逃げ場などあるわけもない

 たまたま再会して、だらだらとなれ合ってしまった。
 好きかどうかは知らない。
 愛しているかは知らない。

 ただ、大事にしたかった。

 大事にする方法が分からないから、離れようと思った。


 今でもよく覚えている。
 送るなんて言わなきゃよかった。
 タクシーにでもつめこめばよかった。
 勃たなくなるまで飲んでおけばよかった。

 ああ、でも別にいいかと思った。
 結局何も言わないまま別れたから。
 これで二度と会わなければ、連絡を絶てば。

 ひどいのにひっかかったなと、そういう風に苦い思い出にしてくれるだろうから。

 …それでもいいや。
 もう二度と、会わずに済むなら。

 これ以上苦しくなるよりは、よほど、そちらの方が。

 そう思った。

***

 それなのに再会した彼女は俺を責めなかった。
 探していたとまで言い出した。
 …もしかしたら本心なのかもしれない。
 いや、本心ではあるんだろう。
 けれどそんなもの、捨てた方がいい本心だ。
 たまたまヤケド跡に引かない異性が俺で、たまたま、初めての相手が俺だっただけで。
 たまたまだし、そんな状況で何も言わないで逃げた人間に上等な感情を向けるなど馬鹿らしい。
 馬鹿らしいと思ってほしい。
 思って、早く帰って。…二度と会えないままでいて。

 会いたくなかった理由を言わないまま、何度か帰れと言った。
 そうして、数年すぎた。
 数年すぎて、今がある。
 今休暇があったのはたまたまだけれど、一緒にすごしたのは帰れというためだった。
 ……そのためだけだったはずなのに、手を出した自分のことはまた少し嫌いになった。
 お膳立てはあったが。また怪奇現象に巻き込まれた所為だったが。それでも。

『…りゅーやくんいなくなるのやだ』
 それでも無責任に手を出す男に何を言っているんだろう。
 何を期待して……。……期待できると思っているんだろう。
 俺は別に、いなくなるつもりはない。死ぬつもりはない。…あなたと一緒にいるより、やらなければいけないことがあるだけで。
 俺のやらなければいけないことを押し通して、あなたが傍にいると。きっとあなたがボロボロになるだけで。
 そんなものを見たくないだけで。
 ………ああ、でも。

 大きな目から流れた涙がシーツにしみこむ。
 化粧のはげた頬を見ながら、周囲にもバレているのだろうなと思った。
 なにか、言われているのかもしれないな。ずいぶんと仲がよさそうなご家族だから。
 何年たったと思っているとか、そんな類のことを。

 だから、きっと、もうとっくに。
 今の状態でも。充分に傷つけているんだな。

***

 残りの休暇を彼女と顔を合わせるのは困るので、ちょっとした山登りにでかけた。
 記憶が多少曖昧だが、おかしなことに巻き込まれた。
 巻き込まれて、助けてくれたのは彼女だった。

 …助けてほしかったんだろうな。
 彼女を頼れば、助けてもらえると思ったんだろうな。

 気持ちがふさいで、心が弱っていた覚えがある。
 何をする気にもならずに、呼吸すら億劫で。
 もうこのまま終わってもいいと、そう思えていた気がする。

 いつもつきまとう憎しみも、後悔も、罪悪感も薄なって。もう、それでいいのだと。
 ……それでいいのだと思っても、彼女のことは忘れなかった。
 大事だから覚えていたんだろう。

 ああ、きれいだなと思う。
 ああ、大事だなと思う。
 大事にしたくて、大事にする道を選んできたはずなのに。
 なんで彼女は近くで傷ついているんだろう。
 離れた方が楽なはずなのに、まだそばにいるんだろう。

 好きかどうかは知らない。愛しているかは知らない。
 手を出す理由なんてそんなキレイなものじゃなくても十分だろ。近くにいる、拒まない人間ならそのくらいできてしまう。
 …彼女はそんな理由で手を出せないと知っているけれど。

『今回はお世話になったので…とりあえずお礼を』
『ふーん?』
『…でも、こういった時はとりあえず警察に……、…いえ、あの。すみません。助かりました』
『そうだね』

 いつかもしたようなやりとりをしながら、ふと思った。
 逆の立場なら、司法にゆだねただろうか。
 そのくらい冷静に立ち回れただろうか。

 …いや、できる。

 彼女が健やかに生きてくれるなら、それが心の平穏だ。
 …仲間の死のおかげで生きている身で、しあわせを望めるならば。それだけがしあわせな気がする。
 だから、別に。
 彼女を助けるものは自分じゃなくていい。自分でない方がいい。

 やっぱり早く、離れた方がいい。…嫌われた方がいい。
 あなたがどこかで、しあわせになれるように。

 パフェグラス一杯分のしあわせを頬張るのを見ながら、そう思った。
 この休暇を最後にしなければと思った。
 ……あの日抱いた分、できてないのだけ確かめておきたいとは、思ったけれど。

***

 抱いてから数日、助けられてまた数日。
 電話をしてきた彼女の様子はどうにもおかしかった。
 遊園地に行くのはいいけど。以前から約束していたから、そのくらいはいい。
 けれど言うことがおかしい。
 テレビのニュースもおかしいが。アレだけおかしなことに巻き込まれて、今更気にすることか?
 どこの誰が出したかもわからない予言なんて、ほうっておけばいいじゃないか。
 なんでそれを我がことのようにいうんだ。
 ……我がことだとでも、言うのか。

 ざわりと冷たいものが伝った。
 つい呼び出しても、一度感じた冷たいものはなくならない。
 様子がおかしく見えて仕方ない。
 …俺がおかしなことを…神の鼓手なんてワケわからないことを口にしても動揺しないのが、むしろおかしい。
 病院行けとか、また変なことしているとか、もっと食い下がるだろ。いつもなら。
 それに、なによりも……

「もし本当に、世界が滅びるならどうする?」
 なぜ、そんなことを聞いてくるんだろう。
「うちは、一番高いところで世界が滅びるのをみたいな」
 なぜそんなことを言うんだろう。
 …その時彼女の隣には誰かがキチンといるだろうか。
 ……いや、違う。
 こんなこと、真に受けるのは不吉なだけだろう。
「…本当に滅びるなら、俺は寝て過ごすかもしれませんね」
 だから適当に、思ったことを言った。
 冗談めかして聞こえるように、深刻にならないように。
「起きていたら、悔しいじゃないですか。
 なにもできない状態で、ああすればよかった、こうすればよかったと後悔するのは、疲れるじゃないですか」
 もう後悔するのは疲れたんだ。
 あなたについては後悔したくないんだ。
 誰も助けられない自分なら、せめて大事なものくらいは。…遠くでしあわせになってほしいんだ。

 本音を交えた言葉に、彼女はそういう考え方もあるんだと言った。
 どういう顔をしていたのか。電話では予想もつかなかった。

 なにもわからないまま、事態は進んだ。
 あたりの気候もおかしくなるし、暴動は起きるし。
 …なるほど、本当に世界は滅びるのかもしれない。

 ……そんな状況でなに遊園地に遊びに来ているんだろう。
 いや、開けているし、そこそこ客もいるし。…やっぱり何にもないんだろうけど。

 けれどやっぱり、その日もどこか様子がおかしい。
 妙に明るい…のはいつもだけど。何かを隠されている気がする。
 ……本当に別れたいなら、気にするべきじゃない気もする。
 どうでもいいじゃないか。知らないほうがいいじゃないか。あなたに関心などないと、そう言わなきゃいけないのに。

 …もしも、本当に。
 本当に、世界が滅びるならば。

 …………。
 ……いや。

 駄目だ、そんなこと。

 きらきらと、買い与えられたブレスレットを見つめる。
 今日見た夕日の方がキレイだと思った。
 …たのしい一日だったとも、思ってしまった。

***

 最後の日だと言われたその日、あたりはあまりに静かだった。
 静かで、おかしなメモがあった。
 お膳立てをされていると思った。
 作り物のような、誰かのプロットをなぞるような…不自然な1週間だと。

 他人が踊っているならば、ほうっておいてもいい。
 けれど、踊っているのが彼女なら、それを無視してはおけない。

 大事にしたくて……心配で見てられないから離れたくて。
 離れがたくてここまでこじれた。
 俺の所為でこじれたのだから、いつかきちんときらなきゃいけない縁なのは、分かっているけれど。
 世界の終わりに傍にいれるような人間じゃ、ないけど。

 それでも……
 今はまだ、俺の役目にしても、いいだろうか。

***

 彼女の家で見つけた日記は、思いがけないことばかりが書いてあった。

 嫌われたいのはこちらの方だった。
 嫌いたいと思ったことすらなかったと気づいた。

 傷つけている自覚はあった。
 けれど、こんな方向に傷ついているとは思わなかった。

 ……。
 一時の錯覚だと思っていた。
 たまたま、ヤケド跡にひかなかった最初の異性が自分だけだっただけだと。
 本当に…それだけだと。
 だから、きっと、いつか、ちゃんと。

 …ちゃんとして、いなくなるのだと。
 そういう風にしかなれないのだろうと、決めつけて。

 …好きだと言われたことはないが、似たようなことは何度か言われた。

 ―――博愛だろうと、気の迷いだろうと、そうして流してきたそれを、他の人間に向けているのを聞いたことがあっただろうか。

「………」

 そんなのはなかった。
 一度も聞いたことがなかった。

 指でなぞった場所はもう濡れていない。けれど滲んで読みづらくて。泣いていたのだとわかった。
 どうして泣かせてしまうのだろう。大切なのに。…大切なものなんて持ってはいけないのに、こんなにも大切になってしまったのに。

 悪いのは全部俺だったのに、なんであなたが自分を責めているんだ。
 なんでそのまま……
 あなたがそのまま死ななければまならない世界など。
 そんなところに残されて、どうやって生きて行けと言うんだ。

***

「……」

 目が覚めて、すべて覚えていた。
 腕には趣味ではないブレスレットが一つ。
 夢ではないと伝えるブレスレットが一つ。
 …すべてが夢だと流してしまおうか。
 目玉がとけるほど泣いたことも、口にしてしまった本音も。全部。

 戻れないだろうけれど。…それで彼女は、きちんと別の相手を探すだろうか。

 ………。
 ………ああ、でも。

 俺があげたかったものは、いらないと言われたのだった。
 俺のいらない世界はいらないと言われたのだった。
 そちらの方がいいはずだと、今まで手を尽くして…いや、最近大して尽くせてなかったなかったけれど。ともかく、それはいらないらしいから。
 しあわせじゃない、らしいから。


 …キチンと言いに行こうか。
 いつか冷める夢だと、上手くいくはずがないと、そうも思うけれど。

 それでも、ちゃんと言いに行こう。

 あんな日記を書いて泣かれるのは、もう嫌だ。
 行きつく先が別離だとしても、…一時だけ見逃してほしい。

 好きとか愛してるとかいうより彼「一緒に来てください」って言う方がハードル高いんだろうなと思って…、もうそれを言うなら好きっていうよな、って…  そんな感じのスーサイでした。  遠回りだったなあ…。  御厨さんが全般的にかわいかったし日記で私は死にながら「いいじゃんそんな男捨てようよ…」って思った。

無防備に殴りあった結果がコレだよ!

*無防備な指のネタバレを含みます。




 小さな体はどこもかしこも柔らかい。
 柔らかいというよりは弾力がある。
 さわっていると、心地よい。いつも。
 今はともかかくふわふわとした感覚になる。心地よい。
 抱き締めるともっと気持ちいい。
 ただ、一瞬息がつまったので苦しいのかもしれない。
 少し身を離すと、顔が赤い。
 唇も赤くて、なめると甘い気がする。

 でも、顔をみると不安になった。
 泣きそうな顔をしているから、悲しくなる。

 なんでだろうな、分からない。
 悲しそうなことは分かる。
 意地が悪いと言われるので、優しくしてみたのに。やっぱり泣いている。

 泣かないでほしい。
 幸せでいてほしいから。
 泣いてほしい。
 辛いのを隠されるのが嫌だから。

 今流れる涙はどちらだろう。
 悲しいのを流してくれるんだろうか。
 流しても追いつかないから、泣いたままなんだろうか。

「…どこにもいかないで」

 頼んでみても、すすり泣く声しか聞こえないので、やはり悲しい。
 聞こえていないんだろうか。
 聞こえなくてもいいな。
 傍にいれるなら、それでいいな。

 触れ合った箇所は心地よくて、ふわふわする。
 ……なにか、考えなければいけないことが、………あった気もするのだけれど。

 平たい腹をなぞると、組み敷いた体が震えた。
 その拍子に流れた涙をぬぐうと、やっぱり余計に泣かれた。

***

 目が覚めると、頭がすっきりとしていた。
 すっきりと、もう少し忘れていたかった程度にすっきりとすべてを思い出した。
 腰というよりは背中が痛い。
 それと、なによりも頭が痛い。精神的な理由で、ズキズキと痛い。

 隣を確認する。
 すやすやと寝る御厨さんがいた。
 うっかり寝返りうってつぶしてもいないし、姿を消してもいなかった。

 姿を消されそうになっても、寝起きいい人じゃないから、先に起きる自信はあったけれど。
 あれだけ疲れるようなこともしたし。

 ぼんやりとゴミ箱を確認する。記憶もあさる。ちゃんと使ったようだった。

 子供が欲しいと思ったのは、嘘ではない。自分でも驚くけれど、残念ながら嘘じゃない。
 同じくらい、作るのはだめだと思っているだけで。

 昨夜、催眠術とやらの所為なのか、なんなのか……なんだか嘘がつけない気分だったワケだけど。
 ……同じくらいに思っていることは、均衡するんだなと思った。

 子供が欲しい。
 家…彼女と暮らす場所が欲しい。

 そんな発想が自分にあったことに、少なからず驚いた。
 驚くだけで、違和感はない。

 ……家までは、この1年で考えたことがあった。
 どうせ別れられる気がしない。ならそのくらいは要求してもいいかと…。
 …どうせついてきてしまうんだろうけれど、帰る場所を用意しても嫌がられないのかと、そう思ったことはあったけれど。

 なにしろ、実家に帰ったら床が抜けてたわけだからな。紹介しろという圧がひどい。
 あれはわざとだ。もう独立しろの圧がひどい。「ちょうどいい感じの吹き抜けになるなという話になって」だからな。ブチ抜かれてたの方が正確だ。
 なにが「偶然改築工事が被った」だ。そんなに急に工事入れられものか。

『いやしかし、お前の私物はキチンと倉庫に預けたし。うちはあの部屋をつぶしても2人泊まれるスペースくらいはあるからな。困らないだろ。帰ってきてもいいぞ。多少散らかってるけどな』

 電話口で聞いた、嫌味を隠さない養父の声を思い出す。
 どこが嫌味って、2人泊まるスペースなあたりだ。

 静かな寝顔を眺める。
 …彼女の方の家族には顔を出すことになってしまった。これでこちらの親にまで紹介したらどこに逃げれるというのか。
 ……もうとっくに逃げる余地がない気は、するけれど。
 別れることになった時、バツがつくかつかないかではついていない方がいい気がするし、…どうしようかな。

 養父母的には、たぶん、5年くらい付き合っていることになっているんだろうな。
 手を出したあの日から、大体そのくらいだ。
 それこそ彼女と違って、思ったことが顔に出る方だとは思ってはいないが―――あの二人を騙せているとも思えない。


「……」

 さらりとした髪を絡める。
 まだわずかに赤い目元に触れる。
 起きる気配がないから、少し安心した。

 馬鹿みたいに気分が良くて、明るい気持ちになった。
 不安なことはないような気もした。
 だからあんなことを言った。

 けれど不安がなくとも―――……
 嘘はつけない。
 不安がないからこそ嘘がつけない。

 全部忘れて、違う。忘れないけれど、過去のことにして。
 この人のことだけ考えて生きていたい。
 この人が泣くなら危ないこともやめようか。
 手がかりのない教団の大元……信仰していたモノなんて追うのも、やめてしまおうか。

 そんなことをしたら申し訳なくて生きていられないから、やっぱり逃げてしまおうか。
 もうこの人が泣かないで済むように。
 キレイさっぱり別れてしまえば、その方がいい。

 …どちらも本音だから、口をついたのだろう。
 どちらも本音だから、言わないでいたのに。
 すべて終わるまで待っていて、など。言いたくないから、言わないでいたのに。

 馬鹿みたいな多幸感が抜けた今、ひたすらに苦い。
 言うつもりなどなかった。
 言ったら悲しくなってしまうから。
 悲しくなる以外できそうにないから。

「……御厨さん」

 やっぱりうまくいくとは思えないから、別れましょう。

 一年の間、何度も口にのせようとした言葉がもつれる。吐き出せない。
 離れてしまえば楽になれる。
 ……楽になるだけだ。
 楽をしようとしたら、そのせいで彼女が泣いていた。
 …だからやめた。

 やめたところで袋小路だと知っていたのに。
 …ああ。別に、袋小路ですらない。
 選べばいい道など、一つだ。

 俺のやりたいことに意味はない。
 意味はあるが、現実味がなさすぎる。
 おそらく一生を無為にする。
 だから彼女が泣くだけだ。

 死者はなにも望まない。
 ましてや、実行犯はもう生きていない。

 死者はなにも望まない。望めない。
 否定も肯定もしてくれない。
 復讐をなしたところで喜ばない。
 俺の気が済むだけだし……自分で落としどころを決めるしかない。

 力の抜けた手のひらを絡めて、握りしめてみる。
 それだけでは抜けられてしまうだろうから、ひとまずタオルで結わえた。
 これだけしておけば起きるだろう。抜けられたとしても。

 ……ああ、でも。
 これ以上一緒にいても、どうしたらいいんでしょうね。
 わかっているのに選べなくて、それでも離れたくなくて。

 いっそあなたに会う前に死んでしまっていたなら、さぞや楽だっただろうと、そう思うんですよ。

***

 冷たい、冷たいあの頃の記憶はもう思い出せない。
 ただ、声は覚えている。
 なにをして、なにをできなかったのかも。まざまざと覚えている。
 覚えているから、待っ暗い場所で声だけが響く。

 死にたくないと言っていた。
 大丈夫だと嘘をついた。

 家に帰りたいと泣いていた。
 同意はできなかったので、ひとまず頭を撫でた。
 それで落ち着いているやつらがいるのをみたことがあったから、猿真似で。

 助けてと言われた。
 それを無視した。
 扉の向こうに連れていかれた子供は、戻ってきたときには死体だった。

 大体はあそこで死んだ。
 俺が残った理由は運だろう。
 他の残った連中が死ななかった理由も運だろう。

 あそこでは人に価値などなかったから、命運を分けるのは運しかありえない。

 運がよかっただけで生き延びた。
 死にたくなくて、たくさん見殺しにした。
 ならばそれに報いなければならない。
 そこまでして生きた理由を作らなければいけない。
 何かをなさなければならない。
 ずっとそう思っていた。

 今もそう思っている。

 だって、そうでもしなければ。

 あそこにいた者たちが、あまりに報われない気がして。

 覚えて、惜しんで。……もう二度と、俺たちのようなものが、出ないようにしないと。

 そうでもしないと息苦しい。
 見捨てたことが息苦しい。

 息が苦しいけど生きてはいられる自分が、たぶん、俺は好きではないのだ。

 死にたくなかった―――苦しい思いをしたくなかった。
 けれど、今となっては。
 あそこで終わってしまえばよかったのだと、そう思う程度には。

***

 ……なんだか嫌な夢を見た気がする。
 いつものコトな気もするし、珍しい夢な気もする。…どうでもいいけど。

 ぼんやりと隣を見る。
 そこにいないし、部屋にもいない。
 そのことよりも、あそこまでしたのに、起床に気づかなかった自分に嫌気がさした。
 そんなにも安心して寝入っていたのか。

 どこにいったのだろう。
 帰ってくるのだろうか。

 帰ってくるもなにも、彼女のところに帰れないと言ったのは俺だ。
 帰ってこない……もう隣にはいられないかもしれない。

 ……それ自体は別にいい。
 彼女がしあわせになるなら、それでいい。

 でも、どこに行くんだろう。
 あんな顔をして、今度はどこに行くんだろう。
 また死のうとするのだろうか。どこかで。

 服を着て、部屋を出る。
 手がかりはない。とりあえずフロントに聞こう。
 方向くらいは分かるかもしれない。

 もしも見つからなかったら……。
 ……その時は、どうしたらいいのか。もうわからないけれど。

 いや多幸感はありましたよハッピーでしたよでも嘘をつけない状況って言うと余計なことを言う言う。
 なんで嘘をつかないというだけでここまで地獄になるんだ。割と途方にくれた。
 いや、本当こう、ここまでこじれる前に孕んでれば「責任とらねば」って自分に言い訳して穏やかに生きたんですけどね。
 でも「責任とります」とかいうだろうからいらん罪悪感抱かれそうだよね、その場合!

 囲うとか言うくせにこちらに決定権ゆだねるから御厨さんは健気なんですがそんなんだから幸せが遠のくんですよ初ちゃん見習いましょうよ! あの一分のスキもない囲いっぷり見習いましょう!?
 序盤はかわいかったんですけどね? 二人でお風呂入ってるあたりまでは平和だったね? そのまま酒回って寝ればいいのに!
 あ。でも「なんでダブルとってくれたの?」のあたりは純粋に楽しかったです! …マトモな恋人同士としの唯一のやり取りだったのでは?
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