畠中梨子の朝は早い。
農家だからというより、趣味である。
朝起きて、洗濯機と炊飯器にスイッチをいれる。
自慢の米がつやつやと炊き上がる頃、おかずの用意を終えた彼女は朝食をとる。
その後、食器を水につけて、掃除を終えて、身支度を整える。
麦わら帽子をかぶって、腕に農家がよくまくアレを巻き。帽子の上からタオルを巻いて。
畑でよく見る人ルックに身を包んだ梨子は、同居中の家族へ声をかけ、軽やかに軽トラへと乗り込む。
下手な鼻歌を歌いながら車を走らせ、片道20分。梨子は自分の受け持つ畑にたどり着く。
手入れを、時に収穫をし、太陽が真上に登るころ。
用意してきたおにぎりと漬物にうまうまと舌つづみを打ちながら、彼女はたまに石を拾う。
食べごろを狙うかのように頭上を旋回するカラスへ投げて見たりするためだ。
勿論当たらない―――当たった場合作物へ石が当たりかねないのではずしてもいる―――が、気は晴れる。
誰かに見つかったら怒られそうねーと思いながらも、彼女は気にしてはいない。やめる予定もない。
収穫の際は一家総出だが、そうでない時は一人作業。
彼女は割と暇で、割と充実している。
濃い目にいれた麦茶で喉を潤して、大きく伸びをする。
午後には別の畑へと移動し、作業をし、時に業者へ車を出し。あるいは近所の集まりに顔を出し。
そんな風に時間をすごし、彼女はやがて帰路につく。
―――その日も、そんな風にすごし。
帰りに牛乳買ってきてという電話に従い、スーパーへ足を運んだ。
カランカラン! カラーン!
目の前で鐘を鳴らす店員に、梨子はぱっと笑顔を浮かべる。
「おめでとうございます、2等です!」
「え、ホント!? わあい2等――――に、とう……?」
嬉し気にポスターを眺めた彼女の表情が凍る。とても、嫌そうな感じに。
「……2等?」
「はい、2等! お米20kgです!」
微妙な笑顔で固まる梨子。
その様子に構わず、店員は100点満点ハナマル営業スマイルで頷く。
「お米……20キロ……」
「はい!」
「私……実家にお米売るほどあるんだけど……まさしく売ってるんだけど……」
「あー……」
店員の表情が変わる。彼女もまた微妙な風に、引きつった笑顔だ。
「交換できない?」
「すみません、よくあることなんですが。こちらではできないんです。
お客様同士のやり取りなら、別に構わないんですが……」
「ですよネー」
うふふーと笑いあう二人の間に、奇妙な沈黙。
うふふ、ふふ、と曖昧に笑って梨子は重い段ボールを台車へ乗せた。
梨子はがっくりと肩を落として台車を転がす。
「あーあー……」
ガランコロンと台車を鳴らしながら駐車場を歩く。
愛車を見た彼女は、またため息。
―――どーせならガソリン割引券の方がよかったなあ。最近高くって。
けれどもこれ以上ため息をついていても仕方ない。
軽々と景品の入った段ボールを持ちあげ、荷台へと詰もうとしたその時、
「あらー。りこちゃん、どうしたのお米なんて持って」
顔見知りの主婦の声に、黒い瞳はキラリと光った。
「んもーヤになっちゃいますよ! いいじゃない、2等だもん! 5等のボックスティッシュに変えてくれてもいいじゃない! それかTOKI○OのCD!」
「そーよねえー。私ならSM○PのDVDがいいわ」
「どっちもスーパーにないですけどね」
「まあね。でも、まったく、お役所仕事で嫌になっちゃうわよ。うちだって中国いきのチケットなんてもらっても困るわ。1枚をどうしろと」
「でーすーよーねー! あ、違う、これは金券ショップに持っていけばいいお値段なんじゃ」
「いいのよ、面倒だから。それより、りこちゃんにあげちゃった方がいいもの」
「嬉しいけど却って悪いなあ……そうだ、そろそろお芋とれるから、もっていきますね」
「うふふ。計画通り」
「あはは、私、はめられたー?」
「そーよぉー。だからあんまり気にしないで行ってきたらいいじゃない? 少しくらいなら畑あけてもいいでしょう」
「少しでもないみたいだけど……でも、うちは家族でやってますし。どうにかなるかな。旅行なんて、学生以来」
元気に商談をまとめた梨子は、そういってゆるく息をつく。
毎日せっせと働く日々は楽しい。けれど、たまには。山と畑以外を見るというのもいいものだ、と。
「楽しんでいらっしゃいね」
「はい、お土産には期待してくれていいですよ!」
元気にガッツポーズを取る彼女に、笑い声が答える。
それに応えて笑う彼女は、まだ気づいていない。知る由などない。
そのチケットが導く行き先は、非日常への入り口であることを。
前回まったくもってキャラかためずにいったらブレブレだったので固めるために書いてみた。投擲の理由づけSS.あこがれの人はTOKIO。
色々楽天的になるようになりたいですね、中の人的に考えて。
2016/06/24
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