溺れるように恋をする

 一般向けの、大衆向けの小説やコラムを書いて生活している。
 尊いことだ。素晴らしいことだと思う。でも。…でも。
 贅沢な望みだと分かっている。けど、段々と。
 書けば書くほどらしさから遠ざかっている気がするのは、なんだろう……
 ……違う、そもそも。
 私らしさって、なにかしら。
 私って…どういう人間かしら。

 そんなことを、なんとなく悩んでいたころだった。
 彼と、群野さんと会ったのは。真さんと会ったのは。



 朝、目が覚める。
 お腹のあたりがあたたかくて、少し重い。
 さほど筋肉がついているわけではないけれど。男性の腕がのっかっていると、重い。
 …重いと言っても、苦しくはない。
 抱き寄せられても、手をつないでも。彼の手が痛かったことはない。苦しかったことはない。あんまりに甘くて、胸がつまったことは…あるけど。
 彼を痛めつけてしまった身としては、少し心が痛む事実だ。
 ……そう。心が痛い。
 心が痛くなきゃいけない。そこまでしても傍にいることを喜ぶなんて、間違ってる。
「…真さん、起きましょう? 朝だから、ほら」
 寝返りを打って、呼びかけてみる。
 照れるのだけど、頬もたたいてみる。
 ……スポーツ選手である彼は、それでも最近眠りが深い。不規則だ。…精神が、不安定だから。
 ……そうなった理由を、大体知っている。
 ……戻る方法は、分からない。
「…真さん」
 戻った時、この人は。
 その時も私のこと、好きでいてくれるのかな?
 正気で向き合っていたころの方が少ない彼と一緒にいると、不意に不安になる。
 最初は声を失ってた。それでも手をひいてくれた。
 次は…よく、覚えていないけど。…色々としたらしいのに、やけに穏やかに笑って。気遣ってくれた。
 次は……次は。
 妙に、気を遣ってくれるようになった。…違う。妙に……いうことを、聞いてくれるようになった。
 その理由を、一度だけ。一度だけ、眠り際に囁かれたことがある。
『だって。俺の神様だから』
 真さんはいつでもまっすぐに私を見ていてくれる。見つけてくれる。
 だから私も、分かった。
 彼の眼差しに狂気が混じっていることに。気づけた。

 ―――ああ、どうしてだろう。気づいたのに。気づけたのに。
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 私、あなたを失うことを考えた。…じゃあ正気に返れば、こんなに大事にしてくれないのかも、と。そんなことを。
 きっと、そんなことはないのに。
 あなたは優しいから…変わらず大事にしてくれるのに。
「…真さん」
 呼びかける。
 いっそこのままこの人が起きなければ、失うことなど考えずにいいと、思うのはこんな時。
「真さんったら」
 そんな自分が嫌になって、早くあなたに会いたいと思うのも、こんな時。
「…んー」
 寝ぼけたような声があがる。
 彼は数度瞬きをして、おはよう、と言ってきた。
「おはよ、凛良さん…」
「ええ、おはようございます。二回目ですね」
「んー…」
 聞いているのか、いないのか。怪しい声をあげて、ぎゅうと抱き付いてくる。
 力任せの抱擁は、それでもやっぱりちっとも痛くない。
 なぜでしょう。真さん。あなたが触れた場所が、痛かったことなんてないのに。
 最近一緒にいると、胸のあたりがひどく痛むの。
 あなたがいなくなった時のことばかり、考えてしまうの。
「凛良さん…」
「なんです?」
「…泣いてた…?」
「…何で泣くんですか。また夢でも見たんですよ、ほら、だから起きましょう?」
 あなたはきちんと、こちらが苦しんでいるのに気づいてくれているのにね。
「なら、ご飯…作る…」
「今日は私が作りますよ。眠たいみたいだから」
「作りたいから…起きる」
 眠たげだった声色が少し澄む。
 同時に、腕の力が緩んで、するりと抜ける。
「俺がするから、なにも心配しないでいてね?」
 先ほどまでうとうとしていたのが嘘のような笑顔が、なんて綺麗なこと。
 反論するより早く唇を軽くかすめていくキスに、今日も何も言えなくなる。
 ―――私は泣いていないし、満たされているんです。
 幸せすぎて。…あなたが思うより、あなたのことが好きすぎて。
 満たされるたびに、もっと。と。そう思うだけなんですよ。

 あなたと会う前に、私は自分らしさなんて知らなくて。
 今もきっと知らないけど、ねえ。真さん。
 あなたならいいな。
 私の全部があなたなら、きっと。とてもしあわせな気持ちになれるわ。


 恋する凛良さんは切なくて真さんを思うとちょっとなんか思いつめてる。だって真さんがあんまりに全肯定だから!その割に強引だから!もう毎回あたふたしつつ惚れ直してる!
 バカップルなんですけどね!
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