初夜の最中泣きながら笑う人だと思う

 夢を見た。

 ひどく都合のいい夢で、たぶん私の夢だ。
 こうであればよかったのにという、夢。

 夏のある日、ニュースを見る。
 それにはあの一件の顛末が報道されていて。
 でも、件の社長は死んでいない。
 殴られて気絶してそれだけで、誰かに告発される。そうして、日下部さんの恋人の真実が明らかになる、そんなニュースを。

 都合のいい夢の中。私はその告発したのが、日下部さんだということを知っている。
 その協力を、鎌束さんがしていて。
 その時もめて、クビにもなって。だから華さんが心労で体調を崩して。そんな風に、誰も死なないで、人を殺さないで終わる夢だ。
 …その夢の中で、私は彼らの顔も名前も知らない。
 ただ「友人が体調を崩しているから見舞いに行く」という話を一葉さんから聞くだけで。

 都合のいい夢だった。
 誰一人死なずにすむ、嘘みたいに甘い夢。嘘だから甘い夢。

 都合のいい夢の中、ただ少しだけ、私は聞くのだ。
「華さんが体調を崩したけど、たまたま同行していた医者のおかげで大事には至らなかった」という話を。
 そうか。一葉さんの友達が大事なかったなら、それはなによりだ。

 それを聞いて、そうとだけ思う。そうして、期限がほんの少し切れてしまった本を返しに行く。
 本を返しに行って――…その日、誰とも出会わないで帰っていく。
 そんな夢だ。

 それは、彼とすれ違わない夢だった。
 けれどきっと彼が生きている夢だった。

 ……とても、とても。
 馬鹿みたいに都合のいい、夢だった。

 すぐに夢だとわかってしまう、夢だった。


 幸福な夢を見ていたような気がする。
 けれど、瞬き一つのうちに忘れた。

 目をあけると、薄暗かった。
 至近距離にあるなにかがよく見えない。
 それもそうか。たぶん電気がついてないし、障子を締め切っているからだ。それに、山の中だからかも。
 ああ、でも障子はやっぱり明るいな。いつも遮光カーテンだから、とても明るい気が………
 …………。
 …なんで障子のある場所にいるんだっけ。
 いや、違う。旅先に抱き枕があるわけがない。家にもないのに。
 第一、抱き枕に体温はない。

 抱き枕ではないことをすぐに思い出したけれど、そのまま顔をあげないでおこう。
 …もうしばらく、顔を見るのを照れるくらいなら、許されると思う。困らせるのは本意じゃないけど。そのくらい一緒に困ってほしい。

 ああ、幸せだなと思った。
 同じ気持ちでいてくれればいいなと思った。

顔面にビーチバレーたたきこむからはじまった人達がいちゃいちゃするからぴんぐらむのR18力はすごかった。

初雪の度に泣きたくなってる

 たまに。
 なんて茶番劇だろうと、泣きたくなる日がある。

 じゅうじゅうと、鉄板の上で焼ける肉を見ている。
 肉、正確にいえばハンバーグ。
 ひきにくと玉ねぎと卵、あとはいくつか香辛料と、卵のはいった一品。

「お野菜も食べないと体に悪いよ」
「食べてるよ?」
「確かに量でいったら私より食べてるけど…。…なんだか、屁理屈いわれた気がするね」
「え、ごめん」
「謝ることじゃないと思うな」

 笑って告げると、彼は笑う。
 付け合わせのブロッコリーをかんで、何度もよく噛んで。
 困ったように笑う。

 ……なんて茶番劇だろう。


 タンパク質もビタミンも、おおよそすべての栄養素は彼の体調に関係ない。
 この食事は彼の命の糧にはならない。

 目の前で食事をほうばる彼の身体を作るのは、血だ。
 人の血液だ。

 …ああ、なんて茶番だろう。
 そう告げたら、シュミとか心の栄養とか言ってくれるような気もするけれど。

 でも、それでも。
 たまに、本当にたまに。
 ごめんねと泣きたくなる時がある。


 それは、彼を生き返らせたことではなく。
 いまさら、そんなことではなく………

***

 性行為の俗語に「食べる」とか「食う」とかがあるのを、ふと思い出す。
 主たる使い方は男性が女性を「食う」な気もする。

 …やってることの形状的には、逆な気もする。
 こう、咥えてるのはこちらだよなあ、というか。口じゃないけど。

 第一、興梠君にはなんだかそういうのが似合わない。
 自分には似合うのかと聞かれると……それを誰かに言われたら、さすがに落ち込むだろうなと思った。

 やけに冷たい手が腰に触れる。
 自然と軽く肩がはねた

「だいじょうぶ?」
「うん、平気」
「そっか」

 覆いかぶさられて、声が降ってくる。その声は、やっぱり優しい。
 彼の手が冷たいというよりは、自分が熱いだけだけなのだから。気にしなくてもいいのだけど。
 自分は痛そうだったり辛そうだったりしてるのだろうか、こういうとき。
 ………多少は安心、するんだけどな。

 普段は少し冷たい体が、暖かい。
 近づけば呼吸の音が聞こえる。抱きつけば心臓の音も聞こえる。
 本当に、ホッとする。

 …そういえば、抱くとかともいうなぁ。
 抱かれている気はする。
 ものすごく優しくされている気もする。

 ぼんやりとにじんだ、わずかに上下する視界で、いつもいつでも優しい人を見る。
 暗いからよく見えない。
 今は俯いでいるので、髪で影ができて余計にみえない。

 ああ、でも、あちらからはよく見えるらしい。

 太陽は、対策をとればさほど痛くない。
 食物は、形だけなら今までと変わらずに食べられる。
 腕力が増した。動きが早くなった。頑丈になった……あとは、暗くてもよく見えるのだと。
 前に聞いた。

「…興梠君」
「うん」

 もう、体は人より丈夫で。
 その命をつなぐのは血液で。
 何事もなければ、永遠に生きれる。

「…手」
「手?」
「手、つないで…ほしい」

 片方、手を伸ばしてみた。
 彼も片手でつないでくれた。

 そのまま、ぎゅうと力いっぱい握ってみる。短いとはいえ、爪が当たってしまっている気がする。…けれど、その肌に傷はつかない。
 傷はつくけど、すぐ治る。
 それでも、多少は痛いんじゃないかと思うんだけど、彼は特に何も言わなかった。
 何も言わないし、同じ力が帰ってくることもない。
 基本的になにをするにしても優しい。
 そういうやさしさが、本当に大好きで。
 …ほんの少しだけさみしい。

 さみしいというより、やましい。
 やましい欲を―――嫉妬を抱いている。

 ぐ、とつないだ手に力がこもる。

「倫花さん、痛い…?」
「ちがっ…大丈夫」
「…でも、少し泣いてるよね?」
「…な、泣いては、なくて…、……きもち、いい…から」

 顔をそらしたので、彼がどんな表情をしていたのかは知らない。
 けれど、とりあえず納得してくれたようなので、安心した。

 これでも色々と恥ずかしい。
 もう本当に、色々恥ずかしいし、自分の考えも恥ずかしい。 

 だって、たまに。
 たまに、彼の身体を作るのが、人の血肉なのが嫌だ。
 気味が悪いとか、そんなんじゃなくて。嫌で、嫌で……うらやましい。

 うらやましくて、だから。
 だから、ごめんねと泣きたくなる。

 あなたの全部なんていらない。
 私だけを見ているあなたなど、きっとちっとも好きじゃない。
 永遠に一緒にいたいとも思っていない。
 そんなものを手に入れても、寂しくなってしまう。

 だから、絶対に、そんなことはさせられないのに。

 それでも、うらやましくて仕方なくなる時がある。
 全部あげたいのはこちらなのだと、駄々をこねたくなる。

 つないでいない方の手で、目元を覆う。
 さらに目を閉じてしまえば、何も見えない。 

 せわしい息の音だけで、この上なく近い距離だけで、もう十分だ。
 本当に、十分で。幸せだけど………。

 腰を支える手が、先ほどより少し熱いし、少し強い。
 …少し痛い。
 そのことに満たされるのが、やっぱり後ろめたい。
 後ろめたくて、ダメなことだけれども―――……

 このまま、食べられてしまいたい。

しんどい思いさせたくないから言わないけど輸血パックがうらやましいみっちーの話。 輸血パック提供するだけなら問題はないのだろうけどその過程どう考えてもバレてしょんぼりされそうだからね。しかたないね。

初体験IFの諸々終わって就寝後設定。でもあんまりだからIFのIFにしておこうね。

*雪の降る夜ネタバレ要素をうっすらと含みます。


「……倫花さん?」
「…あ、ごめん、おこした? …というか、寝てなかった?」
「うん、寝てはないけど気にしないで。それより、倫花さん」
「…え、どうかした?」
「さっき、どこかケガした?」
「……え?」
「いや、だって。痛いって言ってたし…。なんか、血のにおいが…」
 する、と言いかけて、興梠は気づく。
 目の前の女から血のにおいがする。それは間違いない。
 ついでに、顔色もあまりよくない。
 ただえさえ気弱げな目元が、さらにぼんやりとかすんでいる気がする。
 そして。
 どこから血のにおいがするか、正確に気づく。
 同時に、倫花本人も気づく。血のにおい。ケガなどしていないのに血のにおい。そう、そのせいで今まさに違和感があって起きたのだから、確かに血は流れてる。月に一度、規則正しく流れている。
「……。……ごめん。気のせいだった」
 照明を落としてもよく見える視界でなんともいえない顔の倫花を見ながら、彼は小さく咳ばらいをした。
「…うん。………心配してくれたんだし、いいよ。別に」
「……体冷えると悪いでしょ? えっと、…どうぞ」
「…うん」
 気まずげに顔をそらしての言葉に、彼女は小さく笑う。
 そこまで気まずそうに、それでも医者として体を気遣うのはもうここまでくるとなにがそうさせるのだろうとも、思う。
 本当に、間が悪い。なにもこんな日にこなくとも。
 それでも、まあ、長くいれば。この先長く、一緒にいれるなら。
 たぶん、こんな日もあるだろう、と。

 先日のセッションで興梠君が女心的に残念なところもあったからさ…こう、興梠君はうっかりするとクソ真面目に「どっかケガした?」って言っちゃいそうだなあと思って。生理の時に。
 心配してくれてるものをデリカシーないと怒れないけど反応にも困るなあ、と思うんじゃないかな、って。
 初体験IFはこれにて一区切りです。ひどい区切りだな。  2019/02/02
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