「…なにこれ」
「…クッキー」
「…しょっぱい」
「塩、いれちゃったから…」
「ベタ」
「違う、全部お砂糖と間違えたんじゃないの。最後だけ。秤で計っていたんけど、ちょっと足りなくて。足りない分だけ、お塩と間違って」
「ふぅん」
「20gくらい入ってる」
「…なんでいきなり、料理してるんだ」
「バレンタイン、日々花とお菓子交換したくて」
「やめろ」
「これはあげない。というか、不安だったから、練習を」
「…ふぅん」
「……おいしくない」
「……ああ。まずい」
「あげれない…」
「…練習。すればいいだろ」
「…お兄ちゃん、失敗してもまた一緒に食べてくれる…?」
「失敗をするな」
「うん」
「…兄さん、クッキーいる? あまりだけど」
「…ちゃんといるぶんだけ作ればいいんじゃないか」
「作りやすい分量があるから。そうもいかない。可愛くラッピングするには、この余った分が邪魔」
「ふぅん」
「あまいよ?」
「…未だにしょっぱかったら問題だろ、調理師免許持ちが」
小学校時代と現在近く版。
ツンデレな予定だった璃奈子さんですが、彼女のツンデレ性はどちらかといえば兄に向いていた気もします。…ツンデレかも微妙だな。結構ひどいことばかり言ってたな。
彼女はそもそも兄が大好きで。でも兄が自分より幼馴染好いているような気がするなあ、まあ私も幼馴染の方が好きだけど。みたいな感じに成長し。いやしかし兄と幼馴染がくっついてもくっつかなくともこのままではいられなんだろうな。と気付いた頃外に目を向け。
一番近くにいたフツーに優しい人にうっかり惚れたんじゃないですかね。普通じゃなかったけど。
むしろ最初はたぶん侑里さん好きじゃないよ。「兄さん。…この人には頼るんだ」とか思ってるよ。でも見れば見るほど勝手に世話焼いているだけだし。兄に会いに行くと顔合わせたリしたんだろうし。口説かれたのか口説いたのか知らないけどすごくフツーに侑里さん好きでしたよ。普通じゃなく日々花さん好きだったけど。
あたたかな部屋の中、一人絵本をめくる少年がいる。
ぺらり、黙って絵本をめくる少年の表情は変らない。幼い頬はピクリとも動かず、ただ目だけがきらきらとほんの内容を追っている。静かな時間を楽しむ少年に、幼い少女が寄ってくる。小さな手が引きずるのは、薄いタオルケット。
幼い少女は、3歳年上の兄の座る場所までずりずりとタオルケットを引きずり、ぽてん、と腰を下ろす。
少年は何も言わない。
少女も何も言わず、しばらくじっと兄を見つめる。そうして、唐突にころりと転がった。
隣で寝転がる妹に、少年はなおもなにも言わない。ちらと彼女を見遣った後、黙って絵本のページをめくる。少女もまたなにもいわず、うとうとと瞬きを繰り返す。
やがて聞こえてくるのは、小さな寝息。
タオルケットを大事に抱きしめ寝息を立てる妹に、兄はやはり口を開かず―――けれど、足音が響いてくる。
「あら、どこにいると思ったら。お兄ちゃんの隣がいいのね」
「…ふぅん」
己と妹を見て、くすりと笑う母親に、少年は小さくつぶやく。
ささやかな囁きが空気を震わせることはなく、小さな寝息が健やかに続いた。
―――それから、長い時間がたって。氷室アザミがアパートに帰ると、鍵が空いていた。
鍵はさすがに閉めて外出している。ならば、合鍵を持っている相手だ。いるのは妹と幼なじみ…想い人か、あるいは世話焼きの友人。いずれかだろうとドアを開ける彼の目に飛び込んでくるのは、いつもと少し異なる光景。
静かに眠る妹に、そっとタオルをかけてやる親友がいた。
目があった親友は―――三波侑里はゆるく苦笑し、ことの説明を始める。
「ノート貸す約束してただろう? あがってた」
「それはいい。…そっちは?」
「炊き込みご飯が会心のできだったから、君に食べて欲しかったそうだよ」
「そう」
料理人を目指す妹は、たまにそういうことをしに来る。半々の確率で兄妹の幼馴染を伴って。―――今回は、残り半分の一人でくる、だったようだが。
黙ったままで己の向かいに腰を下ろす親友に、侑里はさらに苦笑を深くする。
「君待ってるって言ってたけど、疲れてたみたいで。うとうととしはじめて、こうなっちゃって」
「…そう」
「…おかしなことはしていないよ?」
「そう」
短く答えたアザミは、本棚から本を取り出す。
それきり話す気はないのであろう親友にノートを差し出しつつ、侑里は首を傾げる。
「おこさないの?」
「ああ」
「…気にしないんだ?」
「気にならないからな」
そういうものなのなんだ、と。小さなつぶやきが落ちたきり、静かな部屋に声は生まれない。
静かな、どこまでも静かな部屋の中、眠ったまま璃奈子は、タオルケットを大事そうに抱きしめた。
みたいなことがあったら良いなと思うんですが。アザミ君一人暮らしできたのかな。できなそうだな。実家にいそう。とも思っています。(失礼)
大学でアザミ君とユーリ君があって、途中から妹も会ったのかな、と思っているんですが、どうだったんでしょうね。逆でもいいんでしょうしね。
懐いた相手の前でだけすやすや眠る系女子。氷室璃奈子。猫みたいだなと思うしこの人猫として生まれて居れば幸せになれたんじゃないかな…
ちなみにこのページ、こんな感じのしょーもないSSたまに増えるよ!
「あなたは兄さんのヘル、…友達の」
「ヘルパー」
「そこまで言ってません」
「いや、君は言ってたよ」
「あなたも兄さんを待ってるの?」
「うん、ノートを貸す約束してたから」
「そう。…大変ですね」
「好きでやってることだから。大変ではないよ」
「そう」
「…兄さんは元気ですか?」
「そうだね。相変わらずやる気はないけど」
「それは知ってる。ただ、ほら、養分と水分は足りてるかな、って」
「すごい言いようだね」
「兄さん、ほうっておくとしおれてしまいそうだし」
「分かるけどね。言い方が。…うん、でも大丈夫だよ。元気だから」
「……あなたがいるから?」
「そういうわけではないけど。そうだね。安心はしてもいいよ。なにかあったらフォローするからさ」
「…物好きな人ですね」
「兄さん、…あなたのことは頼るのね」
「そういうわけじゃないと思うけど…というか、君」
「璃奈子」
「うん、それは知ってる、ごめんね。…じゃあ璃奈子さん、寝るならタクシー呼ぶから、ちゃんと家に」
「寝ない。兄さん会ってないし」
「…いいながらうとうとしてるじゃないか。ほら、コーヒーいれるから、もう少し頑張ろう?」
「ちょっと昨日夜更かしだっただけで…頑張らなくても…大丈夫…」
「(コーヒー準備終わったら寝てそうだな)」
ダメだこの要介護兄妹。そんなんだから二人とも愛しい幼馴染守れない。判定結果はともかく割とダメ野郎だぞこの妹も
ある日、兄を訪ねて。恋人から差し出されたぬいぐるみに、璃奈子は小さく首を傾げる。
「…なに、これ?」
「サークルの忘年会のビンゴの景品。君の趣味じゃないかもしれないけど、もし好きならもらってくれないかな、と思って」
「うん。趣味じゃない。でもそこそこ立派」
頷きながらも、璃奈子は抱きしめたクマの手触りを確かめる。思わずつぶやいた通りに、まずまず立派な手触りを。
「…欲しがる人、いなかったの?」
「いたけど。俺が璃奈子にあげたかっただよ、どうせならね。
でも、いらないものを無理してもらわなくてもいいよ。こっちで処分しておく」
言って手を差し出す侑里。だが、その手にぬいぐるみが戻ってくることはない。
白いクマにぼふりと顔をうずめて、璃奈子は小さくつぶやく。
「……こういうのは日々花の方が好き」
「そうだな」
本に目を落としたまま呟くアザミと、ぬいぐるみを抱く璃奈子。
顔を上げない兄妹は気づかない。侑里の眉がぐっと寄ったことに。
けれどそれはほんの一瞬。穏やかな声が崩れることはなく、すぐにその顔にはいつも通りの微笑が戻る。
「そうなんだ。…君にあげたものだから、君が譲りたい人に譲っても構わないよ」
「……あげるとは言っていない」
「無理はしなくていいんだよ?」
「……いらないけど。捨てない。あげない。もっておく。ふわふわしてるし。クッションにする」
「…そう?」
くすり、と聞こえた笑声に、ぬいぐるみに埋まっていた顔があがる。
わずかに眉を寄せた璃奈子は、低く呟く。
「…にやにやしないで」
「いつも通りのつもりだけど」
「にやにやしてる」
「…そうだね、喜んでくれるならそちらの方がうれしいから」
「……そう」
不機嫌そうな呟きに、くすりと笑う声が落ちる。
微笑ましいとでも言いたげなその様子に、璃奈子は何も言わない。
僅かに響くのは、小さな欠伸。本から目を上げぬままのアザミが、その静けさを僅かに揺らした。
侑里さんサークル入ってそうだし、景品とかどうでもいいから彼と近づきたい系の女子にもてそうだよな。と思う。(偏見)
兄さんそのことについて何も言わないけど日々花さんの話題には相槌くらい落としそうだね、とも思う。っていうかこれアザミさん一言しか喋ってないぞどういうことだ。