目の前で、ミカンをむく子供を見る。
 そう、子供だ。私には子供に見える。子供にしか見えない。外国人の年は、自国のそれよりわかりづらいにしたって。
 銃を扱うなんてジョークみたいな細い腕。年相応に愛らしい顔立ち。…それに見あった言動。
 けれどこの子は、探偵としての一面もあり、なによりガンショップ店員だ。そうそう子供扱いをするのは、とても失礼。
 失礼…なのだけど。
「なーに? 藤伸さん?」
「なんでもないよー?」
 それでも私は、この子を子ども扱いしたい。
 詳しいことを知りはしないけど―――どうしても。しっかりしている子供に、おそらく私は呪われているのだ。

とある探偵事務所にて

「みかん、食べたきゃまだあるよ。とってこようか?」
「そう? でも、いいよ。ありがとう」
 にっこりと笑った可愛らしい子供は、それにしても、と小さく続ける。
「藤伸さんの事務所、なんでこたつがあるの?」
「それはね、この事務所は所長の道楽でなりたっているからよ」
 仕事は主に、ペット探し。
 社員は私と、もう一人。所長が実家からあてがわれている運転手件ボディーガードのみ。
 商売っ気のシの字もありはしない、やる気のない事務所だ。今だって。私とこの子しかいない。
「ゆるゆるだねえ」
「ええ、そう。だから私は心を鬼にして、金持ちからはゆすりとることにしているの」
「うん、やっぱりそれが藤伸さんだよねえ」
「ふふん、微妙につっこみたいけど、我慢しようかな。私は大人で、あなたは可愛い女の子だからねえ!」  やっぱり、とはなんだろう。
 つい先日私を病院につれていってくれたらしい彼女は、おそらくその時、私に何があったのかを知っているのだろう。
 知っているのだろうけど…追及はしなくてもいいか。
 私は今生きていて、彼女がケガをした風でもなし。どうでもいいことだ。それこそ、経費がかかったわけでもない。
 今日、この子に「こたつとみかんがあるから遊びに来ないか」と誘ったのは、あの日のことを知りたいからではないのだ。
 人の手が入ったものを食べれないこの子に、これなら大丈夫だろうと思っただけ。
 …所長がどこからかもらってきて持て余しているのだと説明したが、私の自腹だ。
 目の前のこの子は、あるいはかすかな手がかりからそれを知っているのかもしれない。知っていて、笑っているのかもしれない。
 あるいは、深く気にせず最後の一つを口に放っているのかもしれない。
 …どちらでもいいことだ。
 どうせすべては私の自己満足。自己満足は、相手を変革することはない。
 ただ、この子が健やかに年を重ねる時に、少し思い出してほしいとは思う。日本のみかんはおいしかった、と。
 また食べたいから、それまでは元気にいよう、とか。
 約束は人を生かさない。献身は健気な子供を食い物に変える。ならばくだらない欲を、少しでも。少しでも、荷物に加えてほしい。
「私、そんなに子供?」
「しっかりはしてるし、頼りにはなるけど。若いでしょ」
「まあね?」
「あなたに私がムキになって同レベルで怒ったら、そりゃあ大人げないってもんだよ」
「そう?」
 瞳が、少しだけ遠くなる。
 私はそれに目をつぶり、にっこりと笑って見せる。
「カッコ悪いから、私はしない」
「うーん。藤伸さん、そういうところ、子供みたいだもんね…」
「若さを大事にしているっていってほしいなあ。いつでも少年の心を持ってるの☆」
「少年なんだ?」
「そう、少女も乙女も飼ってる」
 無駄に大仰なリアクション付きで言えば、パチリと瞬きをする。
 そうしてすぐに笑って、まるで呆れているように笑う。
「欲張りだね」
「器が大きいって言ってくれていいよぉ?」
「わー。そうだねー。すごーい」
 少し引きつった言葉に、怒ったような顔をしてみる。
 気分転換にと告げて取りにいったティーパックが、かつて彼女が気にいっていた銘柄であることは、私だけが気づいていればいいことだ。

 ちらり、と後ろをみる。
 所長の趣味で大変に大きな窓からは、さんさんと太陽が降り注ぐ。
 それがその白い肌を少しでも焼けばいいと。
 少しでも、何かを残せばいいと。
 あの日、おかしな一件に彼女と巻き込まれてからずっと。あるいは手料理を食べれないのを知ってからずっと、そう思っている。

 カタリナさんとコピーちゃんのロールはなんというか親に思うところがある同士で「なんか…ごめんね…」となりました。銃を求める理由の切なさに泣いた。そして見返そうというのが泣いた。え、見返したいの? カタリナさんは見返したかったの? カタリナさんが差し伸べてくれた手を、彼女は決して忘れないでしょう。いつか自分というものを確立したら。その時に待ち人がこなくても。きっと、あなたに会いに行くでしょう。
 それはそれとして藤伸さんのことは守銭奴と思っているは笑いどころでしたね。ふふ。藤伸さん、カタリナさんの前では故意にわかりやすくがめつかったり明るかったりを装ってるところもありますからね。子供には子供らしく、アホみたいにいてほしい人だから…!
 なんというかカタリナさんに思いをはせるとじわじわ悲しくなるから彼女の人生に幸あれ…!  目次