目の前を歩く人を眺める。
 その姿を、見慣れた同僚の姿だと認識している。
 その姿を、慕わしい男の背中だと記憶している。
 けれど、この記憶の持ち主は、私じゃない。
 私であって、私ではない。
 私であっても―――少なくとも、少しだけ前を行く、この人にとっては。
 私は江崎和泉ではないのだろう。

あとは、お気に召すまま

 私は、目の前を行くこの人の死を見届けるために作られた。
 あの部屋で、よくわからない人形を彼の子供かなどと口に出してみたけれど、私こそがその形容にふさわしい。
 滝沢祐輔の罪と、江崎和泉の記憶から生まれた私の方が、よほど。

 生まれた時から知っていた、この記憶は借り物で。今も動くこの身体は、作り物。
 そのことを理解していても、心は呟く。ねだる。ダダをこねる。
 私は、江崎和泉だと。

 あの日の、この人が正常だった頃を覚えているままに。心はそう訴えている。今目の前を行くこの人は、確かにどこか病んでいると知っているまま、そう思う。

 だから、本当は。死刑囚に引導を渡して、そうして部屋を出るつもりだった。
 たぶん、オリジナルは―――私は、殺された仇を晴らしたいし、壊れたかつての想い人をそのままにするのも嫌だろうと、そうして。

 けれど、ひっかかる。ためらう。嫌がる。記憶が、彼の死を嫌がる。
 だから、決めた。
 あなたに悔やむ心が残っているのならば生かしましょう。
 壊れきっているなら殺しましょう。
 そう思って、すべてを明かそうと。そう決めた矢先に―――その首に、自ら刃物を突き立てんとした姿を見た時、とても不思議な感覚があった。

 なんでしょうね。自ら死なれるのは、とてもおもしろくありませんでした。
 オリジナルの願いか、私の願いか。分からないけれども。
 オリジナルの願いも、私の願いも、私にとっては同じだけれども。

 だからあの時止めて、すべて打ち明けて――――そうして、返ってきた答えは。
 今の私のためではなく、殺したオリジナルのために。自ら死ぬのだという。そんな言葉で。

 だからあの時。ああ、ふられたのだなと落胆して。
 同時に、とても。幸せな気がした。
 ああ、どうでもよくなって、殺されたんじゃないんだ、と。たぶん、そんな風に納得した。

 さもオリジナルと私の意見が違うかのように話していたけれど。
 私は、江崎和泉だから。
 あの人にとってそうでなくとも―――私は、そう思っているから。

「また殺しちゃうかもしれないよ?」
「その時は、第3の私が殺しにくるんじゃないでしょうか。作りますよ。私がそういうの」

 だから、願った。
 あなたがそのままでも、立ち直っても。最後に立ち会うのは、最後に目に映るのは。
 この姿がよいと、 2番目 わたし が願った。

 それさえかなえば、江崎和泉はおおよそ満足だ。
 ……贖罪など、江崎和泉は望まぬくらいに。
 だから、あとは、目の前のこの人の気の向くままでいい。
 私は、もう。聞いてもらったから。死ぬな生きろと、既にそんなわがままを聞いてもらったから。
 あとは、あなたのお気に召すまま。
 いつかまた、死ぬ時が来ても。それがどんな形でも。今度は、笑っていられるでしょう。

 せっかく性癖に刺さったことだから補足SSを書いてみたけれど書いたら書いたでよくわからない。でもとりあえず彼女にとってはもう贖罪しようという気が合った時点でどちらに転んでもまあいいやだったという話。
 色々考えていたけれど、和泉さんは「基本は殺す。悔いてくれるなら生かす。殺されそうになったらなお殺す」みたいな方針ではありました。パスワード見つけてから。PLとしてはこの人そもそも殺したの覚えてんのかなあ、ていうか冤罪だったらあれだねー。秘密ぬきたいなーって思っていましたが!
 ちなみに殺した場合も死んじゃった場合も「許されるなら埋葬してずっとその墓につきそっていますかね。雨が降るまで」という予定でした。性癖のために。性癖のために。いやあ。どちらに転んでも楽しかった。
2017/01/27

おまけ・江崎さんと滝沢さんのいつかの2月14日

「チョコレートです」
「はあ」
「ちなみに今日は2月14日なんですよ」
「そうですね。…え。それでなにかしましたか?」
「だからチョコレート。前時代の習慣ですね。
 あげますよ。感謝のしるしに」
「……君に感謝をされるようなことをしたかな?」
「していませんね」
「…うん。そうだね」
「これは、むしろ愛の証なのかもしれません」
「………断罪ではなく?」
「……そこはあなたの心のまま。贈り物とはもともと、受け取る側の気持ち一つですから」

まああなたがうれしくないことは予想はつきますけどね。みたいな。
生前の和泉さんはかまってちゃんでいらんこといって地雷でもふんだんだろーなーと思う。
二代目江崎さんもかまってちゃんだけど色々な事情からなんともいえない関係に落ち着くしかないんだろうなあと思う。一代目が嫌われて死んだのでなければ彼女はずっと満足してついていくのだけれども。嫌がられてもついてくよ!
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