*地下アイドルと狂信者色々とネタばれてる
あの日、知ったことがいくつかある。
度を越えて悲しい時、涙はうまく出ないということ。
あるいは、憤りがすぎると、うまく涙が出てこない。
ただ、ひどく喉が渇いて。
うまく呼吸ができなくて。
目の奥が、じりじりと痛むということ。
あの日、違う、あの日から。
テレビを見て、知ったこと。
鳴らない電話を握りしめて、ずっと思っていたこと。
ずっと、ずっと、ずっと。
安藤忍が―――望月昭子が死ぬまで。
自分の無力さと一緒に、思い知らされたこと。
***
日用雑貨を買いだしに行く帰り、つい足が止まった。
大型スーパーには、見慣れぬ露店。そこではアイスが売っていた。
期間限定で、数種類。
…そんな言葉を聞いてしまったら、全種類買ってみたくなるのは人情だ。
人情だよね?
色々出費がひどいけど、そこはほら。人類には「素パスタ」って発明があるから。あれを食べてれば大丈夫。うん。
…そう、そこは食費を抑えればどうにかなるわけだけど。
やってしまったことはひとつ。
「…家。遠くなったんだよね」
そして、車も今はない。
買い替える金がまだない。貯金と相談している。中古を色々見て回ってるけど。どうしようかな、みたいな。
……歩いても遠くもないけど。アイスはアウトだね。明らかに。とけちゃう。ちょっと前までは近かったんだ。つい。つい。
見えないなにかに言い訳して、軽くため息。
買ってしまったものは仕方ない。
こうなったら、うん。そうだ。
このアイスはお土産にすることにしよう。
「ともちゃーん。アイスたくさん買っちゃってさー。私の家に行くまででは溶けちゃうから一緒にたべ」
よう、と。玄関のインターフォンに声をかけるつもりだった。
けれど、言いきるより早くドアが開く。そして神速でしまった。
すごいひきつった顔の親友も出てきた。
「…ど、どうしたの、慧香」
「いや、ともちゃんがどうしたの…?」
「どうした、っていうか…ほら。その。いきなりきたからびっくりしちゃって」
「えーと…それはごめんっていうか……迷惑だったんだね」
別に嫌味のつもりではなく、ついボロっと声が出た。そうして、すぐに後悔した。
「いや、迷惑ってわけじゃ…迷惑なわけないでしょ。でもほら、ちょっと散らかってて恥ずかしいのよ」
案の定、親友はとても困った顔をした。
私は彼女ほど鋭くないけど、そのくらい分かる。…ともちゃんのことなら、少しは分かる。
「別にそこまで恥ずかしがらなくてもいいじゃない。そりゃ散らかることくらいあるでしょ。ともちゃん仕事が仕事だし」
―――私達、家に、色々、あったし。
喉まで出かかった言葉を無理に飲み込む。その話題は、彼女の前でしたくない。しないと決めた。
「散らかってるなら手伝うよ。ほら、二人でやった方が早いに決まってるし、アイス、二人で食べるくらいでちょうどいいし」
「いや慧香、本当に…本当にやばいのよ」
「え…そんなものすごく真剣な顔で…」
まあ、真剣な顔にもなるのかな。
ともちゃん、なんでも一人でやりたがるから。
なんというか、こう。プライドが高いというか。…うん。かっこよくていいと思うんだけどね。そういうところ。
ああ。でも。違うのかな。そんなに私は頼りないのだろうか。―――だからあの子も頼ってくれなかったんだろうか。最後、一人で死ぬまで。頼ってくれなかったのだろうか。
「…ああもう、んな顔しないでよ」
それはどんな顔だろう。
けれど、彼女の困った顔を見る限り、きっとロクな顔じゃないんだろう。
「じゃあいれてくれる?」
「それは」
「手伝うは手伝うけど、捨てて良いもの悪いものはちゃんと確認するよ?」
「うん、それはありがたいけどね?」
ロクな顔じゃないんだろうから、笑ってみた。
笑って、ともかく頼み込んでみた。
買いこんじゃったアイスは。無事に溶ける前に親友の家の冷蔵庫に収まった。
……ともちゃん。自分にも人にも厳しいけど。
私には甘いからなぁ、という話だ。
***
そう。篠塚巴は他人に厳しく、自分にはなお厳しい。
誇り高くて、弱みを見せない。
…私には、見せない。
見せないでいたことはわかっていたわけですが。
「……じゃ。明日は可燃ごみの日だからとりあえず可燃からまとめよう」
予想よりやばい部屋に、笑って提案してみた。
たぶん、引きつってる笑顔で。
ちなみに、ともちゃんの顔は私よりすごい引きつってる。頬が赤い。すごい恥じ入ってる。可愛らしい。…いや。そうではなく。
…うーん。確かにこれはフォローしようがなくひどい。
昔から思っていたんだけど。ともちゃんいつも部屋綺麗だなあ、って。
いくらなんでも綺麗すぎるから、たぶん人呼ぶ時は片づけてくれてるんだなぁ。って。
人を呼ぶと緊張するし、だらしないところみられたくないもんね。と。深く気にしないできたけれど。
…このありさまをみると、思った以上のすごい努力をさせていたんだな。みたいな?
ともちゃんは本当に努力家だ。
「…手伝わせてごめんね」
「いいって。私しょっちゅう色々手伝ってもらってるし」
「もう、本当……ありがと」
なおも赤い顔のままの彼女の顔が、ほんの少し緩む。
緩んで、柔らかく。
それでもなんとなく。…なんとなく、どこかが痛んでいるかのような顔。
…昔から。彼女はたまに、そんな顔をする。
……彼女のご家族といるときとか、私といるときとか。本当に、たまに。
その表情がなにを所以するのか、私は知らない。
知らなくともいいと思っていた。
別に、すべてを話してくれなくたって。私は彼女が好きだし、彼女に好かれている自信もあるし。
隠し事の一つや二つ。あって当然だ。人間なんだから。
どれだけ仲が良くたって。
ずっと一緒にいても。
そのくらいのことは、いくらでも。
いくらでも、誰だって。
誰だって――――あの二人にだって。
…………。
喉が渇いたから、早めにアイスが食べたい。
早く食べるべく、とりあえず紙ごみっぽいものに向かってみた。
***
周りにいる人は、なるべく平和な感じの方がいい。
困っている人を見ているのは気分が悪いから、そちらの方がいい。
だから手を貸せる程度のことなら、手を貸したい。
彼女はよく私がお人よりだとため息をついているけど、私の理由はその程度だ。
軽い理由で、軽いことしかしてない。
…忍ちゃんのところに走った、あの時だって。
軽くかかわって、あとは警察に任せて。それで大丈夫だと思ってた。
それで大丈夫じゃなくなっても、どうにも投げ出すことはできなかった。
軽い関わりではあったけど、忍ちゃんのことが心配で、つい。
つい、で関わった出来事で、親友が化け物に襲われたのは、関わってすぐのこと。
目の前で、というか、自分が運転する車の所為で人が死んだのは、その次の日だったかな。それとも次の日だっただろうか。
状況が怖かったし、助手席にいる人が怖かった。…気持ちも悪かったかもしれない。
だからあの時、たいして意味もないことを色々といってみたものだけど。
本当は、あの時から分かってた。
あの時、あれ以外に、全員が無傷で済む手段はなかった。
逃げられたとしても、きっと誰かが死んだ。
あの狂った人達ではなく、同行していた誰かが。きっと。
あの時からそれが嫌で……あの人を、止めなかった。
死んだあの人達だって、やりたくてしていたわけではないだろうに。
それなのに、自分が人の命を値踏みしたのが、嫌で嫌で。
だからあの人につっかって。八つ当たりして。ダダをこねて。
……それからまた、化けものが現れて。
私は逃げられなくて。どころか、足がもつれて転んで。
あの人が手を貸してくれて。
あの人は残ってくれて。
あの人はなぜか死んでいて。
ごめんなさいと、謝る相手はいなくて。
ありがとうと、感謝の言葉すらまともにいえなくて。
あの人を探しに来た人に、それを伝える勇気もなくて。
それから、色んなことがあって。
本当に、色々なことがあって―――……
元凶はあまりに当たり前の理由で狂ってて。
その人に寄り添った人は、自分もろともすべてを燃やして。
一人残った彼女は、一人で飛び降りた。
気味の悪い術はとけて、元凶のやったことは白日の元にさらされたから。
さらされて、その責任がすべて忍ちゃんにふりかかったから。
ああそうだね。あんな非現実な成り代わりなんて、世間の誰が信じる?
全部望月昭子の所為。そういうことにするのが、一番収まりがいい。自然だ。
でも、それでも。
…まともに調べれば、不自然な点が見つからないはずがない。
私は知っている。あの成り代わりは見た目だけにすぎないこと。あの本を読んで、忌まわしい奇跡を再現できるようになった私は、知ってる。
…まともに、調査をして。
一つも不自然なこ出てこないなんて。そんなことはないはずだ。
それでも、日夜続く報道にそんなことは乗らずに。
ただおもしろおかしく、ひっかきまわすような内容ばかりで。
忍ちゃんのことを、責めるばかりで。
―――安藤忍。いや。望月昭子の罪とはなんだろうか。
世間に流れた悪評ではなく、真相を知る者たちが、私達以外にもいたら。それでも彼女を責める人はいたどだろうか。
……それは、いただろう。
白鳥まひるの変化に気づかなかったこととか、そんなことを。
けど、仕方ないじゃない。
言ってくれなきゃ分からない。
白鳥まひるが彼女になりたかったことだって、しかたないじゃない。
人はそんなに強くない。
近くに成功した人間がいたら妬む。恨む。自分がうまくいかないいなら、なおさら。
けれど。
そんな当たり前の…つまらない、ありふれた行き違いに。
非現実な、あり得ない解決手段を与えたのは誰だったんだろう。
あんな成り代わり、できるはずがないのに。人の記憶をごまかすなんて、できるはずがなのに。あんな形の人殺し、できるはずがないのに。
できなければ―――
もっと、傷が小さくて。
白鳥まひるは、やり直せたかもしれないのに。
望月昭子とも、やり直せたかもしれないのに。
やり直せなくとも……あそこまでじゃなければ。二神さんは、彼女の傍にいただろうに。
忍ちゃんは、彼女を許しただろうに。
誰かが、なにか。もっと、優しい結末を見つけることができたかもしれないのに。
***
もしもの仮定に意味はない。
実際は彼女達は皆死んだし、世間は真実を信じない。私はなにもできなかった。
もしもの後悔に意味はない。
……そう、意味があるとしたら。
今後、自分がどうするか、とか。
そんなことくらいだ、結局は。
手元のゴミを片付けながら、彼女に背中を向けながら。
ぼんやりと、色んなことが頭に浮かぶ。
望月昭子に関わったことに後悔はない。
どれだけ苦しくとも。息ができないほどの憤りを知っても。人を見殺しにした自覚が苦くとも。
それでも、彼女とすごした数日を恨むのは、悲しいから。
それでも、後悔することはある。
最初に化け物を見たあの時、どうして、私。
ともちゃんが一緒にいてくれること、当たり前だと受け入れてたんだろう。
彼女が傍にいてくれること、当たり前にしていたんだろう。
そんな風にして、当たり前にして。
私は、どれだけ、彼女に迷惑をかけてきて。
……彼女から、なにかを。奪ってきたんだろう。
それは目に見える傷ではなく、血でもなく。
例えば可能性とか、単純に時間とか、そういうもの。
片づけていく手元には、たくさんのデッサン画がある。
出来上がりを待つそれも、とても綺麗だなと思う。
違うかな。綺麗というより、わくわくする。
私は彼女の作るものを見るのが、昔からとても好きで。それを口に出すと得意げな彼女も好きで。
昔から―――色んなことが、あって。
基本凛々しい親友は、なぜか昔から。いつも私に甘かった。
…私じゃなくとも、一度懐にいれた相手にとても甘いけど。
いつもいつも、世話を焼いて。
人に利用される馬鹿の代わりに、利用した側にかみついて。
自分の時間を、勝手に困ってるだけの親友のフォローに使って。
私がいなきゃ怒らなくてもいいような相手に、怒って。
今回なんて、明らかに危ない人にかみついて。
私がいなきゃ、たぶん。篠塚巴は、もう少し。
器用に人生、送ったんじゃないだろうか。
そのことを、私は知っていた。
彼女が傍にいるのがうれしくて。当たり前のように受け入れてただけで。
そのことを、もう、当たり前にはしたくない。
だって、他にも知っている。
彼女を褒めると、たまに困ったような顔をされること。
彼女がきっと、あんまり自分自身を好いていないこと。
その想いを覆すには、私からの好意では足りない…あるいは、種類が適切ではないこと。
手元には、片づけててもなおもたくさんのデッサン画がある。
ピアスとか、万年筆とか、ネクタイピンとか。そういったものに、それぞれ花を彫り込む予定のようだ。
…見る限り、ネクタイピンが一番多い。
きっと仕事用のものではないと、なんとなくそう思う。
…というか、万年筆は見覚えあるし。
どっかの探偵二人に愚痴に付き合ってくれてる時、事務所のどっかで見た気もするし。
ネクタイピンは見たことないけど。…一緒のところにデッサン画がある辺り、察せられるね。
…ああ、本当に。
ちゃんとわかっている。
三鷹さんの話、ちらっと漏らすともちゃんは、見たことない顔してるなあ、とか。
三鷹さんと話すと、あの人。…本気は本気なんだなぁ、とか。
そこだけ見れば、私も全力でうまくいくように応援したかった。
三鷹さんの想いが成就するかどうかとか、どうでもいいけど。
ともちゃんを好きになる人とか、認める人が増えることに、何の不満もあるわけでもないし。むしろ嬉しいことだし。
それでも私は、これからもいやな顔しかできないんだろう。
少なくとも彼女が…彼を好きとか言わない限りは。
あの件にも、篠塚巴にも。なにもできなかった私だからこそ。
あからさまに危ないことしてる人が寄ってくるの、心配くらいしかできないでしょう。
乾いた喉から咳が漏れれば、ともちゃんは心配そうにマスクを差し出してきた。
ありがとうと伝えれば、かすかな笑顔が返ってくる。
私が彼女にできることは、こんなつまらないことくらいで。
だからせめて、彼女がこれ以上は心配しないですむように。彼女が頼りない親友の心配くらいはしなくてすむように。
あの事件の後悔には蓋をして―――…それに、もう一つ。
三鷹さんの件には、軽口しか漏らさぬように気をつけよう。
たぶんしばらく目は死ぬけど。それでもそのうち慣れるだろう。だから、馬鹿みたいな、冗談みたいな不満だけ口にして。
ただ黙って、彼女の決断を待とう。
彼女が自分のためだけに、選択をできるように。
忍ちゃんの件をものすごく後悔しているけれど。後悔しているとうっかり動けなくなれそうだからどうにか蓋していこうとは思っているし。
察しの良くない馬鹿なりに気づいていることもあるんじゃないかなという話。
不定の狂気親友守るはあれplはすっげー面白いけどキャラにしてみればトラウマものじゃないですかね。星の精から逃げようとしないんだよ?冗談かもしれないけどなんか暴力的に脅そうとする相手に喧嘩うってるよ?「え、これ私が心配ばっかりさせた所為…!?」的なトラウマ。
三鷹さんが朱雀野さんの取引相手じゃないならむしろめっちゃ喜んだんじゃないっすかねぇ。「やっとまともに彼女のいいところ見つけて口説く相手がいるね!うんともちゃんかわいいからね!」とドヤ顔する方向に。
実際は「銃持ち歩いているし人殺した後鼻歌、あと兆夜さんの反応が変な人の取引相手IS何ものだよ」とあんな感じになっていますがね! PLは超応援しているので二人で幸せになってほしいです。
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