描写ぬるいけどR18です

満たされない獣と甘いものの話

 暗い夜の部屋に、二人の男がいる。
 ソファの上でもつれるように、からむように。黒髪の青年が、これまた黒髪の青年へと覆いかぶさっている。
 風呂からあがった直後の二人は、どちらもひどく血色がいい。
 否、組み敷かれた方は代謝の上昇など関係なく顔が赤い。己の上の青年、朔夜を見るとき、直人はいつもそうだった。
 濡れて艶を増した朔夜の黒髪が、さらりと喉元をくすぐる。
 くすぐったさに身をよじれば、咎める声があがる。かろやかに。
「ダメだよ」
「だめ、って」
「ダメだよ。逃げていいわけないでしょ?」
「あなたから、逃げるなんて…」
「ああ……そうだね。逃げるわけがないね。逃げられるわけがないね。じゃあ言い方を変えようか。許可なく動くな」
 つつっと鎖骨をなぞりながら命じる声は甘い。
 うっとりと目をとろけさせ、直人は小さく「はい」とささやく。言いつけ通りに、決して頷くことすらなく。

 何度も何度も開かれ、かつ直前まで風呂場で下拵えをすまされた体は、たやすく欲望を受けとめる。
 ソファへうつ伏せに押し付けられ、腰だけを持ちあげられて、直人は荒い息を繰り返す。せわしなく。それでも懸命に肩をゆらさぬように努める部下に、やわらかい声がかかる。
「動いちゃダメだよ」
「はぃ…」
「それに、イッちゃダメ」
「それ、は……」
「俺の言うことがきけない?」
「……いいえ」
 会話の合間にも、ソファのきしむ音が響く。湿った嬌声も、よく響く。
 声を押さえろと命じられてはいない恋する青年の声は、よく響く。
「でも……」
「え、なぁに? 口ごたえ?」
「違います……あ……僕も……僕も、……ぅふ、…あなたに、きもちよくなってほしいです…」
 だからされるがままは、このままは。あまりに贅沢だ、と。
 絶え絶えに訴える青年に、ふぅん、という声がかかる。
 わざとらしく耳元でささやかれたその呟きすら、全身を震わせる青年には甘い。
「健気だね」
「だって…」
「健気でかわいいけど、今はモノみたいに使われて興奮してるのを見たいし。いいよ、このままで」
「モノ…」
「だって、そうでしょ? 触りたくても触れなくて、押さえつけられて。ぎゅうぎゅう俺のしめるしか許されてないんだし。
 だから、俺のモノだよね」
「あ……ああ……」
「これも興奮するんだ? また締まった」
「はい…します…するんです…」
「うん。そうみたいだね。でもまだ、動いちゃだめだよ」
「はい…はい、僕は、全部、あなたのです…っ」
「そう。物覚えがいい」
 優しく―――
 優し気な声でそう言って、なおも腰を進める。

 うれし気な声と、ソファのきしむ音はその日夜通し響き。
 それでも、確かな作りのソファは痛むこともなくその動きを受け止め続けた。

***

 次の日。
 明るい陽射しをリビングの床の上で感じながら、多喜はああ、と息をつく。
 その小さな動きすら全身に響き、特に枯れた喉に痛い。
 それでも、彼は全身よりも心が痛かった。
 起き上がり、あたりに散らばった服を回収するのもおぼつかないこの状況では、朝食の用意ができない。これは由々しき事態だ。
 目が覚めたら既に朔夜の姿はなかった。
 どこかに出かけたか、あるいは台所の方で自分の朝食でも用意しているのか。
 やはり、由々しき―――申し訳ない事態だ。
「…モノ…」
 告げられた言葉を小さく繰り返すと、青年の頬がとろける。喜びで。
 自分は彼のものだから、彼を満足させなければならない。
 満足させてもらえるなら、これ以上はない幸福だ。
 それは、夜の行為だけではない。盾にも矛にもならないが、心地よい住処と食事くらいは提供できる。そのくらいしかできない、ともいうけれど。
 だから、彼は立ち上がろうとする。
 それと同時に、リビングのドアが開いた。
「おはよう。いつもより早いね」
「…はい、でも、ごめんなさい。用意、させてしまいました…」
「いつものことだから、いいよ」
 明るい部屋に、チョコレートの香りが広がる。
 朔夜の持つトレーの上、二つ並んだマグカップから漂う香りだ。ホットチョコレートだろう。
 枯れた喉と疲れ果てた体に優しいものではないが、そのようなことはどうでもよいことだ。
 ただ、窓の光を受けてぼんやりと眩くすら生える指先に見惚れる。
 性別通りに節ばって、それでも整った指先を。
「このチョコレート」
「はい?」
 夢の中のようにとろけかけた思考が、ふと戻る。そう、今冷蔵庫にチョコなど用意していただろうか、と。
「棚に大事そうに隠してあったから、使ったね」
「棚? …棚!?」
 そこにチョコレートをしまった心当たりはあった。
 2月14日に向け、用意していたものだ。
「え、使っちゃだめだった?」
「ダメなんてことはありませんけど…」
 もとより彼に用意したものなのだ。彼がどうやって食べようが自由だ。否、むしろこうして一緒に食べれることを喜ぶべきかもしれない。
 それでも。
「…渡したかったです」
「あはは。女の子みたいだね」
「僕は男ですって……」
 ことん、とカップがテーブルに置かれる。
 隣には焼き立てのパンも並び、リビングに満ちるのは甘く、香ばしい香り。
 夜中滴るように満たされた、性の香りはすでに遠い。
 けれど、遠いのは香りだけだ。
 服を着たところで目だつ箇所につけられた噛み跡も、力の入らない体も。すべてその部屋に残っている。
 だるい喉を動かして、多喜は笑う。笑って続ける。
 自分は女の子などではなく、男で。何よりも―――
「あなたの、モノです」
「そう? じゃあ、いいよね」
「はい、また買ってきます」
「うん、おいしかったら食べてあげる」
 犬か猫にするかのように、2、3頭を撫でられる。
 その指先の意図がなんであれ―――今もその指先で触れたのが何人であれ。
 名前を亡くした青年は喉を鳴らすように笑った。
 幸福に、笑った。

 BLはたまにしか読みつけないので薄い描写がさらに薄いですがあれですね。「動くな」言われて大喜びの多喜君がふと浮かんで。
 あとバレンタインチョコあげたら受け取ってもらえなく、受け取ってもらえないと思ったら次の日あたりケロリと食べてる姿を見せられてしあわせそうな姿が浮かんで。
 多喜君は普通の大学生だったのにアイディア3回くらい失敗してSANチェックファンぶってなんか気づいたら奴隷になってましたがすえながくしあわせになっているといいなあとおもいます(作文)
 あと愛人といちゃいちゃしてても神無月さん本命に対しては博愛の壁で切ながってると思うとすげえ萌えます。いつか書きたいね。シャフィカさんとのも!
 2019/02/06
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