帰ったら。あなたにいいたいことがある。
走りながらふわりと浮かんだ言葉は、まるでなにかの前ぶりみたいだと思った。
……それどころじゃないって、色んなことを考えてたから、すぐに紛れてしまったけど。
それでも。
それでもね。あなたに言いたいことが。ちゃんとあったのよ、私。
鼻孔を、頭を埋める。薔薇みたいな香り。
疑惑しかない笑顔。
なんて満足げな、ああ。なんか、わかる、わかった。
私達は、選択を、間違えた。
―――最初は。
腹の立つガキだと思った。
いや21歳は実際ガキだと思うし。いきなり『うわーでっけー』なんて言われたらなおさらだ。
私も子供の頃なら蹴ったり怒ったりしちゃったけど、もう大人で。ジャーナリストで。
だからむっとするだけでとどめて、あなたもねなんて言えたりした。
あなたもねといったその時、パッと笑った顔はそこそこにかわいかった。
それから二週間、色々とあった。
真面目なアゼちゃんにからんだり、お調子者の彼と話したり、それなりに楽しかった。
「母は英国の生まれだったけど。古文マニアでね。梅の花の下でプロポーズ受けたから、生まれた子はコウメにするって決めてたんだって。
迷惑な話よ。おかげで小さくない小さくないと馬鹿にされて、もう」
「え、いいじゃん。おねえさま可愛いし」
「は? え。…あら。ありがと」
なんか、色々話しかけてきてくれて。
あら口説かれているのかしらなんて思っても、悪い気分ではなかった。
子供だし(私落ち着いた人が好きなの)、バカっぽいし(冷静な人が好きだし)。お調子者だし(うるさいのは嫌だもの)。
全然好みじゃないけれど。かわいいじゃないと、思ってた。
それから、それから。それから―――……
たくさんおかしなことがあったけど。彼は、あんまり変わっていなかったように見える。
ちょっと頼りになるところが見えたけど、あいかわらずこちらにからんでくる姿はちょっとかわいい犬みたいで。
それだけだから、別に。いいななんて思っていなくて。
死体まで顔を気にするし。あんな怪しいのの顔まで気にするし。あなたもう顔がよければいいんじゃないって感じだし。
そうよ。別に。何とも思っちゃいないわよ。
アゼちゃんの手をひいていくことを決めた時。
迷いなく一緒に手をひいてくれた時、安心したのだって。ドキドキしたのだって。
全部、全部、おかしな状況の所為。そうよ、これがつり橋効果ってやつ。
だからね。あなたがいいななんて思ってはいないの。
でもね。これからそう思えたら、幸せねかもねとは思ったわ。
だからね。
だから。
全部終わったら、もう一度口説いてよ。
マトモな状況で、落ち着いて。つり橋なんて思うよちないように。
私は別に、今はまだ。あなたが言いなんて思ってないし、と。
ちゃんといいたくて。
言いたくて、でも、とても眠くて。
何んとなく伸ばした手の先に、誰かの手が触れた気もした。
とりあえず駆け足で生還できたら言おうと思ってたことだけ書いてみた。夢の中で言っているんでしょうね改めて口説け。彼女夢の中でクリティカルだしてるけどまあきっとたぶん幸せそうだよね。なんならアゼさんが一番幸せ疑惑あるよね。 目次