死ぬのは怖い。
死ぬのは痛い。
けれど、今、治療しているのも痛い。
次はなにをするのかと、説明をされていても怖い。
ひたひたと、足音が聞こえる。
近づく何かの足音が聞こえる。
追いつかれたくなんてない―――けれど、追いつかれたら安堵もするのだろう。きっと。
―――今何か書いたら、いいもの書けそうなんだけどな。
…ああ。でも。どうせ、書くなら。
あの手紙の続き、書きたいな。
途中でここに運ばれてきてしまって…母が片付けてくれたんじゃないだろうか。たぶん。
でも、いいのかな。
あんなもの、残さない方が。遺さない方が。
アキは元気で生きるのかな?
うとうとと、眠くなってくる。
寝れるのなら、今寝ておこうかな。
―――体が痛くて眠れない時がある。不安で怖くて、眠れない時がある。
だから、こんな風に自然に眠れるなら、その時寝ておこう。
ひたひたと、なにかが。
ひたひたと、死が―――近づいてきているけれど。
ギリギリまで抗いたい。
まだ抗っていたい。
なら、少しでも、休めるときに休んで、戦えるようにしておかなきゃ。
あんな手紙はいらない。ない方がいい。だって、私。
ちゃんと、自分の目で、それを―――みたいの。
パタパタと足音が聞こえる。
足音が聞こえて、目が覚めた。
「…シズ?」
目を覚ますと、アキがいた。
真っ青な顔色をして、どんよりとした目でこちらを見ている。
寝不足と、栄養失調かな。
そんな会社、早くやめればいいのに。
…そう、会社。
「…今、お昼だよ?」
「…昼じゃなきゃこれないじゃん」
苦く笑った親友は、許可もとらずにベッド脇の椅子に座る。
「…じゃ、今日はお昼休みとれたんだ」
「………あ、アア、ウン。ソンナカンジ」
ああ、抜けてきたんだ。
そっか、抜けて、会いにきてくれたんだ。
アキの帰宅時間じゃ、どうあがいても面会時間に間に合わないからな。
…家族でもないから、泊まり込めないし。
……あと何度会えるだろう?
…………治って、何度でも会いたいのだけど。
ああ、でも。
せっかく会いにきてくれたのに、今、身体を起こすこともできない。
「シズは? 昼食べた?」
「んー。…午後から検査だから、ちょっとね?」
「…そ……そっか」
「でも点滴いれてるし、それよりアキは?」
「俺も点滴いれたい」
「…いや、そうじゃなくて」
ご飯を食べてよ。心配じゃない。
笑ってそういうと、アキがむくれる。
子供みたいな顔だと思った。
見ていると心が和む。
和んで、つい手が伸びる。
何度も触れた頬は、今、随分と白く色あせている。不健康そうだ。ざりざりしてる。…肌荒れもあるんだなあ。
本当、やめてしまえばいいのに。
でも。
「…アキ、子供体温」
「…え? ………そっかぁ」
あたたかいなと思ってつぶやくと、アキはなぜか戸惑った。
照れているのだろうか。今更。
思いかけて、違うと気付く。
そうか。彼が暖かいんじゃないのか。
私が冷たいのか。
「……ふふ」
「なんで笑うんだよぉ」
「…そこはほら。…アキが会いに来てくれたからじゃない?」
「…うん。来る。何度でも来る」
「今度は来る前にご飯食べてきてね」
「うん…」
「そう、…ふふ。良い子」
「なんだよ、それ…」
顔を歪めたアキが、私の手を握る。
固くてかさついて荒れた――――それでも、私より暖かい手。
「…シズが言ってくれなきゃ食わない」
「馬鹿なこといっちゃダメだよ」
「馬鹿でいいよ」
手が握りしめられる。きっと痛いくらいの強さで。
必死に握ってくれると、分かるのだけれど―――その感覚は、よくわからない。
全身が鈍く痛むから、その痛みがまぎれてしまう。
「馬鹿なら、なあ、シズ…!」
いてくれるの?とかすれた声が届く。
その声に、頷いてあげたい。
頷きたい。
頷きたいのに、身体はだるい。
…それがなくても、頷けない。
ガタガタと彼の手が震えてる。
明るい彼の顔が、暗く重く沈んでる。
ああ、本当に―――なんて顔をしているの?
私は死ぬのは怖くない…というわけではない。
でも、それよりも恐ろしいことがある。
そんなことより、怖いことがあるだけ。
ねえ、アキ。
アキは、私が死んだら。
どうにかなって、しまうのかな?
***
私を呼ぶ両親の声が聞こえる。
なにか返してあげたくて、それでもうまく口が動かない。
どんどんと、声も聞こえなくなる。
怖いな、嫌だな。…寂しいな。
けれど。
ばたばたと、遠くなった世界から音がする。
「―――志寿!」
もう、彼の顔はよく見えない。
けれど、その声は良く響いた。
悲痛で、割れそうな、その声を聞いた。
………死ぬのは、もう、怖くない。
ただあなたに会えなくなるのが嫌で、寂しくて―――とても怖いだけ。
だから、どうか。
もう少し、時間を。
最後に、きちんと彼の背中おす、時間を。
そう願ったのが、最後。
ぼんやりと沈む意識の淵で、大事な人の呼ぶ声だけは、最後まで聞こえた。
きっとたくさん救われていたよというお話。アキ君大変可愛い。
心配で化けて出てきた言ってたけど。会いたかったのは彼女もだよという話でもあるね!