お人形さんみたいな半生でした
からだがガタガタする。
さむいのではない。
ガタガタと、自分のものじゃないみたい。
「なぜ、出ようとしたのかな」
おとうさまは笑っている。
「お前のようなものは外にでたらすぐに殺されてしまうよ」
おとうさまは笑っている。
「お前はなにもできない、ここにいなければ殺されてしまうモノだからね。だから親にも捨てられる。私たちが拾っていなければ、とっくに獣のエサだ。だから、ここにいなさい。…わかるね?」
はいおとうさま。
わかりました。
「できそこないのお前がお客様の役に立てるというのはこれ以上ないしあわせなんだよ」
はい、わかりました。
もう、しません。
もう、二度と外にはでません。
声にしなけれればお薬はもらえない。
けど、口はうごかない。
のどがもえてるみたいにあつい。
だらだらと口からヨダレがながれて、それだけで。
ずるずる、おとうさまのあしもとまについた。
もうしませんのかわりに、ひっしに頭をさげた。
あたまをなでられる。
「お前は本当に物覚えが悪いなぁ。それを許してくれるお客様にめぐまれているのだから、一生懸命がんばりなさい」
はい、おとうさま。
***
目がさめると、おうちがうるさかった。
がやがや、ざわざわ。げんきなお客さんでもきているのかなぁ。
部屋の外には出ない。
それはひつようのないことだ。
がやがや。ざわざわ。いろんなおとにまじって。てつがこすれるようなおともする。
きょうはとってもにぎやかだ。
…部屋の外には出ない。
それはおこられてしまうことだ。
おこられるのはこわい。
こわいし、くるしい。
わるいこは殺されてしまうの。
殺されて、もりにすてられてしまう。
こわいものにたべられてしまう。
だから、外には出ない。
いま、きもちがざわざわしても。外にはでない。
がちゃり。
おとこの人がはいってきた。
みたことがない人だ。
けれど、はいってきた。
だから、お迎えをしなければいけない。
「いらっしゃいませ」
おかりなさいというとよろこぶお客様もいるけど、はじめての人にはそう言いなさいとおしえられた。
「どうぞ、こちらに。どうぞ。あとはぜんぶ、ぜんぶおまかせなんですよ」
にっこりとして、手をひろげる。
よってはいかない。
よばれていないから。
よばれたら、すぐにいかないと。
そうしないと、おこられてしまう。
おこられると、ごはんはたべれない。からだもふかせてもらえない。ふとんも、おようふくもない。さむくて、殺されてしまう。
「…おまかせ、って」
おとこの人はかさかさした声を出した。
あ。そっか。こまっているんだ。たまにこういう人もくる。
でも、なんで? こういう人は誰かにつれられてくるのに。なんでこの人はひとりなのかな。
でも、こまってる。
こまってるから、きちんといわなきゃ。
「ぜんぶ、ぜんぶ。おきゃくさまのものですよ」
かつん、くつの音がひびく。
「わたし、おきゃくさまのものだから。ぜんぶ、ぜんぶいいんですよ」
かつん、かつん。
「あなたのしたいこと、ぜんぶ。ぜーんぶ、させてもらうために、わたし、ここで世話していただいているだもの」
が、と大きな音がした。
そのひとがたおれてきた音だった。
ぼふん。
せなかにベッドがあたって、おなかにはべちゃべちゃしたおようふくがあたって。おようふくはへんな…血のにおいがして、ちょっぴり、いやだった。
「ぜんぶ、ぜんぶいいんですよ? すきにたべていいし、どんなふうにつかっても。わたし、そうしないとわるいこなのよ?」
おとこの人はうごかない。
どこか痛いのかな。
わたし、なおしてあげられるかな?
きもちよかったとか、わるいところがなおったとか、みんな、いってくれるけど。
このひとの痛いの、なおしてあげれるかな?
「…おきゃくさま?」
このひとがこのままでいいならいいけど、そうでないなら、満足してもらわないと。
そうじゃなきゃ、私は、殺されてしまうのに。
「……君、家はあるかい?」
「ここですよ?」
ぐい、とだっこされた。
そのまんま、部屋の外へと出される。
部屋の外にでるのはいけないこと。
勝手に出たら、殺されてしまう。
でも、おきゃくさまが出すんだから、外に出ていい日なんだろう。
「ここはきみの家じゃない」
「はい、おきゃくさまがつれてってくれるなら、そこがきょうは私のおうちね」
ぎゅう、とうでの力が強くなった。
なんで?
いつもはそれで、みんなわらうのに。
「それも違う。…今日から、ずっと俺の家が君の家だ。…そこで…少し、ゆっくりしよう」
おきゃくさまがあるく。
べちゃべちゃと音がする。
外のようすはみえない。
おしおきをうけたときみたいな、血のにおいがした。
……。
…………。
その日が、養父母と彼らの雇っていた用心棒の多くが血の海に沈んだ日だと知ったのは、後のこと。
私を足すてくれたその人の服が濡れていた理由も血のせいだ。
たくさん、返り血をあびたせいだった。
…私の恩人に関しては、返り血もあったけど。足をとられて転んだせいらしいけど。
それでも。事実は変わらない。
あの日血の海になった屋敷から、あの人は私を助けてくれた。
助けてくれて、お家をくれて、そうして。たくさんのことを教えてくれた。
例えば、神様を信じること。
例えば、知識を得るうれしさ。
例えば、一緒に暮らす人の役に立てるうれしさ。
例えば、自分で服を選ぶ楽しさ。
例えば、あたたかいところにいてもいい安心感。
例えば、毒におびえなくていい生活。
例えば、水をかけられずにすむうれしさ。
例えば―――体を開かずとも、衣食住が保証される生活を。
私の置かれていた場所は異常だったと、その人は丁寧に教えてくれた。
「…でも、異常ってほどでもないか」
私の客は多少趣味が偏っていたというだけだ。
なにをしているかわからずに淫行にふける子どもが好みな客だっただけだ。
あの屋敷は―――表向きは、あの劇場は。そういうお客ばっかりだった。
私は「なにをしているか知らせない」くらいだったけど。
今ならわかる。思い出す。
歯のすべてをぬかれた子供がいた。
足をつぶされた子供がいた。
ぼうけたような声しか出せない子供がいた。
四肢をもがれた子供もいた。
そういうシュミ向けの娼館だったのだろう。私は彼らと言葉を交わしはしなかったが。覚えてる。
そうだ。小さい頃はみせられてた。
こうなりたくなければ二度と逃げようとするなと、毒をもられてにじむ視界で。それを見ていた。
「……でも。それが普通になってたんですよ」
ねえ、あなたに助けられなきゃ。
私はあのまままどろんで、そのうち死んでいたでしょうね。
ぼんやりと思い出して、ぐいと伸びをする。
周りの反応を見るに、私はまだ正常ではないらしい。
けれどあそこには戻りたくなくて。助けてくれたのはうれしいから。助けてくれた冒険者二人に、お礼を言いたい。
「…いつか、会えるかなぁ」
それが今日だったいいのになあ、と。
呼び出された酒場に、そっと足を踏み入れた。
だがいたのはつっこみと回復不在のパーティでした。
知識はあるけど世間知らずな彼女の明日はどっちだ。
目次
フィリーナさんの愉快な社会復帰の教室の断片
「フィリーナ」
「はい」
「最近、すごく成績がいいって。司祭長がほめてたよ」
「はい。ヴィルさんは誉めてくれますか?」
「うん、ほめるほめる。なんならご褒美もあげちゃう。…なにか食べたいものとかある? 欲しいものでもいいけど」
「いえ、ほめるだけでいいです」
「そう………?」
「はい。それが身のほどというものだと思います」
「フィリーナ。その言葉はどこかで読んだ? 誰かに言われた?」
「このあいだ、ヴィルさんと見に行った劇で行ってましたよ…? 主役の人が」
「え? …あー。あー。あーーーーー! なるほど! でも言うな、じゃなくて。…そういう、自分をさげるようなことを言わなくてもいい」
「はい……?」
「……。今は『俺がそういうから言わない』でもいいけど。…そのうち、自分で嫌がってくれ」
「はい」
「…うん。俺はダメな兄だね」
「兄ではないですよ?」
「兄と思ってくれていいんだけど…」
「ヴィルさんの私たちへの態度は、お父さんというものであり、おにいちゃんいうよりはおっさんだと、皆が」
「俺まだ27歳!」
「はあ」
「まだというセリフがよりおっさんだという意見を言ったものは教えてくれ、ケンカするから」
「はあ、大体みんなです」
「大体みんな!? いや、すでに言われてるの!?」
「はい。ヴィルさんの話をするとみんな笑顔で、私はとっても素敵だと思います」
「そっかあ……!」
拾われて二年目くらい。ゆるゆるフィリーナさん。知力はあがってきてる。
彼女の恩人は3人いて一人はツンデレ剣士・守銭奴妖精使い。冒険者の人。
一人はこの会話劇にいる「ヴィルさん」かわいそうな子供を拾ってきては兄を自称するが皆に「お父さん」って言われてる人。ヴィルバート・セルリバー。
…と書いておけばうっかり名前を忘れてもここで確認できるね!