横顔がキレイな子だと思う。
 色気はない代わりに、存外長い睫毛が良く映える。かつ、姿勢がよく、前を向く目がキラキラと覇気があるからだろう。
 脇で見ていると、キレイな子だ。
 ―――同時に、脇で見ていると胃のあたりがチクチクする子でもある。
 否、そもそも。
「…ほら、律子。あんた本当、なんでそう色々と頓着がないの。きちんとなさい」
 子、なんて形容を使うのはふさわしくない年と立場なのだけど。
 それは分かっているのに、ついハンカチを差し出す。
 とある雨上がりの日。泥でぬかるむ現場にまったく頓着なく膝をついて、じっと現場をみていた女は、ありがとうと言った。

とある酒宴にて

 ―――そんないつかのことを、ぼんやりと思い出した。
 アレは確か、仕事ではなく。うっかりと居合わせてしまったなにかの事故現場だった。
 そんなことを思い出すのは、今。
 包帯が巻かれた手で、安い酎ハイを開ける律子を見ているからだ。
「……それ、明日はキチンと病院いきなさい」
「医者には見せただろう? 今」
「見たから言ってるのよ。…いますぐどうこうはならないけど、定期的にもう少しいい薬塗った方がいい。跡が残ったらつまらないでしょう」
「ふむ。やはりお母さんのようなことをいう」
「……私はあんたのお母さんじゃないわよ」
 とても産み育てたくない、こんな好奇心オバケ。
「あなたの母なら、なんでこんな傷作ってきたのよと数時間問い詰めてる」
「そうか」
「しないんだから、その浮いた数時間できちんと行きなさい」
「はいはい」
 こくり、向かいに座った女の喉が上下して、レモンハイを空ける。そのままなめらかな動作で、次はグレープフルーツハイ。
 カシュリ、軽い音がして。大げさなまでのかんきつの香りが漂う。
「君は人にキチンとするより、自分のことをキチンとしなくていいのか?」
  「座れたでしょ」
「座れただけじゃないか」
 思わず「うぐ」と声が出る。
 いいじゃない、ゴミは貯めていない。全部論文と本だ。あと、クリーニングから帰ってきたのの袋。たたんでいない洗濯物たちの山。そんな感じだから、別に、不衛生では……という問題ではないのは分かるけど。
「先輩は脇腹に持病でもあるのか?」
「ないわよ」
「だが、刺されたような声を出す」
「言葉が刺さる程度にはこのままじゃまずいと思っているのよ…!」
 低くうめくと、そうか、と笑う声が一つ。
 カラカラと、すっきりとした笑い方だ。
 けれど、何ともいたたまれない。ポケットの煙草を探り火をつける。
 そもそもさほど広くない部屋には、酒の香りと煙草の香りがまじりあう。
「タバコはいいのか? それこそ体に毒だろう」
「あんたも吸うでしょ? …あ、ごめん。止めたなら消すわ」
「私の体にではなく、先輩の体に毒だろう。やめないのか?」
「喫煙者にそれを言われてもね。お互い様って話でしょ」
「それはそうだ。…つまり、ケガのこともお互い様ということに」
「ならないわよ。私はあんたと違って好き好んで厄介事に首を突っ込むシュミはないの」
 まあそうだな、と軽い相槌が返る。
 本気で言っていた言葉ではないのだろう。
 どうでもいいことも、どうでもよくないことも割とよく喋る子だ。
 好奇心が無駄に旺盛で、ついたあだ名は科捜研の変人だったか、なんだったか。
 …もったいない子だ。
 せっかくルックスが泣く、その言動は。―――などはない。
 平均以上に優秀な頭脳があろうに、その生き方は随分と愚かだ。愚かに愚かを重ねてさらに2乗して上からコンデンスミルクぶっかけたお花畑女…姉とは違った方向の馬鹿だ。
 なにを考えているか分からない。とはいえ別に知らずとも、友人付き合いをするには十分だ。ああ、そう。ブラックボックスという感覚が、近いか。
 内部の作りなど知らずとも、外から使う分にはなんの問題はありやしない。内部が閉じているから、秘密もばれない。…そんな感覚。
 …別に、壱ヶ谷律子の秘密など、知りたいとは思っていないけれど……
「あなたはなんでこう、いらんことに首突っ込むのか知らねえ…早死にするわよ」
 それを知っていれば、もう少しこう、首根っこをつかんでおけるかと。あの傷を見た時、少しだけ思った。
「好奇心を抑えて、心を殺して生きるより有意義に時間を使った方がいいだろう?」
「一理あるけど。限度もあるの。……あんた、道具がなくてもじっくりみりゃあ『どういう状況でついた傷か』くらい分かるわよ」
 明らかに自分で傷つけた気配があるなと、そのくらいのことは分かる。
 そうか、とニヤリと笑い、律子は酒を差し出してくる。
 ものすごく、ごまかす…というか。話す気がない姿勢だ。
 …別に無理に聞こうとは思わなかったけど、流される前に一つ言っておこう。酒の強さには自信があるが、絶対のことなどないわけだし。
「私は律子が怪我をしたり、死んだりしたら悲しいわ。雑なことするんじゃないわよ」 「……やはり、お母さんのようなことを言う」
「何度目よ。…親にはこんなこと、言わせるんじゃないの」
 勧められたままグラスに注がれたチューハイを飲む。
 大げさに誇張されたグレープフルーツの味は、少しだけ苦かった。

 律子さんは自由というか物怖じしないなあ。か弱いけど。血を提供しようかは正直言う気がしていましたが、言われると「どうしよう」ってなるなあ…って…。あと呪文にすごい食いつきなの、コピーさんものっそ困ったと思います…「教えてもいいけど…どうなの…?」「悪用はしないだろうけど…この人の正気…いやでも…元々…?」みたいな。
 あと本人証明が「部屋が汚い」に苦痛の声を上げるなのとても笑うなと思います。少し寝て落ち着けは予想外すぎてとても困りました(いい意味で)。本当律子さんはこちらが想定した以上のテンションが高いというか、なんだろう。楽しいロールをしてくるなあ…!と。証明方法と言い、割とギャグよりな雰囲気ではありましたが! その中に哲学が入るの楽しかったです。

 そして本物の海山にとって、律子さんは「なんだかふらあっと死にそうで、なんとなく放っておけない後輩」海山は「は?私は人の面倒とか見ないけど?(キレ気味)」な人ですが。なんやかんやで困っているひとや関わった人間を見捨てるのを嫌う、ものすごくお人よしな女ですから。
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