羽織っている派手な着物が、似合いだと純粋に思う。
 整った部類に入る顔に、ハッキリとした色合いが似合う。
 首や腕は性別相当に太いので、別に貧弱ではない。軟派だなあ、とは。初めて会った時、思ったものだが。
 けれど、横顔が。
 決して弱弱しくなど見えない容貌の中、横顔がたまに儚く見える。
 理由は、よくわからない。
 違う、嘘だ。なにかで走った折り、思った以上に疲れた風だった時からそう見える、。肩で息をする姿に、そう思う。
 理由は明白で、我ながら軟弱な感傷だった。

とある座敷にて

「…タラだ…」
「タラだねェ」
「うまい…」
「そりゃよかった」
 カラカラと水木さんは笑って、軽く手を上げる。
 脇に控えた女性が、そっと野菜も追加してくる。
 所作がキレイだな、と思う。
 女性もそうだけれど。水木さんが。あと、かつおだしの中に沈む、白菜の優しい色あいが。
「この間といい、今日といい、なぜごちそうしてくださるんで?」
「そりゃあ、君。君が切なそうな顔して食堂を眺めているからだろ?」
「う」
 そりゃあ、先ほどまで腹を空かせていたが。
 金を送った直後だったので、ほぼ文無しだったが。…そうか、そんなに切なそうな顔をしていたか。
 一日三食一汁一菜とは到底いかないが―――死ぬほど飢えているわけではないのだが。
 お前の身体は効率が悪いのかもしれないな、と苦笑していた兄に会ったのは、果たしていつが最後だったか。
 金のやり取りは信頼しているツテで行っているから、どうにも。こうにも。
「それに、君はうまそうに食うからね。気持ちがいいよ。絵にはならんがね」
「…今日はイイ美人はいましたか?」
「いたら、今頃描いてるさ」
 低く笑って、出汁の入った器を傾ける。
 絵描きだというその手は、別に細くはない。ただ、白いなと思う。生真っ白い。女人や幼子の白さではない。病人の白さだ。熱や吐き気の病を得ていなくとも、虚弱という名の病の白。兄と、同じく。
「…水木さんがなにか厄介ゴトをしょったら、いえ、男手が欲しい時があったら、呼びつけてくださいね」
「そういうつもりで食わせているわけではないがねェ。それより、モデルをしてくれそうな美人がいたら教えてくれ」
「依頼人以外の女性に縁なんざありません。…精々、最近、兄のところに娘が生まれたそうです」
「そりゃめでたいね」
「ええ。なによりです」
 言って、俺も汁をすする。暖かいダシが実にうまい。酒も入ってるのか、ポカポカしてくる。
「水木さん、子供は描きますか?」
「頼まれれば描かなくもないが―――その姪っ子さんかい?」
「兄たちがこちらに来ることは、まあありませんから。ないかもしれませんが。…もし来る日が来たら、頼みたいなと今思いまして」
「遠いのかい?」
「距離も遠いし、金もない。俺は呼ぶほどの金もない。…なにより、兄は体が強くないので」
 細い手足を思い出す。真夏にもあまり汗をかかず、白い顔をしている。あの身体に長旅は毒だ。店を空けるわけにもいかない。
「…でも、いつか見せたいんです」
「君の事務所を?」
「いえ、そうではなく。…この町を。……うつくしいから、みせたいな、と」
「君は孝行モノだねぇ」
「…俺が孝行モノなら、家の役に立つ縁談でも受けたでしょう。しかし、あいにく愚かで、貰い手がなかった。兄には役に立たぬと放逐された身分です」
「そう卑屈になることもないだろう」
 いつのまにか二杯目が注がれた器を、そっと持ち上げる。
 白いタラに箸をいれると、ほろりとくずれる。
「君はおそらく、よくやってるよ。俺よりよほどな?」
「…俺があなたより良くしてたら、今ごちそうになっていないのでは?」
「ふむ。そりゃあちがいない」
 くすくす、派手な着物が似合う人が笑っている。
 おそらく守る必要などないだろう、成人男子だ。
 けれど、お猪口を握る手の白さに、やはり俺はなんとなく胸が騒いだ。


「ところで三ツ木君、おかわりはいるかい?」
「はい! …あ、いえ、これ以上はさすがに」
「ここは〆の雑炊もうまくてねぇ」
「わあい! …いえ、いえいえ! そんな、米など…! ぜいたくな!」
「よだれが出てるぜ」
「え」
「嘘さ」
「えー…」
「からかったわびに、おごってやろう」
「……、……いただきます」

 飄々としているようで自虐的なようでなんか変なところで共通点があることが発見されてしまった大正卓楽しかったです。しかし最後のロール、なんか保護者みがあったな。なぜだ。というか、あの人達ずっと食い物の話してなかった? なごやかだったね? って思います。
 割と仲良く見えるけど水木さん偽名なんだよなあ偽名なの汁由もないんだよなあふふふ。となんとなく「華やかさと怪しさ」を感じて楽しかったりもしたし。二人とも地味に出目が悲しみを背負っていた気がしなくもない。気の所為かな。どうだろうね。
 とりあえず「ご飯に対する反応が三ツ木君のそれ」は笑うし、次また会ったら今度もたかりそうではありますが。いつかごちそうしかえせるといいですね。
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