刹那しんと静まった空気を破ったのは、アホな光龍のアホな一言だった。
「……マゾなんじゃねーの、あいつ」
「……メー。貴方はどうしてこのシリアスな空気でそういうアホなこといえるんですか」
「いや…マジで疑ってるんだが」
じとりと目を据わらせる僕に、奴はいたって真面目な表情でそう言った。
ふむ……そういわれると少しそういう気が……いや、違うだろ。たぶん、おそらく。
彼女以外にはむしろ冷たいし……
…いや、そうやって惚れた方にいたぶられるのが好きなものがむしろ立派な………?
……怖いからこれ以上はやめよう。嫌だ、そんなんと友人やるのは。
「…風矢、お前がなに悩んでるか知らんが……ともかく関係ないんだ」
緋那さんは続ける。
かみ締めるように、決定的な拒絶の言葉を。
「私は、あいつとの間に、特別な関係なんて、ないんだ」
そう言って、彼女は立ち上がる。
「むぅ。緋那は本当融通聞かないんだから」
背負われる形になった磨智さんは、その背中から降りて、不機嫌さを隠さない声で告げる。
「いいもん。私が勝手に弄ぶもんっ」
宣言してどこかへ出かける彼女を、止める声はない。
別に、いつものことだ。
磨智さんがいちいち物事を荒立てるのも、そんな彼女にメーが弱いのも、それを見て僕がなにもしないことも。
緋那さんが彼に冷たいコトだって、いつものことである。哀れだけど。
ただぼんやりと茶をすすり、これからも友人でいたい彼のことを思い浮かべる。
そういえば、彼が以前言っていた気がする。
嫌われるのは怖くない、と。
―――ならなにが怖いのか、聞くことはなかったけれども。
…思いあたる『怖いこと』と緋那さんの様子に、割と本気で同情した。