冬樹さんと出会った時のことは、言おうと思えば言えるのだ。
隠しているというよりは―――本当に、どこから話したらいいのか分からない。
…ああ、でも、あんまり話したくはないかな。
たまたま丸く収まっただけで、大変なこともあったし。私じゃない人とはいえ、死にかけたし。
でも、もう一つは言いたくない。
ともちゃんにも、…誰にも言いたくない。
言うつもりなどなかった。
あんな勝手な泣きごと、墓まで持っていくつもりだったのに―――冬樹さんが言うから。
冬樹さんと会った2回目も…、おかしなことに巻き込まれた。悲しいことがあった。
悲しいことがあって……冬樹さんが。自分たちを殺そうとしてきたものに、手なんて差し伸べようとするから。
道を踏み外したものに、やり直してほしかったなんて。
助けたかったなんて、言うから。
犯罪歴のある人間が更生するのは難しいって。
社会が受け入れないからって。
…それが嫌で、警察を辞めたって。
そんなことまで、言うから。
だから、思い出した。
更生など―――彼女のしたことは許されないからと、愛した人だけ連れて行った人を。
一人残って、社会に追い詰められた人を。
…違う。思い出した、じゃない。
ずっと、ずっと。ずっとずっと、ずっと。
なんでどうしてだって彼女は。
彼女はなにもしていなかった。
罪を犯したのは彼女で彼女を連れて行ったのは彼で。
人を殺したのはあの人と、私だったのに。
ずっと、そう思っていた。
だからいろんなことが喉に詰まって、息が苦しくて。勝手に涙が流れてきた。
「悪い。そういうつもりではなかった」
「どういうつもりですか、それって」
「本当にすまない。悪気があったわけじゃないんだ」
「いえ、今の話の悪気なんて、どこに…」
「…こういう時はこういえばいいのか? 胸を貸してやるから、好きなだけ泣け」
その言葉を受けるべき人間は私じゃないのに。
忍ちゃんはどうしてここにいないのだろう。
「私は…本当に、死んで欲しくなかった人が」
「…そうか」
「なにもしてなかったのに、誰も信じてくれなかった人が…」
「ああ」
「どうして…なんで誰も…約束、したのに……次は一人で行かないって約束したのに……!」
「ああ」
「なんで……っ忍ちゃん……」
名前を呼んで、顔を伏せるともうだめだった。
ボロボロと涙がこぼれて、ポンポンと頭を撫でてくれる手に余計に泣けた。
違うのに。
優しくしてほしいのは、私にじゃないのに。
彼女に優しくしてほしかったのに。
あの時―――あの事件が白日の下にさらされたあの時。冬樹さんみたいな人がいればよかったのに。
警察にこういう人がいたらよかったのに。
…誰かが信じてくれたらよかったのに。
そう思うと、余計泣けた。
泣いて、泣いて、色んなことをしゃべった気がする。
あの事件であった全部とか。
死んで欲しくなかった人達のことを、色々と。
…色々と喋った気がするけど、たぶんよく分からないような有様だっただろう。
相当聞きぐるしかっただろうし、そもそも馬鹿正直に聞いていることもないだろうに。
約束通り胸を貸してくれるこの人は優しいなぁと思った。
顔を寄せた場所から響く心臓の音にひどく安心した。
***
冬樹さんは、あの日そもそも言っていた。
その時―――なんだか武器を集めに集めて背負いまくっている割に、今にも消えてしまいそうな雰囲気に嫌な汗が出たのを覚えてる。
あの時、話してた。
警察が、その縦社会が嫌になったのだと。
だから探偵になったのだと言った。
真相を暴くための、探偵に。
そんな日々の中だったそうだ。彼が浮気を暴いたことによって、自殺を選んだ人が出たのは。
「だから俺は、死神みたいなものなのかもしれないな」
何も言えずにいると、彼はつづけた。
「何だ、今のは冗談だったんだが」
「笑えませんよ、それは」
「俺があの時自分の過去にこだわっていたのは、背負った罪から逃げたくなかったからだ」
「私は…冬樹さんのしたことが罪だとは、思えませんけど……罪を背負って、無茶をして死に場所を探すのはどうかと思いますよ。死んだら、おしまいですから」
ようやく吐き出した言葉に、そうだな、とあの人は頷いて。
「俺は罪を償って生き続けるつもりだ。それが俺のできる俺なりの贖罪だ」
罪は。
罪は―――償える日が、来るんでしょうか。
問いかけようとした言葉は喉で潰れた。
そんな日が、冬樹さんに来ればよいと思った。
そんな日は、自分にはないと思った。
だから、何も言えないで。なにかごまかしたような覚えがある。
***
別に、許される日は私にはいらない。
許されなくても幸せになって、それが痛くてしかたない。そんな卑怯な私に許しはいらない。
第一、自分だったら、許せない。大事な人を殺されたら許せない。
それを人に期待するのは、図々しいんじゃなのかな。
だから別に、優しくしてくれなくてもいいから。
もう十分、優しくしてもらったから。
頼っていいというのなら。
…この人は、私が頼っても。きっと自分を犠牲にしようとは思わないでくれるだろうから。
『私が道を間違えたら、とめてくれますか……?』
『…ああ』
いつでも頼っていいと、味方になってくれるという人に、酷いことを言っているのだろうなぁ、と思った。
それでもひどく安堵して。
取り下げる気には、今もなれていない。
だって人は間違うから。
間違って、とりかえしのつかないことをしてしまうから。
そんなことを、たくさん。たくさん見てきて。自分がそうならない自信なんて、ちっともないから。
それが怖くてこの人にすがったことなど―――やっと自分の幸せ追ってくれそうなあなたは、どうか知らずにいてほしい。
目の前でなんだかよくわからない話題で微妙な空気を出している冬樹さんと親友に、強くそう思った。
みたいなことがあったんだよな話。「二回泣かせた」の二回目の話。
サトカさんが冬樹さんに持っているのは友情というよりは親愛の情な気がします。あと珍しく素直に頼ってる。珍しい。心配しつつ慕ってるというか。本当に「間違った人間をやり直させてやりたい」って言ってるの聞くたびに救われてる。
たぶん他の卓のこともそれなりに喋ってるし「親友がむごいことされた」って形で神無月という私立探偵に会ったらダッシュで逃げてくださいとも泣きついてる。文字通り泣きついてるからたぶん具体的なことは聞いてないというか、言えないだろうけれども。
だってだいじな親友がほんばんじゃないだけでぼうこううけてるし証拠写真が手のうちにあるし、別のセッションで反抗したら「ばらまく?」とも言われてるんだよ!かかわってほしくないよ知り合いの探偵という探偵に!
それ、燃やさないでください。
聞き覚えのある声に振り向けば、見知った顔がそこにあった。
彼女は目を丸くして、彼のかつての名前を呼んだ。兆夜さん、と。
驚いたようにそう言って、構えていた銃をしまう。
「そんな驚いた顔しなくても。…驚きたいのはこちらですよ?」
困ったように笑う姿は、かつての姿と同じだ。
けれど、声色が違う。
抑揚に欠け、生気に欠け。唇だけで笑っている。
「誤報だったの?それとも、違う? だって、おかしいですよねえ。井野さん、あなたを思い出さないの。忘れてるの。おかしいわよね…まあ、今はもう関係ないことですね」
「そうだね、関係ないよ。
そんなことより、なぜこんなものを欲しがるのかな?」
問いかける男に、女は不思議そうに首をかしげる。
「それ。あなたに関係あること?」
「こんなものはこの世にあっていいものじゃないよ」
冷たい言葉に、女は笑った。
「そう、それもそうですねえ。
でもあなた、そんなにきらいでしたっけ? そういうの。…ああ、わかんないか。私にわかるはずがありませんね。いつも自分の話ばかりして、あなたの話なんて聞いてあげれなかった。
今思うと悪いことしたけど…でも、あなた。あなたはきっと聞いても話してくれなかったでしょ、真剣な話なんて。…ははは、でも、もっと一緒に話せたら、違ったかな…」
抑揚のない、まるで機械を思わせる声色が、不意に変わる。温度が宿る。
ぞっとするほど、冷たく冷える。
「…でも、それもどうでもいい。
どうでもいい話なの、兆夜さん」
たった一つの目的以外、どうでもよくなってしまった、と。
かつて誰も死んで欲しくないと泣いた女は笑っている。
なにかを嘲笑っている。
「いいじゃないですか、なんなら私が読んだ後に燃やしておきますから。くださいよ。それが必要なの。…邪魔しないで」
「へぇ。目的は?」
男は訊ねる。冷めた声で。
聞くまでもなく気づきながらも―――隠した銃を取り出す片手間に、口をついた。
「彼女にもう一度会うため、でしょうか」
けれど、返った答えは予想よりもあいまいだ。
銃を向けられた反応も、ひどく薄い。
それが見えていないかのように、静かな声が続く。
「違う、会えなくていい。
きっと怒られるし…悲しませるし。…それに、おかしなことに手を出した人の末路は、破滅でしょう? 何かしらの形で。ね?」
「分かってるならやめたら?」
「それでいいし、怒られてもいいの。…だって私も怒ってる。なんで、どうして…誰も彼も一人でどうこうしようとして死ぬの?
悲しませてもいいの。…生きてたら人は悲しかったり、苦しかったりするから、それで。…生きてくれたら、いいの。
私の破滅はどうでもいいなぁ…これ以上苦しみようがないし…同じことですよ。同じことだわ、もう。なにもかもが」
さくり、と彼女が一歩歩む。
雪を踏んで歩いて、雪より冷えた声色で続ける。
「私だって。自然な形でなくなってしまったなら、聞き分けましたよ? でも、おかしな手段でなくしたんです、ならおかしな手段で戻ってきてもいいじゃない」
さくり、さくりと。
薄い雪を踏んで歩いて、間合いはちょうど、互いに手を伸ばせば届く程度。
「ねえ、兆夜さん。兆夜梅太郎さん。……思い出せないの。
声を、姿を覚えてるのに。名前が思い出せないの。彼女がどう呼んでくれたかもわからない。思い出せないの」
「それは重症だねぇ。思い出すまでおとなしくしてたら?」
ごくまっとうな忠告に、彼女はふるふると首を振る。
「思い出さないと、生きてけないんです。
それが分からないと、私は…自分がどういう人間だったかも、分からないなあ…」
悲しそうに、寂しそうにそういって―――不意に、ふふ、と笑いだす。
「…でも。そっか。今さら人間もなにもないんだった」
声に出して笑って、音だけで笑って、そっとカバンに手を入れる。
パチンとたたんだ警棒を取り出して、狂人は嗤う。
「何人か私欲で手にかけました。今度は生きるためですらなかったです。…人殺したの直後に笑って歌える人の気持ちは今もわかりませんが……あはは、そうでした。もう私は、人間じゃないようなものでした。
そんなのはもう、化け物と似たようなもの。今はもう、あなたにとってその本とおなじものだね」
笑う女に向き合ったまま、男はあーあ、と声をあげる。
「残念だなあ」
「そう?」
「君はそっちに足を踏み入れてしまったんだねえ。
そっちは、君の友達を傷つけた側なのに」
「それは、そうですね」
「あはは…まあ、いいよ」
男も笑って、撃鉄を起こす。瞳の奥に目の前の人間ではなく、かけがえのない存在を浮かべて笑う。
「君は、先輩を傷つける側なのかな?」
「邪魔になるならなんだって」
「そ。…じゃあそれで充分だね」
「ええ―――遠くに来たと思ったけど…遠くに行けなかったの間違いね? あなたも、私も」
「嫌だなあ、今の君とは一緒にしないでよ」
「ええ、そうですね」
雪を踏んで踏み込む音と、銃声が重なる。
後には、雪の降る静寂と。
赤色と、一人分の足音だけが残された。
みたいなことにならないで済んでよかったなあと思う。
いや、非業の死を遂げない限りはここまで落ちぶれませんけどね?本当色々と最悪の選択ひき続けたらこうなるだろうなというあれで。
もしかしたらワンチャン井野さんか兆夜さんの言うことなら聞くかもしれませんし。三鷹さんは何言っても火に油じゃないですかね…
不定の狂気は健忘症。親しいものから忘れ、ろくに思考もしていない。
それ以外は狂気じゃなくてただの変貌ですね。これはピンポイントに一番親しいものだけ忘れてるわけだけれども。
―――果たされなかった約束が、気づくといくつもできた。
果たされなかった約束を、一体どうしたら果たせたのだろう。
『はああああ!? そうめん!? ゼリー!? え、それもらっちゃうの食べちゃうの!? え、っていうかそんなもので…そのくらいで…!…うっわくそ高い品名! やだあの男マジで大金持ち!!』
『ちゃんと話してくれるいい奴だったぞ』
『いいやつかなぁ!? ちょっと兆夜さんも何か言ってくれません!?』
『ゼリーっておいしいよねぇ』
『あああああ安い! なんですかなんでお二人ともそんなに安いの!? あげますよそうめんとゼリーくらい! 時期がおかしいけど冬のお歳暮とかで! お世話にもなったし! なんならハムと油としゃれおつなパスタといい缶詰も付けますとも! 山ほど! たらふく! お腹いっぱい! あんなのに負けるくらいなら! いやなにと張り合ってるか私もよくわかんないけどぉ!』
『わあ。ごちそうさま』
『軽っ!』
随分と迷惑をかけた自覚はあった。最初はともかく、あの頃あの二人が好きだった。…だから、諸々の礼をすると約束した。
けれどその冬に、笑う彼はいなかった。
遺されたはずのあの人は、紫煙の向こうでなんともいえない顔をしていたから。
代わりのように、馬鹿みたいに泣いた。
『イチゴ…買って食べるのもいいけど、食べ放題もいいですね。旅行行きましょうか。いちご狩りのために』
『イチゴ…!』
『確かに少しゆっくりするのもいいかな…五十鈴もくるでしょ?』
『そうね』
ようやく届いた手が届いた。あの子を抱きしめたのは私ではなかったけれど。
あの子を抱きしめた彼女は、あの日穏やかに笑ってて―――…
ある日唐突にいなくなった。
彼女がいなくなった事務所には、初めて会った時みたいな顔をした彼女がいたから。
あの子を抱いて、ひたすら泣いた。
『次はいなくならない?』
『一人で抱え込まない?』
そう言った私に、彼女はなんていってくれただっけ?
約束をした気がする。頷いてれたおぼえがある。…気の所為かもしれない。
うまく思いだせない。ただ、あの約束は果たされず。彼女は一人死んでいった。
たった一人で、いなくなった。
その時私は泣けなかった。
あまりに、哀しくて。悔しくて。理不尽で。だって、どうして。
間違えたのは彼女じゃなかった。
つれていったのは彼女じゃなかった。
人を殺したのは私とあの人だ。
ねえ、なんで。どうして。どうして―――あなたが。
彼女を追い詰めたものが、憎かった。
彼女を救えない自分も、憎かったのかもしれない。
すべてが呪わしかった気もする。
ただ、泣けなかった。
泣けなくて、苦しくて。息ができなくて…
それでも私は、私の傍には。
一番守りたいものが、一緒にいたかった人が、残っていた。
そのことが幸せなのも、後ろめたかったのかもしれない。
…………。
そんな風に思い起こせるようになったのは、最近だ。
時間が薬というやつなんだろう。
あるいは、親友が幸せげだからだろうか。ガケから落ちたリ事故にあったりしてたけれども。少なくとも現在は幸せそうだから。
…いや、やっぱり、時間かな。
彼女には流れない時間が、私にはあったというそれだけだ。
『埋め合わせに次はイタリアンでも連れていくか?』
「え、こちらが迷惑をかけた立場上でごちそうされるいわれはないですけど…お互いマトモな店探す練習は必要かもしれませんね」
『ああ、楽しみにしとけ』
電話の向こうのこの人も、きっといつかいなくなる。
自然な形か、またいなくなるのか…亡くなるのか。
知らないし、もう、分からない。こんな人が何を言っても、信じられない。死なないなんて。こんな危ないことに首を突っ込みそうな人のそんなセリフ、信じられるものか。
この約束だって、果たされるかどうか知れない。
けれど、一つ信じておこう。
世の中は理不尽なことばかりで。努力は報われず。―――大衆の前に、彼女は救われなかった。
世の中のことなんて、ちっとも信じられない。
けれど、誰かと。
誰かに頼り頼られ生きていくことが、無意味ではないと。
そんな風に、信じておこう。
業が深い人同士ゆっくり話したら楽しそうだと思った。まさか保護者が増えるとは思わなかった。
彼女があの件で泣ける日がくるとも思いませんでしたねえ。ちなみに彼女に縁があり死んだ人は1:探偵(やくざの類だったんだろうと思ってる)2:探偵(最終的にひもじそうだと心配していた)3:探偵(すごく憧れてたし信頼しきってた)です。もう探偵という職業が死んでしまうのかとおびえるレベル。色んなものが重なって大変ですね。
冬樹さんと彼女を重ねているというより。サトカさんはもう世の中のすべてに彼女の面影を探して探して手を差し伸べてダメだったりダメじゃ無かったりを繰り返していますよ? すべてに重ねているといえば言えますし。そんなん意味がないと分からないほど馬鹿ではないですよ。
それでも生きてくんじゃないでしょうか。贖罪ではなく。そうしたいから。
「ともちゃん、お土産。すっごくパンナコッタがおいしいお店だったの。割と近所だから三鷹さんなり友達なりと行くといいよ。その後私に付き合って。次ティラミス食べたい」
「わざわざありがと。…へえ、最近できたお店なのね」
お土産な焼き菓子とその包みについたお店のチラシを見て言う親友に、私は頷く。
「うん、一緒にいった人が見つけてくれた。スパゲティ美味しかったけどピザがね…ピザ食べたかったけど…!他も色々食べたから、さすがに二人じゃ食べれなかった…!」
「そう」
「ティラミスも本当食べたかったけど半分こできるような店でも相手でもなかったからね…本当それだけ残念だったなぁ…」
「あはは、確かにそういうことしにくそうなお店ね、慧香にしては珍しい。仕事関係の人かなにかだったの?」
柔らかに笑って問われた言葉に、ふと悩む。
悩むというより、後ろめたさが。後ろめたさというより、浮かんだ『本当』が言葉を詰まらせる。
「…ううん、友達」
「……? どうかした? なに、その顔」
言葉につまったどころか変な顔をしてしまったらしい。
怪しい廃墟に足を踏み入れた結果仲良くなった人です。
変な空間で色々あった結果、私が大泣きして。それをよほど心配してくれたのかなんなのか、ご飯ごちそうになりました。申し訳ないからお土産買って持たせたけど。
………怪しい廃墟に入ったのがばれたら怒られるというか、心配される。なにもなかったかと。あったし。顔に出てしまいそうだ。
あと大泣きしたのばれたらものすごく心配される。いやそこは、いくらでも伏せれるけど。出会い方はなぁ…
「…この間仕事帰りに寄り道したらね。ナンパにあってね。その時助けてくれた人なの。で、話があって仲良くなったの。…ついでにナンパの人とも和解したよ、おかげさまで」
「そう? それは確かに随分いい人ね。…ナンパになにもされてない?」
「な、ナンパにはなにもしてないよ!?」
「されてないかって話でどうしてなにかした話をするの!?」
「あ、そうだね…ナンパに何かされるって発想がなかったからつい…なんか、つい…」
「どういうついなのよ、もう…」
眉を寄せる姿に、なんというか心が痛む。本当に聞き間違えた。本当に聞き間違えた。別に鈴木さんに何かをする気はなかったけど。冬樹さんが変質者だと思ってたとかいうから。つい。うん。そうだよ。たかがナンパを、しかも全然本気そうじゃない、なんか習慣っぽいナンパを変質者言う冬樹さんが悪い。
…いや、悪くないけど。私の荒っぽさが、悪いけど。
…悪いと、言えば。
悪いことしたのはこちらだと思うのだけど。おかしな人だ。そこまで私はあぶなかっしく…見える話を、してしまったか。あちらも相当だけれども。
…というかあの人、なんだろう。まあ、友達か。友達いうには随分心配されている気がするけれども。まあ、友達だ。心配したいのはこちらなんだけどな。割と。
心配いえば、あの人大丈夫かな。あの様子じゃ家庭はないにせよ。付き合っている相手なり好いている相手いないんだろうか。あまり軽く異性を誘うものではないと思うのだけれども。そういうものがいるのなら。彼にそういったものがいないにせよ、こちらにいないのか気にしてほしいものだ。いないけど。
なんというかこう…私のことをものすごく子供だと思っていないだろうかあの人。それかそのあたりものすごく無頓着なのかな。本当、心配だ。
「えーと…ついのことは忘れて! いこっか、買い物。荷物持たせちゃったし、その前にロッカーかなぁ」
「このくらい気にしなくていいわよ。他のこと気にしてほしいわ……」
「ともちゃんは心配性だねぇ」
「あんたが心配しな過ぎなの」
それを言われると返す言葉はないし、やっぱり心が少し痛む。
けれど笑ってごまかすと、とても柔らかいため息が聞こえた。
いや、ふっと。あれだけ優しいこと言ってもらったんだから、もう少し色気のある反応返してもいいだろうに残念な女だなぁと思い書いてみた。
あと二回泣かされた件でアウルさんがやたらと巴さんの反応を気にしてるの大爆笑だな、って思って。
いつか会う日があったとしても、泣かされたことばれないから大丈夫じゃないですかね!
三鷹棗は黙って包みを見つめ、そっと開ける。
詰まっているのは度数の低いワインと、一枚のメモ。
差出人は、つい先日までこちらに敵意のようなものを向けていた女性。
異なる言い方をすれば、彼の想い人の親友だ。
その人物からの『お歳暮』と銘打たれた箱の前、彼はふっと思いだす。
かつて―――とある探偵事務所にそうめんとゼリーを持っていった。
一応警戒されてもいい立場なはずが、大歓迎された。
その時思った。毒とか警戒しないのか、彼らは、と。
そう、贈り物になにか細工されていない保証がどこにある。
それが敵意を向けてくる相手ならなおさら。
得体が知れないと思っているなら警戒すべきだろうと、そのように思った。
しかし。
送り主の性質から考えて、毒はいれまい。かつて闇討ちを予告されたが。賞味期限が切れているとか、選りすぐりのまずいものとか、そういうものを送ってくる可能性はある気がするが。
あるけれど――…と。
添えられたメモを読んで、それもないか、と嘆息する。
『私はお世話になったおぼえはあまりありませんが お歳暮の時期ですので
一応塩をおくります
ご存知かもしれませんが 彼女の酒癖はあまりよくないので
お酒飲みたいときは二人きりにしておいてください』
彼女が口をつけるかもしれないものに、おかしなものはいれまい。
しかし、なんというか―――……
「……塩か」
そんなものを贈られなくとも据え膳なのだが。さて。どうしようか。
***
『…地蔵を助けたかと聞かれた』
「は?」
『所長が驚いていた。…俺は君にあそこまでお歳暮を送られることしたか?』
「…んー、…んー、んー、私井野さんと違って稼いでいるので…」
『ぐ』
「なにも呻かなくとも。…それに約束しましたので」
『…そんなものをしたか?』
「……したんじゃないかな」
『はああああ!? そうめん!? ゼリー!? え、それもらっちゃうの食べちゃうの!? え、っていうかそんなもので…そのくらいで…!…うっわくそ高い品名! やだあの男マジで大金持ち!!』
『ちゃんと話してくれるいい奴だったぞ』
『いいやつかなぁ!? ちょっと兆夜さんも何か言ってくれません!?』
『ゼリーっておいしいよねぇ』
『あああああ安い! なんですかなんでお二人ともそんなに安いの!? あげますよそうめんとゼリーくらい! 時期がおかしいけど冬のお歳暮とかで! お世話にもなったし! なんならハムと油としゃれおつなパスタといい缶詰も付けますとも! 山ほど! たらふく! お腹いっぱい! あんなのに負けるくらいなら! いやなにと張り合ってるか私もよくわかんないけどぉ!』
『わあ。ごちそうさま』
『軽っ!』
『いやその、…君はとりあえず落ち着け』
『なにミルク勧めてくるんですか!? 私モノ食べるとおとなしくなる生き物とかじゃないですらね!?』
「…………したんですよ」
『……どうかしたのか?』
「…いえ、別に。なんでも。…ほら。私またしょーもない話しに行くかもしれないし。前払いですよ」
『そうか。…なんにせよありがとう。二人で食べるよ』
「…え?」
『…ん?』
「二人?」
『…え……? ……所長とごちそうに、なる…な』
「……そうですか」
***
「ねえ、ともちゃん荷物届いたー?」
『うん。…なんかやたらとお菓子が来て驚いたけど。あんなにくれなくても良かったに』
「でも、お歳暮はお世話になった人に送るわけだし。クリスマスプレゼントも兼ねてるし。いいかな、って」
『あー、クリスマス。…ホールケーキの引換券入ってたの、それなの?』
「うん。…あ。でも私その出かけてるから。気にせず誰かと食べてね」
『……、え、仕事?』
「ううん。…長年断ってたうちの祖父の『年末年始滝行しに行く会』に今年は行くことになって」
『はぁ!?』
「ということで、お正月とクリスマス、私しゃばにいないの。…寂しいから明後日あたり送ったお菓子をたかりに行くね」
『しゃばって…じゃなくて、それはいいけど、滝行…?ずっと断ってたでしょう、さすがにそれはちょっと、って』
「祖父孝行したい気持ちになったからー?」
『…本当に?』
「…だっておじいちゃんお蕎麦うってくれるって。カモ南蛮作ってくれるって」
『…ねえ、慧香。あんた昔からアメとかお菓子でついていってたわね…?おじいさんに…』
「今はアメじゃついていかないよ!? でも、カモ、高級カモ用意してくれるって! あとおせちごちそうしてくれるって!」
『結局同じことよね!? …ああもう、あんたがいいならいいけど…気をつけなさいよ…色々…』
「やだなあ、熊が出てきて美味しいから平気って言ってたし、なんともないよ」
『なんで冬眠してるクマを食べる計画を話しをしてるの、あの道場』
「冗談だと思うけど。そのくらい冗談言う余裕がある人達と行くんだから。山の中でもなんともないって」
『ああもうそういう意味じゃ……、まあ、いいけど。気をつけてね、本当』
「そっちもね、んじゃ、きるよ」
「…んもう。心配性だねえ。本当に」
「……テレビがないところならどこでもよかっただけなのにね」
何時ものことながら色々勝手にお借りしました。みんな好きです。
「テレビはね。今年見たくもないことを二回も教えてきたの。それにほら、年末って…振り返るでしょ?」とか言っているけど。
なんだかんだでまだまだ元気。いや本当、なんだかんだで元気。
診断メーカー
中崎慧香は 「選ばなかった道ばっかり綺麗なんだ。参るね、ほんと」と握り締めた手に力を込めて諦めたような声で言いました。 #いろんな後悔と言葉
https://shindanmaker.com/537086
あまりに彼女の人生なので書いてみた。そして追記もしてみた。
赤い。赤い。今だ拭えぬ、赤い記憶。
違う、黒い。人から流れた血はすぐに黒くなった。
それも違う。
やっぱり、赤い。
赤く、赤く、揺れる真っ赤な髪を、ぼんやりと眺めていた。
選べと言われた。
自分に殺されるか、あちらに殺されるか選べと。
違うと思った。
確かに、背中に感じたのは鉄の感覚。抵抗したら、撃たれたり、違う方法だったり、したかもしれないのだけれども。
それでも違うと思った。
だって、あの人に。
あそこで、一人。他の皆を見捨てて、何の不都合があったのか。
不都合があったのは――――決してそれを選べなかったのは。
あそこに、あんな人達が入られては困るのは、私だった。
人を引く音と、人を蹴る音。動かなくなる人、だったもの。
…ああ、覚えてる。あの時、私は。
確かに少し、安堵したんだ。
あの人達が、あの家に入っていかないことに。
そのことに、自分が嫌になるくらいに安心した。
―――だから。
「ならあのまま死んでいればよかったのか」
あの人の言葉に返す言葉は、今も浮かばない。なにも浮かばない。だって死にたくなかった。死んで欲しくなかった。誰にも。死んで欲しくなかった。
目の前で転がったあの人達とて。 けれどあの日、秤に乗せた。見捨てた人達と、大事な親友と、他の一緒にいた人と。
重さをはかり、選んだことを後悔はしない。あの数日のすべてを、後悔はしない。
しないけれど、でも、ねえ。 選べなかった道が、とてもきれいなものに見える。 きれいで―――きれいなだけの道だろう、きっと。
トラウマの話。あの時彼女が本気で嫌ったのは彼もだけど自分だね。
2017/12/31
○道の向こうとかに朱雀野さんを見ちゃったりすると面白い反応すると思うよ
「と、ともちゃ…私ゆうれい…みえ…いやゆうれいに今更驚くなって話かもしれないけど…怖い幽霊が、みえ…!」
「ちょっと慧香! 落ち着いて? とりあえず落ち着こう、ね?」
「でも後ろ透けてたりはしない……ゆうれい……? でも、その」
「…あのさ。慧香、実」
「いきてたらうれしい」
「ああ、そうよね。だから、実は」
「へ……?」
○巴さんの色んなことを軽く聞いた模様
「そう。会ったの。…ともちゃん。やっぱりお祓いいった方が良いと思うの。…良縁とか悪縁とか、朱雀野さんが嫌だとかじゃなくて。…トラブルに巻き込まれませんように、って意味で」
「あはは。まあ、あの時ほどひどいのはないから、いいんじゃないの?」
「……危ない目にあっているじゃない」
「そんなしょぼくれた顔しないの」
「…私は、ともちゃんが危ない目にあうと心配だからね」
「聞いたわ」
「…え、言ったっけ?」
「…うん、そうよ。それにお互い様ってやつでしょ。あんたもこの間変なものみたんでしょ?」
「…別に。あんなの。一度も命の危機はなかったからいいんだよ(ともちゃんは本当、弱みとかみせないなあ、私には)」
探索者同士仲良くなることはあれど、ここまで探索者を嫌う機会って中々ないから楽しいというか。セッションで再会したいなーと思うけど、なんか朱雀野さん高難易度いってお亡くなりになる可能性そこそこありそうだから。IFってみた。いや、別に怒られなきゃこれ正史でもいいですけどね。ちゃんと生きてるの知った方がちょっとは落ち着くと思うよ、SANチェックのあと。
ある日、町を歩く青年は声をかけられた。
オイ、と一言。尊大に。
そのようなものにこたえる義理はない―――と、無視するには、あまりに印象的すぎる声で。
若干ぎこちない動きで、青年は振り向く。
そこには、彼の予想通り。かつてある事件にて関わった、赤い髪の男がいる。
赤い髪の男は、朱雀野は、振り向いた青年の方へと、無造作に歩みを進める。
「なんだ、お前、生きてたのか」
「それはこっちのセリフなんじゃないかな」
かつて青年の目の前で動かなくなったはずの殺し屋は、いとも無造作に肩をすくめる。
「まあ、死んだと思ったが生きてたな。お前もそのクチか?」
「…いやぁ、どうだろう。色々あったなぁ、みたいな?」
道をゆく人々達の流れからそっと離れ、自然と人気のない路地へと歩み。
二人は小さく言葉を交わす。
「お前の死は全国ニュースになっていた」
「それは聞きていますよ」
「俺もそれを見たからな、お前のセンパイとやらを殴っておいた」
「え!?」
青年の表情ががらりと変わる。
のらりくらりとでも形容できそうな笑顔が、驚愕と憂いとで引きつる。
そのことを気にせず、朱雀野はつづけた。
「死なせた上に忘れるなんざ、どれだけふがいねぇんだと殴っておいたが。…破棄のねぇ顔してたな」
「ちょ、やめてよ、せ、…井野さん死んじゃうでしょ!?」
「死んでないぞ」
「万が一!」
真っ青になり固い声を上げる青年を、赤い瞳がまじまじと見つめる。
不思議そうに、意外そうに。
見つめられた青年は―――名乗っていた名を変えた青年は、ぐっと言葉を詰まらせた。
「なんだ。お前。忘れられてるのにまだそういう態度のまままなのか」
「……」
青年は答えない。
その顔に再び笑みをはりつけ、少しだけ目を伏せる。
「あの男はお前を綺麗に忘れていたぞ」
「聞いていますよ?」
わずかに目を伏せたまま、彼は思いだす。違う。忘れることはあり得ない。あの男こと、井野魂魄のこと。彼の大切な、本当に大切な人のこと。
本当に―――なによりも大切な存在を思えば、彼は自然と笑ってしまう。
気が付いた時、彼はからっぽだった。
からっぽで、がらんどうで。時にひびわれたその心に、なにか。あたたかなものを注いだ人。満たしてくれた人。
しあわせとはなんなのか、教えてくれた人。
あの男が教えてくれたものがあればこそ、今ここに帰ってきたのだろう。
彼の生きる世界に、戻ってきたのだろう。
舞い戻った世界に、あのあたたかな居場所は失われていたけれど。
けれど、いい。またひとりにもどっていた。それでも、いい。
―――井野さんが悲しい思いをしないのなら、そちらの方がいい、
「聞いてますし、むしろ好都合ですよー。だからこうして違う町にいるんじゃないですか」
「ふぅん。そういうものか」
にこやかに告げられた言葉に、朱雀野は感傷を持たない。
そもそも、井野魂魄という男を殴りに行く理由すらなかったはずだ。
―――いや。そういえば。
ひとつだけ、疑問はあった。
「……なあ、お前」
「はい?」
あの時、なぜ戻ってきた?
あの時、自分を好いてはいなかったであろう相手に、朱雀野はそう問いかけようとし―――ふ、と口をつぐむ。
『レオンは俺のものでしょう。肉体も、魂も、全部。大事に扱ってね』
脳裏に浮かぶのは、青い瞳。静かな言葉。
朱雀野蓮の世界に必要なものは、かの相棒のみ。
ならば、この疑問も不要なのだろう。
なぜ、あの時この男が戻ってきたのか。
それを知ったところで、あの相棒の利益にはなるまい。
「なんでもない」
「…そうですかぁ」
「どうでもいいからな」
「…いや、じゃあホント、井野さん殴るのはやめてくださいね…?」
「わざわざ会いに行かない」
「…そりゃあそうか」
くすり、漏れる笑みの意味は、朱雀野には分からない。
あるいは、笑う青年自身にも、分かってはいないのか。
ただ、くすくすと笑う彼の笑顔は、世間一般で言うなら『慕わし気』だったり『懐かし気』だったりするのかもしれない。
知識としてそう予想して、朱雀野は微笑む男に背を向けた。
いや。もう地下アイドル組に会う気ないんだろうけどな。ちょーやさんいうより、ゆづきさん。
うん、きっとセッション出会わないから、外野でなんか妄想SS書きたくなって。書いてみた。
怒られなくて良かった。今そんな気持ち。兆夜さんの今後に幸あれ。できればわかりやすい幸あれ。
テレビが嫌いになった。
理由はいうまでもない。
それでも、これでも客商売。世間話のタネにみておくべきだろう。
新聞で十分といいたいところだけど。本当に雑談だと、色々と、ね。
…ああ。それでも。やっぱり。
テレビが嫌いになった。
たぶん、もう。一生好きにならないだろうな。
画面の中に映る見知った顔に―――その死を告げる報道に。
やはり涙はでなかった。
ただ、身体の、心のどこかにあいた穴が、じわりと深さを広げたのだけが分かった。
…私でさえこれなのだから、あちらは大丈夫なのだろうか。
鬱々と落ち込むタチには見えないけれど。だからこそ。…大丈夫、なのだろうか。
そんな風に不安に思って会いに行った井野さんは、あんまりにいつも通りだった。
違う。
いつも通りじゃない。
その人が煙草を吸っているのなんて、始めてみたし。
なによりも。
「先ほど所長にも言われたんだが。俺はその被害者と面識はないぞ」
なによりも、兆夜梅太郎を知らないと。そんな、あり得ないことを言う。
…ああ。そっか。
じゃあ、また。
やっぱりまた、なにか。人じゃないなにかの所為か。
悔しいのか、悲しいのか、怖いのか、憎らしいのか。よくわからないけれど、ようやく目が潤んだ。
すると、目の前の井野さんの顔色が変わる。
「おい、泣くな。女子供の涙の相手とか、俺の役目じゃ」
彼は困ったような顔をして、そうして、隣をみて。
ますます不思議そうな顔をした。
『いや、僕の相手でもないですって。やっぱりここは井野さんです。先輩ならできます! 僕はそう信じてるー』
目の奥が痛くて、耳もひどく痛む。
記憶の中の兆夜さんは、井野さんの前だと良く笑っていたから。
自然とそんな顔が浮かんで、自然とそんな言葉が浮かんで。
…ああ、そっか。私、悲しいんじゃ、ないのかも。まだ、悲しめてないのかも。
だって、兆夜さん。
あなたのこと、たいして知りもしなかったのに。
あなたが井野さんを大事にしていたことだけは、よく知っている気がするから。
だから、流れてくる涙は私のものではないんだろう。
泣く権利を、悲しむ権利を。失った事実すら。
なにかに奪い去られた、井野さんのことが悲しくて。
この人のぶんだけ、しばらく泣いて、怒って、苦しんで。
そのあとにようやく、自分だけのために、彼の死を悲しんで。
目の前の人にできることを探すんだろう。
おやすみなさい、安らかに。しかしとんだ勝ち逃げ野郎だな。という気持ちをこめた覚えがあります。
PLは兆夜さんが大好きだしサトカさんもなんだかんだでそこそこ好きです。
兆夜梅太郎は難しい顔で机の上の機会を睨む。もはや怯えすら感じているような顔で、じっと―――新品のスマートフォンを。
「睨んでもスマホは使えないぞ」
「使っても使えませんよぉー。いらないっていったじゃないですか! 僕はガラケーがいいんです!」
「しかし探偵なんだから、そのくらい使えないとなぁ…」
「先輩肩震えてますよ?」
言い返されて、井野はかみ殺していた笑みを飲み込む。彼は善良だった。
いつもは頼れる後輩の弱り切った姿に「どうにかしてやろう」と善意がわく程度には、井野という探偵は面倒見がよかった。
「いいじゃないか、使わないと覚えないのは本当だ。まだ若いんだから覚えた方がいい」
「また壊したらどうするんですかぁー! 僕お金ないんですからね!?」
「そもそもそんなに壊れるものじゃないぞ。そんなトラブルあるわけないじゃないか」
「いのさんと僕ならあり得ます」
「それはいっちゃダメだ…!」
鋭い指摘、否、過去のあれやこれを思い出した井野はひどく辛そうに顔をしかめる。
お互い別々の理由で落ち込んだ二人は、どちらともかく顔を見合わせ、大きく息をついた。
「ともかく先輩、僕はガラケーがいい」
「そうか後輩。まずは説明書を読むことから始めよう」
二人が言いあう事務所の窓の横、白い猫が歩いていく。にゃあと響くその声が、和やかに響いた。
みたいに延々じゃれてほしい。探偵組まじ大好きです。
廊下を歩いていて、空き教室に差し掛かった時だった。その中から、声がする。
「あー。日直。日直忘れてたわ。…わりーことしたな。女子の方に」
「そう思うなら教室もどれよ」
「いやー。もう片付けてくれてそうだからいいんじゃね。マメだよなあ。あの…中崎さん?」
「んー。…んー。下の名前は?」
「なんだっけな。…お互い授業でろって話だよなぁ」
いや。笑ってないで。勝手に日直終わったことにもしないで。手伝ってほしいもんだけどな。まあ、この隣の席の人がいなくとも。みんな手伝ってくれたし。手伝ってくれたからとっとと終わったというのに通りすがりの先生に頼まれたノート回収は、こうしてともちゃんが手伝ってくれているのだけれども。
困ってないけど目の前で悪びれないでいるとちょっとむっとするなあ、というやつ。…ムッとする以上に、このまま通り過ぎるの気まずいな。でもおしゃべりに夢中だし、気づかないかな?
それでもなんとなく足が遅くなって、その間にも無駄にでかい話声が続く。
「んー、でもいるじゃん。美術部に綺麗な顔したの。あっちといつも一緒にいる方。ほら、美人じゃない方だよ」
「あー…。ああ。うん。思いだした。いたわいた。印象薄いな、確かに」
うーん。中々正直な意見だ。腹は立つけど、それより気まずい。えー、どうしよ。私そこ通りたいんだけど、という。
困ったな。怒るほどのことじゃないけど。だからといってニコニコするわけにもいかないし。…まあ、どうでもいいことではあるけど。
なんて、思っていたんだけれども。
隣で一緒にいたはずのともちゃんがいない。
え、なぜ。とか言うより早く、声がした。
「あんたらねえ、カゲでこそこそ失礼なこと言ってるんじゃないわよ!」
威勢のいい啖呵きりと共にはじまったともちゃんのお説教は。割と長いし、なかなか激しかった。
私はぽかんとするしかなくて。ともちゃんは元気だなあ、なんて。しみじみとしたりした。
かわいそうな感じになった二人組を見送り、彼女はぽかんとしたままの私のところに戻ってきた。
私の親友は怒った顔もキレイだ。何かの古い本であったな。美人の条件は怒り顔も美しいこととか、そういうの。さすがともちゃん。私鼻が高い。いや、高くなってどうするのって話だけど。
「慧香ねぇ、ああいうのは怒らなきゃだめでしょ」
「んー…あ。うん。そうだね」
とりあえず曖昧に笑ってみた。…別に無理をしたわけではなく、自然と笑えた。
「あのね。笑ってないで、怒りなよって話よ?」
「いやそうだけど…」
というか、腹もたっていたんだけど。あなた達も言うほどの顔じゃないでしょとか言うつもりもあったんだけど。…なんだろう。
なんか、くすぐったい気持ちというか。とてもどうでもいい。不思議な気持ちだ。…あ。そっか。
「でもともちゃんが怒ってくれたわけだし」
「それがなにって話よ、もう…。人がいいわね、慧香は」
「そういうんじゃないと思うけどなぁ」
自分のことでもないのに、こんなつまらないことで。こんなにも怒って、そのうえ心配までしてくれる親友がいる。
それに比べれば大概のことはどうでもいいに入ると思うけどな、うん。
…みたいなこととか、ともかく巴さんの助けとかフォローがあってああいう騙されやすくそれに懲りず怒るの下手な生物が生まれたんじゃないですかね。巴さんマジ姉御。
だから彼女にはあの子の気もちが分からんでもなく。それ以上に許しがたいのでしたというお話。
「…あの、お嬢さん」
「なに」
「その……素振りはかどっていますね」
「そうですか。杖と剣道の違いあれど、上手な人に褒められると気分がいいですね」
「…い、いや。そうならそういう顔してくださいよ」
「……素振りはニコニコしながらしないんじゃないの?」
「いや。そうですが。その。…いやいいっすよ」
「根性がない」
「流してやったのにひでぇ!?」
「あなたとあなたの友達がそうやって根性ないせいで。ともちゃんが変なのにひっかった」
「は?」
「まだひっかかってないけど。悪い虫がよってきた」
「ええ!? あんたいつものあれ言わないんですか! 連絡先知りたいなら倒せよと!」
「人聞きの悪い。『本人に聞く度胸もコミュ力もない人に教えたいと思うわけないじゃない』も言ってるよ。『ならせめて武力でも示してよ』って言ってるだけで」
「それに『せめて定職にもつきなよ』という追加攻撃もついてますがね!」
「…それ、あなたにしか言ってないよ。行動起こしている人には、言ってない」
「ぐ。……そ、そんなこと、より。悪い虫、って…なんですか……!? なぜ阻止しなかった!」
「自分から連絡先渡してくれるくらいの男気はあったから。…そもそもあなた達が私に紹介してほしいとか言わないで、フツーに口説きたいなら、うるさく言わないよ」
「ぐ」
「金もある。…悪い人じゃないかもしれない。っていうか、いい人かもしれない」
「くぅ…」
「朱雀野さんさえなければ良縁なのかもしれない」
「純粋になんですかそれ。え、なんでいきなり人の名前出てくるの? フタマタかけようとでもしてるの?」
「あの人と友人をする感性…いやもしかしたらあの人のこと詳しくを知らない可能性も…ないなアレは…!」
「だからなんなんですか、その話」
「…そもそも私に口出す権利ないけど。間違ってたのに気づいたよ。声かける勇気もなくいじいじしてたって、あなた達の方が、安全だった、って…」
「質問に答える気くらいは見せましょうよ。なんですかその遠い目は! っていうか声かけるって言ったって! あの人色々きついしいやそこがいいんですが道場来るときなんてほぼほぼアンタと話してるし! 大体がアンタ迎えにきてだけですぐいなくなるでしょ!」
「……それも私の所為なの?」
「え?」
「…あ。…いや。別に、なんでもない」
「いや、あの………。…知りたきゃ自分を倒せは頭おかしいかと思いますが。よく知りもしない相手に友人紹介したくねぇつーのは、別におかしくはないんじゃないですか。言い方頭悪いだけで」
「なんでもないっていってるじゃないですか。しつこいなあ」
「心配したのにひでー言われようだな!?」
「…いえ、ごめんなさい。心配してくれたのは嬉しいけど。…なんでもないですよ、やっぱり」
「………あんたのへこんでいる顔とか始めてみた」
「…だからなんでもないっていうのに。無神経だね」
「ブーメランだろ、それ!」
―――それも私の所為なの?
今回ともちゃんが変なバケモノに血ぃとられてたのも、変な本読んだのも、危ない目にたくさんあったこと、全部私がきっかけなのに。守ろうって、一緒にいてくれたせいなのに。
私は彼女から奪ったもの他にあるの?
とか延々と悩み続ける程度にはたまに目が死にながら生きていくでしょうね。そんなサトカさんの後日談(部分)まあ元気に生きていこうとはするでしょう。大事な人たちが傍にいる限り。
ある日。兆夜と井野は電話を受けた。
それはそれはつらそうな声で、先日共にある事件を受けた女性から―――どうしても、あなた方でないと話せない、と。
彼女は、慧香は合流した探偵を見、暗いまなざしで呟いた。
「…三鷹棗さんについて調べてほしいんです」
それぞれの理由から黙る二人を気にすることなく。彼女は続ける。
「やつの…やつの弱みを! 弱みというか…もうなんでもいいから! ともちゃんが幻滅するような! なにかを握りたい!」
「いーよ。受けるうける」
「オイ後輩」
「じゃ、頑張ってください、センパイ!」
「オイ後輩」
「ありがとう先輩!」
「いや君の先輩ではないよ…?」
笑顔で流す兆夜、眉を寄せる井野、がしりと彼の手をつかむ慧香。
中々に妙な絵面のまま、彼女の訴えはつづく。
「だって。だって奴が。割とさらっと何事もなかったかのように連絡先を交換しているっぽく。もう気が気じゃないんですよ」
「…きみもな。文句があるなら本人にいえばいいだろう」
「…あの人私を相手にしないでしょ。むなしいです」
「じゃああちらの彼女に言えばいい」
「私がいったら彼女はいらぬ気ぃつかうでしょう! 別に私はともちゃんに誰かに付き合ってほしくない言うほどアレじゃない! ただ三鷹さんが怖いんです! お二人も聞いたでしょうあの人私にもともちゃんにも『どっちか死んだら後追わせてあげよう』とか言ってましたからね!? 『良い体してるな』って爪が10本あってはぎ放題だなあ、とかそういう感じかとゾッとしたんですよあの時なぜか! あと朱雀野さんのご友人ですよ!?」
「うん、とりあえず落ち着け。ミルクおごってあげるから」
「カルシウムじゃどうにもならない問題ですよ!? でもありがとうございます! 貧乏人にたかるほど落ちぶれてないから気にしなくていいですよ」
さらりと出てきた失礼な発言に、兆夜は悲し気に眉を寄せる。彼は今日も、金がない。
そんな頼れる後輩を横目に、井野はああ、と小さくうめく。
「ともかく、落ち着け。話はそれからだと思う」
「…はい」
「んー…。あの時は篠塚さん全然脈がなさそうだったけど。なにかあったの? そんなに騒ぐほど」
「…なにがあったかは。…聞いていませんけど。たぶんなにかはありました」
幾分か落ち着いたトーンで、言う慧香。
黙って先を促す二人に、彼女は握りこぶしを作る。
「…このまま…なんかずるずる三鷹さんのペースになりそうで…心配で…
ともちゃんは…子供っぽいちょっと困った人に甘いから…」
「え。ひたすらきつかった印象しかないが」
「同感」
「いいえ、甘い。子供っぽい人には、甘い。―――私を見てればわかるでしょう!?」
「それ自分でいっちゃうの!?」
「でも今のところ私の方が好かれてそうですけどねざまーみろ三鷹さん!」
「……色々どうかと思うが、そう思うならほうっておいてもいいんじゃないのか」
「そう思って優雅に構えているうちに奴がなにかしてくるかもしれないでしょう! やっぱり今のうちに弱み、弱みなんですよ!」
主張は一周まわり、当初の主張へ戻る。
握りこぶしをふりあげはじめた女に、二人は顔を見合わせ息をついた。
ということを某●ックスしないと出られない部屋後にしていると思うよ。
何かある度探偵組に愚痴ッて行くスタイル。彼女は探偵組のことはフツーに信用しています。口が悪いというか無神経なだけで。序盤のAPP10のあれも根に持っていません。だってよくあることだから。ただあれで「失礼な人には失礼なこと言ってもいっか」となってしまっただけですね。
暗い眼差しで、中崎慧香は電話を見る。
否、暗いというよりは、思いつめたような。暗い感情を煮詰めた様な眼差しで、スマートフォンを握りしめ―――番号を入力する。
登録などしていない番号。彼女が親友から聞きだした番号。三鷹棗の番号を。
コールはつづき、留守番電話へと切り替わる。
知らない番号だったからかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。あるいは自分の番号を把握し、取るに足らないと無視されていたとしても、彼女は驚かない。
ただ静かに、メッセージを吹き込む。
「…ずっと…ずっと、気になっていたことがあるんですよ」
暗く、静かに。感情が抜け落ちたような顔のまま。
「あなたは結局、なにしている人ですか。…貿易商なのは本当でしょうけど。…武器を売っているところまでも、知りましたが。…それだけなんですか、本当に。
朱雀野さんの取引先がまともな職とは思えない。わざわざマメに連絡とっているならなおさら。…というか、あの人と友達なところがすごく、こわい」
言葉はつづく、抑揚をかいたまま。ひたすらに淡々と。
「いえ。でもいいんです。そこは。…彼女がいいなら私が口を出すべきことじゃない。口をだしてはいけないことだ。
あなたがたは…朱雀野さんにしろ、あなたにしろ。私が何を言おうと何を思おうとどうでもいいでしょう? 相手にされてないことくらいは分かりますよ。いくら私でも」
自嘲まじりに呟いて、彼女の声が硬さをます。
「私はあなたがただの貿易商に思えない。怖くて怖くて仕方ない。……昔なら、許せないとか気持ち悪いとか思えたんですけどね。
あの事件があってから、そう思えないんです。きっと前からそうだったけど。あれから、気づいてしまったんです」
彼女の脳裏に浮かぶのは、救えなかった誰かのこと。
その時真っ先に浮かんだ言葉。
―――ああ。こんなことになるのなら。なりふり構わず。守りたいものだけ、優先しておけばよかった。
「私が怖いのは、そういうことじゃない。
あなたと付き合いがあるせいで、彼女が危険に巻き込まれること。それが、とても怖い」
あの日生まれた後悔と共に、彼女は吐き出す。
「あなたがわざわざ探しにくるくらいに大事な人…死ぬ原因になった人間が…お願いなんて口にするの滑稽でしょうが。…お願いですよ」
録音時間はもうすぐ終わる。
「篠塚巴があなたのせいで危険にまきこまれてしまったら。他のなにかより彼女を優先してください」
メッセージの最後に吹き込んだ言葉は、暗く、けれどわずかに笑声を含む。
―――世間などどうでもよくて。ただ大事なものが無事なら、その方がよかった。
あの事件から変わり果てた優先順位に、彼女は自嘲の笑みを漏らした。
沈黙したスマートフォンを机において、彼女はさらにクスと笑う。
「…んなこといっても。どうせ私のことなんて相手にしないだろうけどね」
椅子をひいて、腰を下ろし、くすくすと、困ったように笑う。
「あの人が相手にしなくとも。…ともちゃんは私の相手をしてしまうもんね」
笑いながら思いだすのは、あの事件のこと。
化け物に襲われ、人に襲われ。ある男に庇われ、親友に庇われ。様々なことがあり―――最後には助けたいと思ったものを失ったあの日のこと。
「……私は、どうすれば」
あるいは、誰ならば。
あの日の彼女を救えたのか。
彼女は分からない。知らない。けれど思う。後悔する。きっとそれでもダメだろうけど、と。
なにもかも気にせず、傷つけるものすべてを。どうにかして排除してしまえたら、あの時。彼女は死なずにすんだのか。
「だって、少なくとも」
あの時。あの狂信者に囲まれた時。自分たちを守ったのは。
朱雀野蓮の判断だっただろうから。
「…だから。私は」
例え手段が間違っていても。大事なものが無事なら、その方がいい。
その方がましだというだけで。そんな状況に陥ってほしく、ないけど。
「……やっぱり悪縁祓うお祓いいかなきゃなぁ」
どうか、彼女が。仕方ないからついでに彼も。
なにごともなく、ありますように。
握ったこぶしを額に当てて、彼女はそっと息をついた。
セッション開始時ならいざ知らず。今の彼女ならひき逃げに悲しい顔してもつっかからないかもしれない。
ちなみになにがIfってお二人がくっつくかが分からないわけだしそれまでサトカが生きているか保証ないしそれまで朱雀野さんを克服(?)してるかもしれないからね! っていうか朱雀野さんが生きてることくらいは教えてもらうかもね。
三鷹さん後日談が思ったより血生くさかったのでかっとなって書いてみただけ。え、血にぬれてんの?いやPLは萌えるけど。サトカ死ぬの覚悟で止めに行く勢いだね。と面白くもなってしまって…!あと相棒さんとても性格悪そうできゅんとして…血生くさい三鷹さんをPLは推したい。
何が面白いって彼女にとって朱雀野さんがあるくトラウマだけど彼にとっては一般人A止まりっぽいところと。きゃんきゃん文句言っても三鷹さんたいして気にしていなそうなところですね。どこまでもからまわっていこうな。みたいな。