美とは力であり、ある程度は自覚と努力が必要だ。
正確に言うなら、美しいだけでも人はよってくる。だが、それを武器にしようと思うなら。相応の努力を伴うだけ。
そう、長い手足も、秀でた顔立ちも、それを生かすスキルがあってこそだ。
己の容色が優れているという自覚があり、初めて活用できる。
目の前でドリンクバーのコーヒーをすする男は、明らかにその自覚がある。もう、十分すぎるほどに。
安物の、重たげなカップすら美しく見せる所作に、なんとなくため息がでた。
―――感嘆ではなく、呆れで。
「ミスター…」
「なんだ?」
「この間、よくわからないけど私が迷惑かけたのは、謝る。迷惑…というか、世話をかけたわね、ありがとう。そう伝えるための席よ、今日は。でもね」
痛むこめかみをもんで、息をすう。
それを待つように手を組む様すら、向かいに座る男は無駄に優雅だった。
「でも、なんで流れるように口説くのよ。バイトの店員口説くのよ。
いつもいっているでしょう。大体の日本人から見たら外人の顔の細かい人種の見分けはつかないわ。つまり、あなたの行為は日本で暮らすすべての他国民の品位を疑わせる…!」
「ふむ。しかし、これもいつも言っているだろう?
君は固すぎる。このくらいは、フランスなら挨拶だ」
「ここはフランスじゃないわ、ミスター」
「そうだな」
くつくつと、友人は笑う。
…声を上げて、楽しそうに笑っているところを見たことがない。
……邪悪に声を上げてなにか高笑いしている姿すら見たことがあるというのに。
「君は本当に真面目だな。君の行為一つで、アメリカの評価があがるわけでもないだろうに」
「心持の問題でしょう。
…ミスター。美とは力だ。金もしかり。あなたは目立つ。人を動かすこともできるスキルと立場を持っている。なら、それ相応の自覚を持って行動するのは、持てるものの義務でしょう」
「……社長令嬢らしい意見だね」
「あら、副社長よりは気楽な立場よ。…父の会社に戻る気はないし」
「それこそ、それは君のいう立場による義務の放棄ではないのか?」
「私がもっとあの会社の経営に食い込んでいたら、放り出すのは不誠実だった。…でも、当時の私はほとんど新人だ。会社の未来において、果たす役割などまだなかった」
コクリ、とコーヒーを飲み込む。場の空気を変えるために。
このような場で、このような話をしたのは私だけれども。昼日中、ファミレスでこんな真面目な話をする必要もないだろう。
言葉に出さない言葉が聞こえたように、友人は「そういえば」と話題を変える。
「つい先日、日本で知り合った友人が訪ねてきた。精悍な青年になっていたよ」
「なっていた? 前に会った時は、もう少し小さかったのね」
「ああ。そうだな。落ち着きを得て、にっこりと笑っていたよ。ふ、小さくなって泣きそうに震えていたのもいいが、背を伸ばしている様はやはりいい。
まだまだ危うくはあるからね―――あのたくましくも細い腕が、こちらにすがる様を想像するに、胸が躍るよ」
「だから、言い方」
折角話題が変わったのだから、同じことを言わせないでほしい。
勝手に言っているのはこちらだから、構わないが。
「おかしなことを言ったかな?」
構わないが、ニコリと笑う様にやはり少し―――寂しさめいたものを覚える。
演技、というより。処世だろうな、すべてが、と。
「無駄な湾曲表現を含んでいたわね」
「自国語ではないからね、つい」
「滑らかな英語で、面白いことをいうわね」
「友人が笑ってくれるなら素晴らしい表現だったのでは?」
「受けを狙っているんじゃないでしょうに。…本当に、もう」
残り一口になっていたケーキを口に放る。
安物のチョコレートケーキは、安物なりに美味しい。企業努力を感じる。この値段滞なら、要求される以上の味だろう。
かみしめていると、向かいに座る友人も合わせて残していたのであろうケーキの最後の一つを食べ始める。
…本当に、無駄なところにまで気を回す。
気やすい間合に、テンポを合わせた食事。おそらく、付き合うのはさぞや楽しいだろう。
「……バレーヌ」
「おや、君がそう呼ぶのは珍しい」
シーガル、はなんとなく気安くて嫌だった。
日本でいえば『そこのおっさん』くらいのニュアンスで使い始めたでたらめなあだ名を直す機会に恵まれず、それでも成人後に出会った友人の中では、長い付き合いだ。
だから、思うのだ。憂うのだ。
「あなたの頭の中から、計算も意地もなにもかもが吹っ飛んで、馬鹿みたいにふるまう手段がセックスなら、私、あなたの放蕩になにも言わないのだと思う」
「これはまた、面白いことを言う。つまり君は今、私のベッドの中で同ふるまうかについて思いを巡らせている、と」
「…まあ、それに近いわね。要は、心を許せ…いえ、だらしない格好でしなだれかかれる相手ができたらいいと思うわ」
「私は着衣での行為にこだわりがあるわけではないので、脱ぐが」
「そういう意味じゃないと分かってるでしょうに。……本当、仕方ない人ね」
話は終わりだと告げる代わりに、自分のカップに残ったコーヒーを飲み干す。
私も、彼のそういう相手になる気はないのだから。あまり言うのは、品がない。品というより、覚悟だ。覚悟もなしに人の挙動に口を挟むのは…人として恥だ、それこそ。
向かいにかけた男は笑っている。
計算された―――あるいは、計算するのが癖になったような、その顔で。
「私は人前で露出に勤しむシュミはないからな。君が言うような不名誉なことは、そうそう起こさないさ」
「あら、女の恥を掘り返すなんて。ミスターらしくないいじわるだこと」
わざと拗ねた口調で言ってみた。
笑う顔はそれなりに楽し気に見えて、それでもやっぱり、作りもののように見えた。
ジュリエさんはシーガルさんのことを大事な友達だと思っているので、ナンパの数々に小言を言うのですが。
正確にいえば「愛情を安売りして、全部計算ずくっぽいところが気に食わない」楽に生きなさいよ馬鹿な子ね。と思ってる。心配性。
あ、ちなみに美しいは「美術品への評価」であり彼女はもっとお堅い人がタイプです。
ちなみに後日談要素は「訪ねてきた精悍な青年」です。おっさんでは来なかったよ。シーガルさんあの子を友人と呼ぶかな、とちょっと悩んだけど、一番しっくりくる表現を選んでみました。どうせ捏造だしね!
いい男と子供のなんか哀愁漂う楽しいセッションでした。「まあ、誘拐よね」「ああ、そうかもしれない」というようにガチ拘束に理由づけができるセレブ組でもあったんだよな……
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