「わー。帰ってきたら妻が死んだ目でテレビを眺めてる」
「え。あ。うん。おかえりなさい」
「なにみてたのー?」
「映画を見てたの。ヒーローが大事な人を一人殺せば、全人類が助かる、っていう」
「セカイ系だね」
「ふぅんそう。そういうジャンルなんだ。…ねえ。あなた。こっちきて」
「うん」
「いや膝に頭載せていいとまでは言ってない…
…まあ、いいわ。…ただね。意味がわからないって思ってたの」
「そうだな」
「…アゼちゃんとね。もっと話たいことがあったの」
「知ってる」
「…両親にあなたを会わせかったし。実家にあなたにそっくりな犬がいたし」
「そっか」
「…友人に自慢もしたかった気がするし。編集長には世話になりっぱなしだったし」
「オレも周りに自慢の妻ですって紹介したかなー。できたらさ」
「…ねぇ。ユウマ」
「うん」
「私はね。あの…あの天使の温情を飲んだ時。そんな人達を殺した気がするのよ」
「元の時代に戻ってももうどうしよもなかったでしょ」
「そうだけど、思うの」
「そっか」
「ええ。そう思う。…けど。…でも。あの子たちを抱くためなら、何度でも同じ道を選ぶと。そうとも、思うのよ」
「うん」
「命なんてちっとも等価には見えないわ。あの時から、ずっと」
「ところで俺は別枠に入ってないの?」
「…馬鹿ねぇ。
…そのくらい察しましょうよ。もう」
SAN値平均の妻と高めの夫。
この人ちょうどツネちゃんの真逆かもしれないね。優先事項は情。
たぶん別に地球があれやこれやには特に気を病んでいない人。大事な人達死んでても幸せになろうとか思っちゃったなあとたまに後悔してた人。
録音聞いたら序盤随分あらぶってたからまあ精神不安定だったんだろうな元々。感があるよね。あの時SANチャックあんまりはいらなかったけど。
調子がいいしでもたまに流されやすいし頼れるけどまあ非日常だったしたまにすごいポカするし。
目線が合うのはいいけどまず顔が好みではない。悪くはないけど、好みってほどではない。
「…つくづく好みじゃないんだけど」
呟いて頬をつついてみる。自分よりハリがある気がしてかなり憎たらしい。
…というか。起きましょうよ。こんなにつっついたら。もう。やっぱり抜けてるわ。
「…全然好みではないけれど」
…横にいてつり合いとれるように、末永くアンチエイジングに気をつかいましょうか。
ぺたりと自分の頬をたたく。ゆるんでいるのがわかって、実に悔しかった。
運命共同体的な共感と割と普通のときめきと。つり橋でもつり橋だけじゃなくともまあベタボレだったと思うよ。面倒くさくて重いチョロインだよ。
「あー」
「どうしたのユウマ。そんな。べっちょりと倒れ伏して」
「べっちょりて。
なんか腰痛いなー。やばいなやっぱり二人抱えて公園2週はきつかったな」
「あの子たちやたら今日は寝つきいいわねと思ったら。そんなに頑張ってくれてたのねえ。…湿布いる?」
「うん」
「(ぺたぺた張りつつ)…そういえばね。このあいだテレビで見たんだけど」
「うん?」
「首に手刀たたきこんで、体のゆがみを直す整体師がいたのよ。するととっても快調になるらしいの。…首は怖いけどこう、腰のあたりを軽く蹴ってみたら、同じような効果が」
「ない! やめよう小梅それはダメだ!」
「や、優しくするわよ!? つらそうなの長くみてたくないのよ!」
「明日医者にかかるから考え直して!」
「…んもう。そんなにびびらなくてもいいじゃない」
「それはムリ」
小梅さん元カレぼこぼこにするのは浮気された時だけなので。ユーマ君には足を上げていないと思いますよ。教育にも悪いし。でも洗濯機が壊れたら軽く蹴ってみたりしてますよ。所詮脳筋。
私はアイツの勝ち誇った宣言しか聞いていない。
……それでも地球は多分あの後どうしよもなくて。私達は幸福な夢をみたまま、餓死したのだろう。そう想っていた。
遊馬はもっと違うものをみたそうだけど、詳しくは聞いていない。
…だってどうでもいいことだ。私の選んだ道は変らない。
私は故郷を捨てて、2週間苦楽を共にした友人のことも捨てて、あの時生き返るのを選んだ。
そのことに、後悔はない。
後悔はないけれど、たまにたまらなくなる。
あれから色んなことがあった。生き返って、遊馬と再会して。ツネちゃんとのつながり。昔は正義とか、それなりに好きだと思っていたけど。…今は、それより大事なものがある。
「……」
見降ろせば、腕の中には娘がいる。ようやく夜泣きが収まった我が子。我が子。…とてもかわいい女の子。
「……」
色々なことがあって、色々なことをした。昔の私が聞いたら、驚きで目を落としてしまいそうなことをたくさん。
後悔はない。罪悪感はない。…ただ、幸せだなと思う。
でもなにかがたまらない。耐えられない。
幸せで、幸せで。
どこかに落とし穴がありはしないかと。
「……櫻子」
もしもどこかで落ちたとしても。……今度は最後まで。手を離さない。
今度は―――今度は。
間違えないで、みせるから。
まあ間違えてはいなかったけどまた見落としてたよ。
小梅さんたまに半端なく鬱鬱としていたんじゃないですかね。序盤からのあのぶっとびぶりを考えると。あとだいぶ神宮寺組に魂売っただろ。この人。
「あのね。高見さん」
「はい編集長」
「私もね。浮気されて悔しいのはわかります。平手のいっぱつくらいなら仕方ないと思うわ」
「…はい」
「でもね。やりすぎ」
「…言い返せません」
「…そんなぐったりしないでよ。私はあなたにチャンスをあげるために呼んだの」
「え?」
「あなた、火星に行ってみない?」
―――そういうわけで、火星に行くことになった。
…もうクビになるつもりだったから、とっても意外。
というか、クビでも良かったのよね。もうなにもかも面倒くさい。なんで私はいつもこうなのか。なんでいつも―――捨てられるのかな、私は。
「…ふん。でかいて強い女がヤなら最初っから言いなさいよ」
たぶん、ホントは違う理由があったんだろーけど。…もうそれも含めて、どうでもいい。何度目よ、こういうこと。
ああもういっそ、火星行きのメンバーの中で良い男さがそうかな。むしろ火星人ね。火星人でもかまわないわ。
……ホントに。
本当に、誰か、なにか。見つかればいいのに、なぁ。
一人暮らしに戻ったアパートの中、ぼんやりとついた息は、ふんわりと消えていった。
いい男も火星人もいたよ。良かったね。「いっそあの時死んだままでもよかった」by草葉の影より
高見小梅はそれなりに料理がうまい。
花嫁修業といわれるものは、たいがいこなしてきたために。
なお。彼女の料理は、日本かぶれの英国人である母のしこみである。
日本かぶれで、日本に嫁ぎ。
それでも娘に英会話を仕込む程度には自国のこともを愛していた、母のしこみである。
「小梅ちゃん」
「なぁに?」
「なんで朝にうなぎゼリー」
「あなたにイラッとしたから。あれね、報復よ」
「正直だなあ!」
「でもあなたを蹴ったりはしたくないのよ。まだ」
「まだ」
「いいじゃないうなぎゼリー。私は嫌いじゃないわようなぎゼリー。
前あなたに作ったときちょっぴり涙目になって喜んでたじゃない」
「小梅ちゃんは変なところでおぼえがいーなー」
「うふふありがとうダーリン。ということでおあがりなさい」
「……小梅ちゃん」
「なに?」
「嫉妬とか男冥利に尽きるとかいいたいところだけどこれはきつい」
「嫉妬とかしてないわよー。してないわぁ。あなたの年上趣味には慣れたしぃー。でもなんか今日はムシの居所が悪くて―。それだけよ。はい追加!」
「わあ。朝からにしんとカボチャのパイも出てくるとか料理上手な彼女ができたなあ!」
「うふふ。私こそ頭のデキはいい彼氏ができたわー。男冥利なんて随分難しい日本語出てきたわね。英語忘れてないといいけど」
「……。
…これから日本に住む大丈夫じゃない」
「……」
「これから小梅ちゃんといるから大丈夫じゃない?」
「……フィッシュアンドチップスもあるから。食べる?」
「うなぎゼリーよりはありがたいなあ…」
小梅さんはクソ面倒くさい。そんな楽しい12年間のどこぞやのお話。
こういうネタ書きたいがための日英ハーフ設定でした。こういうの書けば書くほど私のSAN値はえぐれます! くそじわじわ惜しくなってきた!あとゆーまくん微妙に書くのむずいや!
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