「漏れ聞こえた会話を元に話し合いの結果、あんたがデート商法にひっかかり、それを元警察に相談して、ダメだったからヤクザに相談したつーこととしか思えないんですが、大丈夫なのかあんた」
「どこから訂正したらいいのかわかりません」
「いや、俺は違うと思うんです。
デート商法にひっかかったのは知り合いで、あんたがそれにきれて、だましかえそうとしてデート商法に会ったはいいものの身の上話でもされて流されて、その結果ヤクザに相談でもしちまったのかと…!多少おとなしげなやくざといかにもなヤクザに…!」
「どうあがいても(ルカさんは)デート商法で、騙された私が頼るのは(たぶん鈴木さんが)やくざなんですね…?」
「いや、俺は信じてますよ?あれは迷子の外人道案内してたんだろうって…でもその…元刑事がどうのこうのと聞こえてしまい…!どこの誰に喧嘩売ったんですか、やくざに仲介頼むくらいならあんたのじぃさんに頼めよ!」
「売ってません。うちの祖父を、というかあなた方の師匠をなんだと思ってるんですか」
「「「アホだと思ってる」」」
「正直孫から見てもそうですが。えー…順を追って説明します。
とりあえずデート商法してそうな外国の人は金髪ですね? じゃあ友人です。確かにいくらでもひっかけられそうですが、デート商法はしてないでしょ。女性に優しいです。
あなた方が元警官だのヤクザだの言ってるのは…探偵の人です。冗談のセンスが小学生以下のただの友人です。
…あなた方が執拗にやくざいってる人の職は…あえて聞いていません。…一つ恩義がありますし、友人の探偵の友人ですし…、…女子供には基本的に無害そうですし」
「あんただからそういうところですよ?」
「職で人は…はかれませんし」
「え、いやまあ、そうかもしれませんが?」
「…私は今日こんな話しに来た訳じゃありません。
今月誕生日二人いるでしょ。いい肉買ってきたから鉄板出してきてください」
「師範、ついてきます!」
「師範にはなりませんよ!?」
みたいなことを言われそうだよなとふとおもって。
「…いや本当、なんなんですかね。あの子」
「似てますよね」
「似てるってレベルじゃないよなぁ」
「けど師範の腹膨れた時期ないでしょ」
「あの子一応師範じゃないよ、…まあ、母親ではないんだろうなぁ」
「…いや、それで引き取りますかね?」
「あの子ならやりかねねーだろ」
「…あ、うん。はい。そっすね…」
「……あの師範…じゃなくてお嬢さんと仲いいきれいな人いるじゃないですか。あの人とあの金髪すげー仲良さそうだったけど、その人との子だったりは?」
「あー…ねーだろ、…そっか。お前その辺知らないのか。篠、いや三鷹さん結婚してるんだよ、お前が来る前な」
「え、それはあの金髪じゃないんですよね?」
「めっちゃ日本人。…で、あの子5歳くらいに見えるから色々と合わない。三鷹さんと旦那の子だとするとな。……さらに、だ。単純に考え5、6年前そういうことして篠塚さんが生んでたとするよ? それをなぜかうちのお嬢さんが引き取ったとするよ?」
「はぁ」
「その場合例えどんな事情あってもあの金髪と普通に話してるお嬢さんはありえねぇわ…」
「まあ…ボコるでしょうね…金髪を」
「ボコるんですか…?」
「俺たちが『篠塚さんの連絡先教えてください』って言っただけできれるんだぞあの女は」
「『直接聞けよ』って切れるんだよな」
「え」
「直接聞いたらあしらわれてなぁ…。お嬢さんを介せばマシかと思って聞いたらボコボコにされたなあ…。試合形式だけど」
「『断られたなら諦めるかきちんと本人を口説くかしなさい』でしたっけか。で、孫に負けるとは情けないと師匠に死ぬほどどつかれるまでがセット販売だ…」
「自分に……。……つーか、篠塚さんが断りづらいところに頼むのが本当気に入らなかったらしくなぁ」
「えー……。…なんっすかそれ。それ。嫉妬的なあれですか? 師範とあの人めちゃくちゃ仲いいけど、そういう意味で好きなんですか?横恋慕してるの?」
「いや、知らんけど。…まあ、ともかく。それであんだけ切れる女がガキこさえて五年ほっといた男に友好的に接するのはないわ…」
「…じゃあ結局なんなんですか?」
「さあ? あの金髪の人がなにか事情あって育てられなくて、お嬢さんが育てるんじゃないか?」
「えー…あの人はあれですか。アホなんですか」
「あほだな」
「まあ、うちの師匠と同じ類のアホですね、お嬢さんは」
「んな二人で声をそろえて。
……。……。…まあ、よくわからんし、それでいいのか、って気はしますけど。いいのかもしれないですよね。…師範、あんな優しそうな顔するんですね」
「…そうだな」
「割と険しい顔してますよね。あ、でも差し入れ持ってきてくれると気はあんな感じかぁ。…っていうか。稽古つけてる時ですね。険しい顔してるのは」
「……ちょっと前は始終へらーっとした顔してる子だったよ、あの子」
「そうなんすか?」
「……そうだったんだよ。…それこそ、なにあったが知らんけどなぁ」
まあ親意外はつっこまず穏やかに見守りそうですね。
基本周りにアホしかいないから。中崎さん。
「…ところで、先輩」
「なんだ」
「仮にあの子の母親が三鷹さんだとしてですよ?
その場合結婚機にうちの師範とこに預けたことになりますよね?
なら金髪じゃなくて親友責めるべきじゃないんですか?師範は。こう、親の都合でふりまわすな、って。」
「いや、親友に苦労かけやがって、と相手の男をぼこるよ、あの女は」
「理不尽」
「理不尽なあほなんだ。お嬢さんは。
…大体、篠塚さんに男のかげなど…なかったし…産んでる気配ありゃ分かるよ、よくお嬢さん迎えきてたから…」
「…先輩」
「なんだ」
「好きだったんですか?あのキレイな人」
「黙れ」
この会話文の先輩は地下アイドル二枚目として作成してた次期道場主です。
可愛い子を紹介かあ。
中学高校の子は…鈴木さんの人柄は…ナンパだし物騒だけど…、…人柄は…別に文句をつけるようなところは…ないか。
でも、職がどうみてもなあ…。
やる時はヤる側だろうなあこの人。
そうなると紹介はちょっと…そういえば年も離れてるなぁ…。
冬樹さんもな…職と人柄はともかく…。
普通の…穏やかに暮らしてる友人に…紹介できるかというと……うーん。でもそういう人とこそ幸せになってほしい気もするけど…。友人が苦労しそうなの分かって紹介するの、気が咎めるな。
穏やかじゃないに慣れた人…
…変なことに引かずにかかわって言った人達……?
「…紹介できそうなの連絡先知らないお医者さんと学生しかいない…!」
「何の話だ」
「学生は二人ともアウトです…!すごくアウトです…!」
「だから何の話だ」
「草薙さんは…あの人はいい感じにあしらっちゃうと思うし…」
「え、草薙ちゃん? なんや草薙ちゃんの話? それは聞きたいわァ」
「あともう………いないなあ(この世に)」
「…とりあえず喋るな」
〜落ち着け言われたから落ち着きました〜
「……」
お二人ともそれぞれにアレなところあるけど、まあ、人のこと言えないし。
あれだけどそういう気持ちがあるならそういう形で幸せになれるといいなあ…。
…変なことに巻き込まれ慣れてて、かつ、こう…。…そうだなあまあお嫁さんは一般的にこう、理想論ならたおやかで芯の強い大和なでしこみたいなのがいいんじゃないのかな。見たことないけど。
……ん?
…たおやか、いうか。ちょっとはかなげで…面倒見のいい…
すごくきれいな…
……日本さん?
「連絡先交換してないし男!」
「だからさっきから何なんだ」
「どうしよう私の知人の中で有数に大和なでしこっぽい方男性でした! あと奥さんがいます!」
「何の話なんだ…」
さらに落ち着いてみました
「そもそも理想とかじゃなく、もっと地に足ついた可愛い系とか、こう絵に描いたように女子力ある人ならいいですよね!」
「ええなあ。女子はみんなかわええけどな!」
「鈴木さん、話を広げないでくれ」
「で、こう、料理が上手、みたいな…」
ああ、野菜。これだけあれば作れますね。色々と。
ええ、お任せください。得意ですから。
そこは猫の手ですよぉー。猫の手わかります?
美味しい? それは良かった。
ええ、おかわりもどうぞ。
「……気遣いが上手、みたいな……」
荷物重たいでしょう? 持ちますよ。
暑いのに無理するからですよ。ほら、休んでください。
体調が悪い? なら休めるところでも探しましょうか。
「…やっぱり男だよ!? どうしよう男です!」
「男は嫌やな…」
いや。ふって思って。
びっくりするくらい、あてがないな、って!
ガリガリと氷をかく音が響く。
電動のものを買おうと思ったのだけれど、よく考えるとあの滑らかな氷はお店で食べてこそではないだろうか。お店で食べて、綺麗な器に盛られてきて、それでこそな気もする。あと単純に、可愛かった。すごく可愛かった。このかき氷器の、とぼけたペンギンの顔が。
ガリガリと氷をかく。ぐるぐるとハンドルを回す。
削られていく氷を見る瞳に、ほんのりと心があたたかくなる。
「次はする?」
「はい」
「そっか、じゃあ。気をつけてね。…人に触るくらいの力でね」
「はい」
キラキラとした氷に、もっとキラキラした眼差しが注がれている。
落ち着き払った言葉遣いに見合わぬ、好奇心いっぱいの眼差し。
…違う。
幼い体躯。偏った情緒。そのすべてに、この子の言葉遣いは、判断力は見合っていない。
…態度は年相当といえば、そうなんだけどな。いや、ある意味もっと幼いのか。
……別に、これからすりあわせていけばよいことだ。
とりあえずは、なによりもまず力加減。それを覚えた様ならば、幼稚園にでも行ってほしいところだ。
……傷つかずに生きて欲しいと思うなら、もう。このまま二人とこの子を知る数名で生きて行った方が、きっといいのだろうけれども。
それでも、きっと。そうして囲んだところで、すべての傷から守ることはできない。
ならば、少しずつ。傷ついて、立ち直って、歩いていってほしい。
「シロップ、イチゴとメロンどっちがいい? まあ、こういうのあんまり味変わらないけど。気分で」
「……どちらがいいのでしょうか」
「どちらもいいんだよ」
「…あなたは」
「どっちでもうれしいよ」
ぽん、と頭を撫でると、パチリと瞬きが一つ。
長い睫毛が日差しを受けて、キラキラと輝いて。白い頬が暑さで蒸気し、まるで紅でも刺したように。
お人形さんみたいな顔だな、とたまに思う。
思わないような表情をするようになってほしいな、とも。
「…じゃあ、両方」
「あ、それ、昔やったなあ」
「そうなんですか?」
「うん」
ぽん、ぽん、と。意味もなく頭を撫でてみた。
くすぐったそうな顔も、期待に満ちた顔も、人形のようではないので、安心した。
あの子とすごす夏の話。きっととても幸せな日々。
養子にはしないけど我が子とは思ってるし母親と呼ばれるなら別に何の抵抗もない。
実際独身一人暮らし自営精神病院通歴ありに子供預かる許可が下りると思えないけどきっと三鷹さんに頭でも下げたんじゃないですか。マネーイズパワー。
風が吹くと、金糸の髪がさわさわ揺れる。
そこは公園のベンチの上。
遊び疲れて眠る子に膝をかして、女は小さく呟く。
「…この子ってやっぱり大きくなったらルカさんに似るんですかね」
「そうですね。似ているだけで別物ですが」
これだけ優しく愛情をかけられたものなど、もう自分とは。
声に出さぬ声を知る由もなく、女は続ける。
「…つまり将来的に背が高く育つ、と…。確実に見下ろされる…のは仕方ないですね…うん。男の子ですものね。ルカさんに似ずとも…」
「ははははは。女性は小さいくらいで愛らしいじゃないですか」
「えー…?」
嘘っぽいというよりとても軽い。 昔ならさぞ腹が立っただろう。
今は、少し寂しい。 もう二度と会えぬ探偵の口上を、少し思い出すから。
『報酬はデートでいいよ?』
『え、そんなに怒らなくても。冗談なのになあ』
『ねえ、先輩。こっちも真面目ですよね?』
そう、自分は彼の友人に対する態度にとても腹を立てて。随分ときつく当たった。
きっとあちらは、どうでもよいと思っていたのだろうけど。
なによりも―――別人に優しくしてみたところで、何の意味もない。
胸の内で呟きながら、彼女はたまに考える。
亡くなった彼に対する意味はないけれど、今目の前にいる彼には意味は何かあるだろうか。
それとも、彼にとっても意味がないことだろうか。自分の態度とか、心象は。と。
出会った直後から随分と良くしてもらった。その理由はおそらく彼女自身ではなく、彼女の親友と、彼のなにかのこだわりだろうから、と。
「…ルカさんは」
「はい?」
「口がうまいし女性にはそこはかとなく優しいし隠し子山ほどいそうですよねえ…」
「えー。心外ですー」
本当に? とは言わなかった。
言ったところで自分に本当は語らないだろう。この手のことは、ことに。
その程度は、彼のことが分かる。
その程度しか分からない。
ただ、膝で眠る子供を見る目が、少し。
少し、自分では理解できない感情に彩られていると思うだけ。
それが少し悲しくて。
それが少し―――以前の親友を思い出すだけ。
あの黒い男と出会う前の彼女を思い出すだけ。
「…あなたは」
あなたは、そして篠塚巴は。
自分のことが好きじゃないんでしょうね。
「……見た目だけなら王子様みたいなんですけどねえ……」
「すっごい含みがありますね? いいんですよ、王子様みたいと言いきってもらっても」
「んー…でも王子っぽくはないと思います」
受ける印象は、どちらかといえば真逆だ。
例えば、塔に閉じ込められたお姫様。
例えば、目覚めのキスを待つお姫様。
作り物みたいに綺麗で、茨で囲まれ、誰も寄せ付けず。
愛情で鍵が開く。未来に進む。
―――昔の彼女のように。
「だって、王子様ってそんなに甲斐甲斐しくないと思いますよ。
そんなところに立ってないで、座って休んでくださいよ。せっかくあったんですから」
だから、いると良いと思う。
「いえ、暑そうだったから心配で。差し入れにきただけですよ。…彼、運びましょうか? 家まで」
―――綺麗に笑うこの人が、泣いたり怒ったりできる人が、いると良いと。
あるいは―――彼女に対するあの男のように。
全身全霊で彼のことをなによりも大事にする人が。
そんな人がいればいいのに。
「日傘あるし。もう少ししたら起こしますから。大丈夫ですよ」
冷えた缶を受け取り、笑って答えれば、そうですか、と柔らかい声が返る。
本心から柔らかいのかなど、彼女には分からない。
風が吹く。
健やかな寝息を立てる子供の髪がさらさらと攫われ、あらわになる額は雪のように白い。
暑く湿ったこの国の空気は、この子や彼には辛いのかもしれない。
それでも―――……
それでも、ここで出会ったのだと。
ぼんやりと思い、女はそっと息をついた。
同じ場所を見ている。違う位置から見ている。だから目線が合わない。
この二人お互いに悪意があるわけでもないけど「誰か傍にいてくればいいのにね(だが自分がなる気など欠片もない)」っていうそこはかとない地獄感がやばいと思います。どうしてこうなった。
自分勝手に生きてきたから誰かのためにできることはいつもうまく浮かばない。
卵が先か、鶏が先か。
私が気を遣っているからルカさんも気を遣うのか。彼に気を遣われてる気がするから、私も気を遣っているのか。
ふと思うけれど、同時にどうでもよくなる。
どっちにせよ同じだ。結果は。
私は彼に気を遣っているし。
彼は私に気を遣っているのだろう、きっと。
物腰柔らかく、笑顔が素敵。
皮肉というか、揶揄というかが他の人に向いているのを見たことあるけれども。あるからこそ。
ものすごく気を遣われているのだろうなあ、とは思う。
なぜなのかはよくわからない。
いや、以前は。
以前というか、最初に会った時は。
散々な目にあったあの時は、気を遣っているのだと思った。
私ではなく、三鷹巴に気を遣っているのだなあ、と。
そんな風に思ったから、たぶん彼が怖くはないのだろう。
だから、怖くなったのは別のことだ。
夢か本当かもわからないあの時だ。
あなたのためですと言われた。
嫌だと言っていたのに。犠牲だと言っていたのに。
一番被害が少ない方法だからと、そんな風に言われた。
ルカさんは何も悪くない。
悪いとしたらあの男が悪いし、私の聞き分けが悪い。
それでも、そうして人任せにして。かつてどれだけ、死にたくなったか。
ああ、別にあの人はルカさんとは違うだろうけど。
こちらを守ろうとかは、思っていなかったんだろうけれども。
最善手だと、きっと私には分からない合理で動いていたんだろうけれども。
それでも嫌で、怖くて、あの時も怖くて。
嫌で仕方ないのに代理案が浮かばないところまで、あの時とよく似ていた。
似ていたけれど、違うことは。
彼は話しかければ話しかけるだけ答えてはくれるし、色々と譲歩してもらっているのがさすがに分かる。
それこそ、昨夜―――といいっていのかよくわからないあの時も、そうだ。
もっと楽に、なんなら部屋をうろうろすることもなく、さっさと最善手をとったのかもしれない。ルカさんは。
……優しいのかな。
優しい人がものすごく手慣れた手つきで銃操るかは置いておいて。優しくしてはもらっているんだろう。とても。
だから、優しくしかえせるといいと思うのだけれども。
それができているのかも怪しいというのが、本当のところだろう。
卵が先か、鶏が先か。
…今だって、どうして。無事を確認したかっただけなのに微妙に気を遣わせたような。…自分でも信じていないようなことを、肯定させてしまったような。
………どうしてこう、うまくいかないのだろう。
…というか。
うまくいかないのに、関わろうとするのはなんでかな。
助けてもらった恩だろうか。
共通の友人がいるからだろうか。
あの子の家族のようなものだからだろうか。
なんとなしにスマホを撫でて、なんとなく息をつく。
どれもいまいちしっくりこないから、やっぱりよくわからない。
分からないけれど――そうだなぁ。
せっかく会ったのだから、できれば仲良くしたいと思うのは人情だろう。たぶん。
とりあえず一緒にご飯を食べるとおいしい程度には、親しく思っているのは確かだし。
ご飯。そうだ。外出る準備、早くしないと。なんか、すごい張り切ってるし。あの子。いや。張り合っているのだろうか。もしかして。
……ああ、そうだ。そうだなあ。切なくなる程度にはおとなしいとはいえ、子連れだし。
玄関で待機してたあの子を呼び戻しながら、発信履歴を呼び出す。
つい先ほどかけたばかりだけれども、もう一度電話をかけなおす。
「ルカさん、さっきのご飯の話ですけど。天気もいいし、おべんとでも作って外で食べましょう。
今から私達おにぎり作るけど、朝ごはんまだだったり、暇なら来ますか?」
みたいなことをあの後やってそう。
巻き込まれたことが危ないことだという認識はあるので巴さんに言うのかもしれないし、怪我してないから言わないかもしれない。「道端に変な模様書いてたら見ないで走ってね。それでなんか変な目にあったから!」程度の言い方で。
しかしルカさんと中崎さん関係性突き詰めると不毛の大地だけどやってること仲良くて首をかしげる。
子はかすがいなのかもしれないし、別に関係ない気もする。
謎の人間関係ですね。いや本当に。なんでこんなに込み合っているんだ、人間関係。
ある日、唐突に聞かれた。
向かい合って座って、それはもう真剣な顔をして聞かれた。
「巴さんは旦那さんがいるんですよね」
「ん? うん。いるよ。棗さんっていうんだよ」
「慧香さんは旦那さんがいない」
「そうだね」
「旦那さんがいると恋人はいない」
「そうだね。恋人と結婚するとその人が旦那さんだから」
「慧香さんとルカは恋人ではない」
「うん。そうだね。友達だから。…どうしたの?」
誰かに何か言われたのだろうか。
それとも興味を持つ年頃なのだろうか。
自分で興味を持ったなら喜ばしい。どんな内容であろうとも。
いや、誰かに言われたのでも…人の言葉に興味を持つのはよいことだ。…でも。
「この間慧香さんのおじいさんのところに泊まった時、聞かれました」
あ、やっぱり。
「そっか。どんなお話だったかな?」
「おじいさんが、慧香さんのお婿さんが見たいと」
「……そっかぁ」
それは心苦しい。……。この子のことは全く関係なく、そんな予定はないし。
「殴り合って友情を築きたいと言っていました。男親とはそういうものだといっていました」
「え、そうなんだ……?」
そんなつもりでいたのかあの人。そして私の親はお父さんだよ。すっとばさないで。似たようなものだけど。
第一、すごくどうかと思う。道場主がそういうことするのはどうかと思う。
「……でもまあ、ともかく私には恋人がいなくて。
だからといってルカさんとは付き合わないよ、絶対」
「絶対」
「うん。大事な友達だから、付き合わないの」
「恋人とは仲がいい友達とは違うんですね」
「そうだね。…そうだなあ。友達はいっぱいいてもいいけど、恋人は一人じゃなきゃダメだね」
少なくとも現代日本ではそうだ。
外国のハーレムとかはまだ教えなくてもいいだろう。ややこしい。一応今のところ日本で暮らすつもりな以上、この子にハーレム作られても困る。
「人数以外は違いがないんですか?」
「んー……」
そういうことはともちゃんに聞いて。私分からないから、と。
言いかけてのみこむ。
まあ、大事なことではあるから、そのうちともちゃんなり他の人なりには聞いてもらうことにして、だ。
それは今私が答えない理由にはならない。
「…恋人は、一緒に恋をする人のことをいうんだよ」
「恋」
「うん。恋は…えーと、…その人といると、ドキドキすることかな…?」
「そうなんですか」
「そうなの。……君も大きくなったらわかるよ、きっと」
「僕でもわかりますか」
「うん。ああ、でも、大きくならなくても、そうだなぁ。小学校当たりできっとあるよ」
この子にはいろいろと…本当に色々とあるわけだけど。
幼稚園は間に合わなくても、学校までは間に合うだろう。この様子ならば。
少し迷い、言葉を継ぐ。
「…恋は良いものだから、するといいんじゃないかな」
「はい」
「…でも、したくないならしなくてもいいんだよ」
「…? はい」
かわいい養い子はそれはそれは素直に頷いた。
…だから、迷ったのだ。
この子は…すぐに期待に応えようとするから。だから、あれをしろこれをしろと言いたくない。
言いたく、ないんだけど……
「…それと、ね」
「はい」
「…私は恋人ができたら、きちんと君に言うから。君に言わないなら、その人は恋人じゃないよ」
「はい」
それと、と続けかけて迷う。
―――付き合ってもいないのにそういうことを言うと、失礼にあたることもあるから、言わないように。
いうべき言葉を言おうか迷い、飲み込み、それでもいったん口に出そうとし…、やっぱり飲み込む。
いうな、といえばこの子は言わない。
言わなければ、誰かに失礼なことをいうことはない。
でも、いちいちそういったことを先回りしてくぎを刺しては、この子の学習の機会を奪うわけで。
なにが人にとって失礼で、そうじゃないか、とかは子供のうちに学んでいた方がいいわけで。
『それだとその子に俺が彼氏だと勘違いされないか』
つい先日、冬樹さんに言われた言葉がよみがえる。そのうち遊びに来てくださいと言ったときのことを思い出す。
ごめんなさい、まだそんな年じゃないと思ってたけど、もしかしたら言うかもしれないです。
事前に説明するし、もし言っちゃってもその場できちんと否定するから、笑って許しておいてほしい。
なんとなしに彼の頭をなでる。
ふわふわとした感覚に、パンケーキなんて思い出したりした。
***
かちゃかちゃと洗い物をしていると、タオル片手で養い子が近づいてきた。
手伝いたいのだろう、今日も。…おそらくは明日も明後日も。
子供はそんなに勤勉に色々しなくていいと思う。言われて、いやいやするくらいでいい気がする。
けれどそれがこの子の性分だから、しかたないのだろう。
「今日パンケーキ作ってくれた人は友達なんですね」
「うん、冬樹さんは友達」
「巴さんが怖い顔をしていましたが、友達」
「あれは…私がともちゃんに悲しい思いさせたせいだね…」
「慧香さんに悲しい思いをさせると、ほかの人に怖い顔をするんですか?」
わあ。まっすぐな目で問われるとものすごく理不尽だね。
怒っているでなく、怖い顔というあたり、なんというか、なんというか。よく見ている子だ。…聡い子だ。
「それに、お二人とも仲がいい」
「うん、私はともちゃんが大好きだけどね。…大人はいつも完璧じゃないんだよ」
「はい、前も聞きました」
「えーと………。どう説明しても正確にはならないから、今から大事な話だけするよ。
ともちゃんは優しいくて、いっぱい心配する人だからね。私が危ないことすると、悲しくなるの。
なのにこの間私がちょっと危ないことしてしまったとき、冬樹さんが一緒にいたから。冬樹さんを見ると思い出して悲しくなるの。
悲しくなると、顔が怖くなるの」
「でも、慧香さんには怖い顔しませんよ」
「…えーと、それは…。…お話合いで解決したから、今はもう怖い顔しなくていいの。冬樹さんとはまだ話し合いの途中なの」
正確に言うと。
「心配かけてごめんとともかく謝まったり説明したりした結果、ものすごく切ない顔をされた後、今に至る」だけれども。ともちゃんが私をにらむことはないけど。そのあたりを説明しようと思うとこう、うん。その。
私が甘やかされているからだよとしか言えず、なんというか――――…情緒教育によろしくないなあ私たち。
この子の持って生まれたいろんなものを考えるに、いつか絶対気づくだろうけど。…口で説明するのは、なんというか。もうなんというかしかでない。
「話し合いが終わったら、怖い顔じゃなくなりますか」
「うまく終わったら、そうだね」
「…うまく終わらなかったらずっとですか?」
「うーん、そうかもしれないね」
「……怖い顔は悪い人にするものではないんですか?」
……随分難しい話になってきた。
適当にごまかすことも考えたけれど、この子はともかく聡い。なんなら私より聡い。…どう説明するべきか。
「…悪い人にすることもあるし、そうじゃないこともあるの。
それにね、悪い人、って見分けるのはたいへんなことなの。
人は悪いことをする。それが人より多い人のこと、君に説明するために「悪い人」って呼んでるけど…。
悪いことは誰でもするんだよ。しちゃだめだけど、してしまうの。
私は今回、ともちゃんにとっても悪いことをしたし、冬樹さんがその時一緒にいたからともちゃんは悲しいの」
「よくわかりません」
「うん、…分からなくていいよ。まだ。
…とりあえず、冬樹さんは優しい人だよ。顔は怖いけど」
「色々話をしてくれました」
「うん。細かいんだよね、話が」
そして子供にも丁寧だった。
真面目な人だ、つくづく。
皿を洗い終え、すとんとクッションに腰を落とす。
とてとてと向かい側に座る子供に、私は何をあげられるだろう。
「…あのね、ひとつ内緒の話をしよっか」
「内緒?」
「うん、内緒。…人に言われると恥ずかしくなっちゃうから、言わないでね」
「ないしょは、人に言わないんですね」
「うん、内緒は内緒だからね。
…それで、内緒の話だけど。冬樹さんは探偵さんでね。たまにヒーローみたいなんだよ」
「ヒーロー」
「うん。…何回も助けてくれたんだよ」
それは、今回助けてくれたからではなく。
ましてや、以前泣き言をきいてくれたからでもなく。
…ただ、言ってくれたから。
人はやり直せると。そう信じてる人が生きているだけで、どうしよもなく救われたから。
あの日、あの時からずっと。そこにいてくれるだけで、私は助けられている。
「どうしてそれは内緒の話なんですか?」
「恥ずかしいからだね」
「僕に言うのは、恥ずかしくないんですか?」
「大人になってもヒーローを信じてるって大人に知られると、恥ずかしいなぁ」
「…僕は子供だからいいんですか?」
「うん。それに、私は君のことが大好きだからいいの」
「……よくわかりません」
「わざとわかりづらく言ったからね。
…なんでもかんでもわからなくていいんだよ。私と同じ気持ちになる必要はないんだよ。
私が君にはたくさん話をしておきたい。ただそれだけ、覚えておけばいいよ」
「そうなんですか?」
「そう」
「…そうすると、あなたはうれしいですか?」
そうだね、そして。
君が早くその言葉を言わなくなればいいと思っているよ。
いう代わりに、にっこりと笑う。
やっぱり、今は。死にたくないなあ、と。それだけ強く、強く思った。
〜生還後の愉快な会話〜
「(今回のことが知れたら)三鷹に10回殺される」
「いやでも、私助けられた立場ですし…?」
「俺といるのが危ないとかいいそうだろう」
「…そ、そんなことは……あり…ませんよ?たぶん。おそらく、きっと…(小さい声)」
「あの手のおしの強いタイプは苦手だ…」
「気は強いですけど…」
とかいってたけどなにしろ一時期よりホウレンソウができるようになったし夜まで電波通じないところいいた(=あの子に連絡できない)ので確実にばれるな色々あったの。心配かけてごめんねと謝り倒すんだろうな。って。
あと、確かにずっとおんぶされてたの知られたら怒られる気もする。なにもやましいことはなかったし今回純粋に気づいた時には携帯の電波が通じないんですけどね!
ところで冒頭パンケーキでうんちくを語るさま「受ける人には受けるがめんどくさいと思われる人にはすごく思われそうな人だな…(誉め言葉)」と彼の良縁がこない理由の一端を見た気になりました。彼の人生に幸あれ。
*黄昏の庭に在りし君と。ネタバレを含みます。
体に変化が訪れて、痛みはなかった。
ただ、恐怖はあった。
生きて帰れないのは、怖くなっていた。
背負われながらも、痛みはなかった。
ただ、少し疲れていて。
体力を温存しておかなければ、危ないだろうと思ったから素直におぶられた。また足をひっぱるのは、嫌だ。
痛みはない。ただ、変わっていく体が怖い。
―――けれど。
この人の傍はあったかいなぁ、と思った。
ほんの少し、安心した。
***
寒い。
とても寒い。
痛くはない。
もう、痛くはない。
痛かったけど、痛くなくて。
寒い。
本当に、寒い。
声がする。
励ましてくれる声だ。
腕の周り、その人の首のあたりだけが、まだ温かい。
私の腕は冷たいけれど、その人はまだ、あたたかい。
あたたかい、あたたかくて。
寒い。寒くて寒くて、ああ、寒い。
怖くはない。
声がする。
その声に、言葉をかえせているだろうか。
がんばりたいと、あなたがかなしいのは、いやだなあ、と。
寒いけど、やっぱりちっとも怖くはなかった。
なんでだろう。
ああ、そうか。
約束、してくれたもんね。
いつでも呼べって言ってくれた。
呼んだら、助けてくれるんだもんね。
あなたはやっぱり、助けてくれるんだね。諦めないでくれるんだね。
…ああ、だから。
これが最後でも、あなたは私を助けてくれてるんだよ、って。
きちんと言ったら、この人は…悲しいのかな。
冬樹さんが悲しいのは、すごく、嫌なのになぁ……
***
声がした。
呼んでくれる声だ。
声を返したい。
私の気持ちなんて、あなたは分からなくていいの。
あんな気持ち…させたく、ないから。
帰りたい。
帰らないと―――それに。
約束した。
あなたと帰ると、約束したもの。確かに。
二人で帰るために、つれていってくれと。それにこたえてくれた人を、裏切ってたまるか。
腕を引かれて、振り向けた。
心の底から、ほっとした。
***
「…いや、私覚えてますからね」
あからさまにごまかされたので、できるだけ不機嫌な声を出してみた。
すると素直に教えてくれた。どうやらあれは夢じゃなくて。本当にあったことらしい。沼渡様との話は、全然覚えていないけど。…おそらく、その時。ほぼ死んでいたんだろう。
ああ、それでもあきらめずにいてくれたのか。この人。
…夢ならよかったのになあ。
この人がまたつらい思いをしたのなんて、夢ならよかったのに。
足、自分できれたのになぁ。
だって、手足がもげても喉がつぶれても。かえらなかきゃ。
帰らなきゃ、ともちゃんがまた泣いてしまう。あの子とルカさんが…また親しい人を亡くす。
冬樹さんが、また。人を助けられなかったと、そう思う。
それは、とても嫌だ。死ぬのは嫌だ。
だから私は、黙っていても。やれることをやるのに。
でも自分で斬るのは怖かったから、ほっとしたのも確かで……冬樹さんは。
冬樹さんは、本当に…損な人だ。
ああ、それでもきちんと、伝えないと。
絶対に、これだけは、伝えなきゃ。
「あなたは人なんて、殺してませんよ」
例え死なせてしまっても。
あなたは望んで、人を殺したりしないでしょう。
ほかの手段を探すといったら、そうだなといってくれたでしょう。
だから、そんなこと、言わないでほしい。
……言わないで済む人生が、あるといい。
よくわからないけれど妙に速足な後ろ姿についていく。
…その気になればおいていけるだろうに、しない人。
その背中に追いつけることが、とてもうれしかった。
あのセッションで人外の存在にも当たり前みたいに感謝をいって。人間は弱いという冬樹さんがすげえ好きだなぁ、PLは。「人は弱いんです」いいなあ。と思いました。というか、ものっそあきらめないなこの人。え、ちょっとKP心痛い。人助けようとするわりにさらっとまた手を汚すことになるとはなとかいうからとても心が痛い。いいぞもっとやれ。とも思った。
サトカさんも冬樹さんのことの人を助けようとするところがとても好きで。うまく言葉にできない感覚を持っています。友人には好きを大安売りな彼女が冬樹さんにはたぶんもう「好き」といえないんだろーなー。と思ってる。意味合いが少し違うから、好きと言えないんだろうなあ、と。
気が付いたら病院だった。
寝ころんだまま、首を横に動かす。
その先には、金色の髪をした人がいる。
じっと窓の外を見る目は、キレイな緑色。
「……ルカさん」
呟く。
目線がこちらを見る。
少しほっとしたような顔をされた。
「落ち着かれましたか?」
……落ち着く?
……私は、またなにかあったっけ?
また、この人が、こんな顔をしなきゃいけないようなコトを…したっけ?
ぼんやりと、ぼんやりと思い返そうとする。
窓。
翻るカーテン。
…ああ。そうだ。思い出した。
向こうにいかなきゃと、私は思った。
―――だって飛び降りなきゃいけなかったのは、忍ちゃんじゃない。
「慧香さん?」
気遣わし気に、名を呼ばれる。
気遣われたことは、よくわかった。
「……ルカさん」
「はい」
「べつに、私、しにたかったわけじゃ。ない」
「…慧香さん、まだ辛いなら休んでいても」
「しにたかった、わけじゃないけど。…ああ、ちがうなぁ」
言葉をさえぎり、身体を起こす。
ルカさんは、なんだか悲しそうな顔をした。気がした。
「私は、生きてちゃだめで。…飛び降りなきゃいけないのは、忍ちゃんじゃなくって。
…なにもしてなかったのに、忍ちゃん」
言葉が、漏れる。
ルカさんにいっても仕方のない話。ルカさんが知りもしない彼女の話。
「友達の変化に気づかなかったのって、そんなに悪い? 死ななきゃいけないほど悪い? …ねえ、なんで。
なんで忍ちゃんだったのかなぁ……。
……あれから私……別に、死にたくなんて。なかったけど。
どうして、私だったのかなぁ。
……どうして私は、救われてしまったのかなぁ……」
眠くなって、目を閉じた。
ルカさんの悲しい顔を見ているのが嫌で、そうした。
***
あったかいものを感じて、目が覚めた。
ともちゃんがいた。
青い顔をして、こちらを見ている。
悲痛な顔をしてこちらを見ている。
…どうして私は、いつも。
いつも、あなたにこんな顔をさせてしまうのだろう。
……言わなきゃいけないことが、色々と、あった気がする。
だから、口を開く。
「ともちゃん、あのね」
「慧香! 大丈夫!?」
「…だいじょうぶだよ」
「でも」
「わたしはいつも、だいじょうぶだったんだよ」
手を、握り返す。
彼女がそこをうつむいてみるから、その隣に心配そうな顔をしているルカさんが座っているのに気づいた。
「……私は、いつも大丈夫なのに」
なのに、二人ともそういう顔をするなぁ、いつも。
「…人をね。助けてくれってお願いされたの。優しい子と、…その子を大事に思っている子に。でも、助けられなかったの。…最初から、助けようがなかったの。……ああ、でも、助かったのかなぁ? あの人、最後に笑ってたし」
「友達とね。ごはんにいったの。…その人。突然死んでね。……カタキくらいはとれたかなぁ」
「仕事先で…男の子に会ったの。その子の大事な人を探して、って言われたの。……もう、いなくなってたの。
たくさん、たくさん、人が…死んでたなぁ…。
…そういえば、
「友達をね。探しに行ったの。…もう、死んでいたけれど。ああ、そういえば死にかけたっけ。……でも、どうしても。友達を探しに行きたかったし、…そのままにしておくのも嫌だったの」
「……人をね。生き返らせてくれるって言われたの。…ある人を助けて、そのお礼に生き返らせてくれると。その時、誰も死ななかったけど。………人を、生き返らせるなら。かえってきてくれるなら……私は、……忍ちゃんに、……幸せになってほしくって………」
「そのときね。ああ、ダメだ、って思ったの。…それをしたら際限ないって。…他の人を、って歯止めが利かないな、って。
…それに、人を生き返らせたいなら、一番大事なものを引き換えにできるか、って。そのある人本人からも止められたしね。周りからも怒られたし。……私の一番大事なものは、渡せないよ」
「ともちゃんだから、渡せないよ」
言葉が、途切れる。
彼女が悲しそうな顔をしていたから、続ける。
「私は、私はね。…ずっとともちゃんのところに、帰っちゃダメな気がしてた。
私のせいで、ともちゃんがまたケガしたら、って怖くて。……怖くて怖くて仕方なくって。三鷹さんと幸せそうで、本当にうれしくて。
……死にたくなんて、ないけど。………もう、いいかなぁ、って。またケガさせたり、悲しい思いさせるくらいなら、もう…、私は、いいかなぁって…思って……」
悲しそうな顔をみていたくなくて、ぎゅうと抱きついた。
あったかい。
…あったかい記憶も、いくつかある。
「…女の子を助けろって言われたの。…助けられたよ。そこでも、人は死んだけど。その子を引き取った人も……その一件とは関係ないところで亡くなったけど」
それでも、あったかい記憶は。冷たい記憶と距離が近い。
距離が近くて、でも―――
でも。
「…変なところに迷い込んで。取り戻さなきゃいけないモノができたからそこにいたの。……ひとが潰れたの。でも大丈夫だったの。……助けたのは、冬樹さんだったの」
色んなことが怖くて寒くて、でも。ひとつだけ。
でも、あの記憶だけはいつもあたたかい。
「………変な夢を、見たの。……アレは、絶望した人が、作った夢で。
……夢を作った人は、きっと、たくさん殺してしまったのに。…あそこではきっと、たくさん、人が死んだのに。
自分も殺されかけたのに、冬樹さん。やり直させたかった、って」
「犯人にね、やり直させたかった、って。…死んじゃった人に言うの。自分を危ない目に合わせた人に言うの」
「…じゃあ、私もやり直してもいいのかなぁ、って。……やり直すは、違うけど。………いろんなことが、痛くて怖くて。…痛くて怖いから、きっと、逃げ回ってて」
今抱き付いている身体も、あたたかい。
あたたかくて、あたたかくて……
どうやっても、離れたくなかった。
「…ともちゃん、あのね。でもね、帰りたいなぁ、って思ったの。
私は、許されないことを、したけど。……でもね、帰りたいなぁ、って。……ともちゃんの近くがいいなあ、って」
だから、覚悟を決めた。
だから、泣かない。
怖かったり、痛かったりしたら。やっぱり泣くかもしれないけれど。
少なくとも、彼女や彼が生きているうちには、泣く必要はない。
少しでも、一緒にいれて嬉しいと伝わるように、笑っていよう。
だから……
「…だから私、帰ってきたよ?」
「帰ってきても、あきらめられないこと、たくさん、たくさんあるけど。…だって、あきらめたら。……また、生きてるのが嫌になるもの」
「でも、帰ってきたから」
「…帰ってきたから、死なないし。ルカさんより先には絶対死にたくないし……あの子をおいても、いけないなぁ…」
「…帰ってくるから、帰ってきたから。………あなたも死なないで」
言葉と共に、あたたかい体を強く抱く。
彼女だけいればいいとは言えないけれど――――彼女を失うのだけは、嫌だった。
発狂内容、自殺癖の合間の独り言のような告白の話。病院にみんなでぶちこまれたあたりの捏造話ですね。
セッション出会った諸々そろそろキチンと巴さんとルカ君には言っているだろうという話。
ふぁいさんとぼーろさんにはほら、ネタバレ規制があるから全部は言えないけどね!