それは死に至る病

 おかしな夢を見た。おかしな夢から覚めた。目が覚めたその時、病院にいた。治療されていた。
 ―――どうやら私は、生死の境をさまよっていたらしい。
 ……どうでもいいことだ。今となっては。
 ぼんやりと空を見つめる。そこに死者が浮かぶような感傷はない。そもそも、二人とも。よく知りもしない人間だったし―――忘れてしまえばいいのかもしれない。
 でも。
 帰るためなら仕方ないと、身体を犠牲にした人がいた。
 本人が言うなら仕方ないと、それを助けた人がいた。
 ―――私は、なにもしなかった。
 なにもしないのに……生き残ったのは私だった。

 一時期は生死の境目をさまよった身体は、快方に向かっているという。
 職場復帰も夢ではあるまい。いいえ、違う。そうじゃない。
 戻らなきゃ。戻って、なにかしなきゃ。助けなきゃ。誰かを。今度こそ。なにかを。しなきゃ。だって。
 だって。生きているのだから。
 ぼんやりと、ぼんやりと。おぼろげだった記憶のモヤがとれる。
 悲し気に顔をゆがめた妹。その口から紡がれる要領の得ない言葉。ダダでもこねるような言葉の数々。
 ああ。でも、なんだっけ。…よく考えろ、だったかしら?

 あの子の忠告で、なにかが変わったのかは分からない。
 それに、どちらでもいいことだ。
 なにかが変わって―――恐らくは私の死が回避されて。あの子があんな顔しなくなるのなら、良いことだ。さっき会った時、随分悲しそうな顔をされた気も、するけれど。
 何も変わらず―――この後死が待ち受けていたとしても。良いことだ。もう、どうでもよいことだ。
 だってそうでしょう? だって、いかなきゃ。私も、なにか、しなきゃ。
 そうじゃなきゃ。そうでないと。
「報われない」
 生き残って、生き残ったのだから。何か意味あることをなさなければ。
 私も、あの夢をさまよった彼らも。誰も、彼もが。あまりに。
 それでも。どうあっても。なにも取り戻せやしないのだから。
「……ごめんなさい」
 ごめんなさい。皆で帰れる道があったかもしれないのに。
 ごめんなさい、ごめんなさい。見つけられなかった。なのに一人無事で、ごめんなさい。
 ……ごめんなさい。ミノリ。
 あなたがなにを言いたかったのか、やっぱりよくわからないし―――……私はもう。私のための道は見えない。

 海山姉一回目のセッション後。割とぬけがらの姿。
 妹の忠告を思い出すことはできたのだろうか。思いだしたところでもう色々と崖っぷちだったんだけどなこの人。
 そんな思いをこめて書いてみた。事故死とかならまだ止めようがあったけど状況が状況だからぽかーんとしてしまって申し訳なかったなあという思いもこめられている。

夢の後のお話

 一度目は、おかしな夢をみた。死ぬような目にあって、それでも生きて帰ってこれた。世の中おかしな出来事があると、その時はまだ夢にもできた。
 二度目は、おかしな生き物に会った。死んだと思ったけれど、不思議と生き返ってこれた。おかしな出来事は、現実まで侵していると知った。
 三度目は、おかしなものに会った。優しい生き物だった。それでも、その生き物すら。人とは相容れなかった。もう、現実ですら安心できる場所はないのだと覚悟した。
 四度目は、四度目は―――また夢の中で。おかしな生物がいなくとも、おかしななにががなくとも。人の心がおかしなものを生み出すのだと知ってしまった。

 怪異は現実をたやすく侵す。一度侵入を許せば―――現実など紙のよう。
 おかしな生き物は、おかしな出来事は。人に手を貸してくれることも、なくはなかった。
 それでもそれは、条件が合えばだ。
 怪異は人を助けはしない。代償と犠牲をなしには、決して。
 あの友人の妹をある意味では助けたあの夢さえ、あのままだったらあの子を飲み込んでいたのかもしれないし。
 飲み込んでいないにしても―――あの子は、現実ではいなくなってしまっていたのだろうし。あのままでは。
 そう。いなくなったのだろう。それこそ、姉のごとく。

 姉。私の姉。原因不明に生死の境をさまよい、原因不明の変死を迎えた姉。
 姉の死の理由を、ずっと知りたいと思っていた。
 知って、安心したかった。
 最後に会った姉は、原因不明の入院をした姉は、まるで別人のような顔をして。まるで……死でも覚悟しているような顔をして。
 だから死んでしまったのではないかと……そんな妄想を、打ち消したくて。

 ああ。そうだ。最初におかしなことに関わったあの時から。
 心のどこかで期待はしていた。
 こんなにもおかしなことがあるのなら―――そのくらい。知れてもいいのに、と。
 けれど。
「…知ったらなお分からないってどういうことよ」
 ゆらゆらとネックレスを揺らす。オレンジ色の石のついたペンダント。…みかんかなにかの飴玉みたい。
 あの出来事の証は、これだけだ。夢のような、ある意味では夢がかなったあの日の記憶は、これだけ。
 ほんの少し荒れた部屋。うなされうめく姉。かきむしられる首。弱くなっていく脈。消えていく、息。
 姉はただ眠っているだけだったのに。ただ眠っているわけではないと示すように苦しんで、もがいて、死んでいった。
 ならばあれは、夢ではなかったのだろう。ただの夢ではなかったのだろう。
 姉は―――おかしななにかに殺されたのだろう。きっと。
「…知ったから、なんだっていうのよ」
 知りたいと思っていた。知れば、なにもできなかったというこの後悔が軽くなると。
 でも、私は。なにかできるときに、なにもしなかった。
 人知の及ばぬなにかで、人の運命を曲げるのに怯えた。
 姉が死んでしまうのは嫌だった。けれどあの時、変えてしまえば。きっとなにか、代償を求められると思った。うまい話など、ないと思った。
 ……世の中には、不思議なことが、あるのだから。
 一度くらいいいいことがあっても……姉を返してくれても、いいじゃないと。そう思ったことも、否定はしないけれど。
 けれどそれも今更だ。もうそのチャンスはないし、結局姉に告げられたのは、しょうもない憎まれ口ばかり。
 そのことがやっぱり苦しくて……でも、それでいいのだろうとも思う。
 私は人間だし、これからも人間でいたいから。
 おかしな道具にも、現象にも、頼ってたまるものか。
 姉を奪ったものに、頼ってたまるか。
 だから。
 だから、起こせばよかったなどと言わない。悩まない。
 ただ、痛むだけ。
 もうどこにも姉がいない事実が、途方もなく痛むだけ。
 だから。変らないわ。こんなペンダントがあっても、なくても。おんなじで。だから―――
「…これは綺麗だから大事にするだけよ」
 オレンジ色の欠片を握りしめる。固くて冷たい感触が、脈の失せていくあの時を思い起こさせた。

 ということで実は悲願を達成していた妹のお話。でも姉をノータイムで助けるには彼女神話生物に怖い目にあわされすぎているんだよな。「代償なしに奇跡はおきない。より悪い方になりそう」と思ってしまっていた。PL的にもロープレ的にも。それでも少しの間在りし日の姉にあえてすごくうれしくもあったんじゃないだろうか。シスコンだし(ツンデレ気味)SAN値、回復してるし。

 

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