どうぞお手を、と言えやしない

「君はそういう恰好が似合うな」
 暖かい色のスーツを着、スカーフをきっちりと巻いた男はニコリと笑う。
「ありがとうございます。チーフも似合っていますよ」
「ああ、ありがとう」
 笑いかけられた女も笑う。穏やかに。
 いつにもまして自信ありげな笑顔だ。
 薔薇のように真っ赤なドレスに見合う表情だ。
 男は思い―――そう思うだけだ。
 目の前の女が着飾ろうと化粧が濃かろうと、今さら心は騒がない。
「…と、浮かれていられたら良かったんですが。あなた、こう…なんというか、……言うだけ無駄だと思いますが、目立たないでくださいね」
「やる前から諦めるのは良くないな」
「己を知るというのは、勝負の上でかかせないでしょう?」
 呆れたような呟きに、女の唇がわずかにとがる。
「…別に私は目立つつもりはないが」
「まず食べる量をセーブしてください。すべての話はそれからだ。あとは…、…あとは確かに、妬む人間の勝手ですがね」
「妬む、か。…君は昔からそれを言う」
「あなたは昔からそれを理解しない」
「成果をあげたのに卑屈なのは、それはそれで失礼だろう?」
「ええ、その通りですよ。…まあ、そのあたり、あなたは気にしなくていいですよ。向いてない」
「…苦労かけるな?」
「いいえ? これが仕事です」
 苦笑する補佐に、敏腕チーフはニコリと笑う。
 どこまでも自信ありげに、不遜なまでに。
「では、いこうか」
「ええ、いきましょう。二人を待たせるわけにもいきませんから」
 長いスカートをひるがえす女の一歩後ろ、男は静かに歩いていく。
 眩しい会場―――ではなく、そこに向かう背中にこそ、男はわずかに目を細めた。

 TLでめっちゃイケメンのスーツ姿描いてもらったのでおめかしSSを書かねばならぬ気がした。
 なんか成果上げて、なんかしらのパーティ行くときこんな感じじゃないかな、って。お手をどうぞと言えやしない関係性。

一瞬息が詰まった

 扉を開ける。
 髪の長い女が二人、向かい合ってジャケットを物色していた。
 一人は園田さん。
 もう一人は……
「…寺田、二人はどうして着飾っているんですか。勤務時間内に」
「あー、チーフ、説明してくださーい」
 軽い声に、天照が笑う。
 ちなみに園田さんは怒った。
 ほら寺田君、またそんな適当なこと言って。などなど…横ではじまったそのやり取りは、とりあえず聞き流しておこう。
「勤務時間内ではないよ。
 半休をとった。これから二人で、買い物にいく」
「…チーフ。買い物先とは、先ほど詐欺の疑いが出た店では?」
「ああ、話が早いな」
「なるほど」
 つまり潜入調査だ。
 理にかなっている。印象が違う。刑事に見えない。
 肩からすべりおちる長い髪に、女性らしい服装に。たおやかな笑み。
 まるで違う女に見える。
 ………一瞬、違うモノにも、見えたが。
 …………昔の天照にも、見えたが。
 目をそらすと、机に化粧道具が広がっている。
 目を戻すと、天照が笑っている。
 息を吸って、はく。あきれたように聞こえるように。
「…それ、お借りしても? あなたの場合、服装より傷が記憶に残る。よろしければ、隠しますが。医療的な意味で」
「ああ、そうだな。私がするより君に頼んだ方が早そうだ」
「言葉遣いもどうにかしましょうよ、ここまできたら」
「そこは、心配ありませんよ。凪介君」
「ははは、…じゃ、ちょっと失礼しますよ」
 下地を筆にとって、口元にのせる。何層か、色を選んで。
 のばして、ファンデーションをのせて、パウダーをのせる。
 ついでに、チークも選んで頬にたたく。
 目元…は自分でするだろ。
 …こういう傷隠しのテープあった気もするが。まあ、近づかなければこのくらいでいいだろう。
「…できましたよ」
「ありがとう」
 離れると、天照を覗き込んだ園田さんがパアっと顔を明るくする。
「晶子ちゃん可愛い!」
「ははは、園田も可愛いな」
「ありがと!」
 ほほえましいやり取りだな、と思って苦笑する。
 なんとなく目をそらすと、寺田と目が合った。
「…寺田、なにかついてますか、俺の顔」
「え、なにかついてるんです?」
「ああ、俺じゃなくて園田さんなりチーフを見ていたんですね。すみません。二人とも、かわいいでしょう?」
「まあ、そうっすねー」
 やる気なさげなつぶやきとと、盛り上がった声が響く。
 ああ、平和だなあ、とため息がもれた。

 そう、とても平和だったのだけれど。
 次の日嫌々扉を開けると、園田さんが声をあげた。
「どうしたの、梅辻君」
 なぜ嫌だったのかというと、頬をざっくりときってしまったからだ。朝。
「…カミソリで少しね。念のためはってます」
「え、大丈夫?」
「本当に念のためですって。気にしないでください、恥ずかしい」
「ほんとだよ。たまにドジなんだから」
「ははは。…心配させてすみませんね」
 笑う俺に、園田さんも笑う。
 …いや、笑うしかないだろ。我ながら。

天照さん言われなくてもそういうメイクできそうですけどね! やりたかったんだよ!
梅辻がめっちゃ愉快に動揺するパターン「長髪(恋してた頃)の天照さんを見る」のIFでした。
皆のいるところでは取りつくろえるのに一人でいると頭ぶつけたり自分の口元とかみても思い出しザックリいってしまうこじらせ男子の話。

零課の犬

 警視庁の廊下にて、話声が響く。

「この間の、犯人。あげたのはゼロだって? うちの上司がものすごく不機嫌なんだが」
「ゼロっていうか…非番だったらしいがな、ゼロのほら、補佐」
「…ああ、あの…インテリもやし」
「恨みでもあるのか、その言いよう。…お前、同期だっけ?」
「まあな。配属先は離れたが」
「ふぅん。で、今はこうか。はは、お前の方が出世してるんじゃねえの?」
「まぁな。…出世欲があるのかないのかよくわかんねぇやつだよな」
「あったらゼロなんざ辞めているんじゃないのか?」
「いや、わからないだろ。
 ゼロのトップは天照だろ? 今」
「そうだな。ああ、そうか。あれも同期か」
「天照がいるからいるのかもしれないぞ、あの男。張り合ってたからな。…その延長なんじゃないのか」
「張り合ってた? へー、どっちかつーとか甲斐甲斐しいけどな…資料の準備とか、諸々の手配、すげえ甲斐甲斐しい。秘書っぽい」
「は。へえ、今はそうなったのか? 要はあの女の後おっかけたつー話だよ。
 …天照の犬だな犬」

「わん」

 二人分の声に、おどけたような声が割り込む。
 一つは気まずげ。一つは嫌そうに。二人分の目線を男は、ニコリと笑う。
 明らかに作り笑顔とわかる、とても朗らかな表情だ。

 その笑顔の先、嫌そうな目線を向けた男は、何事かを言おうとし―――それよりも早く、梅辻は踵を返す。
 スタスタと歩いていく背中に、かかる声はなかった。

 かちゃり、とドアを開けて、ぐるりとあたりを見回す。
 湯呑を片手に持った零課チーフは「おかえり」と笑った。
「ただいま戻りました。…二人は?」
「鑑識と資料室。私は二人を待っている」
「そうですか」
「今回はご苦労だったな。お茶でも飲むか?」
「茶だけでいいですからね。そのテーブルにある大福はいりません」
「どうして。君も甘いもの好きだろう」
「限度があります。
 あなたはもう、また目を離すとなんですかその量は? せめて半分にしろ。見てるだけで胸やけがする……」
「適量だ」
「いや、全然適切では…、…いえ、いいですよ」
 疲れたように息をついて、梅辻はそっと腰を下ろす。
 部下に茶を手渡しながら、天照は小さく笑う。
「大変だったようだな。…珍しいな、君そういう不手際をするのは」
「仕方ないでしょう。…周りに警察いるのに気づいたら…、もう少し考えましたが」
「人質がいたんだろう。迅速な行動が過ちだとは思わない」
「そりゃああなたはそうでしょうが。…それで冷静さを失い手を出したのは、どちらかといえば俺の汚点だから言わないでくださいよ」
「ふ、まあ、非番が犯人を殴るのは良くないな。…だが、助けられた側は感謝しているだろう。
 さすが、自慢の部下だ」
「…それはまた。もったいないお言葉ですよ」
「うん」
 笑う部下に、天照も笑う。
 そうしているうち、かすかに、この部屋に戻る足音が二つ響いた。

梅辻のアレっぷりは見る人がみればすぐわかるようないやでもめっちゃ補佐補佐しいようなそんな感じなんだろうなあと思います。 なににつけても園田さんと天照さんにはバレないように気を遣ってると思う。 寺田君にもバレたくなかったけど、なんとなくバレてるかもなー、と思ってる。

梅辻凪介という男

 父との記憶は、とても少ない。
 刑事だった父は、いつも家にいなかったから。

 評判は良かった。敏腕でもあったそうだ。
 それは、家庭を顧みないことによる結果だっただけで。

 …いや、それでも。
 父は家族に愛情があっただろう。

 ろくになつきもしない…だけならともかく、反抗的だった兄にも、自分にも、いつも悲しそうに笑っている人だから。

 愛情だったのだろう、アレは。

 母に向けても、あったのだろう。
 父が息子との約束を反故するたびに、あるいは母が体調を崩すたびに、母はいつも悲しい顔をしていたけれど。

 母も…父に対する愛情はあったのではないだろうか。
 愛情があるから、母は悲しい顔をしたのだろう。
 信頼しているから、裏切られたと思うのだろう。

 ずっと、寂しい思いをして……
 母が出ていったのは、俺が中学に上がったときだった。

「ごめんね、凪介」
「でも、もう、だめなの」
 夕暮れの中、照らされた母は涙をたたえて。
 本当に申し訳なさそうに、そういって。
「苦労させるかもしれないけど、ついてきてくれる?」
 俺は、その誘いに……頷けなかった。
 父と離れがたかったわけではない。
 母を嫌っていたわけではない。
 兄は…多分母についていくだろうと思ったが、それだけしか思わなかった。
 父はめったに家におらず、母はいつもさみしそうで。
 どこかひんやりとした家が、俺の日常だったから。

 …たぶん、疲れていたのだ。

 ………母が。
 母が、寂しそうにするから。
 そのたびに、いろんなことをした。
 笑ってくれるように、笑っていた。

 たぶん、そんな日々につかれたのだ。
 疲れて、それでもだめだったのなら、と。
 疲れ果てたのだ。

 母は、これ以上なく悲しい顔をした。
 悲しい顔をして、そのまま出ていった。

 兄は母の方に行った。
「あの人は、一人じゃ生きていけないだろう」と。小さくそう言って。

 二人とは、たまに電話をする。
 一人で生きていけないと息子に称された母は、離婚の数年後再婚した。

 俺は今、父親違いの弟がいるらしい。
 そちらにはあっていないが、母は幸せそうだ。
 兄もおだやかそうだ。

 だから、いいのだろう。

 ありきたりな話だ。よくある話。
 よくあるすれ違いの結果、よくある別れがあり、よくある幸せを手に入れたのだ。母は。

 兄は、長じてから会社員をしている。
 規則正しく、時間を守り。家族を大事にしている。
 父とは違う道を選んだ。

 俺は、刑事になる道を選んだ。
 医者と迷ったのだが…本格的な研修に入る前に、ふと思ったのだ。刑事になりたい、と。

 父が好きだったわけではない。
 嫌いだったわけではない。

 …ただ、意地ではあったのかもしれない。

 別に、両親は嫌いではない。ありていにいえば、愛している。

 それでも、俺は悲しそうな母を支える日々に疲れた。
 その原因だった父も恨んだ。

 その結果、父と同じ道を選んだ。
 …父を超えたいと、そう思った。

 ………そう、思って。
 警察学校に入って、そうして。

 ……俺は。
 太陽に、出会った。

***

「…天照」
「なんだ」
「午後からもまだまだ動くわけですが。…その量、眠くなりませんか?」
「いまさらだろう?」
 くすりと笑い、ハシを再開させた。
 なんか茶わんが小さく見える量の白米へと挑んでいく。
「よく食べますね…」
「体は資本だろう。君ももう少し食べたほうがいいんじゃないのか?」
「無理です」
「そうか」
 話している間は律儀にハシを止める女は、頷くと漬物に手を伸ばす。
 たいしておいしくもない食堂の食事が、妙においしそうに見える。
 …しかし。
「…資本って。もう十分だと思いますが。まだたくましくなる予定なんですね、あなた」
「まだまださ」
 からかうような気持ちで言うと、思いのほか真剣な顔をされた。
 なぜ。
 そう聞くより早く、にっこりと笑う。
 なんとなく目を細めたくなるような笑顔だった。
「まだまだ、全然足りないよ」
 キラキラと、あるいはギラギラと。
 前を向く目に、ため息が出る。
「…あなたでまだまだだと、他はものすごくまだまだになるんだけどな」
「得意不得意だろう。…第一、君は成績的には同じくらいだろう」
「大衆の総意、一般論、人の反感買わない処世です。……あなた、スペック的には間違いなく出世するでしょうが。…心配ですね」
「そうか、覚えておく」
 にっこりと、向けられる笑顔はやはり曇りない。
 その笑顔に、同じものを返すことはできなかった。
 だからふいと横を見て―――……なんとなく、目を閉じた。

太陽を直視すぎて目がつぶれたフシがある梅辻君の約10年間のうじうじ。 感情の大きさより約10年の重さが面倒だなと思う、この男。 その間他の人と付き合ってるし、付き合ってる間はその人のこと愛してるけど。…別れたら未練ないタイプだろうな、梅辻!

恋と呼ぶには追いつかない

 深夜。
 諸々の事情から調べ物をし、諸々の理由で零課のデスクに残っていた。

 諸々の一部は寺田の不在で、園田さんの不在だ。別件にいってしまい、手が離せないものだから。
 寺田がいれば、もう少し楽に終わっただろう。
 そう、諸々。
 本当に諸々の理由があり、その日、零課の控室には二人しかいなかった。

 いないというのに、コンビニから帰ってきたら天照が寝ていた。
「……」
 しっかりと毛布をかぶって、ブレザーはハンガーにかけているあたり割としっかり寝る雰囲気を感じるのだが。
 …寝られても困る。
 ため息をついて、起こそうとして……
 なんとなしに足音を殺す。

 疲れていたようだからなぁ。眠いというなら、眠らせてもいいか。
 そんなことを思って。

 椅子に体を預けた女をじっと見る。
 顔色は割と良い。
 色々と無茶を(主に食生活)をしているというのに、健康的だ。それこそ俺とか寺田より。

 容色は…重ねた年月の分だけ色あせるものだと思うのだが。
 顏だけ見ていれば、会ったころとあまり変わらなく見える。
 いや、あのころは髪が長かったが。それに、あの頃は、もっと………
「……」
 カシャリ、とお茶を開ける。
 天照は起きない。
 かさり、とおにぎりの包装を開ける。
 天照は起きない。
「………あんたさぁ」
 今俺しかいないとか、どうでもいいんだろうな。
 口に出さない言葉を米と一緒に飲み込んで、閉じていたパソコンを立ち上げる。
 立ち上げて、作業を再開しようとして……
 ちらり、と天照を見る。
 規則正しい寝息は乱れない。
「…………」
 かつり、わざと足音を立ててそちらに行く。
 手を伸ばして、ずれていた毛布を直す。
 天照は目覚めない。
 ……どこまで目覚めないのだろうか。

 なんとなしに、首を見やる。
 タートルネックに覆われて、見えはしないが。
 ぼんやりと、瞼も見る。眉間も見る。
 おおよそ容易に人を殺せる急所を見る。
 口元を見る。
 奥に潜む舌は、首尾よくかみちぎれば息が詰まる。

 あるいは、もっと。簡単に。
 毛布の中の、腕のあるあたりを見る。
 腕力で負けていようが、体力で劣っていようが。
 眠りこんでいる相手だけなら、起き上がれない体勢にも持ち込める。

 そのくらいすれば、少しは悔しそうな顔をするだろうか。この女は。
 少しは……
 ……少しは、同じ場所に。

 喉が渇く。口元が笑う。
 だから……

「…天照」
 だから、声に出した。
 天照はぱちりと目を開いて、すぐに半身を起こした。
「ん、戻ったか」
「戻りました。戻ったから小言の時間です。
 一人なのに寝ないでくださいよ。危ないでしょう」
「もうすぐ戻ってくると思ったんだ」
「戻ったんだから、起きてくださいよ。割とガサガサと夜食取りましたよ?」
「うちの人間じゃないなら、起きるさ」
「ええ、そうでしょうねえ。そうでしょうけどね?
 …まったく、本当に、あなたは」

 そして俺は。
 いつまでたっても変わらない。

梅辻は天照さんが男の人でもこの類の感情を持つんですが自分が女だったら持たなかったと思います。
自分ではライバル心だと納得させただけで、モロ男性的な征服欲っすよ?
自分がそれを人に向けているのが嫌だっただけで。
ましてやあこがれてる女性にはとっても嫌だっただけで。