俺が今働いている場所の主は、変わり者だ。
 行き場のない見世物に、仕事をあたえるんだから。
 …結局、働いているのは主に俺だが。
 俺のもらっている給金は、あいつらに衣食住を与えることができている。
 …本当に、かわりものだ。
 そんな変わり者の雇い主は、その日、俺に声をかけた。 「それは、お前にとって興味深いか?」

とある屋敷にて

 それ、というのは今俺が手にとっていた本だろう。
 掃除の途中、どうにも位置が乱れている本たちを整理しているうちに、手に取った一冊だ。
 この部屋にある分は、好きに読んでもいい。
 高いんだろうに、そう景気よく言われているが、別に読むつもりだったわけではない。ただ持っていただけだ。
 でも、見てはいた。表紙は読める。
 算術の本だ。
「読むなら、持ち出しても構わない」
「…別に、そういうわけじゃないよ」
 二人の時は、つい口調が砕ける。
 その方がいいと言われているから、いいのかもしれないが。
 …それでも、この男は自分の雇い主だ。それなりの言葉を使うのは、スジな気もするが。
「…そのうち覚えようと思っているが、今じゃねえ。…まだ、読むのつっかえる」
 計算ができるようになれば、いざという時の備えになるが。でも、今は無理だ。もう少し、滑らかに読めるようにならないと。
「そうか」
 言って、彼は書斎の椅子へ腰かける。
 その途中、外国の言葉で書かれた本を持って、それを読んでいる。
 出ていけ、と言われないのならば。このまま掃除を続けてもいいのだろう。
「…ケン」
「なんです?」
「お前は、学ぶのは楽しいか?」
 ちらりとも本から視線をあげない彼にとって、学ぶことは楽しかったのだろうか?
 …なんだろうなぁ。この男が楽しそうな姿、あんまり浮かばない。
 いや、いやいや。なんともいえない笑顔を見せえる時とか、楽しそうといえば楽しそうだが。なんだろうなぁ。
 …今は、そうではなく。
「…楽しい、とは思わないが。ありがてぇな」
「ほう」
「…文字が書けると書けないとでは、世界が違うだろう」
「そうだな。人の考え、ましてや想いとやらは正しく伝わらない。
 だが、文字にすれば残る。時に他者に伝わる。…お前は賢い」
「…んな高等な話はしてないぜ」
「同じことだ。仕事が増えるというのは、つまりそういうことだろう?」
 俺の言わんとすることを正確に拾ったうえで、その訳の分からない話だったらしい。…この男の言うことは、基本的に難しい。
 そういう世界の生き物だと、そういうコトだろう。
「…それは、そうだが」
「だが?」
 男が目線を上げる。目が合う。
 赤みのかかった、少しブドウ酒に似た色合いの瞳。
 …外の世界で、その色がどう評されるのか。俺はおそらく、正確に知る日はないだろう。想像することがあるだけだ。それなりに目立つのだろう、と。
 ……この男の助けによって生きている俺は思う。その色合いは関係なく、妙に強い目だ、と。
「…別に、なんでもねえよ」
「ほう」
 ニコ、っと笑う。
 笑っているが、怒っているように見える。
 違う、たぶん怒ってはいない。
 けれど、命じてはいる。言え、と。明らかに。
「…確かに、仕事のためだが。……それは、アンタの役に立つためだ」
「そんなに持ち上げずとも、お前がお前の仕事をこなしているうちは放り出さない」
「んなことは知ってるよ。…これは俺の矜持の問題だ」
「…ほう?」
「あんたに拾われた。おかげで助かった。…なら、返すよ。できるだけ」
「……律儀なやつだな」
「だから、矜持だよ。…見世物ではないという、矜持だよ」
 見世物であるのは、死ぬほどにイヤだったというわけではない。
 けれど、心地よくはなかった。
 他に方法がなくなれば、戻るだろう。
 けれどここにいる限りは、戻らない。だから。
 だからだと視線を返すと、男はくつくつと笑う。
「それは正しい使い方だ。本当に、お前は賢い」
「あんた、それは褒めてるのか?」
「ああ。褒めているさ。そのまま励め」
 低く笑って、その目線が本に戻る。
 紙をめくる手はフシばって、それでもなんの傷もない。
 その指も、何とも印象が濃い顔も、ブドウ酒色の瞳も、俺にはキレイに見える。強く見える。
 外の世界で、どう見えるのかは分からないが。
 この男は―――あるいは、強くなんてないから。俺たちみたいなもんを拾ってくれたのかも、しれないが。

 けれど今は、化け物が人のようにすごせる環境だ。
 それに報いるため、掃除の手を進める。
 茶はいりますか、と訪ねれば、クスリと笑って答えが返る。
「今度は、うまくいれろ」
「…最近はそう失敗してないと思いますが?」
「そうだな、お前はここ3日失敗していない。冗談さ」
 なにが面白いのか、くすくすと笑う。
 思い出し笑いのようだと、少しだけ気になった。

 この大きくて小さな屋敷が安息の地感がぱなくて「尊い…」となるセッションだった。黒田さんは強者のような弱者で実にゾクゾクしますが座敷牢の話し始めた時は実に「え」ってうとたえてましたよ実は! あと「ニコ」のプレッシャーがすごいと思う。好奇心で死にそうだなぁ、とも思う。彼の人生に幸あれとも思う。…血を飲むかはちょっと笑ったよ! え。いや、えええ!?ってなったよ! KPも彼も大混乱だよ!

ケン君は色々捏造していますが「俺たちはどうしたらいいんだ」のセリフはシナリオのままなんですよね。あの状況で自分だけではなく他人のことも意識するって、かなり視野が広い気がします。賢い子なんだろうなあ、と思てロールをしました。あと彼が体格に恵まれていれば、別の役になっていた気がするので小さめです。きっと律儀で賢い彼は、黒田さんを恩人と大事にしているでしょう。打算もあるけど、真心で。懐いてはいないけど、誠実に。
 だからきっと、少し遅くなるとか言った時には背筋を伸ばして言うんだ…「お帰りをお待ちしております、我が主」って…!
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