自分だけの花とか、野菜とか、そういうものを作るのが夢だった。
誰かに任せるんじゃなくて、この手で作りたかった。
そんなことを思ったのは、ちょうど高校の頃。荻窪先生の授業を受けて居た頃。
家族からの反対とか、色々なハードルの高さにくじけそうな私に、あの先生の授業とか、フォローとかは、大変心にしみた。
―――そんなことを、あの夢を見た時に思いだした。
たった一日前なのに、とっても長い時間がたったような。そんな、長い一日だった。
そんな長いこの日の終わり―――とても綺麗な、何かを見た気がした。
花の香りを含んだ風が頬を、身体を撫ぜていく。
その香りの源は、本当に綺麗な花たちだ。
なんというか、とても大切に、丹念に手入れされている。―――本職として妬けるレベルに。いや。先生は、ある意味本職、か。
……あと、愛かな。愛なんだろうね。うん。花というのは生きるのには何の役にも立たない割に、人生を彩る。すばらしい存在だ。本当に。
それにしても。
「声が小さい!」
「これ本当恥ずかしいんです、マジで!」
「なにが恥ずかしいんだ! もう一度最初から!」
「勘弁してください!」
「するか!」
小刀祢君も久保田君も元気だな。私の知る小刀祢君はいつも元気だけど。
「第一、女性の部屋をあさる方が恥ずべき行為だ!」
「あれには事情があったんですって!」
だろうなあ。真面目そうだもの。でもねえ。小刀祢君はそれもわかっている気もするし、分かっていてもやること変わらないんじゃないかな。
ヒーローみたいなひとだからなあ。色々変だけど。たまに、「この物騒なのは普通の人間かな」と疑ったりするけど。うん。いい人だし、頼りになると思っているよ。よくわからないけどなんかピンチって思った時に、とっさに浮かんだ顔なくらいには、さ。
その元気な二人を見ていると、その近くで笑う影が一人。あやめさん。
三日間、たった一人で頑張っていた彼女の行為は、愛だという。
恋ではなく、愛。
その違いが、分かるような。わからないような。あやめさんの顔を見ている限り、納得してるみたいだから、いいのかな。
しかし、愛。
愛かあ。愛ねえ。私は自分の作ったものを我が子と愛しているけれど。違うんだろうな。
そのことに、特別に心が動かされるということはない。
ただ、つい先ほどのあの光景がとってもきれいだなと思うくらい。
幻かもしれない、きっと幻のあの光景を、ずっと大事に覚えておこうと思うくらい。
なんというか―――愛とはいいものだね、というお話だ。
……愛かあ、愛。縁がないけど、そうだなあ。ここはひとつ、どうだろう。
なおも発声練習している二人に近づき、ぽん、とその肩をたたいてみる。
「あのさ、小刀祢君。よかったら久保田君も。ここは一つ、みんなで婚活パーティいこう!」
「なにがここはひとつなんだ?」
怪訝そうに言われてしまった。しかもマジなトーンで。
私としては、とってもつながっている話なんだけど。
けどまあ、色々とどうでもいいことだ。
今、こちらを見る先生も、かすかに笑っている。それだけで、色々と。良いことだ。本当に、ね。
師弟ロールがかわいかったので三ツ木さんも弟子になってまざりたかったような。眺めて面白かったような。そんな気持ちです。
ある日、いや、ゼミの先生の誕生日の前の日だった。
その先生へのプレゼントということで、ゼミ一同花束を予約した。それを受け取りにいくのが俺に決まった時は、実に不満たらたらだった。だってよ、男の身の上で花束なんざモタル来たくないつーの。綺麗な彼女にでもあげるならともかく、センコーだぜ。おばさんだぜ。感謝はしてるがテンションあがらん。ずんどこ下がる。まったくよぉ。
あの日、俺はそう思っていたんだ、あの店にいくまでは。
あの日―――あの店には。天使がいた。
「こちらご注文のお品です」
そういって笑う、その姿。
柔らかい笑顔、柔らかい手の平。いかにも優し気な、おだやかな声。
本当綺麗な人だった。
なんというか、色々きつくてやかましい女に囲まれている身から見ると、もうまぶしい。発光している。
「いかがなさいましたか?」
色々とガン見してしまったのに、そんなことを言うあたりもまぶしい。
色々と成熟した女性だというのに、なんというかあどけないレベル。
ぎくしゃくとお礼を言って、料金を払う。
またどうぞ、という言葉に、力強く頷いた。
それが、数か月前のことだ。
あれから、その。うん。色々用事を作ったり、他の彼女もちの付き添いという悔しい形になったりして、幾度か足を運んだ。
大抵の時、あの人は店にいてくれた。
あ、あと。とりあえずあやめさんという名前は聞いた。綺麗な名前だ。
……うん、綺麗な名前で。それは。いいん、だけどさ……
今目の前に広がる光景に、膝をつかなかったことを。誰か褒めてほしい。
あの店を、あやめさんにあったあの日から早数か月。はじめてみた、店以外の彼女が目の前にいる。
私服も可愛い。それはいい。
花に囲まれてる。似合う。それはいい。
子供に囲まれている。なぜ。WHY。
なんかめっちゃ慕われているっぽい。
すごく、その。あの。うん。え、保育士さん?みたいなね?そういうのだとね?いいんだけどさ。
いやいやそれよりさ、なんで超親し気な男の人? むっちゃ年はなれてそうだけど、その、空気感がね。しっとりと落ち着いて家族っぽく……
「…おい。お前、大丈夫?」
隣を走っていた友達がわさわさと肩をゆすってくれる。
そう、今日はロードバイクで近所をちょっと走ってみようってなかったんだよなあ、遠出の前に。こう、確認っぽく。その。そういうことだったなあ…でも。
「なあ」
「なんだよ」
「帰り、のみ、つきあって……?」
「やだよバイクおいてかなきゃいけなくなるだろうが」
「じゃあうちでいいよ! 付き合えよ!」
一方的に宣言して、走り出す。
なんというか、邪魔できない。恋人じゃないかもしれないけど、なんというか。俺には。
思うたびに、ほっぺがびしょびしょ濡れているような気も、した。
あやめさんがいじらしかわいかったので口説きたいような高嶺の花として玉砕したいようなそんな気持ちを名もなきモブ太郎さんに託しました。最後の告白シーンかわいかった。