とある夜。
パチリパチリと仕事の原稿を打ち込んでいた追川は、スマートフォンの着信音に振り向く。
画面に表示されている名まえは、『峰松史美』―――かつてある事件で知り合った人間の名前。
「おう。追川だが」
『はい。お久しぶりです』
電話の向こうから響くのは、静かな声。静かなままに、女の声が続く。
『この度、町を離れる…というか、元いた町に戻ることにしました。そうしたら今より遠くになりますし、ご挨拶を』
「へぇ。そうか。わざわざありがとうな。
セレーネも一緒だろ? よろしく言っといてくれ」
軽い響きに、応える言葉はない。短い沈黙を挟んで、『いえ』と強い声が返る。
『…いい機会です。あの子は、あの子の祖父のところへと帰しました』
「…あいつ、あんたに憧れてただろ?」
『だからこそです。
刀、教えてくれって言われちゃって…私、あの子に刀なんて教えたくありません。これは生きるにいらない技能。……私は、これをふるって、いいことなんてありませんでした』
「…あんたになにがあったかしらないが。あんたが戦ったおかげで、あの子が助かっただろう?」
『それは、でもっ…! あれは私が振るわずとも。皆さまだけで十分助けられたでしょう? それこそ追川さん、大暴れだったじゃないですか。火炎放射器で』
「あれはあくまでスプレーだ。…あんたも頑なだな」
『色々あったんです。……でも、あの、追川さん』
「なんだ?」
『…あの子は…一応納得してくれました。でも寂しがると思います。連絡先、知っているでしょう? 他のお二人にも頼んだんですけど、折を見て会いに行ってあげてください』
「あんたが会いにいけばいいだろう? 俺は記者だぜ。あの子のことを騒ぎ立てると思わないかい?」
『ならとっくに記事にしてるでしょ。それこそ今更何言うんですか。
…私だって会いに行きます。行きます。でも……』
再び言葉が途切れる。黙って先を促せば、苦い何かのにじんだ声が返る。
『…私、いつ。…いなくなるか分かりませんから』
「あんたの戻るところそんなにやばいのか?」
『いいえ。…いいえ。…でも私。人を斬りました。あの研究所と…似たような状況ではありましたけれど』
「ハードな人生だな」
『だからきっと、もう…まともには、死ねない気がしています』
「そんなに思いつめることないんじゃないか?」
『……これでもマシですよ? あの子と一緒にいれたから。…あの子は生きててくれたから。私は随分と救われました』
「そうか。……なら何も言わないよ。気になるが、聞けないな。まあ、元気にやりなよ」
『ええ。ありがとうございます』
明るく言う追川に対して、しずかで、どこか沈んでいた声に笑みがにじむ。
そうして少し明るくなった声は、あ、と声をあげる。
『…最後にそうだ。もう一個』
「おう。もっと言ってくれてもいいぜ?」
『太っ腹ですね。
…その、恥ずかしいんですけど…あの時、追川さんが使ってたスプレー、どのメーカーなのかな、って教えていただこうと思いまして…』
「…あんたやっぱり長生きできねーかもしれないな」
からかうような、呆れるような、あるいは憂うような彼の言葉に、知っています、と声が返った。
追川さんといえば火炎放射。火炎放射といえば追川さん。みたいな印象があるんだ。あと口調の割に神話生物以外にはまずまず優しかった印象があります。口調とかうろ覚えですが。
きっとあの後電話のやり取りくらいはしたんじゃないでしょうか。そんな感じで書いてみました。
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