足元に死が絡む

『…光典、みのり。泣くのはいいけど、目をこすっちゃダメ。腫れちゃう』
『お姉うるさい!』
『…だって。みのりこのままじゃ風邪ひいちゃう。…コロはちゃんと埋めてあげよう』
『分かってるわよ! 分ってるけど! …でも…』
『…あのね。みのり。死んじゃった人にはね。また会えるよ』
『…お姉頭大丈夫? あとコロは犬』
『失礼ね。まあ本の受け売りどね……死んじゃった人にはね……』

『目を閉じて、思いだせば。そこにいるよ。思い出の中で会えるよ』

***

 あの村から救助された私達は、病院へかつぎこまれた。それなりにけがをしていた子もいたから、仕方ない。
 ……一瞬で意識が消えた私は、なぜか怪我をしていなかったけれど。
 かつぎこまれたのは、四人で。あの子があとからくることも。……彼の姿を見ることも、なかったけれど。
 それも仕方ないこと、なのだろうか。
 仕方ないと思わなければいけないのだろうか。
 ……仕方ないと。今まで思ってきけど。

 仕方ないと……私は姉まで見捨てたのだから。

 だから。今更だ。何を今さら、と目の奥が痛んだ。
 泣いているかと思ったけれど、涙は一滴も流れていない。
 病院のトイレ。その鏡に映りこむ自分の顔は、別に泣いてはいない。
 ―――ひどい顔。
 そして、どこかで見た顔だと思う。顔色が青くて、目じりばかりが赤く腫れぼったい。瞳が虚ろだ。死体だろうか。……ああ。違う。
「…姉さんだ」
 いつもの姉ではない。私が最後に見た姉。
 私の知る姉はいつも笑っていた。私にはたまに怒っていたけれど。
 いつもへらりへらりと笑って、緊迫感のない人で。お気楽で、能天気で。
 ―――けれど。
 私が最後に見た…話した姉は、ひどい顔をしていた。

 わけのわからない……今思えば。なにか、オカルト的なものに巻き込まれたのかもしれない姉は、その時、入院をしていた。
 私が見舞いにいったその時、体調は回復していたけれど。眼差しはあまりに力なく。
 痩せたわけでもないのに、やつれたような体。
 死体のそれを埋め込んだような、光のない瞳。
 大丈夫かと聞く私に、姉は言った。『私に。気遣いを受ける資格など、もう』と。
 そんなものはないのだというように吐き捨てる姉の姿が、今も目に焼き付く。拭えない後悔として、胸の中にある。
 そんな姉に、いくつか尋ねた。『なにがあったの?』とか、そんなことを。
 その言葉に、明確な答えはなく。虚ろな目のまま、それでもあの人は口にした。いつもの言葉を。私がずっと、苛立っていた言葉を。
『ねえ、光典。あなた、いつまでここにいるつもり? そろそろ帰りなさいな。姉にあんまり心配させるものじゃないわ』
 姉だから、と。
 いつもいつも、そんな風に。偉そうに。…姉ぶって、余裕ぶって。
 あんなにボロボロなのにそんなことをいう姉に、この上なく苛立って。カッとなって―――そのまま病院を後にして…それが最後。
 生きている姉に会った、最後。
 あの時私は、想像もしなかったから。望めばいつでも、会えると思っていたから。
 あれが最後とわかっていたら。帰ったりしなかったのに。そのままにしなかったのに。
 それなのに、数か月後、姉は不審な死を遂げた。きっとあの虚ろな目のまま、死んでいった。
 何も語らず、いなくなった。
 一人きりで勝手に追い詰められて、勝手にいなくなった。

 葬儀の時、棺の中の姉は穏やかだった。
 いつものように笑っていて、それでも死んでいる。だから、なにも言ってくれなくて。永遠に何も言ってくれなくて。

 どうして?
 なんで?
 姉さん。

『なんでお姉ちゃんが』
『病院、お姉ちゃん…』
『お姉ちゃん! お姉ちゃん!』

 喉が震える。体が震える。あの子の言葉が、蘇る。
 がれきの下の彼女を呼ぶ、あの子の声。
 いつかの私と重なる、あの声が。

『わたしはおねえちゃんに会いたい』

 だから私は、あの子の悲鳴に何も言えない。
 片桐君のように、死んだ命は蘇らないから、とも言えない。
 白馬君のように、なんてことのないように流すことも、できない。
 御剣君のように、茜さんの姿を否定することも……できない。

 だって、目をつぶれば会えるなんて嘘だ。
 こうして目をふせても、どこにもいない。見えない。
 かげろうみたいに、面影があるだけ。

 私は、あの男に腹が立って。だって、資料を渡したと認めた。白川茜が一番弱っていたであろうその時に、見せてはならぬものを見せたと。…そんな、むごいことを。
 だからあんな誘い、蹴らなきゃ、やってられなくて。
 夢みたいなきれいごとを、嘘みたいな笑顔で固めただけ。
 そんなもの……ゆりさんに届かないのは、道理だ。
『せめて。思い出の中には、いるんですよ』
 あれは私の意見じゃない。ただの受け売り。遠い昔、飼っていた犬が死んでしまった時。姉がいった、きれいごと。
 だって、私は。
 私は、私だって。

 どんな手段を使っても。
 人じゃないモノにすがっても。
 禁じられた知識に、触れたとしても。

 姉に会いたいと、思った。
 違う、思っただけじゃない。私は会った。
 望んだわけではなくて、ただの偶然によって。私は、神サマの技術によって姉に再会した。
 取り戻せるかと…一瞬だけ、思った。

 でもダメだった。私は躊躇った。
 命は蘇らない。それを曲げれば。人ならざる知識を、そこまで頼ってしまえば。
 代償があると思った。
 自分を損なうと思ったから―――私は。再会できた姉まで見捨てた。
 代償なんて。実際はなかったのかもしれない。それとも、あの墓守のような形でふりかかったのかもしれない。
 …そんなこと、今更。考えてもしかたないけど。
 私は自分の選択を正しいと思ってる。今も思ってる。でも。それでも。
「…うらやましい」
 一度は彼女を蘇らせた、恭介さんが。
 姉にあえる可能性を探り続ける、ゆりさんが。
「……羨ましいの」
 あの時は決して言えなかった。いうべきではなかった言葉がこぼれる。
 …あの村で見た動く屍が。あの親子ではなく。姉だったなら。
 私は、あの実験を止めれた自信はない。
 ああ。違う。そうじゃない。
 きっと、結局止めるだろう、私は。
 自分の正気を守りたくてそうする。
 そういう道を、あの村にいくずっと前に、選んでる。
 ああ。本当に。
 なんであんなことがおこるのだろう。
 なんであんな形でひとが死ななきゃいけないのだろう。
 ええ本当に、あの男の言う通り。私は見てきた。色々な死を、歪な生を。自分の正気に、自信がないくらいに。
 中途半端なこの私は……これから、どうしようか。
 彼のようになにかを捨てることも、あの子のようにあの手をとることもない私は。なにができるだろう。
 きっとなにもできない私は、どうすればいいのだろう。
 鏡の中の自分が、虚ろな瞳でこちらを見ている。
 死んでいった姉と同じ表情をのせた私が、そこにいる、
 ……このままでいれば。私は姉さんのように死ぬのだろうか。
「……それは嫌ね」
 私は姉のようにはなりたくない。斎藤恭介の様にも白川茜のようにも―――白川ゆりのようにも。
 ああ、そうだ。ならば私は。このまま否定し続けよう。
 不思議なことを、不可思議なことを。人知及ばぬ領域を否定して。
 そうしてあの子を否定しよう。
 だから、あの子の邪魔をしよう。
 いつかきっと探し出して、今度こそ完璧に邪魔をしないと。
 あの男とゆりさんの居場所など、知りはしないけれども。

 手洗い台に、ぽたぽたと水滴が垂れている。
 ようやく流れてきた涙を止めたくて、強く目をつぶる。

 瞼の裏に、死者の姿なんてない。
 死者はなにをしたって戻ってこない。
 そのどちらも―――私は知っているから。

 選び損ねた狂気の道に、私はずっと焦がれ続けて。
 決して選ばないその道を、生涯否定し続けよう。

 セッション中はただただゆりさんまで二の舞にしてたまるか!で最後のロールしてたし。
 二日目の夕方とか恭介さんの情報がとにかくほしい。でからんでいましたが。「本当に茜さんが生き返ってるなら恭介さんうらやましくて仕方なくてからんでた」という後付け設定。私が楽しいだけの後日談ssでした。うん。海山さん蘇生実験自体は実はちょっとぐらっときたかと思います。一度別シナリオでやりかけたしね。なにしろ阿部親子という部分的な成功例がいたしね。グラグラだったけど医者のプライドとこれまでのトラウマでとどまったというお話。

 ちょっとだけ考えさせてもらったその時「これもう戦闘はないだろうし他の探索者の足ひっぱらねぇな…誘いにのろうかな…」と思ったりしたんですが。
 しみじみと黒井の野郎の行いを振り返ったら腹立ったので。これ一人一人ってことはゆりさん誘うんでしょ?次のターゲットでしょ?よーしダメ元別に生き返らせなくても姉さんいるしロールしよ。と決めました。楽しかったです。
 2017/05/01

 

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