幼い頃から頑丈だった。
習得した奥義は、またたくまに傷を癒すものだった。
―――……おそらくは血に由来するものだ、と。
一度も考えなかったといえば、それは嘘だ。
だから。
だから、すとん、と納得した。
ああ、この人が、僕の…俺の母か。
俺は…狩られるべき立場のもの、なのか。
そんなことを悟ったあの日から、しばらくたった。
あれから色々とあって…
色々と、あって。
結局俺の生活は変っていない。
ただ、兄を探すのをやめただけだ。
…いや。千吉がいなくなったが。それは、生活が変わるというほどではない。
張り合いが減ったな。と。
しずかになったな、と。
そのくらいだ。
兄のことはずっと探していた。
探して、取り戻したかったのだ。
アレを守るのは僕に課せられた使命だったから。そうしないと。
そうしないと…排斥されそうな気がして。
ああ、けれど。
本当は、そんなことはどうでもよかった。
兄のことをずっと探していた。
なぜ、いなくなったのか。
……なぜ、あんたが。あんなおかしなものに用があるんだ。
あんたはそんなことしなくても、得たいものを得れる人だろう。
絵に描いた餅に魅せられるような…馬鹿じゃないだろうと。ただ、そう言いたくて。
……いや。違うな。
これは、今の俺だから言えること。
当時の、本当に直後の俺は、ただ。
どうしていなくなったんだ。
なんで―――……
あんたがいなくなったら。
俺が気楽に話せる相手なんて、いないのに。
…女々しい感傷だ。本当に。
けれど、兄は笑っていたから。
へらへらと笑っていてくれたから、気を遣わずにすんだ。
物心ついてからつきまとう、なんともいえぬ疎外感が。
あの人といる時だけは、遠かった。
「……兄貴」
ぼんやりと呟いて、海に菊を投げる。
屍も残らなかったものにできるのは、この程度だ。
この身は半端であり、属する流派に沿わぬもの。
その事実がこの首に刃が向く理由になる日が、来るのかもしれないが。
…それでもいいさ。別に。
その時は―――その時も。
俺の信じたあの人に。
信じ損ねたあの友に。
…母といってくれたあの女性に。
恥じぬ生き方を、するだけなのだから。
お前が生まれてこなきゃずっとあいつと組んでいるつもりだったのかよ睡蓮さん。くそ!そんなツボなこというとしまいにゃSS書くぞくそ! 萌えキャラが!
とキレつつ関係ないの描いた。
睡蓮さんにしろ忍野君にしろあんなん皆好きになる。
目次
「あ」
「ああ?」
「……形あるものはいつか壊れるからな」
「いつか、っていうか。お前それで今月2個目やろ? なんでそう湯呑をピンポイントに割るんや」
「洗えば割れるものじゃないかな」
「洗えばキレイになるもんや、普通」
「いいじゃないか、君の湯呑だし」
「自分のじゃないんかい」
「ちゃんと次まで買っておくよ」
「んー。いや、別にかまわんけど。もうお前は割れない食器買ったらええんやない?」
「それは負けた気がするじゃないですか」
「なにと戦ってるんや」
「……なんだろう?」
「聞かんといて」
「しいて言うと僕の不器用さ…?」
「わかってるんか」
「でもお茶は湯呑で飲んだ方が様式美的に美しいだろ…?」
「んなもんまで真面目かい」
***
「あ」
「ああ。割れましたね。こちらにどうぞ。怪我はありませんか?」
「うん、ありがとう」
「しかし今月はまだ5日なのに割れたのは10個目です」
「数えてるの? りゅーやはマメだね」
「あの、おかあさん。思うに俺たちに必要なのは皿洗い器ではない。しまう時が鬼門です。
こう…プラスチックの器と、シリコンスチーマーじゃないですかね…?」
「最近はマシになってたんだけどなぁ…」
「俺だって一時期は多少マシになったはずだったんだけど…これが寄る年増…?」
「んー。どうかなぁ。壊れるときはすべて壊れるからねえ…」
「それでも無駄な意地ははらない方がいいと、最近ようやくそう思いますから…」
「そっか、…とりあえず今は片付けようか」
「ええ……」
途中で竜夜が差し出した「こちらにどうぞ」は瀬戸物の墓、段ボール。
竜夜、絶海あと普通に鞍馬のシノビして義理の両親の天寿見守ったら抜け忍だろうな。って。
その後普通の人の尺度で死ぬのかもしれないし。隠鬼の血が勝って長寿かもしれないし。どっちだろうね、ってあれ。
とりあえずどちらにせよED2年後くらいには約束されたマザコン。お兄ちゃんの命日に海で膝抱える程度には生涯ブラコン。地獄におちたら俺、睡蓮100回殴るんだ。
あと、人として死ねたとしても長寿になっちゃったとしても、千吉君のことはずっと友人件ライバルなんだろーなー。って。
千吉君がいないバージョン作ったらとえらくやさぐれ、やさぐれすぎて「竜夜のコンバートいうより、彼のお父さんこういう人だったんじゃない?」と派生になったから……、本当アイツ千吉君大好きだったんだな、って…!
腹から手が生えていた。
正確には刃。
なんというんだっけ、そうだ、クナイ。
忍者が使うアレだ。
一拍遅れて、痛みが来た。それでも、すぐに分からなくなる。
立つこともできずに、崩れ落ちる。
足音が聞こえる。もう、よく見えないけれど。
聴覚が最後まで残るとは本当だったのだな。
……あれ? 俺はそんな話をどこで聞いたのだろう。
「…お前ごときが」
知らない声が聞こえる。憎々し気だとはわかった。
足音が消える。まるでどこかにかききえたように。
足音が現れる。違う、帰ってくる。
知っている、この音は、知ってる。
「……、……」
すみえさん、と呼んだつもりがなにかがこみあげた。
血か、胃液か。どうやらもうそれもわからない。
「じょーじ君…?」
ああ、そんな、泣きそうな声をしないでほしい。
最近ようやっと、少しは、拾った頃よりは楽しそうだったのに。
出会ったころはボロボロだった。
なにかで自暴自棄だったようだ。
そういえば違う人間の名前を呼ばれた気がする。調べたら遠縁だった。遠い、遠い先祖だ。俺は内倉家の養子だから、血のつながりはないけれど。
そう、それで。それがなんだったのか、結局聞かずに結婚した。
あなたがそんなに悲しそうな理由も、さまよっている理由も俺は知らないけれど。
一緒にいると、とてもしあわせだから。
ヒトじゃなくてもよかった。いつか置いて行ってしまうけど、それまで一緒にいてくれと頼んだ。だって、あまりにあたかかったから。
おかえりなさいと言うとゆるむ顔が、かわいい女の子以外の何物でもないものだから。
なにかが頬にふれているような気がした。
彼女が頬を寄せている気がした。
――――なぜこれはこんなに滑らかなのだろう。
彼女の体は、もっと、ヤケドの。
…違う。そんなの、ないか。頑丈な女だから。
なんだろうな、何もわからない。
……何も知らなかったし、なにも守れなかったなぁ。
もっと力があればよかった。
あなたを守れるくらい強ければよかった。
俺を殺した人間の顔くらい見ておきたかった。
こういう男に近づくなくらい、せめてそのくらい言い残していけたらよかった。
「……譲治く……」
ああ、もう彼女の声すら聞こえないから。
無理だろうけれど。
***
あ、撃たれた。
この位置では助かるまい。
ちらりと横を見る。
仕事仲間が銃を構えているのが見えた。
次の瞬間に、銃声も。
俺の腹を撃った銃弾が二発で止まっているあたり、彼がしとめてくれたということだろう。
…先ほどのが最後の1人だったはずだ。
なら、いいか。上々だ。
民間人一人助けたんだ。数としてはイコール。…価値としてはあの子供の方があるだろうよ。
ああ、でも。おとうさんとおかあさんに悪いことをしたな。
こんな俺を拾ってくれたのに。
育ててくれた。名前をくれた。単なる道具だった俺に。すべてをくれた。
竜夜なんて、一生日本で暮らせと言わんばかりの名前だし。就職、止められたし。ああ、本当に親不孝をした。それだけは心残りだ。
でもなあ、子供守ったんだから、少しくらいほめてくれないかな。
…いや、いい年したおっさんが親に褒めてほしいもくそも、ないが。
………いい年した、かぁ。
そういえばいい年した女をいつまでもお嬢さん呼ばわりもやめておくべきだったかな。
他に呼び方が分からなかった。
なにかと世話を焼きたくなる理由もわからなかった。
強くありたかった。
なにかを守れるほどに強く。
何を守りたかったのかは、ついぞわからないまま死ぬようだ。
……。
いいか、別に。
いかれたクソ野郎どもに、生贄なんて訳の分からないものにされるはずだった人生が、思いがけず長く続いた。
だからいいさ。
いいんだ。
………本当に?
抱え上げられる気配がした。
仲間とはありがたいなと思った。
***
夢を見た。
女が泣いている。
なめらかに戻った白い頬を涙で濡らして。長くなった髪を乱して。
俺の名前を何度も呼んで。
ふがいないなぁ。
守りたかったのに。
大事だから、守りたかったのに。
帰る場所がないというから、ずっと言っていたかった。
おかえりなさいと、言いたかった。
ああ、この時、力が欲しかった。
惚れた女一人、守れるくらいの力が。
せめて最後の時に、涙をぬぐうくらいはできる力が。
***
目を開ける。
開けると、うまく見えない。かすんでいる。
声が聞こえる。
「りゅーや君!!」
「…みくり…や、さん」
手を握られたことはわかる。
誰の声かもわかる。
なんであなたがこんなところに、じゃないな。
俺が無事に病院まで行けたのか。
そうか、ベッドの上で死ねるのか。本当に、幸せなことだ。
「竜夜君!」
そういえば、人が死ぬとき最後まで残るのは聴覚なのだと養父に聞いた。
本当だったのだな。
かすむを通り越して、白くなりはじめた視界で、彼女の声は良く聞こえる。
ごほりと咳き込む。
多分血だな。もう、味はわからないが。
「……、………い」
俺が死ぬのは医者のせいじゃない、と言いたい気がした。
声はうまくでなかった。
もうなにも見えないが、どうせひどい顔をしているんだろう。
いつもふてぶてしいくせに、泣き虫だ。泣き虫、違うか。かわいらしいお嬢さんだ、どこまでも。
ああ、そうだ、心残り、あったな。
カミサマとやらを怒らせて負ったやけどだと言っていた。
だからそれをどうにかしたかった。
カミサマが嫌いだから、そんなもを信じるくそ野郎に苦しめられる人がもう出ないように、俺は、アメリカに戻ってきて。
本当にカミサマなんているなら、それは、大嫌いだから。
そんなものに、あなたが苦しめられるのは、嫌で――――……
…はじめてあったころみたいに、笑ってほしくて。
ごほり、と咳き込む。
血と、なにかの味がする。
腹が刺されたように痛い。
違う、俺は撃たれて。…あれ?
足音。
憎々しげな声。
痛みもかすむような後悔。
あの時ほしいと思ったものは。
――れた女を、守ることのできる腕。
「………おじょうさん」
手が頬に触れる、
ざらざらとしたヤケドの跡。正確にはヤケドではないのだったか。傷跡だと聞いた。
…ああ、違う。
これは記憶の中の感覚だ。だって、もう俺の皮膚は外の情報など拾えまい。
拾った情報は、血の通わぬ脳に届かない。
振れた頬が涙でぬれている気がするのも、感傷だ。妄想だ。なにしろもう、死ぬみたいだから。
あなたと夫婦をやっていた夢を見たのも妄想だろう。
妄想だろうけど、おかしいな。そういう風になりたかったのだろうか。
何度かチャンスはあったけど、うまくわからなかったから。
わからないよ、俺は、愛とか、恋とか、…わからないんだ。
大事にしたかったものは死んでいった。助けてって皆言っていたのに。自分で見捨てた。生き残るために。だから、わからないのに。あなたといると良く寝れて。だからずるずる、不誠実にすごしてしまって。
…ああ、さっきの夢が本当ならいいのにな。
ボロボロのあなたを拾って、こんな危ない野営病院じゃなくて。絵にかいたような家で一緒に寝起きして、甘やかしてさ。
……そういうことができる俺ならよかった。
「待ってろ、迎えにいく」
浮かんだ言葉が、声になったのか。俺にはもう聞こえない。
この記憶はきっと妄想で錯乱で、意味のないものだけど。
そういう約束しないと、あなた、死んでしまいそうだからなぁ。
ああ、そうだな。
あなたが死ぬのは嫌だよ。
死ぬときはきちんと日本に戻っていてほしい。だって、言っていただろう、家族がいると。
だから、帰る気になるまで、ちゃんと、見送りたかった。
……あなたのために生きてみたかった。
…ああ、それと。
あなた、傷あっても十分キレイですよ、くらい。
伝えておくのがマナーだったかな。せめて最初の時くらいさ。
***
腹を刺された記憶がある。
腹を撃たれた記憶がある。
後悔した。
もっと力があればあなたを守れただろうか。
後悔した。
力があっても気づかなければ、あなたのためには生きれなかった。
後悔した。
どちらも等分に。
忘れられないくらいに。
そう、ずっと。
忘れてなかった。
なにしろあなたが普通に死なないから、俺は繰り返さなきゃ追いつけない。
「―――見つけた!」
この手でもう銃は握れないが、代わりに間違えない。
この手であなたを守ることはできないが、差し出すことくらいはできる。
違う、全部違う。
そもそも守ろうとするのが間違いだ。そんなこときっと、いらなかった。一緒に歩ければ、それでよかった。
振り返った顔は、おぼろげな、妄想だと思っていたものと同じ。
まん丸に丸くなった瞳が驚きを示していると知っている。
「…みつけた」
ねえ、今度は上手に見つけられた気がしませんか。
***
「……りゅーや君? じょーじ君?」
「………ジョウと申します」
「…そっか」
「…はい」
「………感動の再会に浸りたいところなんですがすごく、その。あの、俺みたいな顔したのがこちらをにらんでいるのは気のせいですか……?」
「え? あ。りゅーやだ。りゅーや。お父さんだよ」
「は?いやだから、竜夜ではなく、ジョウだと、……え、いや…ちが、……は? おとうさん!?」
「いや、なにいってるんですか。おかあさん、俺の養父は亡くなりましたよ」
「おかあさん!?」
「ええ、母です。その人の息子です。―――それで人の母の腕わが物顔でつかむくそ野郎のあなたのお名前は聞かずともよいですが。警察行くのと骨折といますぐ離れるどれがいいかくらいわかりますよね?」
「ジョージ君、身に覚えないの? うちのこと覚えてるのに?」
「おぼ、…え、いや、覚えてますけど!? 色々ありすぎてついていけないんですよ!」
前世来世というのは時代順だとは限らないそうなのですよ。
前の時代が来世かもしれない。2019年に生きてるの人間の来世は1920年かもしれない、みたいな。
来世の中で前世を見ることも、前世の中で来世をみることもあるそうな。魂という概念の前で時間軸はまじるそうな。なんでもありっすね。
まあ生まれ変わり自体本来は「だからよりよく生きよう」という生きている人の心慰めだし創作勢の前では妄想のネタにしかならんからね…!
ビガミ世界で一週目の「のちに御厨さんの旦那となり竜夜の父になる」男が生まれる→CoCで生きるが「暗黒の祖先の所為で死ねなかったルート」なビガミ御厨さんに出会う→睡蓮君に殺されて妻への未練たらたら死ぬ→CoCに生まれて、暗黒の祖先みが薄かったころの御厨さんに出会うが。…が前世のことなどちっとも覚えてない→けどなんとなく懐かしいのと普通に仲いいのでなあなあにすごす→最後の最後で思い出して「迎えに行く」と呪う竜夜君の話。
ついでに絶海ED後に根性で三度目の人生を手に入れた上に今度は死ぬ前に思い出した模様。
CoCの竜夜はビガミの竜夜と別人すぎたため、正式に別人なったよという話。
ビガミの親友大好きブラコン竜夜君(そしてED後はマザコンだ)の父親(と同じ魂持ってそうだね)ってことになったCoC竜夜の話。
CoCの彼が生まれた時に持っていた名前は「ジョージ」本人覚えてないし知りようがないけどね。
それがカルトに養育されたせいで番号で呼ばれるようになって、あだ名で呼ばれるようになって、養父がつけた名前が「竜夜」
そんな感じの、なんかこう盛り上がっている人達だけが楽しいうちよそだよ。うちよそってそういうものだよね。これ私がこの複雑になった設定忘れないように書いてるからね。
要は時代もシステムも超えた恋のような愛のような話になりましたというあれ。
盛り上がってる人だけが楽しいよ!
「…ああ、おじょうさんは…御厨さんは今も『御厨』なんですね」
「うん、そーだね」
「まあ、籍入れませんでしたが。内倉でもよかったのに」
「…そっか」
「お父さんとお母さんより先に死んでしまいましたからねえ。二度。せっかくならわいい嫁さんくらいは紹介しておけばよかったと、さすがに後悔しましたからね…」
「…ん?」
「ああ、でもあの子は内倉と名乗らせてくれたのですか。それは少し、うれしいですね」
「……んと、じょーじ君?」
「ええ、まあ。譲でも譲治でも竜夜でも、あなたが好きなように呼んでください。色々と違いはありますが。あなたに関する感情は似たようなものです」
「………あれ? つまりじょーじ君はりゅーや君だった…?」
「ん? ああ、そうですよ?」
「え」
「ええ」
「…そっかぁ」
「そうなんですよ」
「ああ、そういえば言い忘れていました。俺は今未成年なので、そろそろ帰らないと夜間で歩く高校生になっちゃうんですよ」
「うん? 大人っぽいね、わかんなかった」
「それはよかった。…警察ではないですけど親が口うるさいですからねえ…。ちゃんと帰ります」
「そっか。送るよ」
「…ああ。そう。もう一つ、大事なことを忘れていました。お嬢さん」
「なに?」
「遅くなったけど、迎えにきましたよ」
「…うん」
そして「ああ、そうだ。あなたにならどう呼ばれても構いませんが。八神譲と申します」と言われる羽目になる、と。御厨さんが遠い昔に守ったものにつらってるのを聞くことになる、と。
長い長い恋というか愛というかなお話。いや、恋というよりは愛かなぁ。彼のは。
竜夜(ビガミ)「お母さんが変なことをようやく受け入れたら、父を名乗る高校生が現れた。意味が分からない。助けて千吉。俺にはちょっと抱えきれない」
森の中で、美しい女性を拾った。
比喩ではなく拾った。落ちてた。血まみれで。
恐怖はあった。あきらかにおかしなものだ。
逆に襲われたらどうしようかと思ったし、ともかく気味が悪かった。
けれど、ボロリと口から言葉がもれた。
「そんなボロボロでどうしたんですか」
「…りゅー、や…くん?」
目を丸くした少女の口からこぼれた、名前の意味を俺は知らない。
―――知らないことが、たまらなく寂しい。そう思った時点でこうなることは決まっていた気もする、
拾い、治療をした少女…、…ではなく、女性を引き留めた理由はわからない。
なんだろう、またその辺で倒れていそうだったから、ではない。
守りたいと言えば聞こえはいいが。囲いたいという方が近い気がする。
けれどそれは後づけで、引き留めた時は「なんとなく」だ。
なんとなく、ここにいてほしかったのだ。
なんとなく、なんとなくでプロポーズまでしていた。
すると、約400歳だと言われた。
森に落ちてたものなぁ、と。
奇妙に納得した。
もちろん狂言かもしれないし、狂気なのかもしれないけれど。
この女の異常に傷の治りが速かったことも、たまにおかしなことをしている影があるのも事実だ。
ならそういうこともあるかもしれない。
我ながらどうかと思うが、そう納得した。
納得してしまった。
納得した理由が俗にいう恋や愛ならばよいなと、そう思っている。
***
「純枝さん…」
「ん?」
「まだ起きなくていいんじゃないか…?」
「んー…そうだね」
窓を見る彼女の背中をぽんぽんとをたたいてみた。
きょとりとして少し笑う顔は、やっぱり若くてキレイな女性だ。
不安そうな顔をされると、少女めいてる気すらする。
…出会ったあの時以降、そんな顔をしていることはないけれど。
ああ、違う。
うちの家系に「内倉竜夜」なる人間がいないか聞いてきた顔も、そういう顔をしていた。俺にはそう見えた。
探すと、確かに。数代前の養子にいたが。…約400歳が騙りじゃなきゃ、同じ時代に生きてたかもな。若いころの、彼女。
どういう関係だったのかは聞いていない。
形はともかく大切な相手だったのだろう。
態度から察するに、俺は似ているのだろう。
…おかしな話だが、養子だったならば彼と血がつながってる可能性はゼロではない。
俺も養子だ。孤児院に捨てられていた子供。
それから色々あって、内倉家の養子に入った。
どこかでつながっていたなら、おもしろいよな。
…つながっていたら、彼女の心慰めになるのかな。
寂しそうに見えるからなぁ、この人。
だから放っておけない気がする。
もっと単純に、傍にいたいだけな気もするけれど。
「…窓、なにもないでしょう…何か見てる…?」
「別にそういうわけじゃないけど。…不思議な気分だなぁ、って」
「そう…」
「譲治君、かなり眠いでしょ……?」
「そりゃ…やること終わると男は眠い…」
なんだか複雑そうに唇を尖らせられた。
もしかしてこれであからさま判定はいるのだろうか。乙女か。いや、乙女と言えばいくつになっても乙女だろうけど。やっぱり400歳って騙りなのかな。俺より年下のお嬢さんって言われた方がしっくりくる。
なんともまあ。可愛らしいなと思う。
すぐに赤くなるし、割とコロコロ表情変わる…劇的ではないけど、変わるあたりが。
好ましい点は、その気になればいくらでも上げられる。
こうして引き留めた理由までは、実はよくわからないが。
ただ、わきあがるよくわからない感情に従って抱き枕にしておいた。
その気になればすぐに出れるだろうに、素直に抱かれてくれた。
ああ、そうだ。恋なのか愛なのかはよくわからないけど。
家族になりたいなぁ、と思ったんだった。
妻という家族になってほしいなと思った。
両親の顔は知らない。養父母はとてもよくしてくれた。愛してる。愛されている。だから、十分なのだけど。
けれど彼らには実子がいる。
しかも、割と金のある家だった。
きょうだいが何を言ったわけでもない…というか、俺が遠慮しすぎて逆に気を使っていたようだけど。
なんとなく、なんとなくもめるのが怖くて家を出てきた。
…信頼はしているし、愛してはいるが。
だからこそ嫌じゃないか、年をとったり、人生挫折したときに。そういう問題で仲のいいきょうだいじゃなくなってしまったら。
今が良好だからこそ、俺はそれが怖かった。
うん、いつも怖かった。
優しくて、愛されて。自分も愛しているからこそ。
いつまでたっても自分が異物のようなのが、嫌で。申し訳なくて。
ひとりで死んでいくつもりだったけど、こうなった。
「譲治君? 君こそどうかした?」
「別に。どうもしないけど、甘えたいだけです」
「…そっかぁ?」
よしよしと頭を撫でられる。
子ども扱いをされているような、落ち着くような。何とも言えない気持ちになる。
うまく言葉にできないので、抱く腕に力を込めた。
ひらたい腹をなでながら。ぼんやりと思った。
―――彼女は自分がオニだというが、はたしてその腹に人との子は根付くだろうか。
「……昔話なら、五分五分なんだよなぁ……」
「え?」
「とりあえず回数をこなせば確率はあがるわけだよな」
「…何の話?」
「素朴な疑問の話です」
あなたの話を全て信じると、俺はずいぶん先に死んでしまいますから。
忘れ形見くらい残したいし――――…
…あなたに似た子供とか、男でも女でも可愛らしいと思うんですよね。
重いと言われそうなので、飲み込んでおいた。
夜明けはまだ遠い。
別れもまだ遠いだろう。
だから、別に。今からじれずとも。
…しばらく二人きりでいたいしな。なにしろ新婚的なものだから。
そんな内倉譲治君の愛情の話。
独占欲はそんなにないけど執着はヤバイ。あと本能に従って生きてる。