ごほ、とむせる声が鈍く響く。
その音の主は、うつむいて口の端をぬぐう。顔を上げる勇気はないために。
「…大丈夫? こんなことしないほうが」
「したくてしてるからいいの」
「…えっと、なんでそんな……何に挑んでるの…?」
食い気味の否定に興梠は眉を下げる。
気遣いと困惑と羞恥が等分に交じったような声に、ベッドに座り込んだ倫花はわずかに顔を上げる。
「………ダメ?」
「ダメじゃないけど。…つらそうなの見るのは嫌だな」
顔をあげさせようとする手をイヤイヤするように振り切って、男性器に添えた指に力を入れる。
手を握るよりも弱い力、撫でるような力でも、持ち主は多少うめいた。
―――でも、まだキレイ。
浮かんだ言葉を口にする代わりに彼女は再度口を開く。
一思いに咥えた方が恥ずかしくないと思った。その結果が先ほどのアレ。怖気づかなかったが苦しい。世の中勢いだけでは乗り切れない問題がある。呼吸とか。嗅覚とか。
だから先端だけに吸いついて、外気に触れたままの部分に触れる。
昔あれやこれやと指示された覚えがあるが、さすがに忘れた。覚えた理由が覚えた理由なので思い出すのもいたたまれない。
ただ予習はした。主にネットで。どこがいいのかとか、まずいのかとか。特に痛い思いをさせない方面に。
なぜそこまでするかと聞かれれば―――……彼がとてもキレイだからだ。
最中の自分の顔などわからない。けれど確実にキレイなものではない。おかしなことを口走っている覚えがあるし色々とぐちゃぐちゃでみっともない。
けれど相手はキレイ。キレイというかやさしい。基本的に。やさしくないことされているときもごくごくたまにある気がするけど大概意識がもうろうとして覚えてない。
もっと余裕がなくなればいいのに。…余裕がない顔も可愛らしいので、いたたまれない。
要は泣かせたい。
ということで、予習を重ねて引かれるのも覚悟で切り出した。口でしてもいいかと。
その時の顔だけでも満足してもいい程度には驚く顔が見れた。
見れたけれど……それでもやっぱり彼女の負担ばかり気にする顔はキレイだったので、彼女は引くに引けなかった。
第一、口にした言葉は消せない。絶対多少は引かれた。なら最後まで突き進んだ方がダメージは少ない気がする。
―――基本的に生真面目な彼女は、一人あれこれ考えると斜め20度くらいズレたところに着地するクセがあった。
顔をそらして肩で息をする彼にも似た傾向があったので、お互いイマイチ気づかずに「あれー?」と思いながら、今日にいたるのだった。
***
ちゅうちゅうと音が出るように吸い付いて、目線だけ上げて様子を伺う。顔をそらしているので、表情がうかがえなかった。
『痛かったら言ってね。絶対言って。やめるから』始める前に約束したことなので黙っているということは大丈夫なのだろう。
添えるだけだった手をやわやわと上下に動かして、あふれてくるものを飲み込む。
考えてみれば直で舐めなくてもよかった気がする。このおかしな味が舌に触れない便利なものがあったはずだ。
ああ、でも。直で挿れるわけには…子供をができることをするわけにはいかない。万が一の確率でも、今生まれても育てられない。だから、触れ合いたければこちらの方が『近い』のか。
ほの暗い多幸感と充実感を覚えながら、一度口を離す。どう頑張っても苦しいものは苦しい。
同時に、彼女の頭の上でホッとしたような吐息が漏れた。
「…興梠君」
「うん」
「……えっと…気持ちいい?」
「…それは、うん」
それはの後に何か続けたそうだな、と倫花は思った。
思ったけれども訊かなかった。
羞恥との戦いの末、まじまじと見た顔がやっぱり可愛らしく見えたためだ。
あどけない気すらする。…ずるい。みっともないほど好きなのが自分だけのようで。
今度は特に何も言わずに舐め上げた。
浮かんだ言葉がすべて言いがかりだと思ったし、我に返るのはあまりに恥ずかしい。
上から下へ、とろとろと漏れるものをたどり、ぬぐうようにぐるりと一周する。
体ごと大きくはねた時に触れた部分には固くした舌を這わせた。
少し苦しげな声に、上にある顔を伺う。
白い頬はほんのりと赤く、閉じた目元もやはり赤い。
ひどいことをされているような顔だ、と。
思った瞬間、目が合った。
その瞬間にぶわりと赤さを増す頬は求めたものとは少し違う。違うのだけれども……
「かわいい」
「いや、あの。倫花さん?」
「…興梠君、すごく、かわいい、…好き。大好き」
言い切って、ぎゅっと目を閉じる。
そのまま口を開いて、半分ほど飲み込む。
口をすぼめて吸い付いて、やっぱりこれもむごい顔だろうなと思う。
別に惜しむほどの顔ではないけれど、好いた相手の前でくらい可愛らしい顔でいたいのに。世の中本当に、ままならない。
「…っ、倫花さん」
「んん?」
「ごめん」
どちらかといえば今謝らなきゃいけないのって私じゃないの?
あまりにつらそうな声に、顔を上げたつもりだった。
やっぱり痛かったり嫌だったり引いたりする?
尋ねるはずが、顔が上がらない。
上から力がかかり、より飲み込むことになる。
くぐもった声が出たのは2度目。
ただし今度は咳き込まない。
咳き込む声も喉の奥につぶれて、口の中が苦い。苦しさに、わずかに酸いものもこみ上げる。
押し出すために動かした舌にも苦いものしか触れない。息がうまくできない。
体を支えるべき腕にうまく力が入らない。全身がしびれたように動かない。
抑える…押し付けるような動きが苦くて、苦しい。
けれど聞こえる吐息は耳に甘く、閉じれない口元がわずかに笑んだ。
***
「……大丈夫?」
「うん……」
「あの、ごめん。…殴る?」
「前も思ったけど…私、興梠君のこと殴ったこと、ないじゃない…」
「いやでも、…怒った時には殴ってもいいんじゃないかな…?」
気まずげに問いかける顔は珍しく笑っていない。
本当に困っているのだろう。
―――やっぱりうまくかみ合わない。
もっと困ったり焦ったりしてほしいとは思っていたし、今も思う。
けれど、こういうことで困ってほしいわけではないのだれど。
なんだかいつも、ちょっぴり違うのだけど。
他人だから仕方ないことだ、きっと。
ただ。
「謝られると、悪いことした気分になるし。…好きでしたことだから、いい」
ただ、この好きが別のところにかかってるとか思われたらその時は蹴ろう。殴らずに蹴ろう。
思い、差し出された水を飲み込む。
乾ききった喉に、場違いにさわやかだった。
気力があれば加執修正するけどたぶんしばらくこのままここになげっぱでさまよう。
興梠君がまた攻めっぽいことするためには命の危機に瀕して遺伝子遺す気持ちにならなきゃいけないということはやっぱり「いつも私からじゃない…」と変に思い詰めた人に変なことされる未来が回避されていない気がします。
羊と…なんなんだ彼女。羊飼いというには飼いならす気がなさすぎる。
旅行に誘われた時、一瞬期待した。緊張を多分に含んだ期待で、言葉がつまった。
けれど次の瞬間、ないなと思った。
だって、10年会わなかった同級生を旅行に誘ってくる人だし。
海原君誘えばいいかとついていった私もたいがいだけど。
なにより、付き合ってに返ってくる言葉は「Like?」だし。
…夜絶対送ってくれるし。
……少しもたれかかったら大変優しくホットタオル作ってくれたし。
うん、本当に仕事による眼精疲労なら最善の処置だった。普通にうれしかった。
まあ、ともかく。気にしすぎだなと思った。
そうして落ち着いてからは、なんならあの子も誘おうかと思った。旅行とか電車とか、縁がある人生には思えなかったから。
それをしなかったのは、独占欲だけれども。
別にアレコレ進展なんてなくていいから、興梠君の次の日の患者さんとかも気にしないで二人きりで一緒にいたいなあ、という独占欲だけれども。
………………。
…うん、本当。
付き合ってる男女が二人きりで一室でなにもないわけがない…とか、特に思わなかった。
思考停止といわれようが、本気で。…本気で、傍にいられれば十分だ。
何なら今も思ってる。
「見て、興梠君、あそこのお花キレイ」
「うん、三回目だね」
知ってる。
知ってるけど、やっぱり頭の打ちどころが悪かったのではないかとも思ってる。
そろそろそう思って交わすのも限界だろうと、さすがに思い直したけど。
***
熱くなくなった場所をなぞられる度に大袈裟に肩がはねる。
開いた口から漏れる声がだらしない。
ひこうとした腰は動かない。ああ、片手で敵わないのか。抜け出せないのかと、改めて驚く。
驚くし、気持ちがいい。心臓は痛いけど。
体中に走ったもどかしい感覚が遠くなる。体から力が抜けて、苦しかった息が楽になる。楽になったと思ったら、指が入ってきた。
え、なんで。
何でと聞く前にそのまま滑る。そのまま内側を叩かれた。
肩どころか全身はねた気がする、
「あ…い、ま、…まって」
「え、うん」
訴えれば動きが止まって、楽になる。
楽にはなって……気づく。
「……指、なんで、…抜かないの?」
「抜いたほうがいい? …でも、濡れてないと痛いんだよね?」
「ぬ…、それは………うん」
その顔でそういうこと言われると恥ずかしいのでやめてほしい。…という前に、ものすごく気づかわし気な顔をされた。
見ているこっちが心配になるほど心配そうだった。
「じゃあ、わからないから慎重にしないと危ないよね」
「……うん?」
「どんな体勢だと負担になるかとか、どのくらいの大きさが入りそうとか見てもはわかるけど……どのくらいで痛くないのかは分からないし……安全のためもう少しかな。って」
なんて真剣な目をしているんだ。やましいことをしているとは思えない。
むしろ産婦人科かな。
産婦人科なのかな。
いや、安全に気を遣ってくれるのは、すごくうれしいんだけど。
「…やっぱり教えてもらわないとわからないし」
腰にあった手が、いつのまにか頬に触れてる。そうして少しだけかがまれると、うまく顔が見れない。
あんまりに至近距離だから、うまく焦点が結べない。ぼやける。暗いし、涙が邪魔だし。拍車がかかる。
「ここからどうしてほしい?」
ただ、ここは産婦人科ではなかったな、ということを思い出すことはできた。
ということがありそうだと思うしなさそうだと思うしアレだよなと思う。
SMですかいやMはMだけどなんだろうこれ。Sではないよね。ただただ本気で献身的で真面目な人だよね。
とりあえずこれで忘備録兼ネタは全部書いた気がします。
そしてみっちー、あのセッションで一回も怒っていないことに気づき「あの二人怒るツボとか照れるツボの設定どころ双方おかしい」と思いました。
遠慮がちな手つきが、死ぬほど恥ずかしい。
長い指がくすぐったい。
うん、くすぐったい。
笑う気にはなれないけど。
なんかこう、しみじみと恥ずかしい。
一人恥ずかしがっているのもなんなので、気をそらしてみた。
少し冷たい手の下にあるものを考えてみた。
お腹だから消化器官各種だろうとしかわからないのですぐに詰まった。医学の知識は乏しい。
…医学の知識が豊富だと、触って楽しいのだろうか。
割れてもいないのだけど。
いやまあ、楽しいかもしれない。
楽しいというか安心するし、うん。そういう気持ちになるし、私は。彼に触っていると。
そういう気持ちでいてくれるなら嬉しい気もする。
うん、うん。
………うん。
………うん。気をそらそうとしてもどこにもそれないし、死ぬほど恥ずかしいがすべてだなぁ。
なぜこんなことになったんだっけ。
思い起こすまでもなく、自分のせいだった。
***
ボタンを開けて、少し迷って袖を抜いた。
なんだか期待しているようでアレだが。かといて中途半端にためらうというのもそれはそれで間抜けな気もする。間抜けというか、触診かな。というか。
というか、吐いた言葉は飲み込めない。「好きなところどうぞ」と言った。
言ってしまったことは責任をとるべきである。なるべくは。
そのまま勢いで下着に手をかけて、止めた。恥ずかしい。
軽く顔を上げて、言うべき言葉を探す。
何度も何度も考えて、飲んで、特に気の利いた言葉は浮かばなかった。
「…………どうぞ」
顔を見ることはできなかった。
なんでこれ書いたのか覚えてないけど多分疲れてた。名誉棄損で申し訳ないと思ったけど元ネタツイートはあった。それだけはキチンと覚えてるよ!
床に置いてあったカバンにつまずいた。
転ぶほどではないけれど、カバンは倒れた。
倒れたし、なんかSMグッズ出てきた。
………。…………黙ってもとに戻したほうがいい気がする。
そう思ったのは一瞬の出来事だ、きっと。けれど、ころびそうな音がしたからだろう。心配そうな顔をした顔をした興梠君が顔を出すのも一瞬だった。なにしろ家は狭いから。
ものすごく気まずい沈黙が訪れた。
もうものすごく気まずくて、必死に言葉を探す。探したところでないものはない。
それはあちらも似たようなものだったのだろうけれど、とても深刻そうな声が響いた。
「…喜んでほしいと思って」
「…えっと」
誰が、なにを。とぼけるのは苦しいし、ちょっとあんまりだろう。だって本当気を遣ってくれたんだろうし。
けれど、どこから説明すればいいのかわからない。
なんというか……こう……体がそういう行為を好んでいるのは確かではあるけれど、別にそういう趣味に付き合ってほしいとは思っていないというか。
そばにいてくれるだけでいい…とまでは悟れないけれど。…付き合っているからといって、望んでないことを押し付けるのはセクハラだろう。
…そもそも、隠したかったし。できれば墓場まで。……そんなにわかりやすいリアクションを、……したのだろう。今更考えても無駄だ。そのあたりは。
「…ダメだった?」
第一、このあたりがかみ合わない。
……仕方ないか、最初からかみ合ってないだから。
興梠君の全部などいらない。未来もいらない。それは彼のものだ。ただ、幸せになってほしかった。…それだけではいられなかったけれど。
私はこの人にこそ楽しくすごしてほしい。喜んでほしい。だから無理なんてしてほしくないし、こんなことで気を使わなくていいのに。
無理なんて、してほしくないのだけれども。
…………。
……無理なんてしてほしくないんだけどな。本当に。
ただ。モノがコレだけど。ずれてるけど。「喜んでほしい」と用意されるとうれしいと思うところが、自分はとてもダメなのだろうなあと思った。
カーペットの上に座って、首の後ろのあたりでカチャカチャと音がする。
ほどなく音が止んで、首の周りに冷たい感覚がする。自分では見えにくいけれど首輪だろう。たぶん。
ついで、カサカサと紙を開くような音がして、包装をはがすような音がする。
沈黙がとても気まずい。ものすごく気まずい。後ろを見て目が合うのもそれはそれで気まずい。
「…口開いてくれる?」
「え?」
「開く、というか…噛んでもらえばいいのか」
なにを?と聞くために開いた唇の間に指がはさまる。…興梠君をかむのは嫌だ。
そう伝える前に、なんだか固いものがあてがわれる。かちゃかちゃと音がして、たぶん口の後ろで固定されているのだろうとわかる。
…名前は忘れたけど、あったなぁ。こういうの。
そっかー、あの中身これだったんだー。よくみなかったなあ首輪のインパクト強すぎて。
……ではなく。
「苦しくない?」
後ろから移動して、まっすぐに目を見て訪ねてくる人にこういうことはとても似合わないなぁと思った。
苦しいか苦しくないかで聞かれたら苦しいのだけど。そのためのものだし。
というか、この状況でものを聞かれても。答えにくい、いろんな意味で。
悩んでいる間に、手をとられる。
「そっか。首輪より手錠だったよね。
…両手使えたら、普通とりたがるよね」
…別に、あれこれされなくても。
手が触れるだけでも、十分喋りづらいんだけどな。心臓の動機的な意味で。
「でも買ってこなかったし…かといって適当なもので縛ると傷になるからやめたほうがいいと思うんだよね」
…ついでに。
なまじ優しくされるほうが、場合によってはものすごく恥ずかしいということを説明するのは…それこそ恥ずかしいので、どうにも悩むことだ。
ぼんやりとしていると、口元の圧迫感が消える。
ベタベタと冷たいあごをタオルでふかれている感覚で、はっとした。
はっとしたというか、目があった。いや、もともと目はあってたけど。
「ど、どうだったかな……?」
「…えーと」
どう…答えるのがお互いにとって一番良いのだろうか。
嫌だった…は、今度このよくわからない空気感を回避できるわけだけど。…嫌なことは、されて、ないし。痛がらせたとか思わせたくないし。
恥ずかしかった。ああ、うん。正確だ。でも何も変わらない。というか余計ややこしいことになる気がする。
というよりは。
「…私、別に、…興梠君に無理してまで、こう、こういう……SM的なことをしてほしいわけでは、ないよ? なんというか…無理させるのは嫌だし」
素直な気持ちを伝えてみた。
え、でも、と首をかしげられた。
「倫花さん、嫌がってない……よね? あれ?」
「興梠君…………」
なんとも言葉にしづらかったので、思い切り頬を伸ばしてみた。
え、どっちとでも言いたげな目が、やっぱりなんというか、こう……。…どうしようね、本当に。
なんか続きそうですがこの後はなんか思い浮かばないのでここで終わるんだ。
くそ真面目とくそ真面目が合わさると深刻にツッコミが足りない。
あと、違うそうじゃないの一言で解決するけど「どう違うのか」説明しなきゃいけなくなるシステムだなあ、って。
待ち合わせ場所に向かうときのこと。なんだかよくわからないけど、体が熱かった。
熱かと思いすぐに帰った。約束していた興梠君には悪いが、体調が悪いのに無理に外出するなんて馬鹿らしい。隠してもバレそうだし。相手は医者だ。
そうして帰って、熱を測ってみた。…以外にも、平熱だった。
でも、ひきはじめなのだろうと寝てみた。
けれど、あまり眠たくない。
…眠たくないというか、こう。
布団とパジャマがこすれた場所が、ムズムズする。
……なんだろう、これ。
なんとなく、ムズムズする場所に触ってみた。しいて言えばかゆい気がしたのでかいてみた。
ものすごく気持ちがよかった。
「……ん?」
気持ちがいい、と認識して。なにがどうムズムズしているのか気づく。
気づいて、余計にわからない。なんで。今。こんなことに。
それはまあ、たまにそういう気持ちにはなるけど、それでもこう…え、なんでここまで見境なく気持ちがいいのか。肩だよ?触ったの。というか。
「…っ」
確認のために、もう一度触れてみる。やっぱり妙に気持ちいい。おかしい。
………え、なにこれ。
………………布団相手に欲情するほどアレではないと思うんだけど。なに、これ。
ものすごく嫌な予感と言うか、感触を感じつつで、下着に触れてみた。
なんというか、お察しだった。
…どうしてこんなことに。
気になって、触れて、確かめて。それがいけなかった。
触ると死ぬほど気持ちいい。
いや、間違ってもそんなことで死にはしないけれど、気持ちいい。
パジャマがこすれた個所も、指で探っている場所も気持ちいい。
シーツをかんだ口の中すら気持ちがいい。布がこすれて気持ちがいい。
声を外に出したくなくてすむ代わりに、唾液でベトベトなのは落ち込むけど。。
「……ふ…ぅ……」
気持ちがいい、気持ちがいいのだけれど気持ち悪い。
なんの理由もなくこうなっているのが気持ち悪い。変な病気だろうか。そんな病気あっただろうか。
というか、なんで収まらないのだろう。
…欲求不満すぎて?
……いやいや、さすがにそれはない。その理屈でいえばここ数年の間におんなじことがあるはずだ。なんで今いきなりという話だ。
………欲求の対象になる相手がいるから?
それはさすがにやましさで死ぬ。悪いことしてないけどなんかやましい。やましさでも気持ちよさでも人は死なないけど。というか、触ってほしいけど別にいきなりそこまで触ってほしくない。そんなことより手とかつなぎたい。
ぐちゃぐちゃと考えがまとまらない。似たような音が、耳をふさぎたい音も内側から聞こえる。
…………寝よう。
寝ればよくなるハズだ。体調不良は何事も。
指は抜けない。離れない。気持ちが良くて気持ちが悪い。けれど、無理やりに目をつぶって、息を吐く。
息を吐くと同時に、スマホの着信音が聞こえた。
この後思いつかないのでここきる。よく考えたら押し倒すより絶対自分で処理するよな、って思って。 目次
恋人が雨に濡れて自宅を尋ねてきたら、どうするだろう。
興梠十三の場合は、タオルを差し出す。
なぜか受け取ってもらえなかったので、ひとまず玄関にバスタオルをひいて座らせて、拭く。
常日頃からカロリーが足りていなそうな体は、ひんやりと冷えて――は、いなかった。
触れた個所はじんわりと熱く、雨を拭ってもわずかに濡れたまま。…汗ばんだままだ。
「倫花さん?」
明らかに様子がおかしく、うつむいたままの女に問いかける。
ガタガタと震える身体に、一言も発さない態度。あきらかにおかしい。見ていると胸が冷える。なにがあったのか、と。
ケガの気配はない。病の気配もない。
けれど、心配になる。
だから彼は彼女の頬を挟んで、顔を上げさせる。目線を合わせる。
泣いていた。
「…こうろぎくん」
ボロボロと、ボロボロと。
雨ではないもので頬を濡らして、常より血色のいい唇が動く。
化粧は雨と涙で流れて、いつもより少し目尻の印象が弱い。
けれど頬がいつもより赤い。
「興梠くん、あの……」
いつもより赤い頬で、目を潤ませ。
ぴたりと体を寄せてくる女に、彼は困惑する。
「あの、……つきあって?」
そのまま体重をかけられて、馬乗りになられて。
「いやもう付き合ってるよね」と告げることはさすがにできず。
彼はひたすら………困惑していた。
色々あったが攻めが媚薬盛られて帰ってきたみたいなタグ見てさあ。
ふっと浮かんでしっくりきた構図がこれだったんですが彼女はいったいどこに行くの? というか攻めなの? 攻めかもしれない。
まずこの後ベッド行ける?
いや、薬だからなあ。医学的に適切な処理してくれそうだよな興梠君。まで思いました。はは。
目次
「いれるよ?」
―――この人はよく、そういってからはじめる。
別に感慨はないけれど、今日はちょっと勘弁してほしい。
これだけ明るければ、言われなくても分かる。明かりがなくても、自分が期待しているのも分かる。なにしろ自分の体なので、分かる。
胸にうずまく様々な思いは、結局彼女の声にはならない。羞恥心で胸が苦しく、散々乱された息も苦しいためだ。
女が黙る間にも、男は痩せた膝を抱える。僅かに持ち上げ、見せつけるように押し入れば、か細い声がもれた。
浅く、ゆっくりと出し入れを繰り返せばさらに嬌声が上がる。吐息のように、時に拒絶を交えて。
そのタイミングで、ぴたりと動くのをやめた。
「え…」
「いやだってほら、『嫌』なんでしょ?」
「え」
「ヤダと泣かれまでしちゃあねえ…嫌ならできないでしょ」
「……なんでそういう、芝居がかったこと、言えるの?」
あきれと切実さの混じった訴えに、男は首をかしげる。
しばらく考えるように目線を泳がせ、目を合わせる。
「だって、倫花ちゃんがいやらしいこと言わされて泣きそうな顔、かわいいから」
ぞくり、と女の背が震える。
からかうように足をなでられることより、わずかに揺らされた腰より、耳朶に流れる声に、震える。
「だから、言ってくれると嬉しいなぁ」
いっそ命じればいいものを。
熱に浮かされた頭で、倫花はいつもそう思う。
逃げ道がなくなる。逃げられなくなる。
それでも、まだ。まだ、まだ。逃げれるところを残したい。
「…いやじゃ、ない」
「そこはイイと言ってほしいんだけどな」
「…じゃあ、いい、で、いいけど…
私、やだ、っていう度にこれされるの…?」
「毎回、だとかわいそうかなぁ。こっちはかわいいからいくら言わせてもいいけど。毎回そんな、心細そうな顔されちゃあ、ね…なにしろ、割と言うし。キリがない。
ああ、でも俺も傷つくしなぁ。無理やりしてるみたいで。…だからさあ」
穏やかな声とともに、腰を抱え上げる。
押し上げられるようなその角度に、感極まったとしかいえない吐息が吐き出される。
「だんだん、少しずつでいいから、嫌って喘ぐのやめようね?」
「まって…」
「それまで何回でも付き合うからさあ。…頑張ってね」
がんばってどうにかなるものなのだろうか。それは。
訴えるための声が裏返り、意味をなさない声に変った。
―――会ったのは、飲みの席だった。
これから会う男を、恋人のことを思い出しつつ、倫花は足を進める。
一人で飲むほど好きではない。仕事だ。関わった本ができあがり、関係者各位での打ち上げをすることになった。
その時、ふいに声をかけられたのだ。久しぶり、と。
もちろん仕事の場だ。仕事関係といえば、仕事関係。
けれど、その数か月前まで付き合っていた人の知人だった。
かつての恋人と仕事を通して数度話しただけにしては、なんとなく、最初から親切だった。
親切に、熱心に。その日のうちに連絡先を渡された。
「実は、…別れ話してるとこ、見ちゃってさ」
次に会った時、彼は言った。
別れ話をしたのは、なにしろ相手の職場の近くのファミレスだった。そういうこともあるだろう。
「悲しそうだな、…慰めたいな、と思ってたんだよ」
倫花としては、終わった話だ。
彼のことは好いてはいたけれど、もう終わった話だ。
別に慰められたくはなかったけれど―――
けれど、渡された連絡先にメールを送ったのは彼女だった。
「かわいいなあ、と思ってたから」
両親以外には言われたことのないセリフに、喉がつまった。
つまって、そのままながれで数度会い。ほどなくして付き合うようになったのだ。
―――そう、はじめからしてそうだった。
回想を終えた女はため息をつく。
思ったよりも長い溜息は、白いブラウスに合わせたネックレスの果てまでゆらした。
ちょろい。我ながらちょろい。ちょっとどうなんだろう、と。
深い赤のスカートをひるがえし、待ち合わせ場所に向けて歩きながら、さらに思う。
このままでいるのは、ちょっと疲れる。と。
それでも。
「かわいいよね、今日のカッコ。ぬがせるのもったいないや」
ストレートな言葉は今日も甘い。下心の上にあるものでも、疲れを呼ぶものでも。
季節の変わり目、この男の前でははじめて着た服への感想が耳に甘い。
「つれこむ前から思ってたけど。…ああ、でもこの上から胸揉んだらシワなりそう」
きし、っと音を立ててベッドに座るのは、おそらくは故意だ。
なんとなしに落ち着かなくて、まだ立ったままの彼女に向け、彼は笑う。
「…さ、脱いで?」
「……確かにラブホ、他にすることない気はするけど」
でも、と悩む女は言葉を継ごうし……
結局なにも浮かばず、黙って頷いた。
「大丈夫? 寒くない?」
「…うん」
「よかった。いつも顔赤いから、分からないんだよね。…ああ、ホント、良かったなぁ」
うつむいた顔を上向きにされる。
頬を両手で包まれ、あくまで優しく。
「じゃあ、顔赤いの照れてるからで…俺のせいなんだ?」
「…あの、…脱がないの?」
「脱ぐ気になることしてくれたら脱ぐよ」
頬から離れた手が、女の手に重なる。
そのままズボン越しに熱いものに触れらされ、囁かれる。
手をひこうとしても、敵わない。
―――滑稽だなぁ。
倫花は思う。
ただっぴろいベッドの上で座る姿は、かたや下着姿。かたや服のまま。
性器を触らせ笑っている姿は恋人でなければ痴漢だ。
逆らえない自分も滑稽だが、喜んでいるほうも割と滑稽だ。
それでも、彼女は息を吸って、吐く。
おずおずと指をからめれば、男は笑う。
男が手を放しても、指は逃げない。代わりに、両の手がジッパーに添えられ、おろす。
もう一度深呼吸をして、下着をずらし。露わになったモノをやわやわとさする。
「そんな優しい触り方たされてもなぁ…」
咎める声に、むき出しの肩が小さく跳ねる。
おびえたような目を向ける恋人に、男はにっこりと笑った。
「教えたよね? 次、どうしたらいいか」
「しなきゃ、だめ……?」
「ダメではないよ? でもしてほしいなぁ。下手くそだけど頑張ってるって姿が、すごくイイし」
なだめ、甘え、落とし、上げる。
これはおそらく意図せずにやっていることではない。明確な意思が……こちらをからめとるための手腕だと、倫花はもう気づいている。
からめとろうとする理由が、欲望が愛情かは知らない。
人の心は目に見えず、彼女は人にモノを尋ねるのが不得手だ。自分の意志を伝えるのが億劫だ。
だから、信じたい方を信じる。黙って身をかがめ、舌を伸ばす。僅かに芯を持ち始めたものは、そこで一度はねた。
教えられた通り―――…ならばここから咥えて吸って転がして忙しい。忙しいし、なにより恥ずかしい。ここまで来たら誤差のようなものだとも、思うけれど。
それでもぎゅうと目をつぶり、手のひらでさする。それこそ精いっぱい舌で濡らして、落ちてくる声を聞きながら。
「なめるの嫌なら、もっと教えたとこ、触って」
耳をなぞりながらの指示に、ためらいながらも陰嚢に手を添える。
何度かもんだところで、顔が上がる。
「…もう、十分でしょ?」
「そうだね、俺は」
ホッとしたように脱力する体を、ころりと押し倒す。
片手で肩を押さえ、片手でショーツをずらす。
「あ。思ったより濡れてる。耳いじられるのがいいの? なめてると期待するの? …やらしくなったね」
「だ…誰のせい、だと…」
抗議の声はたやすく途切れた。
体の中へと滑り込んで動く指に息がつまり、目尻にたまった涙がこぼれる。
「やっぱり泣いてる倫花ちゃんは可愛いなあ…」
機嫌取りなのか、本音なのか。
その低い声は女の胸にしみこむ。
心のささくれた場所に、空いた場所に。この上なく甘くしみる。
「次は中だけで気持ちよくなれるようになろうね。最近いい反応するとこ増えてきたし、できると思うんだよね」
「別に、そんな、…しなくて、いい…」
「どうして?」
「どうして……?」
「俺は好きな子のかわいい姿がみれてうれしい。君は気持ちいい。誰も困らないでしょ」
「でも…、…ぅ…あ…」
「才能あると思うけど」
「そんなの、いら、…いらない…いらないから…」
「そう? なにがそんなに怖いのかなぁ。困ったものだね」
ちっとも困っていなそうな調子で指を進める。
ぐるりと円をかくような動きに、涙で濡れた声が乱れた。
***
恩師からゼリーをもらった。透明に澄んだゼリーの中には宝石のように果物が収まり、底にはこれまたキラキラ輝くジュレが詰まっている。
キレイでおいしそうだが、一人暮らしで五個入りは多少持て余す。
食べようと思えば食べれるが、そこまで好きでもない。
箱の底の賞味期限を確かめ、倫花は電話を取り出す。
涼しいものを食べる季節ではないが、まあ、よいだろう、と。
「綺麗なお菓子だね」
取り出した容器にわずかに目を細める興梠に、倫花はくすっと笑う。
「食いしん坊の興梠君も食べる前にちゃんと楽しむんだね、そういうの」
「食いしん坊だけど…人からもらったものはキチンとみるよ。
倫花さん、なに味がいい?」
「じゃあ…緑の。マスカットらしいから、それがいいな。残りはどうぞ」
「ありがとう」
改めて、と苺入りのものを手にもって、彼はへえ、と声を上げる。
「底にあるるのは、ジュレと…花? これ、チョコかなにか? …本当綺麗だね」
「……そうだね」
自分以外のものに向けられる称賛に、彼女は心から嬉し気に微笑んだ。
興梠君がしたり言ったりしなそうなことをふっと書きたくなってさあ…いいように扱われてるマゾヒストの話。
ちなみにこの後半年くらい付き合って「つかれる………」と別れを切り出した模様。好いてもいたんだけど。
私はものっそ初恋厨ですが、男女が初体験かそうでないかはどっちもおいしいんですよ。ぎこちなくそういうことしていくのもよし。どっちかが慣れてて翻弄するのも慣れているのに翻弄されているのもよし。慈しむのもよし。
あと「いやらしくてごめんね」「はじめてじゃなくてごめんね」みたいな方向性も好きです。ていうか推しカプなら大概全部好きです。
みちかさんは(私の性癖的に)残念ながら興梠君が初恋ではありませんが。「なにかをしてほしい」「自分を認めてほしい」じゃないのは初めてなんじゃないかなぁ。なにかしたい。些細なことでも構わない。どうかあなたが、幸せにいきれますように。
目次
・興梠君と倫花さんのIFなR18
一緒にいられるだけでいいという気持ちに嘘はない。
……別に、彼が幸せに生きてくれるというなら、付き合わなくてもよかった。
諦めではなく、優先順位の問題で。
惚れたはれたを自覚する以前は……しあわせになって、ほしかったので。
そう、だから一緒にいられるだけで十分だ。
十分だけれども。
部屋で話している時、抱き着いてみた。
具合でも悪いのかと心配してもらった。
割と決死の覚悟だったのだけれど、本当に心配そうな顔をされたので大丈夫、というしかなかった。
額に手をあて熱を確認され、割と恥ずかしくてそれどころではなかったというのもある。
終電を逃してみた。
とっても紳士的におくってくれた。
酒の勢いに任せようかと思った。
…けど、あの冬の日。海原君達にたいそう迷惑をかけたことを思い出し、実行前に心が折れた。
なんかもう回りくどいことをするとこじれる気がするので、ホテル街ひっぱっていってみた。
ちょっと気まずそうな顔をされた。
なんだか気の毒になって、すぐにそこから外れた。
露出が高い服を着てみた。
ノーコメントだった。
一泊旅行に誘ってみた。
なんか怪異にまきこまれてそれどころじゃなくなった。
一緒にいるだけで、十分に幸せだ。
けれどモーションかけても気づかれないのはとてもさみしい。不安になる。
とはいえ、モーションがわかりにくいのも確かかもしれない。
なにしろ「好き」と言ってる女に「like?」とかいってしまう人なわけなので。
わかりにくい誘いをかけて腹を立てるというのも、理不尽な話だ。
…なので。
「………なので、こうしたわけだけど。………その………嫌?」
「えっと……困る」
ベッドの上に押した倒した興梠君は本当に言葉通りの顔をした。
……とてもいけないことをしている気持ちになる。
とはいえ、一緒に暮らしているわけでもないのでこう……こう、…夜一緒にいて流れで、とかできないし。
そもそも興梠君の職務上夜会えるの稀だし。お休みだと休ませたいな、とも思うし。
一日一緒にいれる日に、こちらもぐるぐるぐるぐる考えてごはんに誘った。ちょうど取引先からディナーチケットあったし。…そのまま部屋をとった。
ものすごく…本当にものすごく迷って、一室とった。
「……こういうことするの、嫌……?」
「付き合ってるから問題はないけど………」
けどって、なに。
喉までこみあげた言葉は、うまく声にならない。
……。
罪悪感で、付き合ってもらっているとは。もう思っていないけれど。
単純に恥ずかしいというか、とても不安だ。
「………いやらしい女、嫌………?」
なんだろう、このその手の小説のようなセリフは。
とはいえ、それ以外に言いようがない。引かれたらどうしようかと、それはもうモーションをかけるたびに考えた。もうすでに引かれているのではとも考えた。
「嫌ではなくて…、その」
「その?」
「僕、こういうのはじめてだからわからないし…教えてね」
…人は好きな人と抱き合ったりすると、なんだかよくわからないけど幸福物質だかなんだかが出て、寿命が延びるらしい。
……らしいけど、私は。
絶対寿命縮むなあ、と。
全力疾走でもしたように跳ねる心臓に、そんなことを思った。
***
羞恥やらなにやら、その他諸々を乗り越え腰を落とし切った時、相手の息をのむ音が聞こえた。
またがってるというか座っているというかな自分も、似たようなものだ。
なにしろ、痛い。
声に出さなかったのは、単に声にならなかっただけだ。
…数年使ってなかったわけだし、当然痛いとは思っていたけれど。割と痛い。
濡れてない…とは違う気がする。というか、都合よく濡れないことは予想していたし。…その、濡れるようなことをしてくれるとは思っていなかったし。……教えるのもちょっと羞恥心の限界だったので、ローション使った上でこれだし。ともかく、自分で準備するのも十分に恥ずかしかったのに頑張って。これなら大丈夫だろうと確認した後にこれだ。濡れてるとか濡れてないの問題じゃない。絶対。
…こっちも痛いということは、あっちも痛いのかな。でも、これまでこんな風に痛くなかったような。
…そういえば男性の性器は身長と比例するとかしないとか聞いたことがあるような。
なにしろまじまじと見るのは恥ずかしかったからよくわからないし。これまでとの差に関しても、並べて比べでもしないと、わからないけど。そういうことなのかもしれない。何もしていないけれど、自分の体重ぶんその…必要以上に、深いし。
少し膝を立てて、腰を浮かす。違和感は強いけれど、痛くまではない。いつのまにかつめていた息を、ゆっくりと吐きだす。
ゆるく動いてみると、多少は心地よい。口をとじていないとちょっと余計な声が出そうなので、閉じておきたい程度には。
「…倫花さん」
「…ん?」
「…ここから、どうしたらいい?」
「どう、って……」
今もやっぱりどちらかといえば痛いし、とりあえず動かないでほしい。
それが正直な気持ちなのに、なんだか頭がぼうっとする。たぶん、酸欠だと思う。
かすれた声を始めてきたいなあ、とか。はじめてだったのかあ、とか。なら気持ちよくなってほしいなあ、とか。痛さと関係ない言葉ばかりが脳内を埋める。
「どう、って…言われても…」
息を吸って、吐く。
吸っているのに、余計にくらくらする。
丁寧に、壊れ物みたいに背中をなでられているのがすごく悪い気がする。
うまく足に力が入らなくなってくるから、とても悪い気がする。
「…興梠君、好き」
「え? え、あ、うん」
「好きで、…好きだから。好きにして……、…好きに動いて、ほしい…」
あ、具体的になにをしてほしいか言うの、忘れたなぁ。
なんだか目の前までくらくらしてきたので、それをうまくは言えなかった。
それを伝える余裕も、それからはちょっと残らなかった。
頭がぼうっとする。うまく息ができなくて、口をきつく閉じているからだと気づく。
顔が見れない、というよりは見られなくて手のひらで覆った。だからなにも見えない。見えないまま、下半身が熱い。揺れてる。
「ま、…ちょ、と、え……?」
いや、本当待ってほしい。
痛い。ゆっくり出入りするたび、割と泣きたくなるほど痛い。
途中まではいいけど、本当奥が痛い、けどなぜか痛いだけじゃない。そこ以外は、ピリピリとしびれる。
…なぜ、ってほどではない、けど。そりゃあ性感が走っている部分だ。走っているというか起きているというか、覚えているというか。挿られてこすられるとそれはその、気持ちいいのだけど。
…こんなに気持ちいいものだっけか?
正確に言うと、ナカだけでこんなにいいっけか、だ。
「待った方がいいの…?」
頭の上のあたりから声がする。
そうだ、いつのまにかこっちが組み敷かれてる。
背中に当たるシーツが、妙に冷たい気がする。汗だくの背中が熱いのかもしれない。
熱いのか冷たいのかもわからないし、自分の反応もちょっとわけがわからない。切なそうな声に、こちらも切なくなる。胸とかではなく、下半身が。え、なんで。本当なんで。
「呼吸おかしいし、やめた方がいい?」
いたわるようになでられる。ウェストのあたりを。
そんなのくすぐったいだけなはずなのに、やっぱり感じる。頭が余計にぼんやりする。
―――うん、今すぐやめてほしい。痛い。
間違いなく、言うべき言葉はそれだ。
だって引かれたくない。押し倒しておいてなんだけど。相手は初体験なわけで。…その、作りものじゃあるまいし。実際喘いだりするのって、見たり聞いたりしてキレイなものとは思えないし。みっともない。いやらしいと思われたくはない。いや、本当…本当に、今更だけど。
…今更?
今更なら、いいかなぁ。
「興梠君、きもちいい?」
「……よくわからないかも」
そんな申し訳なさそうな声で言われても。
「あ、でも、…すごく、あったかい」
え、そんなセーターの感想みたいなこと言われても。
文句というかつっこみというか、釈然としないものが胸にたまる。
色々と言いたいはずなのに、つながった場所がキツい。顔を覆う手に彼の手が触れると、なんだかゾクゾクする。
やっぱり息はし辛いし、心臓がうるさい。
なんかもう、いっそ意識を失いたい。
「その…倫花さん、だいじょうぶ?」
色々と力が抜けた首を縦に動かす。
「…続けても、いい?」
体の重心が変わったのか、入っているものがわずかに動く。少しかすれた声が近くなる。
…ああ、近くにいる。
…ずっと見てただけだったのに、昔。再会してからだって、見てただけだったのに。今、こんなに近い。
どうにか頷けば、腰に添えられていた方の手に少し力が強くなる。
「…っえ」
腰をつかまれて出し入れされるだけで、なんでこんなに気持ちいいのだろうか。欲求不満? ありえそうだ。ならなんで痛いのか。痛いのか気持ちいいのか、すごく、判断がつかない。
「え、なんで……ん……っ……」
ゾクゾクするし、なんだか体がおかしい。あつい。なんか、水音っぽいのも、するし。
頭の近くで、息を飲むような声がした。
ああ、かわいいなあ、と。和むような、…余計心臓がうるさいような。なんだか笑ってしまう。…つまり口が開く。
「ひっ…あ…、そこ、いた…ぃ…い…きもち、いい……」
なんだろう、これ。馬鹿みたいな、というか。本当その手の小説なりAVみたいだなぁ、と。
口をふさぐとやっぱり息が苦しくて、余計にわけがわからなくなった。
今だけでいいから、興梠君も目を閉じているといいなあ、というか。こっちを見てないといいなあ、と思ったのが、マトモに考えられた最後だった。
好きな相手に触れられると、よいとか悪いとか関係なく、妙に心臓がうるさい。寿命が縮みそうで、困る。
ものすごく疲れるし、だらしない顔をしてそうで嫌だ。
なによりも、なにをしてもされても恥ずかしい。
なんか別に濡らすことなかったかなぁとか思うのも恥ずかしい。
今、顔が見れなくて逃げてきた湯舟から出るタイミングがわからない程度には、すごく恥ずかしい。
…のぼせるのも、風邪ひくのも嫌だから。このままではいられないのも、困ったものだ。
まあ。IFだよ? IFですよ? だって色々許可とってないし。
自分から乗るくせに「痛い」ってちょっと涙目になるみっちーとことあるこごとになにしたらいいって言いそうな興梠君がかきたかっただけ。
付き合っても体の関係できてからでも、耳元でなじられるルートは生きていると思うんですよ。なんかこう、いっつも私からじゃん!的な方向になじられそうだよね興梠君。
しかし顔面にビーチボールたたきこんだ女とそれを受けてガチで勝利の方法考え始める元運動部がこんなことになるなんて誰が予想できただろうか。
加執部分は気持ちいい?って聞いたら「わからない」って帰ってきそうだな。と思った。ただそれだけのあれ。
一番上のでがっつり削った部分ともいう。別に声が好きなわけではなく。女扱いがうれしいだけの話ともいう。
2019/02/01
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